王様のミサイル
目を閉じて、ふっと笑った。空は思っているよりも青かったのだと、自分の兄が言っていた言葉を思い出す。そうだ、空は青い。そして澄み渡っている。乾いたこの星では、特に。そんなことを説明するまでもない相手なのは、百も承知だった。だからヴァッシュは静かに笑って、「そうだね」とだけ答えた。
彼も、そんな簡単な答えで満足したようで、それ以上の会話に繋がることもなかった。
和解の末に得た空気は穏やかなもので、そうだ、自分はどこかでこれを望んでいたのだと思う。対等な位置から始まった兄弟喧嘩は、いつの間にかヴァッシュが一人で立ち向かうには分の悪い争いになっていた。けれど、今こうしてナイブズの隣で落ち着いているのも、悪くはない。例え、それまでに如何なる犠牲があったとしても、結局自分に兄を殺めることはできなかった。それも、仕方ないのだと思う。染み付いた性分だから。
「お前といると、自分の性根が腐りきっている気分になる・・・」
「・・・なんか、それ、昔言われたことある気がする」
屋根の上に座って、頭を上げた。ナイブズが意外そうな顔でヴァッシュを見る。思い出そうとは思わなかった。目の前にちらつく黒髪を一房掴んで、ヴァッシュは息を吐く。こいつと、こんな話をすることになろうとは、ついこの間まで思いもしなかった。
「なぁ、ナイブズ」
「なんだ」
「俺達のしたことは、許されないんだろうな」
ナイブズの表情はあえて見ようとは思わなかった。彼がどんな顔をしていても、自分には、しんどいだろうから。
「許されたいなら、初めから俺達なんて言わなければいいものを・・・」
「許されたいのかな、やっぱ・・・」
「でなければ、そんな物言いはしない」
ごもっともで。肩をすくめて笑った。
「そりゃあ、長い間賞金首なんかやってるとさ、こんな風に穏やかーに暮らすのが夢だったりするんだよね」
「そういうもんか・・・」
「そういうもん」
きりっと向き直ると、ナイブズが口元で笑った。
ああ、こんな顔ができたのか、この男は。
「お前の言うことは、やはり理解できん・・・」
そうだ、わかるはずないんだ。ずっと違う道を歩いてきたんだから。
「昔から思っていた。何故、ゴミのような奴らに希望を抱くのか。ずっと考えていた」
「答えは、出たかい?」
「いや・・・」
でなければ対立することもなかったのになぁ。ヴァッシュは呟いて、困ったように笑った。
「僕にもわかんないけどさ、きっと信じていたかったんだろうなぁ・・・」
そうでないと、いられなかった。そりゃあ奪われたものもたくさんあったけれど、希望に値するだけのものを、もらってきたのだと思う。
「優しくしてもらったんだ、たくさん」
「・・・そうか」
何も知らない人間のように、ナイブズがただ隣で相槌を打つ。受け入れてもらっているような錯覚を覚えた。
「どいつもこいつも・・・そういうの、苦手なんだってば・・・」
受け入れられるのは、苦手だと思う。いつまでも慣れなくて、混乱してしまうから、だから時々だけ優しくするのは勘弁して欲しいのに、それは確かに暖かくて、眉を寄せて困ったように溢すと、ナイブズがふっと笑った。
「君のミサイルだって、結局ダメだったじゃない」
「は?」
彼なりに考えて、考え抜いて、そして放り投げたミサイルであっても、結局ヴァッシュが信じた人類は生き残った。王様には悪いけれど、それだけの力を持っていたのだ、彼らは。
「結局俺達にできることなんて、そのくらいなんだって」
「意味がわからん」
「そうだろうね、だからさ、一緒に歩こう。ここを出てさ、一緒に行こうよ」
いつかわかりあえるまで、この砂の星を歩けばいい。
「・・・お前、な」
「うん」
「・・・もういい」
立ち上がったナイブズを見上げる。満更でもなさそうな顔をして、けれど眉を寄せていたのを、ヴァッシュはしかと見ていた。
髪がどんなに黒くても、先の短さを知っていたとしても、それでも埋められなかった時間を兄を過ごせたらいい。ゆうるりと流れるその時間を感じることができたなら、それで。
「俺達には、もう飛ぶことはできないかもしれないんだぞ」
「だから歩くんだろ?」
これだから、王様は困る。何かと楽をしようとするもんだから。
「飛べなくったって、足があるだろ」
そう言って、立ち上がり、伸びをした。背負っていた羽に感謝しないこともない。けれどやはり自分には重すぎるかもしれない。だって、ずっと歩いてきたんだから。
「・・・あ、でも」
屋根を飛び降りたナイブズが振り返る。先程とは逆の形で見上げられた。ヴァッシュはふっと顔を上げて、そうして目を閉じる。空のにおいがした。
「・・・なんでも、ない」
口には出さない。ひっそりと思うだけでいい。こんなことを兄に言えば、馬鹿にされるのは明白だから。
(最期の力を使うとしたら、あいつのところに飛んで行ってもいいかなぁ)
それくらい許してくれるよね、レム。
自分達がどうして生まれたのかもわからない。何のために争ったのかもわからない。けれど、悪いことばかりじゃなかった。たくさんのことを知って、たくさんのものをもらって、それから、まだ途中。十分じゃないか。
「どうした、ヴァッシュ」
呼び掛けられ、ヴァッシュは、はっとナイブズの方を向く。
僕らはたくさんのものを壊してしまった。けれど、壊せないものなんて、それ以上にたくさんあるのだと思う。
「世の中、悪いことばっかりじゃないんだなぁと思ってさ」
いつか、彼もそう思えるようになればいいのに。そう思いながら受け売りされた言葉を地面に落とした。
2011/5/8の無料配布でした。