流れ星を待つよ


流れ星を待つ。不貞腐れたふりをして、ずっと。
それを知らない彼は、知らないままに付いてくる。
そうして僕はくすりと笑う。

「おい」
空を見上げれば満点の星。火照った頬は夜の冷たい風に撫でられて、少し肩を広げて背伸びをして、そうしてまた背を丸めて、
「なんで無視しよった!」
背中の後ろから聞こえる声なんて聞こえない振りをして、そうしてヴァッシュは小さく息を吐く。様々な方向から差し込む月の光が優しくて顔を上げた。
この優しい光の中を駆け抜ける目映い光。それを探して、早数分。そんなに都合よく流れるものでもあるまいと、知っていながら期待する。
(流れる間に、願い事を三回、と)
繰り返し、三回唱えられたら願いが叶うのだと言う。もちろん迷信だとわかっていながらも、想ってみたくなるもので。
(何にしようか、ラブアンドピース?)
これは、三回唱えるのが難しそうだ。ヴァッシュは思わず困ったなと笑った。さぁ次を考えなければ、そう思っていた矢先、ぐいと首を引かれた。振り返ると、 コートの襟刳りを掴んだ犯人が、仏頂面でヴァッシュを睨みつけている。
「何」
「何で無視しよったって聞いてんねん」
「無視は、してないよ」
ただ、偶然、この店はやめようと、天の声が言ったのです。ヴァッシュは人差し指を立てて至極真面目に言った。だのに、目の前のこの短気男、それを決して真 には受けず、逆立った金髪をスパンと叩く。
「あいて・・・」
つい先程のことだった。珍しく別行動を取っていたこの二人が偶然出くわしたのは。
食事も終えて、けれど宿に戻るのはなんとも気が進まず、グラスの中の安酒をじとりと眺めていたところで店の扉が、きぃと開いた。見上げたそこには、見慣れ た赤いコート。確かに、目が合ったのだ、その持ち主と。そして、その持ち主とは知り合いで、もっと言えば、相方であるのにも関わらず、その赤いコートの男 は何も言わずに戸を閉めて、そうして百八十度方向転換をした。思わず、席を立った。
あいつ、無視しよった、今。
頭の中で、そんな怒りが言葉をつくる。気が付けばグラスの中身もそのままに店を出て、ああ、損をしたと思う。勘定はきっちり済ませた後だったから。
「そうだなぁ・・・呼ばれてる気がする時ってない?」
「また・・・おどれはなんでそう突拍子もないんや・・・」
がくぅと項垂れるウルフウッドは、ヴァッシュのコートを掴んだままで、ヴァッシュは「ああ、どうしよう」と困ったように笑った。
呼ばれている気がして、そうして、探したくなってしまう時が、本当に稀にある。そういう時に偶然にも見つけてしまうと、自分が何か悪いことをしているよう な、少し違った気がしてしまって、
(この気持ちをどうにかしてくれないか)
これを三回唱えるには、どう表現すればいいのだろう。だから一刻も早く、見つけなければ。
「意味がわからん」
説明しろとばかりに近づけられた距離。ヴァッシュは目を泳がせて、そのついで空を見上げる。呼ばれている気がするのだ。こんな空想的かつ妄想的な思考が漏 れていたらと思うと、ウルフウッドを正面から見られない。
正面からなんて、そもそも直視できないのに。
(だから、それをどうにかしてくれないのかな!)
無茶な話だ。お星様にそこまでの強い力があったなら、困った兄をなんとかしてほしいだとか、困った奇人変人集団をどうにかしてくれだとか、そんなことをお 願いするのに。けれど、今ここにあるお願いがまさか、この比較的普通の人間(厳密に言えば一番の厄介な人間なのだけれど)だとは。自分も困ったもんだな、 とヴァッシュが笑う。どうやらそれも気に食わないようで、もう一度すこんと叩かれた。
君が、僕を呼ぶんだもの。そんな風に言ったら、どんな顔する?
「なんてね・・・」
これじゃあ僕が困ったちゃんだ。足を一歩出す。丁度緩められていたようんで、掴んでいたウルフウッドの手からは難なく逃げ出せた。それを少しつまらなく思 いながらも、ヴァッシュはひょうひょうと歩いていく。
(今日は見つけるまで帰らないんだからな)
「おいこら、戻らないんか!」
やけに絡んでくるなぁと思って人気のない道を振り返る。ふっと、触れた手の冷たさ。ああ、またこの人沢山飲んだんだ。ヴァッシュがその冷たさを頬で知覚す る。ぐいと引かれた。何を、顔を。触れた。重なった。何が、皮膚の、随分薄い部分が。
「・・・ん」
隙間を埋めるように斜めに傾げられた頭が、ずるりと動いてヴァッシュと瞳を合わせた。甘くもなく切なくもなく、儚い温度。ヴァッシュはただ、鮮明に残った 感触をじっとりと思い出す。圧迫から離れた唇にそろり指を添えて、そのイメージを彷彿しようとする頭を横に振った。
「あーもう・・・」
だから、やめてほしいのに。早く早く、僕の願いを叶えてください。お星様。そうじゃないと、
「帰るで」
「やーだ!」
眠らずに、待つんだ。お願いをかなえてくれる星が、さっと流れていくのを待ってやるんだ、絶対に。そうして引きずられた腕を振り払おうとしたその瞬間。ぽ かんとヴァッシュは口を開けた。
群青の空に走って行く彗星。
「あ・・・」
ふと思いついたお願いごと。三回唱えるなんて、できるはずがなかったけれど、
「・・・流れ星やん」
ばっと振り返る。
「あちゃあ、願い事、言えへんかったー!」
「・・・僕も」
君のせいだ、涙を浮かべながらじっとり睨みつける。けれど、ウルフウッドはニッと笑って言った。
「ええやん、見れただけでも」
(それ)
反則です。なぜなら、とっさに僕が思ったのは、
(〝ウルフウッドも、見てただろうか〟だなんて)
「悔しいから、もっかい!」
「あーもうあかーん!」
腕を引かれて引っ張って、けれど、もう一度、お願い神様。叶えてください。彼と、もう一度、流れ星に向かって、お願いをさせてください。
見れるだけだって構わないから。