傷跡のバラッド
切れ端が落ちていた。何かと思って拾う。
赤くひらひらとする。
見たことがあった。
吸い殻を踏みにじって火を消す。
街の中は昨日と何ら変わらない。
ただそこには誰の姿も無いだけ。
歩き回ってみても結局誰一人見つける事はできなかった。
太陽の光が直にぶつかって熱いなと思う。
ただし喉は渇かなかった。
ずるりと重い影を引きずりながら砂の上を歩いてはみたが何もないなら体力を消費するだけ無駄だろう。
ウルフウッドは宿の前に無造作に置かれた廃材の上に座って、拾い上げた切れ端をじっと見た。
見たことがあると思う。
そういえば宿の中にパニッシャーを置いてきてしまった。
ほんの散歩に出るだけの予定が予想外の外界になったもんだと新しい煙草を取り出そうとして箱を見たが、それはもう既に空だった。
ぐしゃりと握り潰す。
最悪の展開だ。
雑貨屋に煙草があろうが主人の留守に勝手に持ち出すのは流石に気が引ける。
代金を置いておけばいいかと財布を探ってみたがその財布もすっからかんであった。
「…まいった」
残ったのは切れ端だけ。
なんやったかなぁ、小さく呟いてみる。
大事なものだった気がするのだ。
けれど自分のものでもなくて、
赤くてひらひらとして、それから時々眩しくて目を細めた。
「なんやったかなぁ」
もう一度呟いてみたが、その言葉は誰もいない通りに吹いた風に奪われ、瞬きをするその刹那、最早自分にすら届かない無音に変わっていた。
再び轟と風が吹く。
ちらつく前髪に目を伏せるとその隙に、赤い布切れが風に乗って逃げて行った。
短く声を上げて、それからそいつを取り戻そうと腰を上げて手を伸ばす。
手元を離れていった布切れはやがて目の届かない所まで飛んでいき、そしてウルフウッドは伸ばした手を静かに引き戻す。
「さいなら」
何をなくしたのか思い出せないままこの世界から出られないまま、今はもう何も持たない手の平を見て、ウルフウッドは小さく呟いた。
何かのせいだとしたら、それはきっとあの赤い色の、
「おんどれのせいやったら、ちょっとはマシなんになぁ」
誰かもわからない、アンタのせいにできたなら、この世界も少しは悪くないかもしれなかったのに。
何も傷を食らっていないはずの胸の奥、何処かでぎりりと痛みの音がした。