幸せってどんな色
「キミって時々難しいこと言うよね」
ずるり、ぺたん、そしてくてっと、首を傾げて見上げられて眉をしかめる。
「寄るなだのおぶれだの、おんどれはホンマに…っ!」
なんてアホウなんや、ワイ。
酒は飲んでも飲まれるな。
舌がかっ切れそうなくらいに言い聞かせたような気がする。
それでも全く意に介さず、この金髪は今日もぐでんぐでん。
だからおぶって歩く羽目になって、それから溜め息を吐く羽目になって、なんにしたって後の祭り。
こいつが絡み酒なのはわかりきった事で、それはもう男も女も節操ない事も知っている。
ただしどこまで本気で酔っていて、どこからが振りでしかないのかは今だわからない。
底の見えんやっちゃと二度目の溜め息を吐くと、背中の方で衣擦れの音がした。
「星が、降ってくるね」
刺さったら痛いのかな。
呟かれた問い掛けに、はぁ?と首を傾げる。
どちらが難しい事を言い出すんだ、と振り返るとヴァッシュはぼんやりと空を見上げていた。
同じように見上げて、確かに降ってきそうな星空だと目を細める。
「彼ら全部が夢を見るとしたらさ、その内叶うのはどのくらいだと思う?」
「彼らって…星がか」
「そう」
逆に考える。
地上にいる人間の夢、それを叶えているのはどの程度か。
そんなのは一握りとわからない程子供でもない。
ウルフウッドは眉をしかめて言った。
「そんなん、指折って数えられるくらいのもんやろ」
「じゃあ僕は幸せ者だ」
首に回っていた手を離される。
それから重心の偏りを感じて後ずさった。
危ないやろと顔を上げると、背中のヴァッシュは天空にブイサインを伸ばしていた。
「いいだろー」
誰に向かっての言葉かはわからない。
けれど、らしくない言葉だと思った。
らしくない、違う。聞き慣れないんだとそのブイサインをじっと見る。
「僕はね、幸せ者だって言い聞かせてるわけでも、我慢してるわけでもないよ。ウルフウッド」
するり、頭の脇を通って戻ってきた手を見る。
「キミには小さく見えるかもしれないけど、それでも僕は幸せだよ。今だって」
置いていかれない事が嬉しい。
立ち止まってくれる事が嬉しい。
冷たくされない事が嬉しい。
心臓の音が、嬉しい。
「キミにおんぶされてるのがこんなに嬉しい」
独りじゃない道が嬉しい。
すりと肩口に頬を寄せ、ヴァッシュは笑った。
「さっきキミは、幸せになりたくないのかって聞いてきたけど、僕は十分幸せなんだよ」
「…ほーか…」
歩き出すウルフウッドはどこかふてくされたようで、ヴァッシュはむすりと頬を膨らませる。
「なんか気に食わないの」
「別にぃ」
「キミこそ、幸せになりたくないのかよ…」
人の事ばかりで、キミの方こそどうなんだと呟く。
すると腕を解かれ、盛大に背中から落とされた。
突然の事にヴァッシュは尻餅をつく。何が起きたのかとウルフウッドを見上げた。
「気に食わないねん!なんでおどれはそうなんじゃ!!」
「へっ…」
「ワイはええねん、今おんどれの話しとんねん!なんで満足してまうねや!」
ぽかんと口を開けたままウルフウッドを見つめるヴァッシュに、ギリギリと歯を鳴らす。
ああ不条理なのはよくわかってる、けれども。
「都合いい時ばっかり使いよって、他は危険やから寄るな?知るかアホウ!なんや、自分が寂しい時だけか、ふざけんな!」
「え、ごめ…っ…そんなつもりじゃ…」
「どんなつもりや、飼い殺しかっちうねん!」
「え…っ」
どうしよう、とヴァッシュの瞳が左右に揺れる。
ああ違った、こんなことを言いたいんじゃなかった。
ただ自己完結されるのが許せなかっただけなのに、理不尽なところまで吐き出した自分に激しく後悔する。
外していたサングラスをかけてウルフウッドは短く舌を打った。
「堪忍…帰ろか…」
「……うん」
立ち上がって歩き出すヴァッシュに背を向けてしゃがむ。
けれどヴァッシュはそのままふらふらとウルフウッドの横を通り過ぎた。
「歩けるから…」
ああだから、ちゃうねんて。
じれったくてもどかしくてイライラとして、
ウルフウッドはばりばりと頭を掻いて、それからヴァッシュの頭をすぱんと叩いた。
叩かれたヴァッシュと言えば、振り返る事もせず、ただ俯いて、それから足を止めた。
「都合いいって言った…」
「ワイに幸せ云々言うんやったら、わかれや…」
「わかんないし、お前なんか」
かけたサングラスをずるりと下ろして、それからヴァッシュの顔を覗き込む。
「都合よくなんか、考えてねぇ…」
無言で頷く。
「お前のこと、都合よくなんかしたくない…!」
「だから、わかれて」
「わかんない」
真一文字に口を結んだヴァッシュを見て、やばいなぁと思った。
このままだと、泣く。
「簡単に言うからよう聞き」
「わかんない」
「ワイかて、寄りたい時あるわ」
ヴァッシュが、へと顔を上げる。
瞳が揺れたついでに涙が一粒だけ頬を滑り落ちた。
「寄りたくて、おぶりたい時くらいあるわ。それはあかんの」
「あかん、く…ない…」
都合よくされるのを嫌がっているわけじゃない。
むしろ稀に見るヴァッシュの駄々に付き合ってやりたい気持ちだってある。
けれど、
「甘えさしてくれへんの」
籠もられたくない。
与えたい時に与えて与えられて、幸せを感じているヴァッシュを感じたい。
シャットダウンされては敵わない。
くるり背中を向けてしゃがむと、今度はおずおずと手を伸ばしてくるヴァッシュ。
そんなヴァッシュを背負ってウルフウッドは困ったように笑った。
ぱさりと落ちたヴァッシュの前髪が頬を撫でる。
呟いた。
「あー幸せってこんな色やった」