そんなに広くない
「ワイがなんでおんどれを探してたとか、気にならないんか」
ぽつり。
ぼそり。
低く呟かれた言葉が胸座を掴んで脅されているように聞こえたのは、きっと僕に後ろめたい気持ちがあるからだ。
ヴァッシュはうつらうつらしだした意識を持ち上げる。
正面ならまだしも並んで飲むのは久しぶりだった。
「もしかしたら敵やとか、思わないんか」
顔を見れない理由もきっと同じ。
それでも盗み見たウルフウッドの横顔がどこか陰って見えて、尚更胸が窮屈になる。
「そう思ったら、寝ないし」
そういう答えを期待してるんじゃないとわかりながらも軽口を叩いてみる。
どうして敵とわかる相手と床を共にできようか、わかりきってる事をどうして聞くのだと目で問えば、情けない笑顔が返ってきてヴァッシュは思いの外戸惑ってしまった。
「なんて顔してんねん」
「それは君だろ…」
ウルフウッドがつらそうな、彼の言葉で言えば難儀そうな顔をしていると、中身をごっそり持っていかれそうになるのだ。
ただでさえ何もないはずの中身を、根刮ぎ。
「ワイはええねん、おどれはわかりやす過ぎや」
「君だって…」
本当に寂しそうに笑うから。
そういう顔は好きじゃない。
ウルフウッドも、自分にそんな気持ちを抱いているんだろうか。
それでも、正直な表情なんてとうの昔に忘れてしまったから。
「君だって、見てればわかるよ」
グラスを持ち上げる。
後ろめたい気持ちは消える事なくせり上がってくるものだから、正面を向いたまま。
「その顔、好きじゃない」
強くいて欲しいのだ。
自分が弱い分、どうしたって強くいて欲しい。
脆いと嘆く彼にそんな気持ちを押し付けるだなんてお門違いとわかっているはずなのに、ヴァッシュは願わずにいられなかった。
隣ではぁと長い溜め息が聞こえて、機嫌を損ねただろうかと目を伏せる。
するとつんと頬をつつかれた。
拍子抜けした気持ちを落ち着けるためにヴァッシュはことりと息を飲む。
「敵にそんな顔見せたらあかんで。つけ込まれるやろ」
ぐいぐいと押され頬を膨らませる。
そんなことしませんと拗ねた口調で言うと、更に押されてぶっと吹き出した。
「つけ込まれるやろ?」
振り向いたヴァッシュに顔を寄せて言う。
ウルフウッドが目を細めてにやり笑った。
かぁと顔が上気した気がしてヴァッシュは顎を引く。
「つけ込ませたらあかん」
ひやりと冷たい唇が触れたかと思うとすぐに離れて、それから仄かに煙草の匂いがした。
その匂いがヴァッシュとウルフウッドの間を埋めてしまった気がして、ヴァッシュはかくりとうなだれる。
ウルフウッドの額にヴァッシュの額がぶつかった。
「僕の心はそんなに広くないよ…」
他につけ込まれる程広くない。
そう言うとウルフウッドは「嘘やぁ」と笑った。
視線が重なる。
「証拠見せようか」
「おう」
ヴァッシュの両の手がするりとスーツの背に回る。力を込めるとバランスを崩したウルフウッドが短く息を飲んだ。アンバランスな力加減。
面倒なやっちゃと呟かれてヴァッシュは目を閉じる。
仕方ないんだ仕方ない。
「非道いこと言うな」
「どれが一番非道いん?」
酷い事なんて言い続けてきた。
どれがどれかなんてウルフウッドにはわからない。
冗談のように言うと、ヴァッシュは首を横に振った。
「見つけてくれて、ありがとう」
叱責の言葉を待っていたはずが、返ってきたのはありがとうの言葉。
そういう事をされるからつい甘やかしてしまう。
「なんで」
「俺が嬉しいから」
さらりと肩口に擦れるヴァッシュの前髪。
綺麗な金髪やなぁと思う。
「もう一杯一杯なのに非道い事言うから」
ヴァッシュのくぐもった声に、ウルフウッドは息を吐いた。
「ワイ非道い奴やんなぁ」
「君、ひどい。けど」
けど、この体温が離れるのは嫌だとヴァッシュは尚更力を込めた。