となり


いくら背伸びしても、埋まらない身長差に似ている。
どんなに追いかけても、あの人は、するりゆるりとかわしてしまう。だから、シップの中で初めてあの二人の背中を見た時は、正直妬けた。反面、妙に安堵して しまったんだ。



「ウルフウッドさんは、何故ヴァッシュさんと同行してるんですの?」

幼さの残る表情が、ついとメリルを見下ろして、天井を沿うように黒い瞳が動く。人の意識は、目の動きに出ると聞く。ウルフウッドが模索している事は、容易 に見て取れた。理由を探している、と言った所だろうか。無論、本来の理由ではない、別の理由を。
2年もの歳月を経て尚、ヴァッシュと同行する理由なんて、ただ事ではないのはメリルにもわかりきっていた。重ねて、先日の惨状である。この牧師は、ヴァッ シュとどこか似ているところがある(などと言えば、「どこがやねん」と全力で否定されるだろうが)。彼女が首を突っ込もうとすれば、カーテンを引いてしま うのは、目に見えていた。

「さてな」
「誤魔化すのが、下手ですわね」

上手く誤魔化してくれれば、諦めがつくものを、やれやれとメリルは肩をすくめる。すると、ウルフウッドは、口を尖らせて「じゃかぁしいわ」と呟いた。

「理由はあんねん。けど」
「言えないのでしょう?」
「まぁ、それもひとつやな。もうひとつは……」

たっぷりと間を置いてから、ウルフウッドは首を傾げた。長い間ベッドで安静を強いられていたためだろうか、首の関節が、パキと鳴る音が聞こえた。

「ワイにも、ようわからん」

眉を寄せる様子に、思わずメリルは笑ってしまった。自分も、そんな風に思う時期があった。

「あいつの力が必要なんは、本当のことや。けど、なんやろ。言葉で上手く言われへん」

対・人間台風となると、どうにも意識が搔き乱されていけない。

「お人好しで天然で、いーっつも騒ぎばっかり起こしてくれて、何であの人に巻き込まれてるのかしら。仕事じゃなきゃ、御免なのに……って、私もそう思って ましたもの」

早口でまくし立てるように言うと、目の前の牧師は、呆気に取られたような顔をした。こんな顔もするのだと、メリルは思わず吹き出しそうになる。

「意外と、ぼろくそ思うてるんやな……」
「そうですわね……でもいつの間にか惹かれてる……その結果が、これですわ。不思議ですわよね。あの人」

自ら追い回しているこの結果を、自分でも不思議に感じている。適当に軽く頷いた牧師が、メリルの様子を窺いながらも、口を開いた。

「今は、もうわかったんか」
「何がですの?」
「理由、や。お嬢ちゃんが、あのろくでなしを追っ掛ける理由」
「……言ったじゃないですか」

これ以上彼から何かを聞き出すのは、今の状態では不可能だろう。ならば、話は終わったも同然。メリルは、ぱっと背中を翻す。

「仕事と、それから……惹かれてるから、ですわ」

ウルフウッドが、彼女に向かってどんな顔をしたか。それを見るまでもなく、メリルは彼の目の前を離れた。
仕事だからだとか、あの笑顔が放っておけないからだとか、そんな理由は二の次にして、気持ちばかりを走らせた結果が、これだ。けれど、走っても、手を伸ば しても届かない場所には、既に先客がいた。
男の子はずるい。あの牧師を見ていて思う。寄り添う訳でもなく、しかし、隣にいることを許されるというのは、羨ましい以外の何物でもない。

(私が、女だからいけないのかしら)

例えば、彼女が男性だったとしても、ヴァッシュを甘やかすだけで、決して彼のためにはなれないのだろう。嗚呼、わかりきっているんだ。彼が求めているの は、彼を守る人間ではない。
メリルは、ふぅと息を吐いた。思考が段々と下降していくのがわかる。落ち切ったそこから引き上げるのは、少々難儀だ。いっそ、考えるのなんてやめてしまえ ばいい。

「もう少し、悩み苦しめばいいんですわ。ウルフウッドさんも」

今は目の前にない黒い男を思い浮かべて、さも楽しそうに鼻を鳴らす。許されているのなら、理由など気付かず、そこにいればいいのだ。否、いてあげて欲し い。あの人のために。
思いがけない自分の言葉に、メリルは、ゆうるりと目を細めた。

「憎たらしいったらないけどね……」