ある未来


それは烏滸がましい以外の何物でもない。
君は僕の所に戻ってくるだなんて、思い込んでいた自分にほんの少し赤面して息を吐いた。
君といた時間はほんの短い間ではあったけど、あれほど厳しく優しく飴と鞭を使いこなす人間はあと何れだけ歩いたって何処を探したってもう見付かりっこ無いと思うんだ。
違う未来、目的がなくとも僕がまだ君と歩いていたなら、願うんだろう。
未だ一緒にいたいと。



「あぁぁあかん!またお釈迦になってもうた!!」
「だから安物はー…」
「安物しか手が出ぇへんのやから、しゃあないやんか!!」
頭を抱えて嘆く黒い背中にはいはいと肩を竦める。背中を向けているくせにそれがわかったのか、サングラス越しに忌々しげに睨んでくる瞳と目が合った。
「なに」
「どっちが」
「それ動くの?」
「どう思う?」
隣に同じようにしゃがみ込む。
眺めてみた所でわからない。大体こんなバイクで旅を急いだ事がない。
「何とかなんないの」
歩けばいいんだ。急ぐ旅でもない。だけど僕はもう少しこの子のお世話になりたかった。
サイドカーにぼんやり座って、たまにお弁当にして、たまに運転手のウルフウッドと会話して、たまに彼の横顔を盗み見て、それだけでこの子に感謝したくなる。
「部品も少ないしなぁ…」
「駄目かなぁ」
頬杖を衝いてちらりと見る。
難しそうな顔して煙草を中指と薬指に挟むウルフウッド。長く煙を吐いたかと思うと僕の頭をぐしゃりとかき混ぜ、それから上着を脱いで寄越した。
「ちょっと待っとれ」
ハイイイエも言わさずシャツの袖を捲ると、スパナを手に取った。
「直すのもワイ、運転もワイ。なんや不公平やなぁ!」
「だって苦手なんだもーん」
「もーん、やないわ!ええ歳してカワイコぶんなや」
ご機嫌とまではいかないけれど再び走り出したバイクちゃんに良かったねと思いながら、僕はやっぱりサイドカーに腰掛けている。
「カワイコぶってませーん」
「あかん、殴りたい」
口より先に手が出てしまう牧師の左手を牽制しつつ「ぶってはいないのになぁ」と首を傾げた。
「可愛く見える?」
「そらもう、超絶ぶりっこに見えますさかい」
ま、とウルフウッドが此方を見た。
サングラスの向こう側の目はやけに真面目だった。
「甘えてもええんとちゃうんか、ちょっとくらい」
今となっては、と言うことだろうか。少しだけ表情が和らいで見えた。
思わずふっと肩の力が抜けてしまう。
甘やかされるべきなのはお前も同じだろ、と思う。だけど君が上手だからつい僕は甘えてしまうんだ。
「運転、練習するよ」
時間は限られているけど、でも全く無い訳ではなく、僕も君もあとどれくらい生きられるかなんてわからないんだけれど、でもコンパスは何処かに向いていて、
ウルフウッドが笑ってアクセルを切った。
ぶわりと上がる砂嵐。それさえ楽しくて、君が笑うのが嬉しくて、僕も笑った。
風は今日も吹いている。

原作でのニコ兄が生きてるパラレルってのは僕にはできない。
だってもう、綺麗過ぎるんだよあの終わり方。
あの最終回にウルフウッドはいない。
だからいっそアワーズに掲載された番外編のように違う未来で僕なりに劇場版を祝わせて頂きます。

…なんてあとがきを書いてるデータを見つけました。
最終回にウルフウッドはいないって言い聞かせるのは、今も同じかもな。と15年経っても思う。