曖昧な存在理由
死後の世界を信じているかと聞かれたなら、そんなもんあってたまるかと笑っただろう。
(確かに、なんて聖職者や)
銃口に唇を寄せてその冷たさに驚かなかったのは、最早それに慣れてしまったからだろうと思いたい。
歪んだ情によってこの世界に縛り付けられているというのなら、死後とはなんと残酷で甘美なのだろう。
甘やかしてくれるなやと思う反面、触れても伝わらない感覚に残酷なと思う。
持ち上げた銃をテーブルに戻してウルフウッドは息を吐いた。
肩を下ろし、きゅと口を結ぶと、彼は目の前で寝息を立てている黒髪の男を見る。
暗闇でぼんやり浮かぶ白い肌にそっと指で触れた。
縛り付けられているとするならば、理由は此処以外にもう存在しないのだ。
「生っ白い顔しよって、おどれはなーんも変わっとらん」
人を殺してしまった理由が死者にあったとしても、多分この生き物は自分を責め続ける。責め続けている。
「なんも変わっとらんのや、なぁ」
大丈夫だと何度も何度も、宥めるようにウルフウッドはヴァッシュの頭を撫でた。
ウルフウッドの皮膚に触覚はなく、死ぬとはそういうことかと苦く笑う。
読み取れると言えば空気のみ。
死んでも殺し屋は殺し屋なのだと思う。
今はもうそれでも構いやしなかった。
自分の感覚などいいのだ。
ただ、少しでもヴァッシュに自分が今此処にいることが伝われば儲け物で、伏せられた瞼に黒い髪が乗っているのを柔らかく払うと、ゆうるりと重そうに瞼が開いた。
エメラルドの眼が驚く事もせずにウルフウッドを見る。
「……ウルフウッドだぁ……」
ふんわりと、空気を濁すことなく零す笑顔。
あまりにヴァッシュらしい情けない顔にウルフウッドは自分が何者であるかを忘れた。
「おう、ええ子にしとったか?」
伸ばされた手を掴んで引いて、掻き抱いた時に気付く。そこにあるはずなのに、伝わらない体温に。
(ああ、死んどってんなぁ…ワイ)
目を閉じた。匂いもしない。あるはずなのに、わからない。
だらしなくだらんと垂れていたヴァッシュの腕がウルフウッドのスーツの背の皺を広げる。けれどそれすらウルフウッドに伝わらない。
もぞもぞ動くヴァッシュをぎゅうと抑えつけるとヴァッシュは「へへへ」と笑った。
「どないした」
「ゆめみたい、ウルフウッドだ」
「そや……夢、なんやなこれ」
酷だと思う。ヴァッシュはすんすんと鼻を鳴らすと落ち着いたのかウルフウッドの肩にぺたりとこめかみを当てた。
「煙草くさぁ」
「臭いするか」
「しない」
やはり、愕然とする。
圧力を掛けられるだけでも喜ばなければならない。感じたいなど我儘なのだとウルフウッドは眉をしかめて笑う。
「でも思い出す」
ヴァッシュが呟いた。
「君の匂いを思い出すよ。君が此処にいられるように」
男は泣いてはいないだろうか。
それだけが心配で強引に顔を上げさせる。
――嗚呼泣いてるんはワイの方か、
歪んだ視界に悟らされ、誤魔化すように感覚のないキスをした。ぬるい感触を思い出したような気がした。
おどれが飽きるまで、抑さえつけといてほしい。
それだけが此処にいられる理由になるのだから。