牧師さん、宇宙飛行士になるんですかぁ。
今のセイリオのようにくりんとした目を、尚更くりんと丸くして言われた言葉を思い出す。
ちゃうで、宇宙飛行士とちゃう。査察の護衛や。そう言えば、「ともあれ、お気を付けてですよ」
そんな風にミリィは笑った。
「……てる? 聞いてるの、ニコラス?」
「あー」
だから、宇宙飛行士とはちゃうねん。
「聞いてるっちゅうねん……」
ウルフウッドは額に手を当てて、うんざりしたような口調で返した。
ベランダの椅子に腰掛けて、通話機を片手に唸る。
「だから、宇宙にはもう行かへんて言うてるやろ」
ベランダから見える小さな庭では、ヴァッシュとセイリオが何やら焚火をしている。トマクンやらイモやらを焼いて食べるのだと和気藹々していた姿を頭の隅で思い出し、立ち上る煙を睨んだ。
「そないに軽い頼み方しよって、今度は往復に何年かかるんやっちうねん……大体、あんたもも少し身体労ったらどや」
「あら、あなたに言われたらおしまいね」
まったくもってその通り。ガタガタの身体を、無理矢理引きずって生きております。そんな風に思いながら、通話機の向こうのルイーダに悪態を吐いた。
(せやから)
そんなガタガタの身体の人間を、またも星の外に連れ出そうというのだから驚きである。
「護衛やったら、ノーマンズランドから派遣してもろたらええやんか……人類の偉大なる一歩やで」
「なによ、前回はあなただって乗り気だったじゃないの」
「それは、行き先が地球やったからや」
地球で得た「土産」、それを思い出しながら指先でこめかみを叩く。
「……ヴァッシュへのおみやげのため?」
ウルフウッドは答えない。代わりに煙草を口に銜えて、ライターを握り直すと火を灯した。
「とにかく、わいはもう行かへんで。あのトンガリ頭が危なっかしうて、置いとかれへんわ」
ふっと煙を吐き出した。行くつもりはない。ヴァッシュがこの星を離れようと言い出したら話は変わってくるが、今のところ、彼にその様子はないのだ。
(イモ焼くんが、そんなに楽しいんかいな)
セイリオとホウキを振り回して何かしている。ウルフウッドから見えるのはあくまで「何か」ということだけだ。子供みたいだと目を細めれば、通話機の向こうのルイーダが笑った気がした。見られているわけでもないのに、つい動揺してしまう。
「安上がりで助かったのだけれどね」
「……じゃかーしいわ」
それはそれとて、彼女の行き先が気になる好奇心もある。
ウルフウッドはちらりと空を見上げ、それから問うた。
「で、今度はどこへ行こうっちうんや」
「月よ。月」
「つきぃ?」
この星の空からは、いくつかの月が見える。その中のどれを彼女が指しているのかは知らないが、月……とウルフウッドは顎を上げた。
(フィフスムーンやったら、それはそれでおもろい話やな)
開拓したら、観光資源にでもなりそうではないか。
かの有名な人間台風が開けた大穴でございます。そんな風にガイドする元・保険屋の二人を思い浮かべ、ウルフウッドは思わずニマニマと笑う。穴を開けた本人は、大層嫌がりそうなものであるが。
「公にはされてないけど、既に月に仮設ステーションを設置しているの。今回は、現在行なってる調査の見学よ」
「……人類は引っ越しが大好きやなぁ」
「実際に移民できるのは、まだまだずっと先の話でしょうけど」
「それまで生きてるやろか、わい」
「……さぁね」
ぼんやりと、自分でも驚くくらい自然に出てきた言葉だった。ウルフウッドは、煙草をそっと指の間に挟む。
「そんな話はよしなさい。ヴァッシュが泣くわよ」
「せやな」
仕方のないことだ。仕方のないことだと思いながら、きっとヴァッシュは泣くだろう。それもまた仕方のないことなのだ。あの男のことなのだから。
(また泣かすんか。困ったもんやで)
そうと決まったわけではない。どちらが先かなど、もうわからないのだから。
ウルフウッドは、ふと視線を焚火の方へ戻した。
「……あかん、ルイーダはん。一旦切るで」
「どうしたの?」
「緊急事態や!」
ウルフウッドは慌てて立ち上がると、家の中をばたばたと早足で抜けて外へと飛び出した。扉の開く音に、ヴァッシュがびくりと背中を震わせる。
「おんどれ!」
「だー! 燃えろ燃えろー!」
「わーい!」
ケラケラと笑うセイリオを押しのけて、ウルフウッドは焚火の目の前に立ち尽くした。
膝を折り、近付いて煙の中を見てみれば、そこには手紙の封筒らしきものが何枚も入っている。既に火が移り、どれもこれも原型を留めてはいない。
ウルフウッドは、隣のヴァッシュをじっとりと睨んだ。
「トンガリ……何しとんねん」
「ご、ゴミを燃やしてたんだよ。ね、セイリオ」
「そーです! ヴァッシュさんが出せなかった手紙のゴミです!」
「セイリオ!」
ヴァッシュに窘められ、セイリオが笑顔のままで笑って走って行く。
「あ、あいつめ……」
今は逃げたセイリオに構っている場合ではない。
ウルフウッドは、挙動不審なヴァッシュを睨んで、口に銜えたままだった煙草を引き抜き、ぴんと焚火の中に放った。
「い、いいじゃん、手紙くらい……! どうせまたどっか行くんだろ!」
「行かんわ、アホウ」
ぱちぱちとよく燃える手紙たちを見ながら、ウルフウッドは溜息を吐いた。
ヴァッシュが出せなかった、ウルフウッド宛ての手紙。それは、一通たりとも読ませてもらえなかった。まさか、こんな風に燃やされてしまうなんて、思いもしなかった。
「……はー、切な」
「目の前にいるのに、もう必要ないだろ……」
「それはそやけどなぁ……」
どんな顔をして、どんなことを伝えようとしたのか。それは今となってはもうわからなくなってしまった。けれど、きっとその手紙には、ヴァッシュが言葉にしない、できない、そんな気持ちが綴られていたのかもしれないのに。
(燃やさなあかん内容……か)
消えてしまっては、なおのこと気になるものである。
「だって、見てると寂しくなってくるから……」
そんなヴァッシュの言葉に、ウルフウッドは溜息を吐いた。
立ち上がり、ホウキを掴んでむっとしているヴァッシュの頭をぐしゃりと撫でる。驚いて目を閉じたヴァッシュの額にこつんとキスをして、それから呟いた。
「出せへん手紙なん、これ以上書かせるかっちゅうねん」