Please, Mr.Postman! -extra-


「今日は黒ヤギさんだ!」
そう言った青年に、煙草を銜えた配達員は口を尖らせた。
「なんやねん、黒ヤギさんて」
「だって、牧師さんたら黒い服ばかり着るんですもん」
青年はそう言って、ウルフウッドからの荷物を受け取る。小さな小包をとんとんと叩いて、「何が入ってるのかな?」と零した。
「知らんわ。しゃーないやろ。トンガリ配達員は風邪引きや」
「えー! ヴァッシュさんって風邪ひくんですかぁ?」
驚いた青年が、たっと外に飛び出す。
「それはお見舞いに行かなきゃですね! お母さんにドーナッツを作ってもらわなきゃ……」
「こーら、セイリオ……」
彼のお母さんと言えば、ウルフウッドもよく知っているご婦人なのだが、本当に彼は彼女の活発なところばかりを受け継いでいるなと思う。容姿も、成長すれば成長するだけ彼女に似てきている気がしてならない。
「それは、風邪が治ってからにしてや」
呆れながらそう言えば、セイリオは「はぁい」と頷いた。
「でも、お見舞いには行かなきゃです」
「それも、今日はやめとき。ボウズが来たら、あいつも元気なとこ見せなって強がってまうやろが」
「……牧師さんといるときは、強がらないんですか?」
セイリオの素直な言葉に、ウルフウッドは黙り込む。煙草を上下に上げ下げして、それから「どうやろな」と首を傾げた。
「おんどれは母ちゃん譲りで活発やさかい。トンガリも無茶してまうかもせーへんやろ」
「はぁい、わかりましたぁ……」
しょんぼりとした様子のセイリオを見て、ウルフウッドが笑った。
本当に、彼女にそっくりだ。
「おんどれは、ホンマにミリィにそっくりやなぁ」
「よく言われますう」
間延びした話し方も似ている。一緒に暮らしているのだから似ていくのは当たり前なのだが、それにしても、確かに血縁を感じさせるものがある。
「牧師さんは、お父さんとお母さんとどちら似なんですか?」
そんなセイリオの純粋な質問に、ウルフウッドはふと口を閉ざした。
「……せやなぁ」
少し頭を掻いて、それからなんでもないことのように「覚えてへんわ」と笑った。


セイリオは、ウルフウッドの出生など知らない。だから、あんなことを聞いてくるのも普通のことだと思う。そして、それを悪いことだとは決して思わない。むしろ良いことだろう。ウルフウッドのような子供が少なくなってきている。それは、なんと愛しいことだろう。
世の中が落ち着きつつあることを、肌で感じる。
「……手紙がメールになって、郵便屋の仕事もあがったりやな」
そう言って、リンゴをナイフで切る。小皿に置いて、ベッドまで持っていく。
そこで横たわっている男が、へらりと笑った。
「そだね」
「ま、せやから、無敵のタフガイがヘバってもかまへんのやけどな」
「……そうだねぇ」
無敵のタフガイと称された男が、もぞもぞと布団に潜っていく。仕事を病欠してしまったという、後ろめたい気持ちがあるのだろう。
ウルフウッドは、そんな男の頭をぐしゃぐしゃと撫で付けた。
「ええのや、おどれも慣れぇ」
「慣れないよう……」
ふてくされたように言うヴァッシュが、ちろりと目を覗かせた。
「動けないほどの熱が出るなんて」
「プラントの嬢ちゃんかて、オーバーヒートすることもあるやろ。……あるんかな? せやから、おんどれも普通のことやて」
「フツーのことなんて、慣れない」
そう言って、ゲホゲホと咳をしたヴァッシュの肩をぽんぽんと撫でる。
ウルフウッドは、皿に乗せていたリンゴをヴァッシュの目の前に差し出した。
「落ち着いたら食べや」
「う……あんがと……」
ウルフウッドの前で強がらないかと言われれば、それは恐らくノーだろう。けれど、彼がいることで、甘やかしてやることくらいはできるはずだ。
(……知らんけど)
心の中でそう呟きながら、つい右手を口元に持っていく。煙草を吸ってはいなかったが、クセのようなものだ。物を考えると、やはりあれが恋しくなる。
「元気になったらな、セイリオがドーナッツ持ってくる言うてたで」
「会ったの?」
「ああ、小包があってん」
そう言って、ベッドの横に腰掛ける。ヴァッシュは、「そっかぁ」とニコニコ笑った。
「ミリィに似ていくよねぇ」
「せやなぁ」
「びっくりしちゃうな。男の子は母親に似る、とは聞くけど……」
「……なら、わいも母親似なんかな」
「……え?」
不思議そうな顔でウルフウッドを見るヴァッシュ。じっと見つめられ、ウルフウッドはぽりぽりと頬を掻いた。
「ボウズに聞かれたんや。どっち似なんやーって」
「……それは……どうだろうね」
ヴァッシュだって、ウルフウッドの詳しい出生は知らない。けれど、幼い頃の彼がどこに居たのかは知っている。
だからヴァッシュが表情を曇らせるのかと思うと、ウルフウッドは振る話題を間違えたような気持ちになった。
「ねぇねぇ」
「んあ?」
「じゃあ、僕は誰似なんだろう?」
けれど、彼はにこやかな表情を返してきた。そんなヴァッシュに面食らう。
「……そらぁ」
電球のような形をしているプラントを思い出し、それからぐるんと首を傾げた。
「わからん」
「ダヨネー」
うんうんと頷くヴァッシュ。それから、ふっと目を細めた。
「早く治しちゃわないとだ」
「ああ……?」
誰も、それをどう感じたかなんて言ってはいない、伝えていないのに、ヴァッシュはきっとウルフウッドに同調したのだ。
(……そりゃあ、おんどれの親なん、見当もつかんわ)
頼んでもいない。同じままで、同じ場所にいて欲しいなんて。
(……あの、血も灼き付きそうな日々を)
変わらないで欲しいなんて、思わないのに。
(昨日のように近いのに、遙かに遠い)
それでも、世界の変化を望む自分とそうでない自分がいることに、ヴァッシュは同調する。
世界が如何に変わろうと、如何に他の星を目の当たりにしようとも、ウルフウッドの足下は変わらない。だから、自分は世界が変わるのを受け入れ、否定もしない。そういうものだと飲み込むだけだ。
(なのに)
ヴァッシュは、今も隣にいる。一緒に世界を眺めている。
リンゴを食べ終えて、もそもそと布団に潜って寝直そうとしているヴァッシュをじっと見る。
「うん?」
――この男は、世界を引っ張って、走る側にいたはずなのに。
「……しがない郵便屋なん、飽きたんとちゃうか?」
「何言ってんの、俺、そのしがない仕事で体調崩してんだぜ?」
ウルフウッドは、喉の渇きを覚えて立ち上がった。
「そういう器かいな。まだ、走り足りないのとちゃうんか」
「……お互い様だろ、それ」
さっと振り返る。赤い頬を下げて、そして視線を落とすヴァッシュ。ウルフウッドは、はぁと息を吐いた。
そう言ったヴァッシュの瞳には、わずかに火の気がある。
「大丈夫や。わいは、ここにおるつもりやからな」
きゅっと手を取って、それを胸に当てる。顔を逸らしたヴァッシュが、小さく言った。
「ルイーダに見せてもらった視察の写真、お前、すごくいい顔してた……」
「ああ、面白かったで。新しいことばっかやからな」
「僕は……」
「せやから言うてるやろ。わいは、ここにおる」
ベッドに座り直す。駄々っ子のように目を合わせないまま、もそりと布団に潜っていくヴァッシュの頬を、頭を撫でる。
ウルフウッドは、そんなヴァッシュについ笑ってしまった。
(同じやった。お互い様やった)
変わらないことを望む。あの日々が、決して色褪せないようにと。それは、ヴァッシュも同じ事だったのだろうと思う。
「とっとと治してまえ。グズったおどれの相手なん、しとれへんわ」
「……うん」
そうして、ヴァッシュの黒髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
髪質は記憶のものと変わらないのに、色だけがこんなに違う。
世界の色はとっくに変わっている。けれど――隣に彼がいる。だから、変わらないでいられるのだ。