「言われんでも、すぐ出てくわドアホ! くそ、おどれら、大概にせえよ!」
本当、大概にせえ。腹の底から腹が立った。逃げながらでもへらへらしたままのヴァッシュ・ザ・スタンピードにも、同じ人間に石を投げつけられても、そいつと走らなあかん自分にも。
(ワイかて人間や、何でなんかなぁ)
そして、平然と石を投げるあいつらにも。
荒野を行く。できればもう少し滞在したかったところを、急遽切り上げることになった人里を振り返り、ウルフウッドは息を吐いた。
少し前から、ヴァッシュの様子がおかしい。もしかしたらナイブズが絡んだであろう先の事件に対し、何かしら感じ取っていたのかもしれない。彼らは、人智を超えたものを通してどこかで繋がっているのだと思う。
ち、と舌を打つと、ヴァッシュが何とも言えない顔で此方を見た。
「……ごめん」
疫病神は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。けれど、それも一瞬のことで、さっと無表情に変わったそれにウルフウッドは絶句する。
――何を隠したんや。唇から煙草が落ちた。
「謝られる覚え、ないで」
「でも、巻き込んじまった」
「巻き込んだんは」
おどれやのうて、ワイの方や。
そう呟こうとしてやめた。そう、巻き込んだのは自分の方。そう思わなければやっていられなかったのも事実。
「そんな話しても埒があかん」
ぎり、と煙草を失った唇を噛んだ。きっと今のヴァッシュには、何を言っても無駄なのだと思う。自力で立っている感じがしない。強い何かに、宙から吊られてているような、そんな気配がしていた。生気が感じられないのは確かで、何者によって吊られているのかなんて、ウルフウッドには見当もつかない。
(中身は空っぽの責任感、いや義務感てとこか……)
抜け殻のようで、飛んでいってしまいそうな影。ウルフウッドは、ふと足を止めた。
「あーあ……ウドン残してきてもうた……」
ヴァッシュがウルフウッドを振り返って、そして困ったように息を吐く。眉根こそ寄ってはいたものの、それはようやく笑顔と呼べるような表情だった。
(あ)
先程までの虚っぽの色とは違う。良かった。まだ、笑えた。笑ってくれた。
昔から思っていたが、ヴァッシュの愛想笑いは情緒にくる。もう見るのはたくさんだのに、ここのところそんな表情しか見ていなかった気がする。もう一度、胸の入り口がぎりと痛んだ。
「……食べに戻れば?」
「あんだけの啖呵切って戻れるかアホウ」
「デスヨネ。ああ、でもあの台詞、気持ち良かったよ」
そう言って前を向いた背中を、やけに小さいと思った。
寂しそうなその後姿。ウルフウッドは自分の手の平をまじまじと眺め、それから一歩大きく踏み出る。そして、赤いコートの腰をばんと叩いた。
「のわっ!」
「腹立ったんや。言うだけはタダやろ」
――腹、立ったんや。
こいつがどんな気持ちで戦ってるかも、どんな気持ちであの羽を出してしもうてるかも知らん奴らがあんな言い草しよるのが、腹立ってしゃあなかったんや。
絶対に口に出さない理由に口を結び、ウルフウッドはパニッシャーを担ぎ直す。少し後ろで、ヴァッシュが笑った気がした。
「ありがと……」
隣まで寄ってきて、ウルフウッドの袖をついと不安気に摘まんだヴァッシュに、ポケットから手を出してやることまではできなかった。
二人並んで逃げ出した日の午後のことだった。