オレンジフィルムガーデン


橙のレンズを通した世界は夕日色の世界。あのレンズを通して見た世界、即ちヴァッシュの視界は夕焼け色の世界なのだ。
道理でこれの持ち主は、気の抜けるような戦い方をしてくれるもんだと思う。
「あんなん見えてたら、しゃあないわ」
何だその理屈は。
ウルフウッドは笑った。他人から見れば、彼は随分と生温いやり方をするのだと思う。けれど、それでもあいつは強い。だから干渉はしない。
そう決めた旅路だった。だから好きな時に道を違えるし、同行することもある。そんな不干渉で保護された関係も悪くはないかと思い始めたその矢先、勝手に撃たれたヴァッシュ。その結果、彼のサングラスを通して見えた世界。穏やかな、橙色の世界。あんな世界で殺し合いなんて、そもそも無理があるのだと思ってしまった。
「そのサングラスなぁ」
自分の黒いサングラスの脇から、横目で空と砂の境界線を見る。目の前を歩くのは赤いコートをはためかせる金髪の男。彼が「ん?」と振り返る。
「おどれのサングラス」
「あぁ、あれ」
何かを思い出したように、彼がくっと笑いを噛み殺した。
「あれ、似合わないね、キミぃ」
「あんなもん、似合う方がおかしいわ」
オレンジ色のレンズといい、フレームのデザインといい、そうそう似合う人間などいない代物だと思う。言ってしまえば、変なのだ。持ち主にそっくりで。
「あれ、なんでかけてんねや」
一拍置いてゆっくりと視線を上げる。その表情は言葉を発することを躊躇っていた。
けれど、その口が動く。
「珍しいね」
「は?」
「いや、そうでもないか」
ニッと嬉そうに笑ったヴァッシュに、ウルフウッドは口を結んだ。
「落ち着くんだ。だから、撃つ時にかける」
右手の親指と人差し指で銃の形を作り、ウルフウッドに向ける。バン! と若干トーンの上がった声が通った。動じないままでじっと眺めていると、ヴァッシュは少し俯いて、そして呟く。
「正直さ、恐いから」
争いごとは、恐いよ。
もう一度言ったその表情は困ったように笑っていた。
「いいでしょ、あの色」
「ドンパチするには向かんわ」
カラカラと渇いた笑いを伴って、彼が笑う。もっともだと自分でわかっているのだろう。わかっているから、あえてそれをかけ続けるのかもしれない。乾燥したこの星では、塵や埃が舞うものだから、標準をずらさないように重宝する面を含めても、やはりそれをかけて戦えるのは持ち主がヴァッシュ・ザ・スタンピードだからなのだと思う。
「珍しいなー、やっぱり」
「だから、何がやねん……」
正面に向き直ったヴァッシュの隣に並ぶ。そうだ、これからこのバカのゴタゴタに付き合うのだった。ヴァッシュが、ついとウルフウッドを視線で追って、そうして言った。
「時々、キミから逃げたいと思うんだけど」
文無しの今を除いて、ウルフウッドはヴァッシュを追い掛けているつもりなどない。だのにそんなことを言い出したヴァッシュが、どこか癇に障った。
「ほほう」
呟いて、そしてウルフウッドがヴァッシュの腕を掴む。そして、にたりと口だけで笑った。ヴァッシュが首を横に振る。
「違う違う、今は違うんだけど!」
「いつや、吐け」
「あのねぇ!」
チ、と小さく舌を打つ音が聞こえた。きっと、苛立っているわけではないのだろうけれど。
「とりあえず、今は、その……逃げないから、さ……」
掴まれた腕をじとりと見やって、ヴァッシュは何度か瞬きをした。
瞳が震えて、ああ、困ってるんだろうなぁと思う。反面、放して堪るか、とも。
「まぁ、ええやん。気にしなや」
長い溜息の後、ヴァッシュは上目遣いにウルフウッドを見て言った。
「そういう……逃げたい時に限ってキミは追っかけてくれるから……タイミングを逃しちゃうわけよ」
そう、例えば、こんな風に。
何度も途切れはするのに、結局この位置に落ち着いてしまう。このトンガリ頭は、それがウルフウッドのせいだと言う。
「どっちがや……」
「はぁ、まぁ……否定できない……」
ぐっと握られた腕を思い出し、ヴァッシュはぶんぶんとその腕を振る。けれど、隣に立った牧師は決して放す気などなく、ヴァッシュはむぅと口を尖らせた。
「離そうよ……」
「嫌、や」
正面を向いたま言い放たれて、ヴァッシュが片頬を膨らませた。ああ、もう勘弁してくれ、苦労してんのはどっちやと思うてんねん。
そんな言葉を飲み込む。お互い様ってやつなのだ。きっと、ヴァッシュの言い分を聞くに、そういうことなのだ。
「離せぇ!」
「いやじゃー」
不毛な追いかけっこ。どこまで続くかもわからないのに、続けようとするお互いがいる。だから、お互い様。
「もー! バカじゃないのキミぃ!」
「はー、バカにバカ言われたないわー」
黒いグローブをした手をぎゅうと握って、そして、それを引く。これからどこへ向かうか、何をするかなんて関係ない。
(嬉しそうに)
笑いよって。
口元が緩まないように、煙草のフィルターを噛んだ。
(無理。あかん、笑けてくるわ)

穏やかに回るフィルムの中を、穏やかに流れる夢のような日々を何度でも。
――もう一度、キミと。