-Two & Three-
水の中で手を掴まれたような感覚だった。
それまで自分がもがく泡に阻まれ、取り巻く水の圧に怯え、諦めてきつく目を閉じた藍色の暗闇の中、呼吸の仕方もわからないまま「不可能」を突き付けられる。
その苦しみの最中、手を掴まれたような感覚だった。
和泉刑事は小柄な風貌のわりにパワフルで陽気で、いつも部下に慕われていたように思う。
大和の仕事は決して表沙汰にできるようなものばかりではなかった。刑事は、警察は、敵だった。欺くべき敵だったはずだ。
なのに、何故自分はそんな敵を拾ってきてしまったのだろう?
汚れて酷い悪臭を放っていた三月の服は、全て捨てた。連れてくる間にも三月は嘔吐を繰り返し、大和の鼻には胃酸の酸っぱい臭いが残ってしまっている。
せめて、その臭いを拭い取りたい一心で、大和は三月の体をぬるま湯に浸けたタオルで拭っていた。
「う……ぐっ」
ようやく吐き気は収まったのか、えづくだけになっている三月の目を無理矢理開ける。瞳孔が広がっているが、それは事務所の中が薄暗いせい、だろうか。そんな三月の瞳孔がぎゅるりと動いた。どうやら、生きてはいるらしい。
「意識あるかよ、三月クン」
そう呼び掛けると、ぽすんと腹に拳を当てられた。体力を消耗しているせいか、撫でるよりも弱いその拳に大和は笑った。
「あーあ、あんなに凄んでた刑事さんが、こんなボロボロで落ちてるなんてな?」
大和の言葉に、三月はなんとか目を開けた。けれど、動く気配はない。ソファに倒れていることしかできないようだ。
「なぁ、声出る? 何があったんだ?」
三月は、相変わらずガタガタと震えていた。何かを呟いているようだが、嘔吐を繰り返して焼けた喉のせいなのか、大和には聞き取れなかった。
(弟に連絡されたくなかったみたいだけど、しておくべきか……? これを弱みに、何かの役に)
そんなことを考えながら、事務所の窓から往来を見下ろす。夜も更けてきた頃である。
「そういえばさ、お前、チンピラに襲われそうになってたけど、確かに顔だけ見たら可愛いもんなー……」
振り返れば、ソファに横になったままの三月は、すうすうと寝息を立てていた。大和は静かに歩み寄り、その無防備な寝顔に思わずふはっと笑う。
「嘘だろ……自分がガサ入れしてた場所だぞ?」
三月の眉間に残る僅かな皺を指先で伸ばし、そっと、柔らかい瞼を撫でる。
シャツを剥ぎ取った時、三月の体は内出血の後で一杯だった。三月の手の甲を改めて見る。そこには、注射針の痕が複数残っていたし、それもみな内出血を起こしているようだった。
「……クスリ? だって、お前、刑事だろ……?」
悪徳刑事が薬に溺れるなんて話はよく聞くが、それにしたって、和泉刑事がそんな物に手を染めるとは――敵とは言え思えなかった。
大和は、三月の吐瀉物が付いたシャツを脱ぎ捨ててそのままゴミ袋に入れると、自分はさっさとシャワーを浴びる。
大和が戻ってくると、三月はまたも痙攣を起こして苦しんでいた。
「おいおい、またかよ……」
涎を垂らして蹲っている。彼の呻き声は言葉にならない。まるで……まるで、そうだ、狂犬病の犬のようだ。
「冗談じゃねぇっつーの……」
結局、事務所の床を汚し続ける三月の介抱は、朝方まで続いた。
「あー眠い!」
朝まで夜遊びするなんて、大和にとっては日常茶飯事ではあるが、それは「遊び」であればの話だ。
大和の代わりに爆睡している三月は、ソファの表面を爪の先でぼろぼろにしていた。三月の爪の方も割れてしまい、血が滲んでいる。
「請求するもんが多過ぎる……」
服代に床の清掃代、それからソファの弁償代……と、大和は指折り数えていた。ついでにしぱしぱとする目を擦る。
そんな大和の背後で、三月がむくりと起き上がった。
「……ここ、どこ?」
「おい、ミツッ! ……き、刑事! お前さぁ! よくも一晩中暴れてくれたよなぁ! いいか? 汚した俺の服代と、床の掃除代と、それから……」
床を拭くのに使っていた雑巾をソファに投げ付けて、大和がそう怒鳴る。
それまでぽーっとしていた三月が、ようやく大和の方を向いた。
「……あんた、誰、だっけ……?」
「は……? 何言ってんだよ。お前、ここに何回ガサ入れに入ったと思って……」
暫しの間の後、三月が、はっと顔を上げる。
「あ、そう、か……ここは、ええと、二階堂さん……?」
「一応聞くけど、和泉刑事、だよな……?」
大和の問い掛けに、三月はただぼうっと頷いただけだった。
夜中に何度も起きていたのは、PTSDによるフラッシュバックと、体内にたんまりと打ち込まれた薬物へ拒絶反応が混ざり合ったものだという説明を受け、大和は訝かしんだ。
「なんだよ、その筋肉増強剤って。それに、組織って」
「二階堂さんでも聞いたことねぇのか」
昼頃になってようやく正気を取り戻したらしい三月が、大和に借りたワイシャツの襟を直しながら言った。一回り大きいのがやけに気になるらしい。
そんな三月に、大和ははっきりと答える。
「無い。キナ臭い組織とは接触取らないようにしてるんでね」
そう言えば、三月は「どの口が言うんだか」と忌々しそうに呟いた。けれど、銃と手錠を手放して警察を辞めた男のことなど、大和は少しも怖くなかった。
「仕事どころじゃなくなっちゃったんだ……見ての通りだよ。突然、ああいう状態になっちまう」
大和から返された警察手帳を握りながら、三月は唇を噛んだ。組織から逃走する際に紛失していたそれを探していた最中だったそうだ。その最中、フラッシュバックを起こしてチンピラに囲まれていた。
そう語った三月に、大和は両手を組んで言った。
「お前、警察の人間だったんだろ。施設とか病院とか、どうにでもなるんじゃないのか……?」
そう問えば、三月は「だって」と言い淀んだ。
「……迷惑、掛けられないだろ?」
三月の同意を求める言葉に、大和はどう返して良いかわからないまま、「ふーん」と気のない返事を返す。
「ああ、でも……弟に薬取りに来るように言われてんだ。ついでに、こいつも返しに。本当は手帳落とすと大変なことになるんだけどさ……」
「……弟って、もう一人の和泉刑事?」
三月が、気まずそうに頷く。行き先は警察署だろうか。
「……またあんな状態になるかもしれないんだろ? お兄さんがついて行ってやろうか?」
ほんの気まぐれだった。けれど、少しでも恩が売れれば良い、それで仕事に目を瞑って貰えたら御の字だ。そんな下心もあった。
けれど、大和の下心など関係ないかのように、三月がにこりとはにかんだ。その表情を見た時、大和は少し見惚れたと同時に、自分の気まぐれを心の底から後悔した。
「あはは……おたずね者が何言ってんだよ」
「おたずね者じゃねぇよ。どこからどう見ても、模範的市民だろ」
「どこがだよ……でも、まぁ、ありがとう。帰りに寄らせてもらうよ。弁償代と、それに、ちゃんとお礼したいしさ」
そう言って出て行った三月は、結局戻ってきた二階堂事務所で、またもフラッシュバックを起こしてしまった。
「……何、お前さんはあれか? お礼って、お礼参りの方?」
ベッドの上で毛布に包まっている三月を撫でながら、大和がそんな嫌みを言った。対する三月は、毛布の隙間から目だけ覗かせ、掠れた声で言う。
「だっから、ごめんって……」
「あーハイハイ……で、それさ、弟には相談しないの?」
ぜぇぜぇと喉を鳴らす三月の額をタオルで拭ってやる。恩を売る気など、最早さらさらなかった。妙な研究生物の経過を見ている、そんな気分だった。
「……一織は、警察の管理下の病院に入れって、さ」
ソファは昨晩の内に三月にボロボロにされてしまった。
仕方ないので、今は大和のベッドに寝かせている。大和は自分のベッドに腰掛け、毛布で包んだ三月に膝を貸している最中だった。
(触ってると落ち着くみたいだしな……)
発熱しているかのように上気した三月の頬に、濡れたタオルを当てた。三月が、小さく「きもちいー……」と言った。どうやら、今日はまだ理性がある方らしい。
「ミツは、入りたくないんだ? 病院」
「……入りたく、ない……それに、誰か巻き込むの、嫌なんだ。怖い」
この頃の大和には、まだ三月の言う「怖い」の意味がわからなかった。
三月は一体、どれだけの薬を打ち込まれたのか。そして、その薬が三月の体に何をもたらしていたのか。大和がそれを知ったのは、行き場のない三月を自分の事務所に居候させてやることが決まってからだった。
それまでは、三月の言う組織の話も、肉体改造の話も半信半疑だったのだ。
警察の寮を出され、行き場がない三月を何故引き取ったのか、大和にはわからなかった。やはり、研究生物の経過観察の延長だったのかもしれない。
あの夜も「怖い、怖い」と水の中を足掻くように手足を泳がせていた三月の魘されている様子を、ただ見下ろしていた。
弟に渡されている薬を飲んでいても不定期に起こるフラッシュバックに、大和も多少滅入っていた。
このまま付き合ってやるか、それとも無責任に捨ててやるか、そんなことを考えあぐねていた程に、大和自身も三月に振り回されていた。
――ただ拾って、ただ巻き込まれただけだ。別にいくらでも追い出せばいい。なんで簡単に捨てないんだろう。
理由はわからないままだ。
自分のベッドの上で暴れる三月を見かねて、小柄な体を仰向けに返す。こういう時、やけに力が強くなるので、表に返すのも一苦労だった。
「ミツ、いい加減に……」
そこで大和は、三月のスラックスがびしょびしょに濡れていることに気付いた。
「おっまえ! まさか漏らして……っ」
流石に他人の小便で寝床を汚したくはないと、慌ててスラックスを脱がしてみる――それは小便ではなかった。
顔を上げれば、三月は桜色に頬を染めて、はぁはぁと息を切らしている。
「え、なんで……」
改めて、濡れていた三月の股の間を見下ろせば、性器が勃起していた。大和が小便だと思ったものは、だらだらと垂れ流されている精液だった。
「……あのなぁ、女じゃないんだから……こんな」
怯えながらも性器を勃起させて、腰を揺らしている。
何の薬だか知らないが、どんな目に遭ったかだってわからないが、それでも、何故だか苛立った。その上、ガコンとベッドのヘッドボードが殴られる。
「……お前な」
歪んだ。それはもう、見事にボードが歪んだ。
大和は、三月の両腕をその辺に放置していたネクタイで無理矢理括る。
「んっ、や……だ」
錯乱している三月の目から、ぼろっと涙が零れる。けれど、拘束されることに暴力は振るわない。何故か順応している。
「どっかで躾でもされたのかよ……」
――一体、何に? 大和は、今し方三月が歪ませたヘッドボードにネクタイの端を括り付けた。体をくねらせて暴れる三月は、相も変わらず呻き声を上げている。
「あっ……うう、イヤ……嫌、ごめんなさい、ごめ……っ」
少年のような甲高い声の拒絶を聞いていると、寝不足の頭が、少し……そう、ほんの少しだけ芯を持った気がした。
露わにしたままの三月の下半身は、苦しそうに露を溢し続けている。
「……ミツ、びしょびしょじゃん……本当、女みたい」
そういえば、暫くご無沙汰だったなと、そんな気持ちが大和の頭を過ぎった。
目をきつく閉じて呻いている三月の太腿を掴み、自分の膝を挟んで開かせる。溢れる三月の精液が尻の谷間を伝って、その内をじわりと湿らせていた。
「……こんなにベッドびしょびしょにされたんじゃ、マットレス代も請求しないとかな? どう思う?」
なぁミツ、と呼び掛けても、三月は大和に反応しない。まるで、大和のことなど見えていないようだった。涙で潤んだ瞳は、一体、今何を視ているんだろう。
精液まみれの三月の尻を左右に広げ、その合間でぱくりと口を広げている穴を見る。大和は、ぼんやりと自分の指先を口に銜えた。そして唾液を十分に纏わせて、三月の尻穴に押し当てる。
ぐちゃぐちゃに湿った三月のそこは、自然と……まではいかないが、それでも肉壁の中へと大和の指を誘った。
「……入っちゃうじゃん」
全ては寝不足が悪い。それに、こんな状況に付き合う羽目になったことそのものが――大和は、自分のスラックスのベルトを外し、前を寛げる。下着を僅かに降ろして取り出した自身の性器を上下に扱いた。
その間も、三月は縛られた腕でヘッドボードをがんがんと殴っている。その内、折れるのではないかと思う。
けれど、三月がヘッドボードを折るよりも、大和の劣情が育つ方が早かった。
手の中で勃ち上がった自分の性器の先端を、濡れてふやけた三月の尻にあてがう。指先を添えて、無理矢理広げた三月の尻穴に埋めていく。
「あっ……? や、ん」
大和には計り知れない屈辱的なことを思い出し、その記憶の中をループし続けているらしい三月の意識は、まだ現実にまで戻らない。けれど、それでも何かの違和感を感じているらしいことは見受けられた。
大和は思わず、口角を上げる。
「……ミツ、わかる……?」
ぐっと腰を押し込める。大和の亀頭を、三月の尻穴がずっぽりと飲み込んだ。興奮状態にあるせいか、性器に絡み付いてきゅうと締め付けてくるその感触に、背筋がぞくりと悦ぶ。
「ミツってば……起きろよ、お前も」
「え、あっ……? アッ……は」
三月の肉壁に誘われるままに、奥へ奥へと埋めていく。意識は向いていなくとも体は正直なもので、三月の内側は、大和の性器をきゅうきゅうと締め付けている。
「んっ、具合、めちゃくちゃ、いいけど……ッ」
は、と、目を開けた三月が、呆然と視線を迷わせる。
……もう一声で戻ってきそうじゃないか?
「ミツ、わかる……?」
「ひ、え……? にか……いど……?」
「うん、俺。大和。わかってる? 今さ、俺、ミツのこと犯してるよ?」
途端に、それまでの比ではなく、三月の腹が大和の性器を締め付けた。大和の下で、三月の腹筋がぴくぴくっと痙攣する。
「いっ……!」
今、完全に意識を取り戻したらしい。三月が、わなわなと表情を歪めていた。
「何……? え、なん、で……?」
けれど、それとは別に、どこか安堵したような――それとも快楽に押し負けているのか? ――三月の眉尻が、さっと下がった。
「あ、あっ……? や、だ、何……なんだ、これ……んッ」
大和は、三月の太腿を持ち上げる。精液でぐちゃぐちゃに濡れている股に自分の性器を執拗に擦り付ければ、腹の奥でそれを感じ取れているのか、三月が言葉を飲み込み、きゅっと唇を噛んだ。
「何って」
大和は、そっと三月に体重を掛ける。
腕を括り付けられているため逃れられないのか、三月が胸をくねらせながら上目遣いに大和を睨んだ。猫みたいに愛らしい団栗目だった。
「言ってんだろ? セックスしてんだよ、俺ら」
そう言えば、三月が、かぁっと首まで赤く染める。
「な、んで……やぁっ……!」
大和は堪えきれず、三月の中へと抽挿を繰り返す。腰をくねらせ逃げようとするのに、拘束されているから快感を逃せないのか、それとも本当に苦しんでいるだけなのか。三月は苦悶の表情を浮かべながら、大和の動きに合わせて声を上げる。
先程の呻き声より、余程耳障りがいい。
「刑事さん、良い声出すじゃん……ああ、元だったっけ……」
自分を捜査していた刑事をいたぶるなんて、気分が良い。
それ以上に、かわいい顔を歪めて涙を流して、涎まで溢れさせて……まるで猫みたいな声でふにゃふにゃ鳴くのだ。その辺の商売女より余程かわいげがある。
「お前、かわいいね。すっげぇかわいい……なぁ、もっと泣いてみて。もっと……さ? 声、聞かせて」
仰向けにしている三月の体が揺れる。シャツの釦を外すと、突き出された胸の中心が主張して、ぷくりと熟れていた。試しに、指の先できゅっと摘まんでみる。
「ひゃっ」
甲高い声と共にきゅんと内側で締め付けられ、大和の性器が悦びのたうち回りそうになる。
「感じる……?」
そのまま、今度は乳首をきつく抓り上げれば、ただでさえ汁を垂れ流していた三月の性器から、びゅっと白濁が飛び散った。
「あっ、アッあ……うう」
それだけでは足りず、三月は腹をくねらせ喉奥から鳴き声を漏らす。大和の性器を咥え込んでいる内側が、きゅううと収縮した。
「男も、イく時にナカ締まるんだ? なぁ、ミツ」
もう一回、もう一回締められたら、大和もイけそうだ。
ずるりと僅かに性器を抜いて、体を折った。絶頂を繰り返して逃しきれずに痙攣している三月の耳元に顔を寄せて、「いっぱいイっちゃって、女の子みたいじゃん」と囁く。
とろんとしていた三月の橙の瞳が、途端にかぁっと赤くなった。怒っているのか恥ずかしがっているのか、そんなことは大和にとって最早どうでも良かった。
大和は舌なめずりをすると、中途半端に挿れたままにしていた性器で三月の奥を突いた。
「ヒッ、い、あっ」
イッたばかりで敏感になっている内側を執拗に擦られ、三月がまた体を震わせる。
そんな三月の腹の奥を抉るように腰を回して擦り付けてやると、次第に三月の腰が浮いてきて、自ら擦り付けるように動いた。そんな様子に、大和は声を上げて笑う。
「あはは……気持ちいい……? もっと欲しいんだ……?」
「そ、な、わけ……っ」
「嘘だろ。こんなぐしょぐしょにしてさ……マットレスも弁償してもらおうかと思ったけど、まぁ、俺もイイ思いしてるし……? こっちはチャラかな。なぁ、ミツ……イイよな? 気持ちいい?」
同意を求めると、三月は大きな瞳からぼろりと涙を溢して目を閉じた。
大和は三月の片脚をベッドに寝かせて、膝を立てた。もう片方の三月の脚を持ち上げてやりながら、更に奥へと突き立てれば、三月のふやけきった内側がぐぷりと音を立てて大和の性器を受け入れる。根元を締められ、カリ首に噛み付かれ、搾り取るような動きの収縮を受けて、大和は短く呻いた。体が、びくびくと痙攣する。三月の内側に好きなだけ射精して、暫しの浮遊感に浸る。
持ち上げていた三月の片脚が、耐えきれずにどさりと落ちた。そうして、ようやく性器を抜き出すと、どちらのものともわからない白濁色の糸がどろりと二人の間を伝う。
はぁはぁと息を荒げた三月が、蕩けた瞳で大和を見上げていた。
「はは……めちゃくちゃヨかったよ、元刑事さん」
――女とするより良かった。そう言ったら自分の中で何かが崩れてしまうような気がして、言葉には出さなかった。
今の今まで大和の物を銜え込んでいた三月の尻穴が、はくはくと震えている。塞がらないそこから、こぽりと精液が漏れていた。
「……ミツ、怖いの終わった……?」
「終わってたよ……とっくに……」
声を枯らしている三月の喉を、大和はすりすりと撫でてやる。呆然としている三月は、それでもまるで猫のように大和の手に肌を擦り寄せた。
「風呂入れてやるよ。一緒に体綺麗にしよ」
「……今更、綺麗になんかならねぇだろ……」
ぐちゃぐちゃの下半身を睨んで、三月が悲しそうに呟いた。その言葉に、大和は首を横に振るのだった。
「他に行くところ無いならこのまま置いてやるし、うちで働けば良い」
大和は、三月の体の特徴を知っておきたいと思った。
元刑事としての力はそれなりに役に立つだろうし、また外で芋虫のようになって犯されかけたらと思うと、諦めきれない部分があった――お兄さん、自分の物は人に取られたくないタイプだから。
やっぱりそんなのは綺麗事で、三月の体が気に入っていたんだと思う。
背中に残っている三月の爪の痕を撫でながら、大和は思った。
爪痕だけではない。興奮状態になると力を抑えられない三月が自分の体の下で暴れる度、大和の体にも相応の痣が残った。けれど、その痛みを伴うのだって、金を払って味わう女遊びよりも割りが良かった。
(ミツは、どう思ってるか知らないけど)
大和が「置いてやる」と言った時の、不思議そうな、けれど安心したような微笑みが、ずっと胸に残っている。
水の中で手を掴まれたような感覚だった。そのまま、胸までも鷲掴みにされたような。
これは、随分と汚れた恋だと思う。手の中で眺めて呆然とした。恋と呼ぶにはあまりにも浅はかで軽薄で、俗だった。
(キス、したい……)
思い出したように呟く。
ぼんやりと目を開けたその先、灰色の天井に、大和はふっと息を吐いた。取り付けられている呼吸器が白く曇る。眼鏡がないから、視界は僅かにぼやけていた。
だから、だろうか。意識がようやく現実に戻ったのだと知るのに時間が掛かったのは。
これは、共犯だ。共犯の記憶だ。誰にだって教えちゃいない、誰にだって明かしちゃいない。三月が抱えているものだって、埋め込まれたものだって大和は知らない。けれど、この記憶は誰にだって譲らない。
引き摺り込んで離したくない。和泉三月は、大和にとって、共犯者以上でも以下でもなかった。
(なのに、キスしたいなんて)
体はまだ動かない。