Lollipop DeadEND - 05



-two kindness-

「おかえり、ナギ!」
不思議なことを言うもんだと思った。誰が事務所でナギを匿うことを承諾したのか……所長本人は溜息を吐く。唯一の従業員がそう言うのなら仕方ない。
自分と同様に驚いているナギの声を聞きながら、大和はぼうっと天井を見ている。
「ここは……以前のビルではないのですか? もしや、ワタシのせいで場所を変えることに……?」
「ああ、違う違う」
ぱっぱと手を振る三月に代わって、ソファに横になっている大和が声を上げた。
「念の為、事務所に使える場所をいくつか押さえてあるんだよ。まぁ、恨まれることも少なくないしさ」
「そういうこと。だからナギのせいじゃないんだ」
少し頭を上げて、ソファの背もたれ越しにナギと三月の遣り取りを眺める。
ナギは元々着ていたフリルのブラウスから、恐らく警察から支給されたワイシャツに着替えていた。
「……ありがとうございます、ミツキ……それからヤマト。イオリは約束通り、ワタシを丁重に扱ってくださいました。それに、ワタシ同様に逃げ出した仲間にも会えましたよ。ガラス越しではありましたが……」
「良かった……てことは、ナギに掛かってた疑いは晴れたんだな」
「突然飛び込んできたのですから、疑われても仕方ありませんね。恐らく、以前にも似たようなことがあったのでしょう……組織が彼らを取り戻そうと動いていてもおかしくはありません。何せ、我々は貴重なサンプルですから」
表情を翳らせ呟くナギに、三月が眉を寄せた。
「なぁ、ハルキに逃がしてもらったって言ってただろ? ナギはさ、どうやってここまで来たんだ?」
「イオリにも施設の場所を詳細に聞かれました。施設には生態感知ゲートがありますが、そこは眠っている間に突破していましたね。見知らぬ外の土地をハルキと共に進む最中……恐らく、ハルキは追っ手に気付いていたのでしょう。ワタシをロープウェイに乗せて、それから……」
ナギは、それだけを言うと黙り込んでしまった。
生態感知ということは、恐らく薬か施術で仮死状態にされてそのまま運ばれたのだろう。その状態では、ナギや彼の同類の証言から施設の詳細な場所を特定するのは難しいかもしれない。
それまで様子を見ていた大和が、体を起こしてそっとナギに歩み寄る。
「ほらよ」
その手に、クマのハルキを携えて。
大和の手に掴まれているハルキを見て、ナギの表情が僅かに明るくなった。
「ハルキ! 目が戻っている……? 直してくれたのですか……?」
「お前の大事な物なんだろ?」
「そうそう。大和さん、意外と器用なんだよな。ブラシも掛けてたぜ?」
「こら、余計なこと言わないの……」
へへへと笑う三月と仏頂面をしている大和を交互に見て、ナギがクマのハルキをぎゅっと抱き締めた。
「良かった……Thanks、ヤマト……」
「どういたしまして」
 嬉しそうなナギの腰周りをあっちからこっちから眺めて、三月が尋ねる。
「それより、他のマスコットはどうした? ここなちゃんもいないみたいだけど……」
すると、ナギはまた悲しそうに笑って、「みな、押収されてしまいました」と言った。
「チップの出処を別のマスコットにすり替えたところ、他のマスコットも念の為に分解して確認する……と。彼らを身代わりにしてしまったのは大変に後悔していますが、ハルキを連れていかなくて本当に良かった……」
そうは言っても、やはりナギが落ち込んでいることに変わりはなさそうだった。大和は、つい三月と顔を見合わせる。
「……あの、ナギ。こんなので良ければ……」
三月がそうっと、テーブルに置いてあった紙袋を持ち上げた。そこから、くったりとしたうさぎのぬいぐるみを取り出す。そして、大和もスラックスのポケットから猫のキーホルダーマスコットを引っ張り出した。
「えーっと、ゲーセンで見つけたんだけど」
「……出先でもらったもんだけど、お兄さん、こんな可愛いキーホルダー使わないし……」
目の前に出されたぬいぐるみとマスコットに、ナギはキョトンと目を丸くする。暫くして、ナギの綺麗な青い瞳に、じわりと膜が張った。
ついに溢れだした涙をそのままに、ナギは容赦なく大和と三月に飛び付いたのだった。