Lollipop DeadEND - 04



-seven comets-

――……リク?
古い友人が彼の名前を呼んだ。金髪の前髪の中、青い瞳がゆっくりと緩む。ひどく懐かしそうだ。だから、陸は嬉しくなって、隣にいる双子の兄の袖を引く。
「ナギだ。ナギが来たよ、天にぃ!」
夢と現の最中、上げた声は現実だった。
ぼんやりと目を開く。隣のベッドには、夢で見ていた通りの輪郭を持った美しい兄がいる。
「……天にぃ」
陸はぱちぱちと瞬きをして、それから体を起こした。
「おはよう、陸。何か、寝言を言っていたね、良い夢でも見ていたの?」
陸の兄・天は、ぼんやりとした様子の弟を見て、くすりと笑った。
「うん……そうだな、これ、きっと「流れ星」だ……流れ星が見えたんだと思う」
「……そう」
陸は部屋の天井を見上げて、長い指先で虚空を掴むような素振りをした。目に見えないその何かを掴んだらしい手の平を見つめて、開いたり閉じたりを繰り返す。
「多分、だけど」
そう言った陸が、再び天の方を向いて頷いた。
「オレたち、ナギに会えると思うんだ」
彼らの会話は、全て警察に監視されていた。だから、当然この遣り取りだって映像と共に保存される。
天は陸に向かって微笑むと、天井にあるカメラを睨んだ。
「……協力はするけど、いけ好かない監視はやめて欲しいな。それで、陸、六弥ナギが捕まったってことなの?」
「それはわかんない。けど、ナギが来た。っていうか、来る、かも。今、そういう夢を見たから……」
陸が肩を竦めてそう言う。まだ確実とは言い難いのか、しゅんと項垂れる陸の肩を天がそっと撫でた。
「そう。それより、負荷はない? 喉が狭まったり、目眩がしたりはしていない?」
「うん、今は大丈夫だよ」
 「心配してくれてありがとう」と言った陸に、天は目を細めて頷いた。
と、そんな二人の部屋の外から、低い声がした。
「……流石ですね、七瀬さん」
「ん? 褒められてる?」
「褒めてます。確かに掴めていますよ、その流れ星」
スライドドアから、一織が入ってくる。ジャケットを脱いでラフな格好をした一織を見て、陸は「わぁ」と声を上げた。
「珍しいー! 普通に褒められた!」
 「流れ星」の肯定を受けて、陸がわっと腕を上げる。けれど、嬉しそうな陸とは異なり、天の方は極めて不愉快そうだった。
「……和泉一織、君に言ってるんだよ。陸の監視はやめて」
「申し訳ありませんが、お断りします。七瀬さんも九条さんも、完全体である可能性が高いとは言え、いつどこで副作用に見舞われるかわかりません。以前私が提案した通り、お二人が私の養子縁組を受け入れてくださるのであれば話は変わりますが」
「は? 絶対に嫌に決まってるでしょう」
「え~、オレはそれでも良いよ? 戸籍上は一織の息子になるってことだよね。なんか面白そうだし、天にぃと一緒にいられるなら嬉しい!」
「……陸、もっとよく考えて。絶対にダメだよ」
天に窘められ、陸がしゅんと肩を落とす。
けれど、一織に言われたことを思い出し、ぴっと背筋を伸ばした。
「そういえば、一織。オレが流れ星を掴めてるって言ったよね。どういうこと?」
「そのままの意味です。七瀬さんの未来観測は当たっています」
「……てことは?」
ぱあと表情を明るくする陸と、神妙な顔付きをしたままの天の対比に、一織は思わず「かわ……」と言い掛け、けれど咳払いをして誤魔化す。
「つまり……六弥ナギが保護された。そういうことなの? 和泉一織」
「はい。その通りです、九条さん……お二人が言っている六弥ナギは、この青年で間違いありませんか?」
一織が取り出した写真を二人で覗き込む。そこには金髪の青年が正面から写っていた。天と陸は顔を見合わせ、それから深く頷いた。
「良かった! ナギも逃げられたんだ……!」
「彼にケガはない? 怖い思いをしてないと良いんだけど……」
 二人の反応を見て、一織はほっと息を吐いた。一織の肩がほんの僅かに下がる。
「彼が言っていることは真実ということですね。組織のスパイである可能性を考慮して、まだお二人のことは六弥ナギに話していませんが……面識があるということで間違いありませんか?」
「あるよ!」
「……九条さんは?」
「ボクは、そんなには。だけど、陸と六弥ナギは育成方針が同じはずだからね。施設のプレイルームで一緒だった期間が長いのかもしれない」
天の話に、うんうんうんうん! と頷く陸。その様子はとても嬉しそうだった。
「育成方針が七瀬さんと同じ……ということは、脳の活性化が試みられていた、ということでしょうか……」
「多分そうなると思う。詳しくは知らないけど」
被検体が、別の被検体一人一人の方針を把握しているわけがない。ナギに関して、天から得られる情報は少ないだろう。
一織はナギの証言を纏めたメモを眺め、それから静かに頷いた。
「お二人を逃がしたのは九条鷹匡氏でしたが、六弥さんは九条氏の古い友人と言われていた桜春樹と関係がある様子です」
一織の言葉に、天が僅かに眉を下げた。
「和泉一織、九条さんの様子は?」
「かなり落ち着いてきましたが、まだ時折精神に混乱が見られます。療養を続けて頂く他ありません」
「そう……」
 天と陸は、九条鷹匡という男の手によって施設からの逃走を果たした。しかし、一織の言葉の通り、鷹匡の心身の状態には幾分かの不安定要素がある。その為、進路の最中、陸を切り捨てることを選んだらしい。――それを、天が承諾しなかった。
 その場でまごついたことで、天と陸は今警察の保護監視下にあるわけだが……
「ご協力感謝します」
一織が、手に持っていた白い箱を陸に渡す。
「ところで、これは捜査とは関係ないのですが……」
「なに? お土産?」
がさごそと箱を開ける陸を手伝いながら、天がいち早くその中身に気付いた。一織を見上げて、悪戯っぽく微笑む。
「賄賂のつもり?」
「……違いますよ。人聞きの悪いことを言わないでください」
天と一織がそんな遣り取りをしている間に、包みを開いた陸が嬉しそうに声を上げた。
「あ! ドーナツ! これ、食べてもいいの?」
「お口に合うと良いんですが」
「ありがとう、和泉一織」
「ありがとな、一織!」

――どういたしまして。
こんな狭い箱に二人を閉じ込めている立場の自分に、そんな謝礼の言葉は必要ないのにと、一織は眉を寄せて笑った。
本当は、いくらでも外に出してやりたい。しかし、天と陸の場合は、外に出たとて保護する責任者がいない。だからこそ自身が名乗りを上げたが、今のところ天が承諾をしないのである。
一織は、はぁと息を吐いた。
七瀬陸と九条天、彼らは姓こそ違うが確かに双子であった。例の研究施設から九条鷹匡に連れられ、逃げ出してきたところを警察が保護したのだ。
(九条さんも、私のことを認めてくれれば……)
天には、三月同様、身体能力を極端に向上させる能力がある。今のところ把握している範囲では、天の場合は身体への反動がなく、いつ何時も遺憾なく力を発揮できる。
対して、陸の力は「未来観測」、簡単な予知能力だ。眠っている最中、脳が活性化することによって予知夢を発生させる仕組みらしい。脳の活性化による現状予測だけには収まらず、陸の力には依然として不明な部分がある。それは、人智を超えた力、超能力に近い物とも言えた。
けれど、今の警察にそれを解明するような手段はなかった。いつまでも陸が拘束される理由も、この得体の知れない未知の力のせい他ならなかった。
一方で、一織にとっては天の力も惜しい。彼の能力が解明できれば――三月の体のために出来ることが判明するかもしれない。あるいは、効果の高い抑制剤が作ることができるかもしれないのだ。
実際、天の協力を得て抑制剤の性能は格段に上がってきている。しかし、当の三月が服用を拒んでいる。
警察管理下にある病院で診察を受けてくれれば、効率化が上がるに違いないのに、それでも三月は警察に絡む場所に自ら近付こうとはしなかった。
(六弥ナギの能力は、七瀬さんのそれに近いということか……では、具体的には一体どんな力なのか)
一織は、ナギの取り調べに戻る。脱いでいたジャケットに再び袖を通し、取調室に入った。
そこでは、ナギが静かにパイプ椅子に腰掛けている。
「お待たせしました、六弥さん。十分な睡眠は取れましたか?」
「ええ、お陰様で」
「では、六弥さん、今日は改めて、貴方の能力についてお話を聞かせてください」
 はい、なんなりと、と手の平を天井に向けて言ったナギに、一織は一度咳払いをする。
「貴方の能力は、前頭葉活性化による予測を強化したものだと伺いましたが、間違いありませんか」
「間違いありません」
 ナギは、そっと自分の額に指先を当てた。
「具体的には、何を予測することに特化しているのか、貴方自身は把握していますか? そして、コントロールは可能な状態なのでしょうか」
 一織が率直に問う。すると、ナギは額に当てていた指をそっと離し、そうして目を伏せて呟いた。
「ワタシにできるのは、目の前の個体がどのような身体的特徴に長け、どのような習性があるのかを瞬時に分析し、そして、その結果割り出される行動予測、そして稼働時間の限界を算出することです」
「稼働時間の限界、ですか?」
「つまり、他人の死期の感知」
極めて簡潔に答えたナギの瞳には、一切の光が無かった。
――何故、そんな悲しそうな顔をするのか……一織には、それがわからなかった。
そんな一織の疑問を察知したのか、ナギがすっと口角を上げる。ナギの表情の中で、瞳だけは悲しそうに揺れていた。
「イオリ。貴方は、ミツキの弟君だと聞きました」
「……ええ、その通りですが、それが何か」
言い掛けた一織に向かって、ナギが首を横に振る。それは決して一織を否定するものではなかっただろう。
「ミツキの死期の予感、ワタシはそれが心配でなりません」
ナギの言葉に、一織は全身の血の気が引くのを感じた。ナギの悲しそうな表情の理由が、ただその一言でわかったような気がした。