ビジネスパートナーのほとり
「っだぁ、もう! 離せよ! 黙って出て行ったのは悪かったって言ってんだろ!」
小柄ながらに暴れ馬。天使の雫と呼ばれる瞳を持った三月は、腕を掴んでいる大和のことを無理矢理に振り払い、先程暴漢に掴まれ乱れていた襟元を手早く直す。本当に掴まれただけなら良いんだけどな。
(調べるのは後でも良いか)
ぶつくさと言いながら大和の後を付いてきた三月を車に押し込み、そうしている内、後でいいかと思った確認を今早急にすべきと、そういう気持ちになった。
「弟のことは俺に任せておけば良いって言ったろ?」
「そんなの信用できないだろ。あんた、出会った時になんて言った? 弟が見つかったらどうするんだ?って聞いた時のこと、もう忘れたのかよ」
それはまだ然程古くない記憶。
瞳から宝石と化する雫、則ち三月の涙を提供する代わり、どうか弟を探して欲しいと言われた。
「お前さん、弟が見つかったらどうしたい?」
「そりゃあ……っ」
そう言いかけた三月が思い描いたことなど、大和には手に取るように予想ができた。
「一緒に暮らしたい、だろ? つまりはここを出るってこと……俺がみすみす金の卵を産むガチョウを手放すと思うか?」
つまりは却下だ。そう告げた時の、三月の顔の悲しそうなこと。
(目を抉り出されて売り飛ばされるより、よっぽど良いだろう)
天使の雫が石を生み出す過程には、条件がある。その涙は決して、悲壮から流れるものであってはならない。だから大和は三月に衣食住のあらゆるそれを提供し、夜は大和との寝室を設けている。彼にとっての唯一のデメリットは、恐らくその夜そのものであろう。
七龍砦に野放しにしていては、先程のように良いようにされ、その身を切り売りされることだろう。ここはそういう場所だ。
だから、この支配が三月の命を守っていること、そのメリットは三月自身もよく知っている。無理矢理に与えられる快楽、それによって貴重な宝石を大和に渡す代わり、その安全を保証してやろうという契約を、三月自身も飲んでいるのだから。
(……それでも、最初の頃はただ泣かすだけだった)
今は、きっと三月も折れたのだと思う。諦めたのだと。諦めが付いたのだろうと……
(そうじゃなきゃ、自分を無理矢理飼ってるも同然の野郎なんて)
「大和さん」
「……何、どうした……?」
「どうしたじゃねぇよ! まさか忘れたとは言わないよな……あんたが本気で一織を探すなんて思っちゃいないって話!」
「……信用無いなぁ」
「……金の卵を産むガチョウを手放すわけない、だろ? そんなこと面と向かって言う人のこと、信用できるかっつーの。あんたこそ、オレのこと信用してないくせに……」
それこそ、何の話かわからない。
「信用してるさ。お前さんは、俺のためにたーんと泣いて、高い宝石をたくさん産んでくれるからな」
「そっちじゃなくて……ったく、すぐ金の話になるんだから」
「金の話じゃないよ。ビジネスの話をしてるんだ」
「どっちでも良いけどさ……オレだって、世話になった分は逃げ出したりしないよ……ちゃんと渡すものは渡す……つまり、その、一織が見つかっても、あんたとの仲……あんたの言い方に合わせると、契約を切る気は……」
車窓を見ていた三月が、慌てて大和の方を振り返った。大和の肩口のファーをもふりと掴み、それから、目を逸らす。
「信じてないって顔してる……」
「……そうだな、それに関しては信じられない。弟に言い包められたら、説得されたら? お前はきっとそれを聞き入れるだろうからな」
「……そんなことないよって言い切りたいけど、あんたが言うなら……きっとそうなんだろうな……誰でもない、オレを言い包めたあんたが言うならさ……」
三月の瞳に涙が溜まっている。そういえば、先ほど助けた時から瞳はうるついていた。
一応は恐ろしかったのかもしれない。頬に擦り傷もある。殴られでもしたか?
「ミツ」
大和がその擦り傷を撫でると、三月の横顔からぽろんと涙が零れた。それは宝石にはならないまま、シートに染みを作る。
(悲壮の涙……)
——あいつら、許せねぇ。裁判など不要だ。コネを使って、ムショにぶち込んでもらおう。それだけのことをした。
「あ、れ……これは、流れずに引っ込んでた分……! べ、別にあんたのせいで泣いたんじゃ……!」
かわいそうにと、自身からすれば何とも棚上げした、あまりにも愚かな気持ちを抱いた。
口を寄せて、三月の目尻に吸い付く。頬を舐めると、どうやら相手は驚いたのか「わ、」と声を上げた。その三月の唇に軽く触れる。
「ま、待っ……て、まだ日も高いって……」
「違う。切れてたから」
本当は涙を拭いたかっただけなんだ。そう言えたら、どんなに良いだろう。
「え、うそ?」
「嘘じゃないよ」
ち、と三月の目尻に舌を当てる。三月が痛いと少し笑った。
「召使に任せる。後で消毒を」
「消毒する前にあんたが触って、何かうつったらどうするんだよ……」
「……お兄さんには、毒も病も効かないよ。だから安心して任せておいで」
「信用できないって言ったばっかりなのに!」
ははっと笑う三月を見ていたら、口の中に違和感を覚えた。舌に異物を感じて、手のひらの上に吐き出す。
それは、小さな小さな宝石だった。
「……安心したら、漏れちゃった」
信用できないって?
本当に信用されていないか?
きっと、されちゃいないだろうなぁ。大和はそう思っていた方が良いのだろうと、自身に強く言い聞かせた。