つきあかりカプリース


雪の煌めく様にやきもちを妬くなんて、案外可愛げがあるんだと思った。
本当は、雪明かりに照らされたお前の姿形が魅力的で、扇情的で、なのにどこか繊細でさ。俺しか知らない。こんな和泉三月は、俺しか知らない特別なものなんだって、そんな特別に浸っていたわけで。
あの時の俺はきっと、まだミツのことをわかっちゃいなかった。

つきあかりカプリース

「最近のミツキは、大人っぽい役が多いですね」
ナギの声に、視線だけ上げる。すぐにスマホのニュースサイトに視線を戻し、大和は口を尖らせた。
自信の付いた三月はいつものことながら凄まじい。すぐに仕事に繋げていく。だからこれもきっと、その成果なんだろう。
「大人っぽいって言ったって、クール系高校生の役だろ。ガキじゃん」
「そういう言い方は良くないですよ、ヤマト! ミツキがクール系、しかもSっ気のある小悪魔男子の役に抜擢されるとは……新たなミツキの魅力が世界に見つかってしまいますね」
人気少女漫画の実写ドラマへの出演。アイドルをやっていればよくあることではあるが、それにしても……原作漫画のあらすじと三月のビジュアルを交互に眺めているナギが嬉しそうに笑う。
自信が、付いたのだそうだ。大和が「綺麗だ」と並べて浴びせた言葉が、三月の自信に繋がった。この役をもらった時に、三月が笑って言っていた。ありがとうとも言われた。
けれど、大和は内心大変に複雑であった。
(俺しか知らない、特別だったのに)
このアイドル戦国時代、持てる魅力は全て武器。そんなことは散々歌ってわかっているが、しかし、しかしだ。
(見つからなくて良いんだよー……)
大和は思わず、スマートフォンで顔を隠した。隠しきれなかった。
三月は、大和の言葉の綾から雪明かりなんてものにやきもちを妬いていたが、大和のやきもちはその比ではない。三月の一面を知ってしまう、世界全てがライバルだった。
(我ながら、独占欲が強すぎる……)
スマホに当たってずれた眼鏡を直す。
「ヤマト? 先程からずっとご機嫌がナナメですよ?」
「別にナナメじゃねぇし……ご機嫌ですよ、お兄さんは……」
そうですか? と首を傾げるナギを後目に、大和はソファに転がった。ナギの言う通り、機嫌はナナメ。それもかなり直下に近い状態だ。
最高じゃないか。大和が付けさせた自信で輝く三月は。「私が育てました」とばかりに余裕の顔をしていれば良い。
以前は、それが嬉しかった。けれど最近は……そんな余裕もなくなってしまった。
「まずいなぁ……」
好きになりすぎたんだ——率直にそう思う。
好きになりすぎた。和泉三月のことを。自分の手の平の上で自分のために踊って欲しい。けれど、目映いスポットライトの下、沢山のファンの中で踊る三月の方が輝いていることを、大和は嫌というほど知っている。
それでも、自分の目の前で、自分の手の平の上で懸命に月明かりと共に踊っていた三月の姿が、今だって大和の大切な宝物なのだ。
(……妬いたって、仕方ないのに……)
雪に妬いた三月も、こんな気持ちだっただろうか。それよりずっと大和の方が不毛で惨めに違いない。熱いのか冷たいのか、どちらかであれば苦しむこともなかったろうに、冷静な大和はこう言うのだ。「ミツの魅力で世界が参ればいいのに」——参ってるのは俺の方だ。
手の平の中、綺麗な綺麗なミツ。いつか、あの透けるような美しさも人前に晒されてしまうのかと思うと、大和の口からは自然と溜息が漏れた。

どちらかと言えば熱血で朗らかな三月がクールな役柄を演じるギャップは、それなりに世間に喜ばれている。
大和は、その反響に圧倒されて一話目で視聴を止めてしまった。本来ならメンバーの出ているドラマ、それも好評なものであれば目を通しておくべきなのだが。
(少女漫画原作ってことはだよ、少なくともキスシーンくらいは待ってるわけで。今の心境の俺にそれは……そんなのは耐えられなかった。たとえ、たとえ……!)
三日に一回は、本人とキスをしていたとしても、だ。
「大和くん、随分な顔してるじゃない」
楽屋にあるファッション誌の表紙を睨んでいる。三月がドラマで共演している女優が表紙を飾っていた。
そんな大和に、楽屋にのろのろと入ってきたRe:valeの千が声を掛けた。
「あんた、ノックくらいしろよ……」
「大和くんがいるのわかったから、来ちゃった」
「返事になってないんですけど……」
それより……と千が首を傾げる。
「すごい顔してるな。疲れてる?」
「あんたも、随分ふらふらじゃないですか……」
「ふふ……徹夜明けだよ。新ドラマの主題歌が仕上がらなくて……」
「それは、お疲れ様です……」
渋々ながら大和がぺこんと頭を下げると、その頭を、千がそっと撫でた。思わず、はぁ?と飛び退く。
「あ、ごめん……丁度良いところに頭が来たから……」
「び、びっくりしたぁ! 何してくれてんですか!」
大和が思わず頬を拭って頭の上を払う。千の急なスキンシップに、耳が熱い。耳鳴りがしそうだった。
そんな風に慌てている大和に、千はぐにゃりと首を傾げる。
「モモがやっても、そんなに驚かないのに」
「あんたは百さんじゃないだろ! 変なことすんなよ!」
「そんなに変かな……?」
千は首を傾げたまま、大和が眺めていた雑誌の表紙に視線を落とす。
「ああ、三月くんの彼女役の子? あのドラマ、モモがすごく褒めてたよ。僕も三話くらいまで見せてもらったけど」
千が話す中、ついだんまりになる大和に、千が流し目を送る。その目がゆるっと細められ——バレたと思った。理解されたら嫌なことばかりをこの男は掬い上げてしまう。
「わかっていても、割り切れない時もあるよね」
大和は何も返せなかった。八つ当たりをする相手には、あまりに相応しくなかったから。

「ん、んー……?」
触れ合わせている唇をもぐもぐと動かした三月を訝かしみ、大和は顔を離した。
「ミツ、何もぐもぐしてんの……何か口入ってた……?」
「んーん? 入ってない……つーか流石に物食ってたら拒否るっつーの」
「……あ、そう」
俺、拒否られるんだ……そう思いながら、冷蔵庫に押し付けていた三月から一歩体を引く。
「つーか、キッチンでやめろよな。誰かに見られたら気まずいだろ……」
正論を突き付けられ、大和はぐっと口を結ぶ。寮生活はこういう時に不便だ。
「……珍しいじゃん」
「なにが」
「……わざわざ壁ドン……いや、冷蔵庫ドン? するなんてさ。あんた、あんまりそういう無理強いしないじゃん?」
「む、無理強いになってた?」
「無理、ってほど嫌じゃないけど……なんつーか」
はにかみながら三月が言う。
「今やってるドラマの俺の役みたい。ああ、最終回そろそろなんだけどさ」
「……最終回、キスすんの?」
「キスはもうとっくにしただろ? あ、大和さん見てねーのか……」
少しだけしゅんとした三月が、それでも……と首を掻く。
「まぁ、照れくさいしなー……」
照れくさい以前に、お兄さんはミツの「恋人」なのですが。
そんな言葉が頭を過った。メンバーの出演番組のほとんどをチェックしている三月にとっては、恋人のラブシーンなんて些細なことなのかもしれない。
「無理強い……」
ぽつんと溢した言葉を摘むように、そっと自分の顎を指先で撫でた。
「……無理強いするような、積極的な役なわけだ。ミツのやってる役は」
「うん? まぁ、そう言えばそうかなぁ」
「……俺にもやってよ。その、無理強いってやつ? Sっ気ある役なんだっけ? 見たいな、俺もそういうミツ」
「いや、それならドラマ見ろよ」
「そうじゃなくて」
俺しか知らないものが欲しい——なんて、そんなことを言ったら嫉妬しているのがだだ漏れだ。
大和はぐっと口を押さえて目を逸らした。
(俺に、俺しかって、ここまで言っても)
はっきり言わないと大事なことは取り違えてしまう。それでも、阿吽の呼吸が三月とは存在していて、それこそ本当にあ、うん、で交わすことができるはずなのに、こういう時は上手くいかない。それを痛感する。
これは、三月の察しが悪いのではなく、自分が——
「お茶、淹れようか?」
三月が、大和の前髪掬った。
明るくなった視界にぎょっとすると、三月が少し笑う。
「顔色悪いよ。なんか考え過ぎてんだろ」
笑われるとお月様みたいだ。
「……お前、S役似合わないよ」
「そうかぁ? 結構好評なんだぜ?」
「知ってる……」
「ああ、そう……?」
お茶はいらない。ぎゅっとしたい。
——上手くいかない時は、大抵大和が素直ではない時だ。隠し事をしていたり、不貞腐れている時、三月との遣り取りはボタンを掛け違えたようになる。溝が、できる。
それでも、大和は自身のむしゃくしゃを処理する力が弱いように思う。自分の手のひらを見ては、こんなに大人なのにと後悔する。
「大和さん?」
「……なんでもない」
素直に言えばいいんだ。俺、ミツの恋人だけどって。他所の女と触れ合ってるの見たら、寂しい気持ちにもなるよって。
けれど、それをしないのは、三月が頑張っているのがわかるからだ——俺たちがしてるのは仕事だから。
(そんなの、自分だってそうだ)
困らせるだけだから。思い出したくはないが、身内に役者がいれば尚のこと、外で切り替えるスイッチがあることを嫌と言うほど知っている。業界の人間なんて好きになるもんじゃない。
ふらっとキッチンを出る。時々、嫌なことから嫌なことを引き摺り出してしまうことがある。芋蔓だ。
三月は綺麗だ。だから大和を偽るようなことはしない。しなくても、自分にはその経験がある。
もっと可愛げのある嫉妬だけで済めば良いのに。大和は、そう思う。
「おーい、大和さん、お茶は?」
「いらないよ」
俺は俺だけのものが欲しいと思うのに、それなのに、大和は大和だけのために淹れてくれる三月のお茶を断った。

こういう時に寮生活は不便だ。なら外に出てしまえば済むところだが、それも気が進まない。
ベッドに丸まっていても何も気は楽にならないのに、それでも大和はぼんやりと壁を眺めていた。
仕事がなければ浴びるように酒を飲んで誤魔化せば良いし、飲み歩いて帰らなくたって良い。しかし、そんな素行の悪いことはできない。大和は今、それが許されない立場だからだ。
だから、尚更に大人の誤魔化し方がわからなくなる。
(優しくされてーな……お姉さんとかに)
深い関係のない浅い付き合いの異性に、優しくされたい。ごつんと壁に額をぶつけた。
「それって、浮気だろ……」
でも、今は三月じゃ駄目だ。勇気がない。
可愛いマネージャーでもからかおうかとスマホを手繰り寄せたが、自分より余程大人な彼女に様々を察されては尚更ばつが悪い。「三月さんとケンカでもしたんですか」と聞かれた暁には、上手く流せる気もしなかった。
そんなことをぐるぐると考えている内、廊下からぺったんぺったんとわざとらしい足音が聞こえてきた。その足音が、大和の部屋の前で止まる。
「大和さん」
こんこん。ノックの音だ。寝たふりをした。
「ナギから聞いたよ。ご機嫌ナナメだったんだって? ちょっと出てこいよ」
寝たふりを続ける。掛け布団を引っ張って潜り込んだ。少し胸が痛む。
「甘えてきたのに、やめろよとか言ったの、気にしてたらごめんな」
「甘えてねぇよ」
顔を上げる。
「あ、起きてる。開けろよ。オレ、これから唐揚げ仕込まないとなんねぇの。ちゃっちゃと話したいからさ」
「お、俺は、ちゃっちゃとじゃ済まねぇんだよ……!」
そう言えば、扉の向こうで三月があははと笑った。なんて能天気な声だ。
「悪い悪い……けど、オレもたまの休みだからさ……あいつらのリクエストに応えてやりたいし」
わかるよな? そう言われて、部屋に誰もいないのに頷く。
「当然、あんたのリクエストにも応えたいんだけど……ここでS出したらあんた泣きそうだし」
「誰が泣くかっつーの……」
そう言って不貞寝を決め込もうとしたところを、三月の一際強いノックが扉を……殴った。ぎくりとする。それはもうノックではない。
「なら開けろ」
「それ、Sじゃねぇだろ!」
ばこんともう一度鳴った音に飛び上がって、慌てて鍵を開けた。大和が開く前に、三月がノブを捻る。
開かれた扉の隙間から、三月がするっと入り込んだ。
「ひでぇ顔」
ぺちんと両頬を掴まれ、そうして引き寄せられたかと思えば、唇の端にキスされた。
つい、呆れたような顔で三月を見る。
「……何考えてたんだよ。言ってよ」
橙の綺麗な瞳に問われて、口籠る。掴まれた頬を、少し抓られた。
「ひで……」
「言えよ。時間ねぇんだから」
「……お兄さんちょっとしんどいから、綺麗なおねーさんに優しくされたいな〜とか」
「……オレ、あんたの恋人なんだけど……?」
不本意ながら、きょとんとした。それ、俺も思ってたやつと振り返れば、少し笑みが漏れた。
「ははっ……」
「笑い事じゃねーよ……ったく。おねーさんじゃなくても、千さんに優しくされてきたんじゃねぇの……」
「は? なんで?」
大和が問えば、三月は少しだけ口を尖らせた。
「千さんの匂いするから」
「ああ……よくわかんないけど頭撫でられたから……その時かな」
ぼんやりそう溢すと、三月が大和の髪を引っ張った。急にもみあげを引かれて「あだだだ」と声を上げる。その大和の頭に、三月の顎がごちと当たった。
「な、なに!」
「別に……おねーさんに優しくされてぇとか言うから、優しくしてやろうと思ってさ」
「強制中腰は優しくはねぇだろ……! そんなことするなら、素直に……」
——素直にって、そうなるべきなのはどっちだよ。
「……怒って」
「怒ってんじゃねぇか!」
「だから、ちゃんと怒ってよ」
三月が、不可解な顔をしたまま拳を握る。その拳を、大和は自分の胸に持っていった。
「怒って欲しい」
「……恋人が目の前にいるのに、他の人と遊ぶようなこと言うなって?」
「はい」
粛々と返事をして、目を伏せて少しはにかむ。胸に当てたままの三月の拳が、どんと大和の胸をノックした。
「ぐっ」
「軽くやっただけだろー」
「お、お前の拳は重たいんだよ……」
「ごめんごめん、よしよし」
自分が拳をぶつけた場所を撫でる三月の手を背中に回させて、今まで撫でられていた場所に三月の胸を当てさせる。深く抱き込んだ。そのまま、すーっと深呼吸をする。
「やっぱり、Sだと泣くじゃん?」
「泣かねぇよ……」
「ご機嫌ナナメじゃなくなった?」
「ミツのドラマ終わるまではナナメかも」
そうぼやけば、三月はようやく納得の声を上げて、それから大和のことをぎゅーっと抱き締めた。
「バカだなぁ」
「男なんてみんなバカですよ……」
「オレ、正直、大和さんがこんなになるなんて思わなかった」
「俺だって思わなかったよ……こんなの、ミツのせい……」
逐一妬いて、諦めきれなくて——だって今まで諦めて手を伸ばさないようにしてきたから、慣れてると思っていたから。
「それだけ、あんたがオレを好きってことだったらいいなぁ」
大和の腕の中から申し訳なさそうに抜け出す三月が、小さくそう溢した。
「唐揚げ、揚げるからさ。一緒に飯しようぜ。ドラマの彼女はそんなことしないだろ?」
「……それはそれで、都合よく俺のこと使ってない?」
晩飯手伝えるって、つまりそうだ。三月は大和の問い掛けに返事するでもなく、ただ大和の手を引いた。
「仕方ねぇな。もう一回チューする?」
「その扱い、なおさら都合良い男じゃん……」
「いいじゃん。都合良いのはお互い様だろ……相性良いっつーの? 大和さんは甘えたで、オレが面倒見たがりだし……あと、ついでにオレたち……」
階段の影で、三月が都合の良い触れるだけのキスをする。
「……やきもちやきでさ?」
「……その上、妬かれたがりだし……?」
そういうことーと間延びしながら言った三月の声が、天井に響く。でかい声だなぁと思いながら、大和は苦笑いした。
三月が、握ったままだった手に力を込める。今はぎゅっとしてくれる三月のその手が、共用スペースに入ったら自然と解けるのを少し寂しく思いながら顔を上げれば、窓の外、夕方の彼方に月が浮かんでいた。
空の一部はまだ赤く燃えているのに、そこに佇む月は、もう優しく輝いている。
「……月が綺麗だな」
そう言えば、三月が少しだけ肩を震わせた。