エセ聖職者はチョロ天使がお好き
部屋に戻ると、とっくに空に戻ったと思っていた天使が不貞腐れたような顔で待っていた。
まだいた……と喜んだのも束の間、天使は俺にタックルしてそのまま殴り掛かってくる。
これが、恐ろしく力が強い! そんな奴が「責任取れ〜! 帰れない〜!」なんて喚きながら……どうしよう、泣いてる!
「わかった、わかったって……! 責任取ればいいんだろ!」
「当然だろ! 羽も段々抜けちまうし、どうすりゃいいんだよ……」
そう言って泣きじゃくる姿は、どこからどう見ても天使のそれで、しかし拳はやけに……やけに重い。それもまた天使由来なのかもしれない。結局、俺は自分が人間という大地に縛られた存在であることを思い知った。
さて、そんな小さな存在が、果たして天使を汚してしまった責任を取ることができるのだろうか。
「とりあえずは衣食住だよな……贅沢はさせられないけど、生活は保証するよ。それから、抜け落ちちまう羽か。それが無いと戻れないんだよな……?」
「羽が無いからっていうか、それ以前に……」
天使はするすると自分の腹を撫でる。腹でも減ってるんだろうか。食べ物って、人間のものと同じでいいのか?
「腹が……ううん、体重くて」
衣で隠れた太腿を擦り合わせ、天使が呻いた。
ごくん、生唾を飲む。俺の体に跨ったまま、愛らしい目の縁にふわっと生えている睫毛を震わせて、天使が俺を見た。
「……人間の精液なんて入れたことないもん。だから、きっとこれのせい……」
眩暈がした。精液に塗れさせたのは本当に申し訳ないと思ってはいるが、掻き出したし、綺麗に清めたはず、で、その、その時に体中にベタベタ触れたのもまた——人間のにおいとか、だろうか。野生動物も、人間に触られたら仲間の元には戻れないなんて言うし……だから、つまりは俺がこの天使を仲間の元に戻れないようにしてしまったわけで、嗚呼、申し訳ないと思いながらゾクゾクと喉元を這い上がるものがある。この子、今、俺のにおいをさせてるわけだ……?
「な、なぁ、清めたら戻れるとかさ……どうにかならないのか?」
——どうにもならないで欲しい。けれど、それは流石に我儘であって。
「わかんないけど、とにかく今は飛べないと思う……力が弱まってるから」
「それってどのくらいで戻るもんなんだろう」
「あんたが」
ううんと何か考えるようにした天使が、首を傾げた。相変わらずお腹を撫でて、腰が少し揺れる。今すぐまた犯しちまいそうなので、揺れるのはやめて欲しい。天使の言うことが本当なら、帰れない期間が長引いてしまう。
本当は空になんて戻って欲しくはないけどさ。
「あんたが死ぬまで、とかじゃないか?」
だから、それまで衣食住なんとかしてくれよ。そう言って眉を吊り上げた天使は、どうやら自分が放った言葉の危険性に気付いていないらしい。ゾクゾクと背中をまた、奇妙な感触が這う。
「……へぇ」
俺は、気付けば天使の腰を引き寄せていた。桜色の唇をじいと舐めるように見つめて、親指でぐっと撫でる。圧をかけたから、ふわりと朱が差した。
「俺が死ぬまで、君は俺といるつもりなのか?」
それってどういうことかわかってるのかな。
祝福に来た君を、無理矢理下ろして無理矢理組み敷いたのは誰でもない俺なのに。
「この仕事は嫌いじゃないけど、ずっと神の使徒が油断を見せるのを待ってたんだぞ? そんな奴が死ぬまで、君はここにいるつもりなのか?」
天使が「バカにするなよ」と俺を睨む。睨んでも随分と可愛らしい顔をしてる。
「あんたが悪い奴なら、オレがどうにか改心させてやる」
「痛い目に遭っても?」
「痛い目に遭っても!」
「嫌な思いしても……?」
「嫌な思いしてもだよ!」
「ふうん」
朱に染まってた唇は元の血色を取り戻して、そういえば、天使の血って赤いか。
縮こまっている羽が、ぱさりとふるえた。綺麗だ。
「俺は神に仕えながら、神の使徒を食っちゃいたい特殊性癖があるけど、それって悪い奴……? 天使本人からしたら、どう?」
本人で合ってるのか? 本「人」?
「く、食っちゃいたい……? 特殊せーへき……?」
「性欲の対象がお前さんってこと」
なんだけど、って小首を傾げて尋ねる。天使ははわっと口を震わせて、俺の上から降りようとした。けれどおずおず跨り直す。跨り直しちゃうんだ……
「せ、せーよくも、改めさせる……」
「俺が死ぬまで自分の世話をさせるつもりなのに?」
「だから! オレじゃないものに向けるようにさせるんたよ!」
どうやって、だとか、野暮ったいことを聞きそうになる口をへらりと歪める。
「大体、なんで天使なんだよ……同じ人間にしとけば良いのに」
「綺麗じゃん」
「へ」
天使が、ぽかっと顔を赤くする。
「それにかわいい。純粋だし、高潔だし、柔らかいし……」
積み上げた言葉の分、天使はぴくりぴくりと身を震わせた。可愛い。
——そういうものってね、天使クン。
「愛しちゃうだろ?」
——汚すと、ゾクゾクしちゃうんだ。さて、こんな俺を改心させられるかな、天使クンは。
「てっ、天使がみんなそうだとは限らないだろ!」
「そう?」
「オレ以外の奴も危ないなら、尚更あんたを改心させなきゃ、だし」
天使は、少しだけ俯いて、唇を尖らせる。
「ていうか、天使ならなんでも良かったのかよ……」
ぽかっと頭を殴られた。
「いって」
ぽかぽかぽかっと続け様に拳が降ってくる。だから、この天使、やけに力が強いっての!
「なんだよ! オレだからじゃなくて、天使ならなんでも良いなんて……最悪! 最悪だあんた!」
「あだだだっ!」
わーっと叫びながら俺を殴る天使が、俺の改心にやけに拘った理由に気付くのは、もうちょっとだけ後の話。