坊ちゃんとメイドちゃん
「んっ……ふ、ンン……」
駄目だっつったじゃねーかよ、このクソガキ! そんな言葉が頭を過ぎる。過ぎるのに……
「ん、ァ……ッ」
スカートの中、見えない場所、そこでパンツの上から性器をご丁寧に舐め上げられたらもう、正常な意識なんて働かなかった。
(そん、な……イヌみてぇに……ッ!)
イヌだったらまだ良かった。悪ふざけで事は済むし、押しのける事だってできた。
残念ながら、相手は人間で——それも、三月が雇われている家の、坊ちゃんだった。
「大和坊ちゃん……ッ、うっ、だ、だめです……ってばぁ……」
スカートの中で、坊ちゃんの頭の動きが止まる。太腿を揉む指の動きも止まったかと思うと安心したが、それが急に三月のパンツの中に入り込んだ。
「ちょっ、ちょっと! 何してんだ……すことよわ!」
噛んだ。驚いて噛んだ三月の反応に、スカートの中も少し震える。笑ったんだ。
その隙を突いて、三月は体を起こした。
スカートの上からばすりと中身を押さえる。
「ったく、もー! こういうこと、駄目だって……! 大体、オレはおと……っ」
布を取り上げると、中にいた怪物が少しだけ申し訳なさそうな顔をして姿を現した。その顔は赤く上気している。人の股間舐めて興奮されたら堪ったものではない。
「お、男でも……良いって言ったじゃん……」
「大和坊ちゃんのそれは気の迷いだし、あ、あんたが良くても、オレは良くねぇの……! ですよ!」
そう言えば「坊ちゃん」はすっかり俯いてしまった。膝の上に握った拳を置いて顔を顰めている。
「気の迷いなんかじゃないし……」
「気の迷いじゃなくても、こんなことすんな! おかしいだろ……お雇いのメイド連れ込んで、スカートの中に急に……っ」
張り上げていた声を少し小さくする。
「スカートの中に頭突っ込むかよ……それも、こんなところ舐めて……! 旦那様に見つかったら、オレは即クビだっつー……」
「親父は関係ないだろ……」
「関係あるんです! オレを雇ってるのは旦那様で……」
「ミツはあいつのもんじゃない! 俺の……っ!」
父親の話をすると急に苛烈になって、そのまま傷付いたような顔をする。いつもなら、このままヘソを曲げてどこかへ行ってしまうのが常だったが、今日はどうやら違うらしかった。
「……初めてはミツが良いって、言ったじゃん……ミツに教えて欲しいって……」
「男に必要な知識なら教えますよ。避妊具は付けるようにー、とか。ご学友の彼女ができたって聞きましたし」
「なっ! 誰から聞いたんだよ……!」
「メイドの中じゃ、もっぱら噂ですからね。随分可愛いらしいじゃないですか? この間、お菓子を届けにいらしたって」
「あの子は違うって」
「初めてが良いなんて、中等部に上がられた時に言ってた言葉でしょう。大和坊ちゃん、モテるんですから……もう済ませたんじゃないですか? それでいつまでも揶揄わないでかださいよ……」
「揶揄ってなんかないし、女と付き合ってもしてない……! あれは、相手が付き合いたいって言うから……!」
ははあ、と笑う。
「やっぱりモテるんですねぇ。モテる坊ちゃんを持って鼻が高いですよ」
そんな風に笑った三月のヘッドドレスを、大和が掴んだ。引き寄せられて、無理矢理口を塞がれる。がち、と皮膚越しに歯の当たる音がした。
ん、と声が漏れた。ただ痛かった。
「ミツ……」
痛いのは同じだったのか、大和が自分の唇を撫でる。切れ長の目が、三月を睨んだ。
「……嫉妬なら嬉しいけど、嫉妬じゃない嫌みなら、折檻したくなる。どっち」
そんなの、決まってる。三月は歯が当たった唇の裏をちろりと舐めた。痛い。
「なんでオレが嫉妬するんですか……坊ちゃんがモテたら鼻が高いって言ったばっかりなのに。変な期待、しないでください……折檻もお断りします。その内、坊ちゃんの方が落ち込むんだから」
そう言えば、三月を睨んで閃いていた瞳が、きゅっと小さくなった。
結局、大和は溜め息と共に立ち上がると、「ごめん」と言って部屋を出て行った。
取り残された三月はほっと安堵の息を吐き、それから、やわり勃ち上がった自分の股間を押さえた。
良かった、今回もかわしきれた。
スカートをたくし上げる。ガーターベルトの下にある下着は大和に舐められたせいで僅かに湿っていて、その中の性器は次の刺激を求めて震えたまま——それを静かに指で押さえる。
「……坊ちゃん」
本当に童貞のままなんて、あるわけない。黙ってればあれだけ端正なんだから。
くるくると自分の性器を慰めながら、いつか掛けてくれた無垢な笑顔を思い出す。
「っ、あ」
とぷっと溢れた露を、ハンカチで拭った。坊ちゃんにバレない内に下着を替えなくちゃ。
……本当のことを言ったら、坊ちゃんがモテているのは、フクザツだ。オレの可愛い可愛い猫みたいな坊ちゃんが、どこかの女に靡いてるのだとしたら、かなりショック。初めて彼女ができたと噂を聞いた夜は、ガンガンと落ち込んで眠れなかった。そんな三月だった。
(……童貞に、筆おろしなんて頼むから……)
意地もある。当然、可愛らしい坊ちゃんを同性が相手して良いのかと言う後ろめたさもあって突っぱねていただけで、健気に慕われていたら愛情も湧くもので……湧いてしまったのだった。
元より、三月は相手に深入りしすぎる。雇用主の子でしかないと、そう割り切っていれば良かったものを、彼が父親に抱く嫌悪に、家族の中での孤独感に、触れてしまったから……放っておけなくなってしまったから……
「坊ちゃんの、ばーか……」
真正面からお前が欲しいとねだられた時のトゲが抜けない。早く諦めて欲しい。もしくは、早く他所へ興味をやってくれ。
じゃないと、突っぱねきれそうにない。