Restraint


相手が男なので、責任も躊躇もいらないと思っていた。周りの男から遠ざけることへの責任も、我儘言って膝を借りることへの躊躇も、与えられるだけ食べてしまうことへの戸惑いも、何もかも、俺が気に掛けるものなんてひとつもないと思っていたのに。
「責任取れよ……」
可愛い子が好きな俺への、可愛くない宣告。
肩を掴まれて、寝惚け眼を擦った。眼鏡がない。うっすらぼやけた視界で時計を探す。まだ、三時。外が暗いから、多分、午前三時の方。
「せきにん……?」
責任とは、起きた事態に対して対処・対応を行い務めなければならない、それを請け負う立場に発生するもの。
「なんの……?」
へ。と変な声が出る。
ミツに対して、俺が取る責任なんてあっただろうか。俺は誰にでも「優しく」、「都合良く」接していたはずだ。なるべく、誰に対してもミツにするのと変わらないように。
「俺、なんか悪いことしたっけ?」
肩に毛布だけ掛けていて素っ裸のミツに向かって、寝惚けていた俺はそんな暢気な言葉を放ってしまったのだった。

二階堂大和は、誰にでも優しい。全員同じ。全員特別。そう言ってるみたいに。
(全員同じ。だから、ここから入ってくるなよって)
まるで、線引きされてるみたいだ。
大和さんの踵の少し後ろには白いラインパウダーが引かれてて、そこから先、背中に近付かないようにって警戒されてる。
そんな風に思ってるのは、オレだけかもしれない。
この間、ライブ中に陸とナギが大和さんに飛び付いてたのを思い出す。それも背中から。オレは冗談で「おっさん、腰やるんじゃねぇぞ」なんて笑ってたけど、オレ一人じゃできない。だって、「触るな」って書いてあんだもん。
(触るなって……)
今、自分の膝の上で微睡んでいる塊にだって書いてある。今は「ミツ以外触るな」って。
(嬉しい……)
ここに大和さんが来る時、オレは触っても良いんだと思えて嬉しくなる。オレだけが触っても良いんだ。そう思えるポジション。猫の子が膝の中に入ってくるのと似てる。今ここにいるのはデカい化け猫だけど……それでも、オレはくーくーと寝息を立てる頭を撫でて、嬉しいなって目を細めるんだ。
「かわいいな……」
そんな、かわいいなって思っていた気持ちを、この化け猫は思いっきり弄んでくれたわけだ。
「さむいから、あっためあお」
何を言われたか、わからなかった。急に起き上がって目を擦った大和さんが、むにゃむにゃと何か言っている。耳を寄せた時に聞こえた片鱗がそれだった。
「雪山じゃあるまいし」
咄嗟に思ったことを口にする。
「さむい……」
「ちょっと待ってよ。今暖房つけっか」
ら、まで言ったオレを、大和さんの腕が羽交締めにする。
「は?」
エアコンのリモコンを探ろうとしていたオレの腕が空をかいて、そのままぱたむと落ちた。落ちたと思ったら、パーカーの布地を持ち上げられる。
「あ、おい?」
「あい」
おい、ははは。本当に可笑しそうに笑う時の声でそう笑った大和さんがオレのパーカーを首から抜いて、ベッドの下に放り投げた。
「え、ちょ、た」
「うぇっちぃ」
くくくと喉で笑ってそのまま、背中から覆い被さってきたかと思うと、オレの脇腹を撫でてシャツを捲り上げる。ちょちょちょ、待て! 待っての気持ちで慌てて体を仰向けに返すと、何でもない顔して、大和さんはオレの胸に胸を当てて圧迫してきて——オレは少し怖くなった。ひゅ、と喉が鳴る。
(あ、こわい)
膝の中にいたはずの猫の子が、本当に大きな化け猫になった瞬間だったと思う。
(こわ、い)
体が固まって動かない。だけど、体を固めてたのは大和さんも同じだった。オレの耳元でふっと息を吐いたかと思うと、スライムみたいにだらんとする。
(わっ)
急に汗が吹き出した。
けど、そんなこともお構い無しに、大和さんはオレのシャツを密着したままずり上げていく。
丸まったシャツの裾が鳩尾を滑って、胸の上をずり上がっていくのを感じて、身震いした。腹に空気が触れてひやりとする一方で、胸は大和さんに触れたまま……それもさっきより直に触れてるから、空気の冷たさとその熱さで頭が混乱する。
「ミツ、あったけぇー」
そんな間抜けな声に、オレは耳がかっと熱くなるのを感じた。オレは今こんなにこわい思いをしたのに、そんな目に遭わせてる張本人は暢気なことを言う。
ずりずりと上がっていくシャツは、やがて俺の脇の下まで来て、うまく抜けない。抜かせない。
そんなオレの意地を感知してか、大和さんが体を起こす。急にひやっとする胸元が不安になって、だけど、違うよ、そういうことじゃないよとオレは脇を締めた。締めたのに、あっという間に無理矢理バンザイさせられた。
「な、なんでだよっ!」
「俺ぇ、一回、ミツとくっつきたかったんだよなぁ」
「く、くっついてるだろ! いつも!」
触れてくるなには触れないようにしてたのに、急にこんな距離詰めてくるなんて卑怯だ。卑怯で、ズルだ。
「いつもかなぁ」
「い、いつもだよ……」
「そんなこと、ないとおもう」
ばさっと、自分のハイネックをインナーごと脱いだ大和さんの体を目の当たりにして、なんでか、なんでだろう。オレはドギマギして……そのドギマギの動揺のせいで堪えていたシャツを持っていかれた。辛うじて引っ掛かっていた右腕からもシャツの袖は抜かれてしまって、またぽいって投げ捨てられた。
その内、大和さんはスウェットを脱ぎ捨て……脱ぎ捨て?
オレの頭に疑問符が浮かぶ。それと同時に——慌てて半ズボンのゴムを握っていた。
「やっ、だ、ダメだってば!」
大和さんの手が、オレの半ズボンを脱がしに掛かったからだ。それも、パンツのゴムまで握り締めて。
「おっ、そ、それは流石にダメだって……! デリケート過ぎるっつーの!」
「だいじょーぶだって、やさしくするからぁ」
「違う意味に聞こえる! 違う意味に聞こえるから!」
「違う意味じゃねぇよ」
え、と思っている間に、ズボンはパンツごと抜き取られ、靴下は片方ずつ丁寧に、本当に丁寧に抜き取られた。その慈悲をパンツに使って欲しかったよオレは……
丸々脱がされたオレは、同じように丸々脱いだ大和さんに抵抗する間もなく抱き締められた。密着して毛布と布団を被っている内、本当にここは雪山の、遭難先のコテージなんじゃないか
と思えてくる。実際には身の危険が無いはずの寮の一室だ…… (身の危険は、あるけど)
大和さんがさっき言った、「やさしくする」「違う意味じゃねぇよ」の言葉が、頭の中でぐるんぐるんと回っていた。だってさ、だって、こんなのって、普通しないよ。
おずおずと大和さんを見上げようとして、だけど怖くなってやめた。顔を見たら、何かに持ち込まれそうだったから。
(自分は、触るなって顔、するのに)
自分が触るのはいいんだ、一方的に。
体に回ってる大和さんの腕を辿って、恐る恐る二の腕に触れる。顔はまだ見れない。
「やまとさん、こわいよ……」
「こわくしないよ」
大丈夫、と頬に触れたのが唇だってわかった時、オレはもう人の形を留めていられなかったと思う。

そんなこんなで目覚めた時、大和さんは何一つ覚えていないようだった。
オレの不安は空振りに終わり、オレの予感は結局違う意味で、勘違いで……本当にこわいことなんて何も起こらなかった。オレは安心する反面、どうしてかがっかりもした。
(なんで)
だから、大和さんの肩を掴んで言った「責任取れよ」は、きっと妥当だったと思う。だけど、失敗だったとも思う。
「なんの?」
心底わからなそうな大和さん。オレがまさかこんなことを言うとは夢にも思わなかったろう大和さんの、その間の抜けた表情に、オレは少し泣きたくなった。
あんなに上手く脱がしておいて、あんなに上手く絡め取っておいて、あんな誤解をさせておいて、その責任を取らないなんて——神様、こんなこと許して良いわけないよな……?

「全部、全部……悪いことだろ……ッ」
泣きそうな顔をしながら息も絶え絶えに言うミツを見ていたら、きっと俺は酷いことをしたんだと思えてきた。きっと、ミツを傷付けるようなことを——振り返ると全裸でベッドで、もしかしたら、やることってひとつ……? まさか、ミツが俺と……?
そう思うと、少し寒いくらいだった部屋の温度が急に上がった気がした。
俺は、相手が男なので、責任も躊躇もいらないと思っていたんだよ。周りの男から遠ざけることへの責任も、我儘言って膝を借りることへの躊躇も、与えられるだけ食べてしまうことへの戸惑いも、何もかも、俺が気に掛けるものなんてひとつもないと思っていたのに。
(男からも女からも……)
遠ざけて、近付くなって、俺だけがお前のそこにいれたら良いって、思っていたの。俺はそんなことを思いながらお前の膝にいたんだよ。バレちゃったかな。伝わっちまったのかなぁ。
「責任……」
胸に手を当てた。今は離れてるけど、ミツの体の温もりを知った後だと、しくしく寂しい。
「俺が責任取って、いいの……?」
そう言えば、ミツはあんぐりと口を開けて「そういうことになんの?」と間抜けに溢した。
「そういうこと以外に何があんの……?」
「いや、だって覚えてないんだろ……!」
「覚えてないけど! でも、取って良いなら俺は……!」
「そ、そうじゃなくて……! オレばっかりこわい思いして……ハラハラしたから……! その責任を、だなぁ!」
「だから取るって」
わ、わ、と身振り手振りをしようとするミツの手を握る。熱い。あったかい。
「俺がミツのこと好きなのバレちゃったなら、取るから、全部」
こわい思いさせてごめん。そう言って、手を握ったまま頭を下げた。次に顔を上げた時、ミツは顔を真っ赤にして「うそ」と溢した。
「嘘じゃねぇよ」
「だ、だって、あんた近付くなって、顔して」
「はぁ? いつ……会った頃とか?」
「ち、違うよ! 今も、時々」
「……なんで俺がミツのこと避けんの。俺、近くが良いよ。隙あるなら近寄りてぇもん。隣が、空いてたら……」
隣がいい。手を握ってたのを忘れかけた。やばい。手汗びっしょりかも。さり気なくを装ってたから。いつも、隣が、そばがいい。ミツの近くは居心地がいいから、しあわせだから。さり気なくを装ってたら責任取ることなんて無いって思っていたのに。
「……な」
ゆでダコみたいな顔色して今にも失神しそうなミツが、俺の手を握り返す。ちょっと痛い。
「ち、違ったんだ……」
「近付かせたくないとか、避けるとか、絶対ねぇし……」
「よかった……」
ゆでダコが、ぽつんと溢した。
ぶる、と震えが走る。どこを見るでもない、ただ真っ赤な顔してそう言うミツがあまりに可愛くて、雷に打たれたみたいな表現はこういう時のことを言うのかもしれない。
むっと突き出ていたミツの上唇を挟むように口を当てる。驚いたミツが「わ」と声を上げた。
「こ、こわくしないって、言ったろ……!」
「ごめん、つい」
「ついでキスする奴が、どこに……!」
わーっと腕を上げて抗議しようとしたミツが、両手を俺に掴まれていることを思い出したのか、俯いてモゴモゴ何か言っている。
「そういうのは案外、ついで始まるもんじゃない?」
「そういう……って……」
「つい」
至近距離で、少し顎を引いて、上目遣いで(ミツもそうしているから、負けないように)、ゆっくりと瞬きをする。それから、ただでさえきつく握ってた手をもう一度、ぎゅってするんだ。
まるでドラマのワンシーン。
「そ、それは、ついじゃねぇだろ……」
「ああ、バレた? バレたなら言っちゃうけど」
言うな言うなとバッテン作ろうとするミツの腕は捕まえたまま、あえての鼻先が触れない距離でするっと目を細める。
微睡は終わって、もうこの表情の下には明らかで狡猾な自意識があって、自分はこういう奴だと思い出す時。そして、お前にもそれを思い出して欲しい時。
「お兄さん、今ミツのこと落とそうとしてるよ」
そういう自覚がある時だけ、俺は悪いことをしていると思う。
ゆでダコは観念して肩を落として、どうしていいかわからないんだろうな。俺の素のままの肩に頭を寄せた。