TRIGGERのメンバーとふらり小旅行なんて企画をばんやりと見ていた時、ぼんやりとしていたのにだ、やけに頭に残った。ミツが楽しそうに「八乙女はこういうファッション、マジで似合う」と言っていた。それが、やけに、やけに頭に残っていて、多分——少しだけ、テレビの向こうの壁を見た。その壁の白いこと白いこと。
そんなの、俺だって似合うじゃん。
ハイネックだって似合うし、モッズジャケットだって、流石に貴族のお出掛けみたいな服は遠慮するけど、モノトーンの落ち着いた格好は、俺だって似合う。
そんなことを考えている最中だった、ミツがぷはっと吹き出したのは。
「なんて顔してんだよ」
「別に、普通だろ」
嘘ばっかり。俺は、お前に——
きみにもてたいよ
「モモにモテたい」
「いつもモテてるじゃないですか……やめてくださいよ、そういう話」
俺は楽屋の雑誌をパラパラめくりながら、不貞腐れたみたいな顔をしている千さんの顔を、瞳だけ上げて見る。
「あいつ、最近中年俳優ばっかり褒めるんだ。絶対僕の方が良いのに」
「ここの現場にも先輩方いるんだから、そういうこと言うな……ガキかよ……」
「同じ歳になったって、絶対僕の方が良いに決まってる」
「やめろっつーの……」
溜め息を吐いて雑誌を閉じる。ついそれを丸めて投げそうになった手を止めて、テーブルにそっと雑誌を置いた。
俺は、今の千さんの自信が正直羨ましい。
(八乙女より俺の方が良いに決まってるなんて、絶対思えないな……)
いや、そういう話じゃないか? それでも、ミツにとって、八乙女や十さんより俺の方が良いなんて、到底思えないんだ。
(でも、俺だってさぁ)
俺だって——楽屋の鏡を少し見た。
(悪くはなくないか?)
国宝には敵わないかもしれないが。
国宝と言えば、目の前でむくれてあーだこーだと言っている男の顔も、黙っていれば国宝級。俺はあくまで凡人の中では良い方だろうくらいのもんで、だからつまり……
「あいつにモテたい。世界で一番モテたい」
……そういうことだけど、凡人の中での上の中、いや、中の上……? そのくらいの俺では、ミツの一番なんて、かなりの高難易度ってこと。
まぁ、国宝級が悩んでるくらいだし、そりゃあ凡人も悩みますよ……
「……努力とかするんですか、千さんでも」
「何が?」
「百さんにモテるために」
そう尋ねれば、千さんは指先を顎に当てて「そうね」と笑った。
「モモが喜ぶこと、沢山考えたりはするよ。けど、あいつ、僕が何をしても喜んでくれるから、実際のところ、効いてるかどうかはわからないんだよね」
とんだお惚気だ。
「だから、十も百も考える。考えてる内に、モモの方から僕が喜ぶことをしてくれるんだけど」
「流石、百さん」
「僕のことも褒めてもいいよ」
「あんた喜ばされてる側だろ。褒めるところ無いじゃん……」
手厳しいななんて笑った千さんに、俺は思わず溜め息を吐く。やっぱり、モテるためには相手を喜ばせなければならないのだ。
寮に帰ると、リビングのソファでは、ミツがアイドル雑誌を広げて唸っていた。
そんな姿を勤勉だなぁと思う一方で、やっぱり面食いだなぁとも思う。広げられたページには、大手事務所の看板アイドルが写っていた。
「お前さんって本当、好みがわかりやすいよなぁ」
「何、突然……」
男の趣味も女の趣味も、とてもわかりやすい。隙のない切れ味の良い顔が好きなんだ。
「顔の話? 違うよ……いや、違わねぇけどさ……」
雑誌を閉じたミツは、少し口を尖らせて言う。
「この衣装のジャケット見てたんだよ。欲しいなって思ってた形に似てたから……でも」
でも……と続ける言葉尻が萎んでいく。
「オレ、チビだし? こうはならないよなって思ってさ」
「欧米ブランドのスーツジャケットって、合わせるのちょっと難しいよな。体型のこともあるし」
「大和さんは似合うじゃん……胸板も、ほら……」
ちらりと俺の首元を見て、それから視線を上げたミツが口を尖らせたまま言う。
「厚みあるし……オレ、どう頑張っても貧相で、似合わねぇんだよなぁ……」
「……何、そんなこと気にしてんの?」
そこで、俺は相手が喜ぶことを考える。俺にできるのって精々このくらい……ってことを思いついて、ソファの背もたれに腕を乗せて顎を置いた。ミツの顔を横から覗き込む。
「フィッティング行ってみるか? 値段にもよるけど、買ってやるよ」
「な、なんだよ急に! 自分で買うよ!」
「ミツが喜ぶなら、お兄さん奮発しちゃうけど」
「い、いいって……! いきなりこえーこと言うな!」
怖い、だろうか。
好きな子に服を買ってあげるって、俺からすればこの上ない贅沢で、この上ない幸福感に包まれるわけで、それでミツが喜んでくれるなら万々歳なんだけど。
「何……大和さんの方こそ、なんかオレにして欲しいわけ?」
「なんで?」
「だからそんなこと言い出したんだろ? あんた、そういうとこあるじゃん……」
そうだっけ、とすっとぼける。確かに、俺にはそういう面が大いにあるし、今の言葉だって——モテたいからだ。
「別に? ミツのこと甘やかしたいな〜と思っただけだよ」
「本当かよ……とんでもねぇもん要求されそう」
うりりとミツの頭を小突く。
「人聞きの悪いこと言うな。お兄さんのこと、なんだと思ってるわけ」
しかし、大凡ミツの言う通り。下心は大いにありありだった。見事に言い当てられて、背中が少し冷たくなる。
「ずるいと思ってるけど?」
「ひっでぇ……」
「……まぁ、あんたに要求されてオレから返せるものなんて、大したもんじゃないから……別に良いんだけどさ」
そんな風に言うミツが、少しだけ笑った。
その横顔を見て、俺は、俺の口は咄嗟に反論する。
「そんなことないよ」
「え……?」
ミツが驚いて顔を上げた。瞳がひらりと閃いた。
「そんなこと、ないよ。ミツがくれるもん全部、俺にとっては大事なもんだし」
「そ、そう……? なら、嬉しい、けど……」
口から出てしまったものは仕方ない。俺は本音を真っ直ぐミツにぶつける。少し照れくさい。けど、逸らすのは瞳だけにした。顔まで逸らしたら、まるでこの言葉全部が嘘っぱちみたいじゃないか。
そんなことない。そんなことないんだ。そうやって態度でだって示さなきゃ。そう思わせてくれたのはミツで、これだって俺の中じゃかなり大事なもんだ。
「……おっさん、今日なんかヘン! やけに素直っつーか……俺のこと喜ばそうとしてくるっつーか」
「あー、まぁ、ほら……なんつーの? サービスウィーク、的な?」
「なんだよそれ! まぁ、嬉しい、けどさ?」
閉じた雑誌を見下ろしていたミツが、ちろりとだけ俺を見る。その目の可愛いこと、その表情の可愛いこと……
「……ミツにモテたいなぁって思ってさ」
だからそんな可愛さに惑わされて、もう一つ溢す羽目になった。
「モテ……?」
「あ、あの、ほら……! 変な意味じゃなくて……」
下心あり寄りの、この感情の何処に変なものがないのだろう。
恋の字は変に見えるなんて昔からよく言う話。ミツに恋してる俺って、もしかしたら……変なのかもしれない。
「その……さ」
ええと、と頬を掻いて黙りこくる俺の横顔を暫く見ていたミツが首を傾げたのがわかる。
雑誌をもう一度開いて、それからぱらぱら紙が擦れる音がした。
大和さんさぁ、とミツが言う。
「なに」
「オレ、そもそもこの人が目当てでこの雑誌買ったんだけど、ちょっと見てみて」
誰だろう。恐怖心と焦燥感と、少しの好奇心でちらりと目をやる。怖くて戻る。
それを、ミツが「ほ〜ら」と雑誌の見開きを押し付けてきて無理矢理見せるから、俺は仕方なく、ぎゅっと閉じた目を開いた。
——秋ドラマで注目される彼の、今の自然な姿を——そんな文句が目に入って、見開き半分には半身カットと秋物コーデの二階堂大和って奴。
「な?」
雑誌の上から目を覗かせていたミツが、ゆるっと目尻を細めて笑った。爛と揺らいだ瞳が、驚いている俺をまっすぐに見ている。
「こ、こんな、たった四ページなのに……事務所にだって届いてるだろ……!」
「ページ数なんて、誰でもそんなもんじゃん。いいんだよ、俺はこの人が見たかったんだから」
開いたままの見開きを改めて自分で見て、それをぎゅっと胸に抱いたミツに、くらりと眩暈がした。
「ちょっと余所見したからって、いじけるなよな」
ソファに座り直してまたペラペラとページを捲っているミツの背ににじり寄って、俺は情けない顔を拭う。
「そんなこと言ったら、オレだってモテてー……」
そう溢し掛けたミツの首を後ろから抱いて体重を掛ける。ミツが、わっと声を上げた。
この恋がいつか変じゃなくなると良い。
できるだけ変に見えないように、俺は雑誌の撮影みたいに照れくささも背徳心も、下心をも何もかもを捨てて、くしゃりと笑う。
「あーもう、俺、ミツのこと本当好きだわ!」
「マジで急になんなんだよ!」
ケラケラと声を上げて笑うミツを抱き締めたまま、一時的に片付けた変の気持ちを思いながら瞼を閉じる。
「大丈夫、あんたもオレにモテてっから!」
同じ気持ちならきっと恋になるだろうに、俺はまだ暫くは変を抱えることになりそうだ。
宥めるように俺の腕をぽんぽんと叩くミツの手に嬉しくなりながらも、苦しくなりながらも、今この時だけは俺がモテて良いんだと噛み締めた。
ああ、俺は世界で一番、きみにもてたい。