おにさんこちら
厄介な取り立ての仕事を終えた後だった。随分と長引いた案件だったから、終いもそりゃあ厄介なもんで――辟易とする。こういうタイミングでは、「会いたくはない」。
「兄貴、あの子、今日はライブだって言ってましたが、どうします」
「……どうするって、何が」
「チケット、預かってます」
用意の良い優秀な舎弟だ。車のシートに沈む体が、普段より一層重く感じた。
「こんな仕事した後で、学生が楽しく騒いでる所に紛れ込めるとでも思ってんのか、お前さんは」
バックミラー越しに視線を寄越した武蔵に、大和はへらりと笑って見せる。
「よりによって今日じゃなぁ。俺、きっと生臭いだろ?」
じっと大和を見るだけの武蔵に、大和は頭を横に振った。
「それに、六時開演だろ。もう終わっちまってる」
「覚えてたんですか」
車窓に目をやりながら口を覆う。自分の口角は上がったままだった。会わなくとも、あれのことを考えるだけで心は和らぐ。
「当然」
そう返事をすれば、運転席の武蔵は小さく肩をすくめた。笑ったのだと思う。
「……会いたかったんじゃないですか」
「けじめっつーのかな。会いたいのも本音、けど……会わない方が良いと思ってるのも本音なんだ。わかるか?」
「まぁ、わかりますね」
雨が降り出しそうな曇天に、目を細めた。夜の中の曇り空ってのはどこか、どこかドブ池に似ている。
「ドブからお天道さん見上げたら、眩しいだろ」
「お天道様が見えるようなドブだったら、まだ良いんですがね」
「……違いねぇ」
星どころか、月も見えない。そういうドブに住んでいることを、時折思い知らされる。近くに陽の光があれば尚更だ。
(ああ、でも……あれはお月さんだったか)
大和からすれば、太陽も月も同じことだった。どちらだって心臓に花を咲かせたあの子に違いない。
「では、このままお送りします」
「ああ、サンキュー」
シートベルトを締めた武蔵がギアを入れる。ゆっくりと走り出す車体の動きに身を任せながら、大和は羽織の袖に手を差し込み、腕を組んだ。
「行き先は」
「うちで良い。最近は、帰るようにしてるんだ。相変わらず何もないけどな」
「……わかりました」
雲の切れ間から、僅かに光だけが覗く。その光源は見えないままだ。けれど、大和はそれでも良かった。
あれに触れると、自分の指先から清められていくような気がした。けれど、その代わりにあれが汚れていくような気がして――水に墨を落とすのに似ている。あるいは、泥水を。
大和にそんなことを考えさせないように、その覚悟を見せるためにきっと胸に墨を入れたに違いない和泉三月のことを思いながら、それでも大和は、自分が何者であるかを何より知っていた。
「強い男だよ……本当」
あれに比べて、自分はこんなにも臆病だ。
羽織の内がぶるりと震えた。スマートフォンがバイブしたのだ。大和はそっとスマホを取り出し、そうして画面を見る。
「……ミツ?」
やはり、ライブは終わったんだろう。何故姿を見せなかったのか問い詰めでもするんだろうか? それとも自分の戦果の報告でも? そんなことを思いながら応答する。
「もしもし」
物静かぶった大和の声に、マイクを通した三月の声が届いた。
「もし、もし」
少し反響しているように聞こえる。まだ会場にでもいるんだろうか。
「ミツ、ライブお疲れさん。どうだった?」
「……大和さん、いなかった……?」
「ああ、ごめん。仕事が立て込んでたもんだから」
「そ、う……」
ぜぇ、と息が切れる音が混じる。通信のノイズかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
大和は、空いている方の手を静かに上げた。武蔵がそれに気付き、さっと車を脇に寄せる。
ささやかな停車の反動を感じながら、大和は三月に呼び掛けた。
「ミツ、どうした? 具合悪いか……?」
「う……」
泣いている……のではない。けれど、はぁと熱っぽく息を漏らす三月に、さてはまた体調を崩しているんじゃないかと勘繰る。
「そんな、こと……ンッ……なかったんだ、けど……」
大和は、エンジン音があっては聞き逃しそうだった三月の様子に、顔を強張らせた。
様子が、おかしい。様子がというよりも……
「大和さ……会え、ねぇ、かな……いま」
んくと息を飲み込む声が、やけに耳に纏わり付く。
「……ミツ、おまえ……」
「トイレ、逃げてきたんだけど……対バンの、あいてからもらった酒……飲んだら、なん、かぁ……酔い、回っ……?」
はやくて、ちがう、へん……そう続く途切れ途切れの声に、大和は視線を上げた。
「どこで飲んでる? 他のメンバーはどうした」
「ハコの、近くの……ミストって、バー……オレだけ、残っちゃって……はぁ……」
「わかった。武蔵、ミストってバーだ。車回せ」
「すぐに」
――何か、盛られた。
あの辺りで流行りそうな薬はあったろうか。いや、一般人が入手できるようなデートドラッグかもしれない。頭の片隅を回転させながら、大和はスマホのスピーカーに耳を澄ませる。
「オレ、ここ、いていい、かなあ……」
「すぐ行く。下手に動くなよ。出るように催促されても、絶対に動くな」
「……ん、うん」
安心したように息を吐いた三月が「ふぁ」と声を漏らした。
「ミツ、眠い……?」
「んーん……ふわふわする、だけ……」
ずるずるという衣擦れ、反響が遠くなるのを聞いて、へたり込みでもしたのだろうかと思う。トイレにいると言っていたから、鍵は掛けているだろう。仮に気を失っても、簡単に好きにされることはないと思いながら、それでも焦燥する。
大和はスマホから少し距離を置き、武蔵に囁いた。
「ガキに薬盛られたらしい。あの辺りで出回ってるブツがあったら……」
「すぐに調べます。締めてやりますよ」
頷きながら、再びシートに腰を落ち着ける。
「あっつ……やまとさん、まだ……?」
「もう少しだから、良い子に待ってな」
「うん……オレ、いいこにして、っから……」
会いたくはない。けれど、せめて三月の安否を確認しなければ。状況を確認して、必要があれば医者に回して――何かあっては困るから、組の息が掛かった医師に相談する方が良いだろう。兎にも角にも、今は三月を助けたい。それに……
「大和さん……やま、と、さん、あのさぁ……」
「あ、ああ、悪い。今、ちょっと考え事……」
「抱いて……」
ひくりと鳩尾の辺りが震えた。
「くちゃくちゃに、してほしく、て……さぁ……!」
三月をこんな状態にして、他人が何を企んだのかなんて考えたくもない――人のものに手を出そうとした奴には、相応の仕置きが必要だ。
青筋を立てた大和の顔色を窺い、武蔵がワイヤレスイヤホンの電源を入れた。
「手が空いてる若いのはいるか。全員こっちに回してくれ」
生憎と、先ほど面倒な仕事がひとつ終わったばかりだった。手の空いている若い衆などいくらでもいる。
「……やまとさん」
「おはようさん、ミツ」
おはようと言っても、まだ夜は深いまま。三月から見えているのは、間接照明の仄かな光に照らされた大和の姿だけだろう。
「あれ、オレ……」
「バーのトイレで丸まってたから焦ったよ。覚えてる? ミツ、かなり熱烈だったからさ、お兄さんうっかり興奮しちゃった。生殺しだよ」
「オレ、どう……なったの……」
三月が体を起こした。丸裸にされている自分の体を見下ろして、ぎくりと体を強張らせる。
「え……っと」
「ああ、トイレに転がってたし、汗でぐっしょりだったから服脱がせちまったんだ。ごめんな。シャワー、浴びれそうか?」
「そ、そういうこと……や、さっきよりは、だいじょ……」
「本当に?」
大和は、三月の首筋を撫でる。つつつと爪の先で擽ってやると、三月は容易く体を震わせ、目を伏せた。
「随分、溶けちゃってるみたいだけど」
そっと口に口を寄せて、吸い付く。
「う……ン、ぅ……」
ゆるりと唇を開かせ、その隙間から舌をねじ込む。わざと音を立てて、強めに三月の舌を吸った。唾液をずるりと吸い上げて顔を離す。
「さっきみたいにおねだりしてごらん」
そう耳元で囁いてやると、三月はふらりと大和を見上げた。薬が抜けきっていないのか、瞳が僅かに揺れる。
(やばい味や匂いはしない、か……)
大和は、自身の親指で口を拭い、それから――その一瞬の隙に、三月が大和の襟を引いた。ちゅ、と唇を触れ合わせたかと思えば、大和の唇をぺろ、ぺろと舐め始めた。愛らしい小動物のような動きに、大和は思わず、ふっと笑う。
「まだ、抜けてないみたいだな……」
大和の首に腕を回して懸命にぺろぺろとキスを強請る三月の下半身に手を伸ばし、ガチガチに勃ち上がっているペニスをきゅっと掴んだ。上下に緩く擦ってやると、それだけでも三月は喉を震わせ、呻く。
「あ、う……」
「……こんな状態だったのに、すぐ側の他人とヤっちまうなんて浅はかなことにならなくて良かったよ。いいこいいこしてやらなきゃなぁ、ミツ?」
必死に大和の唇に吸い付いてくる三月のペニスを、多少激しく扱いてやる。手のひらがべとついて、熱い。三月の興奮がじわじわと伝わってくる。
「はぁ……ミツ、よく我慢したな……」
「や、とさ……ン、んくっ、いあ、イキた、い……イキたいの、オレ……」
泣きじゃくりながらイかせてと懇願する三月の喘ぎが、一層激しくなる。深いキスをしていられなくなり、啄むようなそれを繰り返す。
一方で、大和は三月の懇願通りに手を速めてやる。真っ赤に熟れた三月のペニスは、露を溢しながら未だ張り詰めているだけだ。
「ミツ、口、はなして」
「や、やら……」
「いいから、ちょっと待って」
三月の唾液で濡れた唇をべろりと舐めた。やだやだ、はなれたくないと駄々を捏ねる三月を押さえながら、自分の手が扱き上げていた三月のペニスに口を寄せる。そのまま、垂れ流れる精液ごと三月のペニスを咥えて、ずるりと吸った。
「ヒッ……い、や、だめッ……やま、さんそれ、らめぇ……」
ぐずぐずになっているペニスの裏筋を舐めて、「ダメじゃないよ」と笑う。
「ミツはいつもしてくれるだろ? たまにはお兄さんにやらせて」
「や、やら……ッ! やまとさん、くち、よごれ、っから……ぐッ」
「いいから……ほら、苦しいだろ? 上手にイこっか……?」
幹を扱いてやりながら舌で鈴口を刺激する。
三月が大和の髪を掴もうとして、けれど何かのブレーキが働いているのだろう。彼の指が滑る。
「なん、でぇ……! オレ、やだって、言ったもお……ッ、やだ、やだぁ……!」
じゅぽじゅぽとわざとらしく音を立ててしゃぶる。もう少しでイきそうなのになと視線を上げると、三月がはらはらと涙を流して、顔を真っ赤に染めていた。
「はずかし……やだぁ……」
「いまさら、恥ずかしいも何もないだろ?」
ぐずぐずと顔を拭う三月に免じて、ペニスから口を離してやる。口から垂れた唾液を手の平に落として、その手で三月の根元をくちくちと弄くり回す。
「……どうした? イけない?」
「は、ら……腹が、きゅうって……」
放り出していた三月の爪先が、ぴくんと跳ねた。懸命に感じてはいるのに、どうにも絶頂を曝け出してはくれない。
「イきたいのに、とまっちゃう……」
「ああ……そっか」
大和は自分の手の甲でぐっと口元を拭った。
愚かにも、自分は相手のことをどう仕立て上げたか忘れていたらしい。
前髪を掻き上げる。三月の精液にまみれていたから、青臭い匂いがした。
「ミツ、おいで」
大和はベッドに座り、そうして羽織を肩から落とした。帯を緩めながら、三月を招く。
「うん……」
ぐずぐずと鼻を鳴らす三月が、素直に近付いてきてくれる。大和は眼鏡の弦を耳から抜いて、そっとサイドチェストに置いた。三月の胸元に咲く月下美人の入れ墨に唇を当てて、皮膚を軽く吸う。
「……はぁ」
嬉しそうに吐息を漏らした三月が、大和の肩に手を置き、背中を弓のようにしならせる。つんと主張してきた三月の乳首もろとも胸を舐め上げてやると、三月の手が大和の頭に回り撫でるように動いた。
気を良くした大和は、三月の胸を味わいながらその尻の肉を揉む。程よく筋肉の付いたそれを強めに握り、擦った。滴った精液と汗で湿った肌が大和の手のひらの愛撫に呼応するように吸い付いてくる。心地が良い。
「大和さん、オレ、乗ってもいい……?」
「うん、いいよ。好きに動きなさい」
尻の穴に指を擦り付ければ、仕込んだ通り、大和を受け入れるように肉が動く。思わず舌なめずりをする。
「や、とさん……はやく、奥……」
大和の頭を抱いていた三月が、待ち望んでいた刺激に、更に呼吸を乱す。
「焦りなさんなって」
大和を受け入れるように仕込まれた三月の秘部が、ゆっくりと大和の指を飲み込んでいく。腰が、緩慢に上下して、奥へ奥へと誘ってくる。待ち望んだ大和の存在が嬉しいのだろう。見上げれば、三月が眉を寄せて、蕩けそうな顔をしていた。
「ミーツ……指だけでイきそうな顔してる」
「だ……って、やまとさんのゆび、きもちいんだもん……」
腹の奥をぎゅうっと押してやると、三月がうっとりとした声を上げた。
普段朗らかな印象を与える三月の声は、こういう時には艶を纏って、大和の鼓膜を喜ばせる。
「はぁ……スケベになっちまって……」
「誰のせいだよぉ……」
「そうだな、こんな敏感にして、ごめんごめん」
目の前にちらつく桜色の乳首を銜えて舌先で転がす。出会った頃より大きくなってしまったその飾りが、大和の口の中で更に膨らんだ。
「ん、や……ぁっ!」
「ほら、ミツ……」
袴を解いて蹴り落とす。下着から勃起している自身のペニスを取り出し、大和はそれまで指で弄んでいた三月の尻の穴に擦りつけた。
「お待ちかねの一物だけど、どうする?」
揶揄うようにそう問えば、三月は自身の尻穴を自分の手でぐっと広げた。大和と三月の腹の間には、満足に絶頂できずに欲を膨らませたままの三月の物がある。
「まさか、前だけじゃイけなくなってたなんてなぁ……」
「うるせぇよ……」
「あらら、さっきまでは抱いて抱いてって可愛くおねだりしてたのに……」
「何言ってんの……」
大和の首の裏で手を組んだ三月が、大和の顔を覗き込むようにする。
涙でくちゃくちゃになった赤い顔の中で、綺麗な瞳が大和の目を見つめた。
「いつでも可愛いだろ……?」
「……うん」
確かに、いつでも可愛い。
「大和さん」
「なに?」
「迎えに来てくれて、ありがと」
ちゅっと唇を吸われ、大和は思わず目を細める。
その最中、三月の尻の穴が大和のペニスを咥えた。合わせていた唇の隙間から三月が喘いで息を漏らしていたが、体の中に大和を収めていく内、その声は次第に大きく、大胆になっていく。
「……ッ、ゃ、ああ……っ! あっ、イッ……!」
大和の方も堪えられなくなり、三月にすがりつかれたままベッドの上に仰け反った。
大和の上で腰を前後に揺する三月が、ひゃんひゃんと声を上げながら自分の快い場所に大和の物を擦り付ける。
「っ、はー……いい、眺め」
やらしくグラインドを続ける三月が困ったように笑った。今は、羞恥よりも快楽が勝っているんだろう。
「れ、も……気分、イイ……」
「乗るの、上手くなったじゃん……」
淫靡に自身を貪っている三月の薄い腹が少し膨れている気がして、そうっと目の前の三月の腹筋を撫でた。
「わっ!」
ぴくんと震えたその反応が可愛くて、ペニスの根元からつーっと指で辿った。やけに力が入っている。
「やッ、ソコ……ッ、さわっちゃ……」
「触っちゃダメ? なんで、どうなっちゃう……?」
更に指先で圧を掛けると――「う、うあっ……!」三月が声を上げた。張り詰めていた三月のペニスからびゅっと精液が飛ぶ。
「うおっ……」
勢いよく飛んだ三月の精液が、大和の腹と胸を汚す。顎にまで跳ねたそれを拭いながら、大和は暢気に声を上げて笑った。
「やっと出たなぁ……」
三月の方はと言えば、瞳を彷徨わせながら、絶頂に浸っていた。ぶるっと痙攣する腰を撫でてやりながら、大和は三月の奥に自身を擦り付ける。
射精に伴って、三月の内壁はきゅうきゅうと痙攣している。中に埋まっているペニスを絞められ、大和もつい腹が震えた。唇の端を噛む。
「ッ、と……お疲れさん。こんなに溜めて、苦しかったろ……?」
けれど、それをおくびにも出さずそう問えば、大和の上で息を整えていた三月が、ゆっくりと顔を上げた。つうっと涙が頬を伝う。
「た、んない……」
「んー?」
「……まだ、ナカ、イきたい……ナカ、むずむずする……」
今この瞬間も、イってるみたいなんだけどなぁ――しかし、三月はこれ以上をお望みらしい。つい笑ってしまう。淫乱に育てたのは自分かもしれないが、それでも悪いことを考えた輩が三月に触れなくて良かった。
こんな姿、とてもではないが、他人には絶対見せたくない。
四つん這いになった三月の、その尻穴を後ろから責め立てる。声を抑えることももう忘れてしまったのか、愛らしく鳴く三月の声が神経を刺激する。
「や、まとさんッ、すき、これ……はぁ、あッ」
「そう? 後ろからガツガツ突かれるの、すき? いつもミツ、教えてくれないから……なぁ?」
「す、き……っ! 突いてぇ……もっと、おく、きて、きてぇ……!」
これが商売女なら、わざとらしく愛想振りまいてらぁなんて思うところだが、相手は正直で素直な三月だ。今は、心の底からヨがっているんだろう。
びっと肌がぶつかる音が鳴った。三月の奥の奥、最奥を突き上げ、また引き抜く。その度に、三月の中は収縮して、大和の物を絞り上げようと吸い付いてくる。
「もぉ、イっちゃうぅ……」
「ん……もうちょっと……俺も、でそう……ッ!」
もう何度も中に出しているが、それでも三月の欲は収まらないらしい。
繋がっている場所から、大和の精液が溢れて三月の股を伝っていく。そろそろ掻きだしてやった方が良さそうだ。
へらっと笑うと、視界が微かに揺れた。
(……仕事、後だったな、そういやぁ……)
面倒で厄介な仕事のことなど、すっかり忘れて三月の体に溺れていた。
そんな大和もいよいよ持久力の限界を覚え始めた頃、サイドチェストに置いていたスマホが、ぱっと光る。
「ん……」
それに気付いた大和が無理矢理スマホに手を伸ばすと、体を繋げたままいた三月が、ひっと声を上げた。
「はい……ああ、武蔵。そっちは……」
「むさしひゃん……?」
「ああ、ミツ、ちょっと待ってて……」
名前を呼ばれ、三月が顔色を変える。
武蔵には何度も三月を送らせているし、大和との関係もよく知っているのだから、今更……今更緊張することもないだろうと思っていた。けれど、三月の方は違ったらしい。三月の内側に、きゅうっと力が籠もる。
「うっ……おい、締めんなって……」
大和と繋がったままベッドに伏せた三月が、口を手で覆った。
そんな姿に健気さを感じて、大和は少し笑う。そうして、スマホのスピーカーに意識をやった。
「……兄貴、お楽しみのところ申し訳ありませんが」
「……終わったか?」
「はい。どうやら、妙に手慣れたグループがここらのシマで薬売ってたそうです。和泉三月の対バン相手のガキが吐きました」
「あれだけうちの若いの集めたってのに、たかだかガキ相手に手こずったみたいだな……? 随分と粘られたもんだ」
「すみません、兄貴」
武蔵が、言葉を切る。そして、口調を改めた。
「グループ連中まで締めるのに時間が掛かりまして。申し訳ありませんでした」
「……はははっ! なるほどな!」
大和が笑い声を上げると、それまで静かに肩で息をしていた三月が、びくっと腰を震わせた。
「うぁ……」
そんな風に呻いた三月の腰を、そっと撫でてやる。ついでに、宥めるように、チチチと舌を鳴らした。
「……よくやった。ご苦労だったな。若い連中には、後で小遣い出すって伝えといてくれ」
「ありがとうございます。そちらは……その様子だと問題無いとは思いますが」
「ああ、そこまで酷い反応は出てない。後で検査に……」
珍しく、相手は大和の言葉を遮るようにして「何よりです」と返事をした。
「ですが」
些か強いそれに、大和はすうっと目を細める。
「なんだよ……」
「失礼ながら、電話取るタイミングは考えるべきかと。和泉三月が可哀想です……嫌われますよ」
武蔵の言葉に、あえて表情は変えなかった。咄嗟の返しも思い付かず、大和は視線だけを三月に向ける。両手で口を塞いでいる三月が、ハラハラした様子で大和の方を見ていた。
「……わかったよ。ご苦労」
「迎えはどうしますか」
「いや、いい。お前はもう休め」
「ありがとうございます」
丁寧に通話を終わらせた武蔵に、大和は暫しスマホの画面を睨み、それからベッドの上にそのスマホを放った。
「……お、わった……?」
小声で尋ねてくる三月に、そのままゆっくり覆い被さる。体の中で大和の物の角度が変わり、腹を内側から押された三月の鼻から声が抜ける。色っぽく、愛らしい。
大和はそんな三月をのそりと抱き込んで、静かに問うた。
「……嫌いになった……?」
「なんでだよ、ならねぇよ……」
不可解そうな顔をする三月の顔をおずおずと見た。少し、情けない顔をしているかもしれない。
「良かったぁ……」
改めて、ぎゅうううと三月のことを抱き締める。
「あんっ」
抱き締められて漏れ出たのは不本意な声だったらしい。三月が慌てて口を結んだ。さっきまで霰もない声を上げていたのにも関わらず、だ。
どうやら、ようやく正気に戻ってきたようだ。良かったと思う。その一方で……
「……かわいいぃ」
大和は、一生懸命に三月の肩に頭を擦り付けた。
「体ダルい……シャワーしたらもう……無理、動けない……」
ベッドの上でうつ伏せて大の字になっている三月のつむじを、大和がぷすりと指で刺した。
「解脱症状かもな。少し寝たら検査行くぞ」
「えー!」
「えーじゃない。小便と血と、念のためな」
「そ、そんなこと言って! 検査する前にあんた散々……!」
三月が、自分の唇をむにと摘まんだ。よくよく考えてみて欲しい。キスはしたが、三月が強請ったものが大半だ……というのを思い出したのか、頬を染めた三月が、唇を摘まんだまま上目遣いに大和を見た。
「言っておくけど、お兄さん多少は慣れてるからな。時間が経ってたからはっきりとは言えないけど、ヤバい薬って程のもんじゃないとは思うよ」
「……そうかよ」
「だけど、念のため」
三月がぶにぶにと自分の唇を押している指を掬い上げ、そうっと口付ける。
「お前さんの体が心配なんだよ。わかるだろ……?」
「うー……」
指を取り返すことはせず、ただプイッとそっぽを向いた三月に、大和は思わず笑った。
「にしても、本当に警戒心の無い奴だな。気を付けなさいよ。世の中は悪い奴ばっかりだぞ?」
「そうだな! 一番身近に悪い奴がいるの、すっかり忘れてたわ!」
「そうそう、俺のツレなんだから、自覚持てよ。お兄さん、すっごく悪い人間だからさ。他の奴が霞んじゃうかもしれないけ、ど」
不満げに頭を上げた三月が、大和の二の腕を指先で撫でた。ぎゅっと爪を立てられ、口を尖らせる。
三月が摘まんだのは、紋々の入った皮膚の境目だった。
「……なんだよ。悪い奴の印だぞ?」
「んー……でも」
仰向けになった三月の肩から、ナイトローブがするりと落ちた。二の腕を摘まんだその手に引き寄せられて、抱き締められる。
「でも、この鬼さん、オレには優しいから」
ふふっと三月が笑った。素の背中を三月の手のひらがするすると撫でる。
「本当、他の奴なんて霞んじゃうよ……」
ありがと、迎えに来てくれて。気が進まなかったのに、来てくれて。譫言のようにそう言われ、気付いてたのかと噛み締める。気付かれていたからには、あえてその事を聞き返そうとは思えなかった。
「お前さぁ」
「うん?」
だから、別の疑問を口に出す。
「頭、ぼんやりしてたろ。下半身あんなになって。なんで……俺に連絡したの」
「……あんたの方こそ自覚持てよ~」
純粋に驚いたような声で言った三月の顔を見れば、大和の肩に頬を擦り付けた彼は可笑しそうに呟いた。
「大和さんとしたいって、それしか浮かばなかったんだもん」
あーあ、困った鬼さんだ。背中の刺青をひっきりなしに撫でられる。別に、普段なら何も感じないことが、急に擽ったく感じて、大和はぱっと三月の体を引き離した。
乱れたナイトローブの合わせから溢れている月下美人の花を親指でぐっと押した。どうしてか、自分でもわからない。けれど、口が尖っていたと思う。
「……あはは!」
そんな大和の顔を見て、三月は笑った。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
がばりと抱き込まれ、手を叩かれながら思った。もう、とっくに誘われて、引き寄せられているよ、と。