夕暮れ牡丹恋慕情


賽〔二の目―Ⅰ〕


「なぁ、そこの小さいの」
 はい、ただいま! と走り寄る。ぐっと引き寄せられて頭ひとつ分違う背丈に抱き締められたかと思えば、にっこり笑ったそのお人は「お父さん、僕はこの子に決めた!」と声を上げた。
「大和、その子は菓子屋の倅でな。仕事で来ていて、お前と遊ぶために呼んだ子ではないのだよ」
「嫌だよ。僕はこの子が良い!」
 なぁ、お前もそれが良いだろう?
 そう言ってぎゅうぎゅう抱き締められれば悪い気はしない。弟にぎゅうとされるので慣れていたから特に気にならず、三月はうんうんと何度も頷いた。
「坊ちゃんが、オレをお気に召したんなら」
 
「坊ちゃん、オレの体、お気に召しましたか……?」
 昨晩は確か、べらぼうに酒を飲んで、その上気分が良かったから、いつも通りに賭場へ繰り出したと思う。寄越されている金を盛大に賭けて負けて、ざまあみろあのジジイ、俺に金を寄越すからこうなるのだと父のことを嘲笑って——それが習慣だったはずだ。
 けれど、昨晩は少し違ったような気がする。大和の隣に華のある娘が座って、そいつが大和の代わりにやたら大勝ちをしたのだ。
 勝つつもりのない賭けで金を得て不貞腐れた大和は、その娘に酌をさせた。酩酊した大和に肩を貸しながら、そいつは「とりあえず宿で休んでいきましょうか」と提案をした。大和はそれに乗った。
「あったまいてぇ……」
 最悪の気分の中、布団から体を起こす。朝日の差し込んでいる部屋をぼうっと眺めていた大和の隣には、昨晩の娘が布団の中に収まっていた。
(あー……確か、俺、賭場で女引っ掛けて……女?)
 うつらうつら、ぐらりぐらりと揺れる頭を叩いて、慌てて隣を振り返る。
 女と同衾は流石にまずい。酔っていたとあれば尚更だ。大和は慌てて、隣で眠っている娘の肩に触れた。
 しまった、着物を着ていない……頭には鈍痛が響いているが、下半身はやけにすっきりとしているし……やっちまったのか、やっちまったのか……と不安に揺れる大和を、薄ぼんやりと目を開けた娘が見上げた。
(あれ、こいつどっかで……)
 大和の隣に寝そべっていた娘は、ふわりと微笑むと可憐とは程遠い盛大な欠伸をした。
「ふぁぁあ……坊ちゃん、おはようございます」
「お、おはようさん……」
「気分はどうです……? かなり酔っていたから、二日酔いなんてのは」
 頭は先ほどからガンガンとするが、大和はそれどころではなかった。ずるりと布団から起き上がった全裸の娘は——娘?
 娘だと思っていたものは、ぺたんこの胸を晒したまま掛け布団から這い出ると、膝を立てて頭を掻いた。橙の髪が揺れる。
「お顔が真っ青だ。やっぱり二日酔いですか……?」
「お前、たしか……」
 父の屋敷で見た記憶が、ある。つまりは、あそこの使用人ではあるまいか。
 ふあ、ともう一度欠伸をした青年は、大和の目を見て言った。
「昨晩は、激しく愛して頂いて……」
 ぽっと、相手が頬を赤らめる。
 彼のうなじに散る赤い花々が目に毒だった。まさか、まさか自分が付けたのか? 頭を押さえて昨晩の記憶をなんとか引き摺り出そうとするのに、頭が痛んで断片的にしか思い出せない。
「まさか、大和坊ちゃんに見初めて頂けるなんて思いもしませんでしたけど……」
いやいや待て待て、娘と見紛う愛らしい青年には違いないが、まさかそんな酔った勢いで、だなんて——
「オレの体、お気に召しましたか……?」
 大和は顔を覆って心の中で悲鳴を上げた。


賽〔三の目―Ⅰ〕


――歳の近い三月くんならば、と雇い主である当主に呼ばれ、三月ははてと首を傾げた。
「歳の近い、とは……」
「ああ、大和のことだ」
 当主の隠し倅の大和坊ちゃんに、一体全体、三月に手伝える何があるというのか。
上背は子供の頃よりずっと大きくなっていたし、時折本家の屋敷を訪れて忌々しそうに使用人やら家の者を睨んでいく大和坊ちゃん。けれど、三月は決して彼を嫌ってなどいなかった。
「大和坊ちゃんに、オレが出来ることなんて」
「歳の近い三月くんに、大和の婚約者を見繕う相談をしたいんだが」
あわよくば、また真正面から彼の坊ちゃんと話が出来るかもしれない。そう思った三月に、当主の言葉ががつんとぶつかった。
――婚約者?

 別に、触れ合わなくても良かった。話さなくたって良かった。健やかに過ごしてくださればそれで良いと思っていた。
幼い頃に三月を褒めてくれたその恩は決してこんな、歪んだ形ではなかったはずだ。
「酔ってる相手に突っ込むのもなぁ」
大和が酩酊するように仕組んだのは三月だ。その上、体を脅かすなんてのはやはり最悪に重ねて最悪。そんな目に遭わせたいわけではないのだと、三月はこほん咳払いをした。
賭場で、わざと目立つようにおそばに着いた。
大和が泥酔する度、町の賭場で大金をすってしまうのは知っていたから、あえて隣に着いた三月が大勝をした。動体視力と耳はやけに良かったから、賭場で半か丁か見定めるくらいは大凡お手のものだった。
さて、三月の本当の賭け事はここからだ。
女物の派手な小袖に袖を通し性別不詳を演じてみれば、酔った大和は気を良くして三月の話を聞いた。勝った金で更に酒を呑ませて酩酊させた後、出会い茶屋じみた宿に連れ込んだところであった。
 布団に仰向けになって寝ている大和を見下ろして、三月はむうと口を尖らせる。
自分の物にしたいだなんて、思っていやしなかった。けれど、婚約者を見繕われるのなら、それよりも先に自分が――大和と賭けに出ても良いのではないだろうか。
そんな気持ちが三月を駆り立ててしまった。
(一応、解してきたけど……)
小袖の下の自分の尻を撫でて、三月はたはぁと溜息を吐いた。男との行為そのものは初めてだ。後孔はお湯でほろほろにふやかして、気休め程度のぬめり薬を持参はしたものの……眠っている大和の着流しの合わせに手を差し込む。下帯をずらして見れば、思わず眉間に皺が寄った。
「でかいかも……」
想定していたよりも大きな大和の一物を、恐る恐る指先で撫でる。かーかーと眠っている大和がぴくりと身を震わせたが、お目覚めまでは至らないらしい。
それに安堵して、三月は両手できゅっと物を包んだ。軽く扱いてやればじわり熱が手のひらに伝わってくる。酩酊していても勃つ物は勃つのだということがわかったと同時に、自分がこれからしようとしていることに思わずごくんと固唾を飲んだ。
三月が与える刺激に素直にむくむくと頭を上げる大和の物を見て、三月はぺろりと着物の裾を捲った。自分の下帯を外して、それから持ってきたぬめり薬の包みを開く。包みの中に唾液を垂らして、薬とくちゃくちゃに混ぜた。とろみのついた薬を指に纏わせて、自分の尻の穴を広げる。ぬめった指を穴に咥えさせてそのまま、指の付け根まで押し入れた。
(なんとか……なる、かも……)
二、三本までは事前に詰めてみたが、果たしてこの目の前にある物が自分の中に入るのか……と思いながらも、三月はきゅっと唇を結ぶ。
(駄目だったら駄目な時! 駄目だったらやめればいいし!)
大和の体に跨がると、ぬめり薬を押し込んだ尻に大和の物を当てる。決して勢いよく入れる物ではないだろうが、それでも今の三月はそうしないわけにはいかなかった。あてがった物を飲み込むべく、腰を落として――落としてしまった。三月の中に太くて温い物が埋まっていく。
「ひ、ぇ……」
自分の指の太さなど比べものにならなかった。三月の肉を掻き分けてくるそれを懸命に受け入れて、三月は絶え絶えになる息を留めたり吐き出したりしながら大和の一物を咥え込んでいく。ぬめり薬を押しやって摩擦を起こす皮膚と粘膜が擦れて痛い。熱い。
三月は背中を仰け反らせながら、痙攣する尻を押さえながら、ぎゅうっと自分の着物を握った。
「あ、う……っ、う……」
一旦、一旦抜こうか。きっと、もっと解す必要があったに違いない、と三月が仰け反る体を丸めようとした時だった。三月の体の下で大人しくしていた大和が、ふらりと上半身を起こしたのだ。
三月の中で大和の物の角度が変わる。腹をぐうっと押し上げられ、三月は思わず唇を噛んだ。
「あ、ぐ」
「……あ……?」
ふらりと視線を上げた大和は、どうやらまだ酔っているらしい。焦点の合っていない朧気な目が、眼鏡のレンズの向こうでぐらんと揺れて、それからようやく三月を見た。どくっと心臓が鳴る。
 こんな間近で見詰められたら――体の内側を突き上げるような圧に、三月は息を飲んだ。溢れた唾液が、つうと唇を伝って顎に落ちる。それを、ぼんやりとしていた大和が自身の舌で舐め上げた。溢れたはずの唾液ごと大和の舌を唇の隙間からねじ込まれる。深く口付けられて、三月は思わず体を強張らせた。肉厚の舌が三月の口内に入り込んで蹂躙していく。その間に腰をぐいと引き寄せられて、三月は体をしならせた。
「あ、坊ちゃ……、いけませ……っ」
いけませんと首を振るのに、大和は体を離すどころか三月の体を床に押し倒した。半ば抜けてしまった大和の物の圧から僅かに解放され、押し倒されながらも三月はほっと息を吐く。
けれど、すぐに体を返されうつ伏せに押さえ付けられた。
「や、大和ぼっちゃん……?」
肩口に大和を見上げれば、ちろりと舌なめずりして三月に覆い被さってきた。
胸元を探られ、さらしの隙間から胸を揉まれる。突起をきゅうと摘ままれて、三月はびくっと肩を奮わせた。
「いった……っ! あ、おい……!」
大和に上から押さえ付けられて、肩が床に当たる。擦れる。
「や、やま……あ、坊ちゃん! いけません、こんな」
容赦なく、下半身を当てつけられた。ぐちゅっと粘着質な音が響く。
三月が床の側においていたぬめり薬の予備を、大和が手に取る。包みを開いて、そのまま口に当てた。くちゃくちゃと鳴るぬめり薬を混ぜる音。
大和は一度三月の中から自身を引き抜くと、どろどろの薬を自分の物に塗り付けて扱き直し、そうして、淫らに腰を上げたままいる三月の中に突き入れた。
自分でしていたより性急で激しい追い上げに、三月はひゃんひゃんと声を上げることしかできなかった。
「こ、こんなぁ……はげし……っ、んっ、あ……ッ」
こんなに激しく愛されては――三月はつい口元が緩むのを感じた。ばちんばちんと肌がぶつかる音が響いている。内臓は大和の硬い物で押し上げられて、今にも泣き出しそうなのに、それなのに三月は笑っていた。
「こん、な、ふうに、されたら……」
三月の背中に、びったりと大和の胸板が触れている。その熱が、三月の意識をじりじりと焼いていた。溶けそうで、今にも意識が吹っ飛びそうだった。
(……誰にも、くれてやりたくない……)
物にしたい、物にされたい。うなじに擦り寄ってきた大和の頭に腕を回して、視線を合わせる。ずれていた大和の眼鏡が、三月の前にとさりと落ちる。直に視線が交わって、そのまま――どちらともなく唇を重ねた。