絡繰技師と六匹の猫 -猫の夢-
絡繰技師は、自分が作った猫の夢を見るだろうか。それも、触ると柔らかくて、どこから触れたって人肌で、溢れるのはオイルじゃなくて粘膜の——待てよ? これって、本当に絡繰か……?
「やまとさん、もっと、ナカまで、きて」
触って、挿れて、ずっとして、そうにゃあにゃあ鳴くミツの内側は、今は回路と基盤でゴツゴツなんてしていなくて、ぐちゃぐちゃに俺を受け入れてくれて、ほどよく窮屈に纏わり付く。
そんなわけがない。これは俺の絡繰だ。そういう風にはできていない。それは、俺がそういう風に作ったから。
なのに、ミツはぐにゃぐにゃと腰を揺らして、俺の性器を搾ってくる。
「お前さん、どこでそんな」
どこでそんな機能、備えてきたわけ。
大体、だよ。かあっと頭が熱くなる。自分の絡繰、それも戦闘機を犯す技師なんて、俺のポリシーにだって反する。だから俺がこの子におっ勃ててるのは、本当はあっちゃいけないことで——違う違う、普段だってミツが欲しがるから、違う、他所の汚い手で触られたから、だから、で。
「ミツ、ダメだって……っ」
「ダメ……?」
なんでぇって、ミツのメインカメラの中できらりとガラス玉が光る。嵌め込まれたガラス玉なんてただ冷たいだけなのに、橙のそれは、まるで熱を持ってるみたいに赤らんだ。
ゆるっと蕩けたミツの瞳が、俺の目を真っ直ぐに見つめて言う。
「ダメなことなんてないだろ……だって」
俺の耳に、甘美で蠱惑的な言葉がねっとりと流し込まれた。
「だってさ、ここには、オレと大和さんしかいねぇんだもん。オレにナニしたって良いんだよ……?」
ああ、可愛い可愛い声を出しやがって。
「ぐっもーにん、ヤマト」
六號が、腹の上に乗って俺の頭をタシタシと叩く。
最初はこいつに〈陸號〉の製造名を打っていたが、このナギの後に譲渡された絡繰の元の名前が陸だったために改めた。
「ヤマト、朝から元気ですね」
ナギのアンテナがピコンと回った。
「ワタシが乗っているのに、とても不快なものが当たっているので早くおさめてください。不快です」
「まずお前が降りろ……!」
やれやれとでも言いたそうに俺の上から降りたナギの言う通り、体に掛けていた毛布が股間の辺りで盛り上がっていて、俺はぐしゃっと顔を覆った。
「不快です……」
「何回も言うな! 生理現象!」
それより、お前がわざわざテクテク起こしに来た理由はなんだと問い掛ける。すると、ナギはぴーっと猫の手を横に開いて、仮想モニタを見せた。
「は?」
「九条氏から通信ですよ」
俺は、ここまでのナギとの遣り取りを全て後悔した。
モニタには呆れたような顔をしている九条天が映っている。陸を作った有能な技師だ。
「二階堂大和、最低」
「だっから、生理現象だっつってんだろ! お前だって生身の人間なんだからわかるだろ、九条!」
「他人にそういう話を振るのも最低」
「仰る通り……」
九条の手掛ける九國製の絡繰は、うちのと違って精悍且つ精巧、美術品みたいな外装をしている。その上、立ち振る舞いも優雅で上品と来ている。
その中で偶発的に生まれた七號・リクを受け入れてほしいと言われた時は驚いた。随分と自分に、九条天に似せた絡繰を作ったもんだと思ったからだ。
「陸にそんな話聞かせてないでしょうね」
「リクは大丈夫だよ。イチが面倒見てるからな……俺の話は、逐一検閲される」
冗談めかしてそんな風に言う。九条はそれでも安心ならないのか、顔を顰めたままで続けた。
「それなら良いけど……和泉型一織にも、陸に変な影響がないように言って聞かせておいて」
「はいはい……」
リクのチェックデータの定期送信を忘れていたんだったと思い出し、枕の下から端末を取り出す。
データの整理をしながらモニタをちらりと見た。
「九条、最低ついでなんだけどさ」
「下品な話はやめてよ」
「……まぁ、その、そうだよな……九条って、リクのこと夢に見たりするのか?」
「……自作の絡繰をって意味? それとも、陸個人のこと?」
個人って言った。口滑らせてやんの、珍しい。
「まぁ、個体の話」
「……それなら、時々見るよ。陸が通信を寄越す寸前にとかね。ボクたちは特別だから」
「特別ねぇ……」
「双子には科学解明出来ていない素質が多い。オカルトじみてはいるけれど……陸は、ボクの弟のパーソナルデータから生まれてる。そういうものがあってもおかしくないし……あっても良いのかもしれないって思う時もある」
変な話をしたねと笑う九条に、リクのデータを送り終えた。「ありがとう」と簡潔に礼を言った九条が静かに目を細めた。
「君は、どの子の夢を見るの?」
「ミツキですよ」
ぴょこんと顔を出したナギが、九条にそう言ってからアンテナをぺたりと寝かせた。多分、わなわなとしている俺の声に備えたんだろう。
「な、ナギ〜?」
「ミツキはヤマトにラブですからね」
「普通にしてれば、絡繰が技師のこと好きになるのは当然だろ……管理も調整も俺がしてんだから……」
「普通にしていれば、ですか。へーえ。ワタシたちにはしない調整もしてるのに、普通ですか」
ぴょんと部屋から出ていくナギの背中を睨んでいると、モニタの向こうの九条が「ふーん……」と溢した。
「二階堂大和は、和泉型三月のことをどう思ってるの?」
「なっ……か、かわいいと思ってるよ……! 当然だろ、自作の絡繰だし……」
「そう。それならいいじゃない」
「その通りだよ。別にいいんだって、俺たちの話は……!」
何も言わずに天使みたいな笑顔で手を振った九条が、すーっと通信を切る。
俺はそのまま静かにベッドに倒れた。
「ミツ……」
夢の中のミツ、エロかったな……
思いの外、あれは可愛くできたし、女装の潜入も嫌がりながら、それでも外面も良く、依頼をするする解決していった。際どい案件だって——別に俺が仕込んだわけでもないのに、上手くやってくる。おかげで汚れることが多くなって、それが「嫌」だった。
(嫌だったんだ……)
だって、あれは俺の……
部屋のドアが開いた。またナギか、今度は誰だ、タマでも来たのかとドアの方を見ると、そこには寝巻きを着たままのミツがいた。
「大和さん、呼んだ?」
「……呼んでないよ。どうした……?」
ミツがベッドに乗り上がる。流石に股間の物はおさまってるし、夢のことは忘れたことにすれば良い。できるできる。
「ナギがさ、大和さんが呼んでるって言うから」
基礎をスタンダードな白兵戦用ボディに換装してから、以前よりも中性的ではなくなった。中性的だったから俺の目にも毒で、だから大丈夫なんだよ、もう。
たとえ、ミツが俺の膝の上に乗っても!
「呼んでなかった?」
「呼んでないよ。お兄さん、九条と話してたし」
「そっか……」
アンテナにカバーもせずに来たところを見ると、ナギの話聞いて急いで来たんだろうな。可愛いな。駄目かも。
ミツのアンテナが、ぺたんと寝る。そのまま俺の目を覗き込んでこてんと頭を傾げるもんだから、もう駄目だ。そんな簡単なことで駄目になる。
俺の膝に乗って抱き着いてきたミツの口に、ちゅっと唇を当てた。自分から口を開けて舌を出したミツのそれを絡め取って、吸い上げる。ふっとミツの鼻から空気が抜けてきた。
自分からちゅっちゅと吸い付いてくるようになったミツを抱えて、ドアの鍵を閉める。
体重を掛けてきたミツに押されるまま、バランスを崩して床に腰をつく。
「わははっ……! 大和さんよえぇなぁ」
「あのなぁ……こっちは普通の人間っ」
って言ってる間に、ミツが俺の股間を握る。
「ちょっと勃ってる」
そりゃあ……夢精できなくて朝勃ちしたまま、夢に出てきた可愛い子がキスさせてくれたらなぁ、そりゃあ……可愛い絡繰なんだ、こいつは。
「ミツ……お前さ、もうそういうの嫌だって言ってたろ。だから換装だってしたんだ。もう色気振り撒かなくてもいいんだって……」
「大和さん以外とするのが嫌って言っただけだろ」
「そう……だけど。そうだけどさぁ」
絡繰が、自分を作った絡繰技師のちんこを狙うんじゃないよ……と思ってる間に、ミツが尻を押し付けてくる。俺の股間は刺激されるまま次第に元気に……なってしまうのだ。
「ミツ……三月さん、三號……」
「何?」
寝巻きの合間から俺の性器を取り出して、ミツは自分の寝巻きとパンツを下ろしてる。いよいよ尻の間に俺のを挟んでゆっくり前後し始めた。
「駄目、だって……」
「……誰も来ないように鍵閉めたのに……?」
理性と助平の間をグラグラしている。
そうだよ、鍵を閉めたのは俺。俺を床に転がしたのはこいつ。
「ちゅーしてきたのも、大和さんが先だった……」
その通りと反省してる間に、ミツの粘液が尻の穴から滲んで俺の性器をぬるつかせる。穴に誘われてそのまま、先っぽをくちゃっと飲み込まれた。
「ミッ……!」
「ん……」
返事なのか喘ぎなのか、ミツが声を漏らす。固まった俺の方を見て、ミツはきゅっと唇を結び、笑った。ずるずると飲み込まれていく俺の一物は、夢の中で覚えた柔らかさとのギャップに混乱気味だ。
(でも……狭くて……っ)
キツく擦り上げてきて——見上げたミツの表情がとろんとしていた。蕩けてかわいい。
「ん、んっ……やまとさ、ん……ちんちん、かた……元気になっ、た……?」
白兵戦用に換装してから、振る舞いも男らしくなったなぁと思っていたんですけど、いざ俺の上に乗るといつも通り可愛くて、困る。
「か、硬くない……硬くない……」
「うそつき……」
ふふって笑ったミツが、俺の口を口で塞ぐ。ぎゅっと首を抱かれて、仕方ないから俺はミツの腰を抱き寄せた。内側の回路に性器が触れて、ミツの中がびくんと震える。キスしている間にミツの腹もぴくぴくって反応する。
震えた瞼が可愛くて、つい唇を触れさせた。
「や、ぁぁ……」
ふるふると腰を前後させるしかできなくなってるミツの体を撫でてやりながら、奥にぎゅうっと性器を押し込める。ミツの胸が、溢れてしまった保護液でべとべとになっていた。これはもう、後で掃除してやるしかない。
「やまとさ……きれいにして……?」
「ああ……ミツがイッたらな」
「ちが……やっ」
仕方ねぇな、みたいなふりして、ミツの胸を吸った。生温かい保護液が乳首から滲む。乳首なんて付ける必要ないのにな。視覚的にエロいからいいか。
「アッ、あ、でちゃう……むね、はんっ」
ぐにぐにと薄い人工皮膚の胸を揉みしだけば、その分保護液が漏れてミツの腹まで垂れていく。エロい。その間も、ミツの腰はかくかくと揺れていた。
「ミツ、胸綺麗にしてほしいなら、はっ、あんま動いたらダメだろ……」
堪らなくなって、俺はミツの体を跳ね上げた。ぱちんと肌が当たって音を立てる。それをなんども繰り返してる内、ミツがぶるっと体を痙攣させた。
「ん、ンッ……おく、ぎゅうって、やっ、されたら、イッ……!」
バチンッとミツの目が光る。俺の性器にまで静電気みたいな痛みが走って、つい射精してしまった。
くたっと俺の肩に頭を乗せてだれてしまったミツが、ふらふらと頭を振る。
「や、まと、さ……ん、も、もっとぉ……」
「ん……ダメだよ……クセになるから……」
もうとっくになってる本音に蓋をして、テメェが掛けた鍵を睨む。
嫌だな——あの夢は、俺の潜在意識だ。
「あんたさぁ……クセ、なってるじゃん……」
(そう)
そうなんだよ。そうなんだけど「駄目」だから。駄目なんだ、こんなことは。
俺はミツの言葉に返事ができないまま、美術品を性欲で汚していることを悔やむ。悔やみながら興奮してんだ、最低だ。
九条に言われた言葉を反芻しながら、ベトベトになっているミツの体を抱き締めた。
「大和さん……?」
「ダメ、なんだよ……本当は……」
「……うん、知ってる」
知ってるけど、そう言ったミツが、俺の唇をむにっと押す。
「……ここにはオレしかいないから、大和さんのダメなとこもオレしか見てないよ……?」
そんなことを言う絡繰猫の体を押し倒して、俺は堪らなくなった。劣情をにゃあにゃあ鳴く絡繰の体にさんざ押し付けて、果てて、また自己嫌悪に襲われるんだろうなと思いながらも、ミツを抱くのをやめられないでいた。