ムーンサルトバニー



「ミーツー、入っていい?」
「……もう入ってんじゃん」
風呂に入ったばかりの大和が、パジャマ姿で首にタオルをぶら下げて、三月の部屋を覗き込む。
そんな大和よりも先に入浴を終えていた三月は、タンクトップと半ズボンのまま、部屋で例のショッピングバッグの中身を広げていた。
「入ってるけど。部屋の中まで入っていいかってこと」
「良いよ。今片付けるから」
今日撮影に使った物から、別のブラウスシャツやベルトまで、売り物から手製のアクセサリーまで入っていた。軽く羽織れそうなベストや春物のジャケットもある。
「うお……めちゃくちゃ入ってたんだな。その袋……」
「そうなんだよ。マネージャーは一応チェックしてくれてたけど、オレも広げてみて驚いた……」
「お、今日使ったウサミミも入ってる」
大和は三月の隣にしゃがんで、ウサミミに入っている針金を曲げて折れ耳を作った。それを三月の頭に付けて笑う。
「かわいい」
「……今日は、おっさんも可愛かったぜ?」
「そりゃどーも……」
一枚一枚眺めながらゆっくりと大事そうにショッピングバッグに戻していく三月の肩を、大和がちょんちょんとつつく。
「なぁ、ミツ、今日お兄さんの衣装着てないじゃん?」
「そんな暇無かっただろー……」
「そうだけどさぁ」
残念そうな声を出す大和に背中を向けて、三月は片付けを続ける。
「俺、ミツの衣装の写真も撮ってないんだけど……」
「ナギからもらえ!」
「えー……」
他に何か言いたそうな気配を察知して、三月は後ろ手を突き、あえて大和から距離を取るために後退る。そんな三月に、四つん這いでにじり寄ってくる大和。逃げる三月……ではあったが、テレビラックにぶつかるまで追い詰められ、止まる。それ以上の逃げ場を失った三月に、大和は容赦なく顔を近付けた。
「き、着ねぇってば!」
「普段着れる範囲で使わせてもらうって言ったじゃん」
「撮影会はしないとも言っただろ!」
「しーっ、騒ぐとナギが飛び込んできちゃうだろー。そうしたら、本当に撮影会が始まっちまうけど?」
吐息が触れそうな場所で、人差し指を立ててしーっと言う大和に、三月はわなわなと肩を震わせた。
「あのなぁ……」
「着るだけ。着るだけ良いから、頼むよミツ」
この追い詰められた体勢のままで三月にノーと言えるわけもなく、三月はまんまと陥落してしまうのだった。


「これでいい?」
撮影で使った服を、ブーツだけ除いて身に付ける。
人にしてもらうよりもコルセットが緩いのか、何度か付け直していた。
「おー、かわいい~」
困ったような顔をしている三月にスマホを向けて、大和は何枚か写真を撮る。ご満悦でご満足な大和に、三月は溜息を吐きながらも微笑んでくれた。怒ってはいないようだ。
「ったく、何が楽しいんだか……」
「楽しいよ。かわいいもの見ると癒やされるじゃん? ミツだと尚更ですよ」
「女の子だったらーとか、女の子大好きーとか言ってたとは思ねぇんだけど?」
「いや、今も女の子は好きだけどさ」
パシャパシャとシャッターボタンを押す大和に向かって、三月が口を尖らせた。
「ん、何?」
スマホのカメラ越しに三月を見ていた大和が、ひょいとスマホの横から視線を送る。
「もしかして、嫉妬した?」
「嬉しそうな声出すなよおっさん……」
「そーかそーか、嫉妬かぁ」
口を尖らせた顔に改めてカメラを向けると、三月はふいとそっぽを向いた。それから、嫌ににーっこりと笑って見せる。
「うっわ、可愛くない顔しやがる……」
「うるせぇ」
大和がスマホを下ろして、にっこりしたままの三月に近付くと、どうやら居心地が悪くなったのか、三月はさっと表情を変えてしまった。口を尖らせもしない、特に表情のない顔だった。
「……別に、嫉妬なんかしないよ。あの子いいかもーとかって思うの、普通だろ?」
「えー、嫉妬してよ……」
「は? あんた、「相手のことしか見えなくなるようなタイプ苦手なんだよね」って言ってたじゃん。一々嫉妬するタイプとか嫌だろ」
「え、嘘……? そんなことないよ?」
「酔っ払って言ってたよ!」
「……それさぁ」
「なんだよ」
大和が俯いて、ゆっくりと眼鏡を上げる。ちょっと気まずい時にそうしてしまう自覚がありながら、手持ち無沙汰なのでもう仕方がない。
「いや、前提として、ミツはさ、俺のことしか見えなくなるようなタイプじゃないじゃん?」
「そりゃそうだろ。ていうか、それってそもそも贅沢な悩みじゃねぇ……?」
「で、もうひとつなんだけど」
顔を逸らした大和の脳天を、折れているウサミミの先端で三月がトンッとつついた。
「いった……」
「いや、聞けよ。無視かよ」
「……本気で好きな子にはさ、ちょっとくらいは、ほんの少しくらいは……妬いてもらいたい、じゃん」
もう一度、ぷす、と三月のウサミミが大和の脳天に触れたまま止まる。大和は、かぁっと耳が熱くなるのを感じた。釣られてなのか、三月も多少赤くなる。
「……まぁ、大和さんがそう受け取りたいなら、嫉妬ってことで良いけどさ……」
「え? 何? どういう言い方だよそれ……」
大和が屈んで、三月の顔を覗き込む。少し逸らされる。それでも、申し訳なさそうな表情に切り替えて、更に追い掛ける。
少し目を伏せた三月の唇に、大和は自分の唇を重ねた。眼鏡のフレームが当たったので、すぐ離した。もう一度触れる。軽く上を向かせて、また離す。は、と吐息を漏らした三月が、ゆっくりと目を開けた。
「お、おい……何か、持ち込もうとしてない……?」
「目の前でこんな可愛い格好されてたら、触りたくもなるってもんでしょ」
「いや、あんたが頼んだからだろ、が……っ!」
ハーフパンツ越しに太腿を撫でると、三月はぴくっと体を震わせる。
が、しかし、その瞬間、大和の足を三月の足が踏んだ。
「いってぇ!」

――曰く、一織「酔っ払って、また兄さんに絡んだんじゃないかと思っていました……自業自得ですよ」、
環「ヤマさんがベッドの角に小指ぶつけたんじゃね?」、
壮五「一応、救急セットを持って大和さんの部屋に行ってみたんですが、不在だったようなので……」、
陸「大和さん、寝惚けてたのかな? って思った!」、
ナギ「方角的にミツキの部屋からでしたので、察しの良いワタシは、ヤマトがミツキに何らかの無礼をはたらき、鉄拳制裁を受けたのだろうと予想していました」。

寮中に響いた大和の声に、三月はふいーっと額を拭う。
「危なかったわ。雰囲気に飲まれるところだった……」
「ちょおっ! 折れた! 今絶対骨折したってこれ!」
自分の右足の甲を庇いながら涙目で三月を見上げる大和に、三月は流石にやり過ぎた自覚があるのか、ちらっと目を逸らす。
「一旦止めろって言ってんのに、あんたが聞かないから」
「言ってない! 言ってない! 口より先に足が出てた!」
「あんただって、先に手が出てただろーが!」
「そ、そうなんだけど……」
大和は、そっと口を押さえる。それを言われると、何も言い返せない。
「とにかく、この服のままは駄目だって。あんなに喜んでくれた深山社長のこと考えたら、よ……汚せないっていうか……」
ハーフパンツの裾を摘まみながらおずおずと言う三月の顔を見上げていると、なんとなく三月の真意は見えてくるもので、大和は思わずにやっと笑った。
首を軽く傾げて尋ねる。
「……へぇ? じゃあ、丁寧に脱がせたらいいんだ?」
我ながら狡い聞き方をしたものだ。それを聞いた三月は、かぁっと顔を赤くしてしまった。そんな顔を見たら、足の痛みはさっさとどこかへ消えてしまったのだった。


ベッドに腰掛けて、目の前に突っ立っている三月のサスペンダーの紐を肩から下ろす。びくりと肩を震わせた三月の腕をそっと撫でて「大丈夫大丈夫」と宥めてみた。ブラウスの生地が柔らかく、少しでも乱暴にしたら破れてしまいそうだった。
「俺が着てたシャツと全然違うのな」
「……あれ、色が良かったよなぁ。大人っぽくて」
「あんまり自分で選ばない色だったかな。ミツも着たかった?」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ。着ねぇよ……」
 三月が、自分のブラウスの襟を撫でながら言った。
「いや、ああいう大人っぽい雰囲気、ちょっと羨ましいけどさ」
「ミツはこっちが可愛いよ」
それはそれとしても、やはり衣装に着せられている感のある三月は見たいもので、惜しいことした……と肩を竦める。
大和は、三月の腰の後ろに手を回し、少し引く。
「うおっ……」
よろめいた三月が、大和の肩に手を突いた。体重が掛かるのを気にせず、大和はコルセットの側面をするすると撫で回す。
「おい、その手付きやめろよ……!」
「なぁ、これって前から外していいんだっけ? それとも紐解くんだっけ?」
「どうだったっけ……ぇ……っ」
コルセットの滑らかな手触りを楽しんでいた大和が、そのまま三月の尻をハーフパンツ越しに撫でる。わなわなと手を震わせた三月が、大和のパジャマの襟ぐりを掴み上げた。
「おっさん……オレが言ったことわかってんだろうな……?」
「わかってるわかってる」
マジギレされない内に、コルセットの背中の紐の結び目を解いた。ゆっくりと編み上げを緩めてやって、ようやく正面のホックを外す。腕にサスペンダーがぶらさがった形のままコルセットが外れたので、三月は大和の肩から手を離して、外れたコルセットをそうっと紙袋の近くに置いた。
「これ、本当に一枚一枚やんの……?」
「おっさんが丁寧にやるっつったんだろ」
「そうだけどさぁ……」
三月は、ネクタイを自分で緩めて首から抜く。次にレースの手袋を外して、丁寧に紙袋に戻した。
ブラウスの襟のボタンを二つほど外して、三月はすらっとした自分の首を指先で撫でた。
「うるせぇな。焦らしてんだから、素直にそそられろよ」
ウサミミを生やした可愛い顔と、気怠そうな表情と、それから今のセリフのギャップに、大和は思わず、口を真一文字に結ぶ。
「うー……ずっる……」
「何? なんか言った?」
「言ってない……子供たち、そろそろ寝たかな」
大和が手を伸ばせば、三月は大人しく掌を重ねて、大和の腕の中に戻ってきてくれた。
「どうだろうな。まぁ、もう時間も遅いし……」
ハーフパンツのボタンを上から順に外して、床に下ろす。そして、ブラウスのボタンに手を掛けた。前立てについたフリルの合間から、イメージと乖離しない程度に付いている三月の筋肉が覗く。ゆっくりと膜を剥がすように肩からブラウスを下ろしてやると、流石に恥ずかしくなってきたのか、三月が大和のパジャマのボタンに手を掛けた。
「……なんか、不公平だ」
「不公平?」
「オレだけ脱いでて、不公平」
大和のパジャマのボタンを外し終えると「大和さんも脱いで」と小さな声で三月が呟いた。
「ブラウス、ハンガー掛ける?」
「終わってから」
「いいのか? ズボンも、皺にならない……?」
「うるせぇな……」
大和が脱いだパジャマを、三月がぽいっと床に投げ付けた。大和がもう一度「雑!」と嘆いたが、気にしてもらえなかった。
三月はベッドに膝を突いて、ニーハイの裾に指を入れる。脱いでしまおうとしたらしい。が、大和がその手を止めさせた。
「ダメー」
「は? なん……っ」
ボクサーパンツにニーハイソックスという何とも言えないスタイルのままの三月は、素っ頓狂な声を上げる。しかし、すぐに大和の口で口を塞がれ、その声はうまく声にならなかった。
「う、んうぅ……?」
そのまま、大和はベッドに三月を押し倒し、パンツとニーハイの合間の肌を、するすると撫で回す。その度に、三月の腿が、ぴく、と反応を返してくるものだから、可愛くて仕方が無い。
ボクサーパンツの中で期待に膨らむ三月自身を擦り上げてやると、流石に無抵抗のままとはいかないらしく、やんわりと脚を蹴られる。
「ばっか、おっさん、これ……」
「我慢できないから、このままヤろ……?」
三月のパンツをずるりと下ろして、ニーハイだけに剥いてやる。ベッドに仰向けになっていた三月が「うっわぁ……」という顔をした。もうそれは露骨な、「うわぁ」という顔を。
「あ、あのさぁ……おっさんくさいっていうか、変態くさい……」
「うるせぇな。なんとでも言え!」
「開き直りやがった……」と呟く三月の声に制止されることなく、露わになった三月の太腿の付け根に噛み付く。
「だぁ! バカ、あっ」
慌てて体を起こした三月だったが、腿を無理矢理持ち上げられて再びベッドに沈んだ。大和はと言えば、噛み付いたそこに付着した唾ごと肌をじゅるっと吸い上げて、名残惜しそうに唇を離す。
ぐちゃぐちゃの欲に塗れているであろう表情を持ち上げ三月を見上げれば、涙目になっている三月に、甘ったるく睨まれた。ウサギの耳が揺れて、愛らしい。思わず目を細めて、ニヤと笑ってしまった。
「かわいい……」
三月のものを柔く扱いてやりながら、熱を持ち始めた自分のものにも手を伸ばす。パジャマのズボンを下ろして、ベッドの下に落とした。
「ミツが焦らすから、相当キてんだけど」
大和は、眼鏡を外してチェストの上に置いた。それを見上げて、三月がはぁと息を吐く。
「……単純で何よりだわ」
「単純って言うなよ……」
三月がウサギの耳をぴこんと揺らして、のそのそ体を起こす。そのままベッドの下を覗いて、救急箱を引っ張り出した。中から引っ張り出したコンドームの個包装を、大和に投げ付ける。ぺらんと落ちる。
「ノリノリじゃん……」
「やかましいわ。オレが黙って脱がされてたと思うなっつーの……」
引っ張り出したローションでごそごそと自分の下半身の準備をしている三月に、大和は目を凝らした。眼鏡を外してしまったので、離れてしまうとよく見えない。それはそれで乙なものだが、歯痒くもある。
自分の中で葛藤している大和に、三月がぐっと顔を近付けた。照れているのか、怒ったような顔をしていた。
「大和さん、寝て」
「え?」
「横になれって!」
べしゃ、とベッドに倒される。三月は大和のボクサーパンツをさっさと脱がせて、ぽいと放った。どうでもいいが、先程から大和の衣服に対して雑である。雑にも程がある。
焦らされて勃ち上がっている大和のものを三月の両手が掴み、ゆるゆると上下に扱く。それなりに欲が膨らんでいるそれを更にじりじりに弄られては、息も上がってくるというものだ。肘を突いて上体を起こしていたが、「そろそろ我慢の限界です」なんて弱音を吐く寸前に、三月が手を止めた。
大和に投げて寄越したコンドームの袋をべっと破いて、大和にものにゆっくり装着させる。
「おお、サービスが行き届いてる」
「殴るぞ、おっさん……」
へらりと笑って軽口を叩いたが、そのまま腰の上に跨がられて、あっさりとそんな余裕はなくなってしまった。
思わず、固唾を飲む。
「……するけど、いい……?」
「い、いいよ」
大和が承諾すると、三月は勃起してる大和のものを掴んで自分の尻の合間にあてがう。まだうまく解されていないのか、そのまますんなり入る気配はない。
そりゃそうだ。さっき一瞬準備しただけじゃん……と思っていると、それでも三月が自分の指で穴を広げ、大和のものの先端を挟み込んだ。
「ミツ、ちゃんとしないと、きっつ……きつくない……?」
「我慢できないから無理」
「え、はい……」
咄嗟に返事をしてしまった。
先端だけが埋まった状態のまま、三月が背中を丸めて固まっていた。
「なぁ、やっぱりしんどいんじゃないか……?」
「しんどくはないんだけどさぁ……」
ずっ、ずっ、とゆっくりじっくり三月の中に埋まっていく自身を見ながら「お兄さんは正直とってもしんどいです」と思ったが、口にしたらそのまま殴られそうだったのでやめた。
「は、ん……っ」
しかし、だ。碌に解していないはずなのに、三月の方はそれほど苦しそうではない。流石に慣れてきた? なんて不埒なことを考えつつ、「いやいや」と頭を振る。
「う、うう……」
「あのさ、ミツ、もしかしてなんだけどさ」
「なに……」
「お兄さんが入る前に、風呂でオナ」
大和の顔面に、バシィッと三月の平手が飛んだ。
大和は、そのままベッドに沈んだ。声を抑えないとならない結果、痛みと呼吸困難でそのままベッドから浮上できなくなった。
「してねぇよ!」
三月が小声で怒鳴った。
眼鏡がないからと言って、アイドルであり、俳優である大和の顔面に向かって何てことを……と思いながら、うまく声が出ない。代わりに、涙が滲む。
「いたい……」
「……ちょっと、ちょっとだけ、指入れただけ、で……」
平手を食らった額は痛くて仕方ないのに、体はどうにも正直なもので、三月からの告白に、つい、腰の内側にぐっと力がこもる。
「へぇ~……」
ついでに、つい、にやける。
「エロいこと考えたんだ……」
「考えてない。つーか、でかくすんな。入んない」
大和が口に手を当ててニヤニヤしていると、それを見下ろした三月が、それまでの不機嫌そうな顔から一変。ぐにゃっと口元を歪めて笑った。
今までじわじわとしか動いていなかった三月が、急に体重を掛ける。ずるりと大和のものを飲み込んだ三月の内側が、急に侵入した大和のものを受け入れつつも締め付ける。
「う、わ……っ」
思わず大和の喉から声が漏れた。
「なぁ………あっ、これ、エロい?」
ニーハイのゴムを自分で引っ張ってパチンと弾いた三月が、扇情的な表情で大和を見下す。ついでに、ちょっとずれているウサミミ付きである。
「こんの……すっけべぇ……」
喘いでしまったことが悔しくて、絞り出すようにそう吐き出すと、三月がにたぁと笑って腰を揺すり始めた。
「ふはっ、は、かっわいい……悔しいんだ、ぁ」
前後に甘ったるく揺れている。三月の中でやわやわ絞られ擦られ、理性の導火線がじりじりと焼け落ちていくのを感じる。
お互いの吐息と三月のベッドの悲鳴しか聞こえない。それが、段々と大きくなっているように錯覚し始める。実際に大きくなっていたのかもしれない。大和の目の前で、三月が跳ねるように上下していた。
その動きに合わせて小刻みに鳴く三月の頭から、ずるりとウサギの耳のカチューシャが落ちた。それまで三月のやりたいようにさせていた大和が、カチューシャを拾った。
大和が上体を起こすと、はっはと息を乱した三月が、縋るように腕を伸ばす。首を抱かせて、ぐずぐずと擦り付けられる尻を撫でてやる。しっかり立ち上がっている三月のものを擦れば、首を振っていやだいやだされた。
「……なんで、気持ちいーの、イヤ?」
「い、や……イ……イっちゃ、う……」
それでも腰のグラインドを止める気配はない。
「俺の方が……はぁ、やばいんですけど……」
下手に体力があるから、てっぺんを求めて止まれないんだろうなとうっすら思う。
「や、まとさ……やまとさん……っ」
くにくにと三月のものを弄りながら、唾液で潤っている三月の唇を舐める。そのまま舌を合わせて、目一杯やらしいキスをした。
「気持ち良いの、好きじゃない……?」
「……やまとさんは……?」
ちゅ、ちゅ、と耳元にキスを落として、耳たぶを食む。ふるっと震えた三月の指が、大和の首から滑った。
「俺は好きだけど」
三月をベッドに倒して、繋がっている結合部を指でなぞった。ほんの少しの刺激にも身を捩らせる三月がかわいい。
大和は、拾ってあったウサミミのカチューシャを自分の頭に付けて、にんまりと笑ってやる。
「ミツとするのはもっと好き」
呼吸を乱している三月の内側から、ずるりと自分を引き抜く。三月の右脚を肩に抱えて、再び中に突き入れた。刺激から逃れようと体をうつ伏せに逃す三月が、シーツを掻く。
「は、あぁ……っ」
シーツに顔を伏せて声を我慢している。顔が見たいなぁと思いながら夢中で攻め立ててやると、三月のものがびくびくと震えた。
「あれ、イった……?」
「っ、う……はぁっ……は」
相変わらず顔を隠している三月に、大和は「ははっ」と声を上げて笑う。
「あーあ、置いてかれた」
「そういう言い方……ずるいよ……」
ぐしゃぐしゃになっている三月の前髪を払って、額にキスを落とす。苦しいのか、三月が呻いた。
「そのまま好きにしていいから、早くイけよ……」
「そういう言い方、嫌だなぁ。独りよがりっぽくて、お兄さん寂しい……」
そんな態度もわざとではあるが、半分は本気でもある。ただ性欲処理をしたいわけじゃない。
曖昧な表情のまま動かずにいると、三月が「あーもう」と嘆いた。
「……もっと、気持ち良くして」
よしきた、とは言わなかったが、その代わりに大和は三月の中に自分自身をぐっと押し付ける。
「ひゃ」
やだ、やだ、という声がシーツに埋もれて、くぐもって消えていく。
「やじゃ、ないじゃん。やだって言わないで」
打ち込む度にきゅうっと絡み付いて歓迎されては、さらさら離してやる気にもならなかった。膝を突かせて三月をうつ伏せに返し、後ろから押さえて、奥の奥まで擦り付ける。
「ミツ、きもち、いい……?」
「ん、うう……」
かくかくと頷く三月を、ぎゅうっと抱き締めた。随分堪えたもので、大和も終わりが近い。欲に任せて腰の動きを早めると、三月が肩口に振り返って、目を細めた。
――可愛い顔で、随分と色っぽい顔する……。これがなかなか、良い。大和しか見られない表情。そう思いたい表情でもある。ニーハイで跨がってくれるのもそりゃあエロいし、大歓迎ではあるが、突然現れるこういう表情が一番エロい。
「かわいい、かわいいよ……」
三月のうなじに鼻筋を擦り付けて、そのままキスをする。大和の頭に付けたカチューシャも、結局、ベッドにぱたりと落ちてしまった。
「あっ、あっ、っ、わ、ぁ」
三月の中が、大和を銜え込んだままきゅうきゅうと収縮する。伴ってびくんびくんと跳ねる体を抑えながら、大和は目をきつく閉じた。
吐き出した欲の代償に突如として襲ってきた虚脱感。二人は、折り重なったまま暫く動けなくなっていた。
が、その内に三月が小さく「つぶれる……」と漏らす。
懸命に声を堪えた結果なのだろうが、それだけを言ってべたんとベッドに沈んだ三月から、大和はゆっくりと自分のものを引き抜いた。
「声、苦しくなかった……?」
「……苦しかったけど……」
コンドームを外して口を結ぶと、ぺいっと部屋のゴミ箱に捨てる。
「おい、見えるだろ……ちゃんと隠せよー……」
「はいはい……」
三月の声が少し低い。押し殺していた分、喉に負担が掛かったのかもしれない。大和は、せめてものお返しに、ぐでっと倒れている三月の背中を撫でる。
「ニーハイ、ベタベタぁ……」
「だな……脱がしてやろっか?」
ニーハイのゴムを引っ張って、ずるずると捲りながら脱がす。三月はベッドの上で仰向けになると、怠そうに長い息を吐いた。
「はい、もう片方も脚上げてー」
「はいよー……」
片脚分を脱がすと、その要領でもう一方もさっさと脱がす。
「色気も何もねぇな」
「ホント」
だらっと脚を上げている様に、お互い、くくくと笑った。
ようやく三月が体を起こすと、首を横に振った。
「あーあ、汗だく。風呂入り直さなきゃじゃん……」
「そうだな。一緒に入る?」
「ヤダ」
即答され、大和は手に持っていたニーハイをぺいと床に投げて、眼鏡を掛けた。
このヤダは、本当の「ヤダ」である。
「ミツ、先に入ってきて……俺、シーツ換えとくわ」
「おう、サンキュー」
三月はウェットティッシュで体を拭うと、ボクサーパンツを穿き直した。そして、何を思ったか大和のパジャマのシャツを拾う。
「ミツ……?」
「大和さん、オレ、今日の大和さんの衣装は着てないけどさぁ」
シャツを暫く眺め、三月が大和を振り返った。にやぁと悪戯っぽく愛らしく笑って、さっさと大和のシャツに袖を通す。ボタンを止めて「じゃーん」と腕を広げた。
「これでチャラな!」
さっきまでどろどろのぐずぐずだったとは思えない、愛らしいアイドルスマイルだった。
パンツと大和のシャツを着て部屋を出て行ったそんな三月の背中を見送って、大和はぐっとガッツポーズをしたのだった。


ビルに飾られた新しい広告を、紡が嬉しそうに写真に収めている。そんな紡を車の中から見守りつつ、大和はぼんやりと呟いた。
「あんなに可愛い服着てるのに、ミツって男前だよなぁ……」
ルナクレスケンスの広告は、無事に街頭で公開された。可愛らしい衣装を纏いながらもクールな表情を決めている三人の大きな広告を見上げていると、ナギがひょいとスマホの画面を見せてきた。
どうやら、ブランドホームページのコメントらしい。
「「かわいい」も「かっこいい」も引き立てたい……だそうですよ。ミス・ルナのコメントです」
「かわいいもかっこいいも、かぁ……」
「きっと、彼女はどちらのミツキもお好きなのでしょうね。本当によく似合っています」
ワタシも、かわいいミツキもかっこいいミツキも大好きです! と喜んでいるナギに、大和はうんうんと何度か頷いて見せた。
(まぁ、俺もなんだけどさ)
――かわいいもかっこいいも、色っぽいも好き。
「ま、確かに、かわいいだけの器じゃないし……っていうか、かわいいだけじゃ済まないしな」
「キュートに見えるウサギも、意外と凶暴ですから」
たしかにー。今度は大和が同意してやる。
ナギは、秋葉原で送迎の車を降りた。何やら、棗巳波とオタクのなんたるかを話す会合を設けたらしい。「棗ちゃんに迷惑掛けるなよー」とだけ言っておいた。
大和は引き続き、テレビ局での仕事を控えている。
送ってもらった局のビルに入ると、今日も賑やかな先輩たちがタイミング良く現れた。
飛び跳ねるように走ってきた百が、そのまま大和に抱き付く。いつにも増してテンションが高い。
「のうわぁっ! も、百さん、お疲れ様です……」
「おつかれ、大和! 新しい広告見たよ! めっちゃキュートだったし、かっこよかったー!」
「ありがとうございます」
百の後から歩いてついてきた千が、ふわりと笑って言った。
「それで、僕たちのウサギに大和くんのコメントは? たしか、まだもらってなかったよね?」
「あんた、そういうどうでも良いことは覚えてますよね……」
大和でさえ忘れかけていたことだった。千は、にっこりと笑って詰め寄る。それがお遊びの一環なのがわかっているので、なんと、百も一緒に詰め寄ってきた。
「ええ……百さん、いつもなら助けてくれるのに……」
「だって、大和に褒めてもらったら嬉しいしさ~」
可愛いの代名詞と綺麗の代名詞のような男達に、両サイドから頭を撫でられる。これで、たじろがないわけがない。
「ちょ……! やめてくださいよ、二人して……!」
「それで~? オレたちのウサギさんはどうだったですかにゃ~?」
「ほらほら、白状しちゃいなよ、大和くん」
Re:valeの二人に挟まれ、頭を撫でられ、局内の人間には微笑ましく見物される。大和には、もうどうしたって逆らうことなどできなかった。
「か、勘弁して下さい……! みんな見てるし!」
「イケメンがこうしていちゃついてたら、そりゃあ目立つよね」
「大和くん、間男みたいだね」
「相手が大和だからって、モモちゃんのダーリンは渡しませんぞ!」
そんなこと言われたら、先輩とは言え、大和にだって譲れないものがある。
大和は、目の前のトップアイドル二人をなんとか押し退けて、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「二人ともかわいかったですけど、俺には心に決めたウサギがいるんで」
 なので、二人ともお引き取りください。そのつもりで言ってみたのだが。
大和は、口にしたそばから恥ずかしくなって、クールになんて決められず、ましてや冗談のように振る舞うこともできなかった。
堪えられなくなって俯いた大和の肩を、Re:valeの二人が両側からポンと叩く。
「あの……すんません。これ、秘密にしてください……」
 誰に、とは言わない。そんな大和に、百と千はにんまり笑って頷いた。

その頃、三月は昼のワイドショーのスタジオの片隅で、小さく小さくくしゃみをしたのだった。




【 終 】