こころさらいの夕べ



好きだ。好きだ。好きだと何度も撫でて舐めては口に含んで、暴いて食い散らかしてみても、この時の、この気持ちだけは止まることを知らない。好きだ。
熟れて木から落ちた柿の、ぐちゃりぐちゃらとした様を思う。ぐちゃぐちゃに乱れて、甘ったるい匂いを振り撒いて、やがて腐っていくとしたって吸い寄せられるんだよな、虫ってやつは——そう、俺みたいなのは。
(腐らせてんの、わかってんのに)
ぐちゃりぐちゃら、掻き回して、高い声上げて鳴く小せぇ口を見下ろして、振り乱れる髪の束を見下ろして、もっと奥まで蕩かしてぐちゃぐちゃになっちゃえば良いのに。
(俺以外に、見つからなければ良いのに……)
もっと汚く乱したい。
びくびくと体を跳ねさせて、そのまま伸び上がって逃げようとする体を抱き込む。
「ん、っは、あ……あぐ……っ」
喘ぐ声の端から端まで可愛いくて困るな、なんて笑ってしまう。
ぶるっと体に震えが走る。跳ね回った性器は、やがてミツの中で欲を吐き散らかし終えて静かになった。
押さえ込んでいたミツの体がぴく、ぴく、と小刻みに震えたかと思うと、ぽってりした唇から悩ましく息を吐き出した。
「い、ったぁ……」
「イッた、けど……?」
「そ、じゃなくって……」
背中痛い……そう言ったミツの肩に立てていた爪をゆっくり抜いて、そのまま、指先で撫でる。一応、ごめんなの気持ち。
「……こういう感じなの? いつも……」
「何が?」
ミツの体の中から物を抜かないまま、首元に唇を落とす。
「大和さんの、背中。いつも傷付けちゃうから……」
じゅっと吸って痕を付けて、離してまた付けてしてると、ミツが「いたい」ってもう一度呟いた。
「まぁ、ミツは爪短いから、そこまでじゃないけど。みみず腫れもすぐ消えるし」
「本当に……? 残ってるとこ、ない?」
「……ないよ。残して欲しいくらい」
こいつに付けられた傷に墨入れたいくらいなんだけどな、なんて思って、どっかに三日月でも入れようかと馬鹿な考えが浮かぶ。
三月、って良い名前だよ。何もかもが愛おしく見えて良くない。寝相が悪いの含めて。爪の跡とか気にしてるけど、それ以前にお前さん、この間寝ながら俺に膝蹴り入れてるからな。青あざの方がよっぽど残ったわ。
「……ミツは、ってどういうことだよ」
「何が?」
「み、ミツは爪短いから、って言った……今」
俺の下でポツンと呟いたミツが、次第に真剣な顔になって……そのまま、まだ入ったままの下半身睨んだ。違う。俯こうとしたんだな。
「……爪の跡、残る人……いんの」
ほかに……ってカタコト言ったミツの言葉の意味がわかって、ぶわりと背中の毛が逆立つ。ぞくっとした。
こんなにも好きだ好きだと思っていても、何も伝わらないことが苦しくて苦しくて、愛しい。思わずニヤと笑うと、ミツは何を勘違いしたのか、うごうごと体を逃そうとする。
濡れた下半身がぐちゃぐちゃ音を立てた。
「ン……抜いてよ……」
「やだ」
「は?」
「ミツの中にいたい……」
「えっ……」
体を逃がそうとしていたミツが固まる。中途半端になってるまま無理矢理抱き込んで、ベッドに倒れた。
「や、やめろよ……! ケツ閉まんなくなる……!」
「開けとけば良いよ。いつでも塞いでやるから」
「おい、おっさんやめろ……」
「まだお兄さんです」
「そうじゃなくて、おっさんくさいこと言うなっての……」
ぐちゃぐちゃに腐らせてる最中なのに、それがこんなに芳しい。離してやらなきゃなんて思っていたことが嘘みたいに、今はこの体の、心も、何も手放したくないっていうのに。
「……言っただろ。ミツだけだよ」
「嘘くさいんだよなぁ」
言うようになったじゃんと、ほくそ笑む。
嘘じゃないんだけど、嘘っぽく見えるのもわかってるんだ。
「俺のこと、こんなに好きなのお前さんくらいだから」
「す……好きなんかじゃ」
ぎくりと体震わせて、恐る恐る振り返ったミツが暫く固まる。やがて、諦めたみたいに溜息を吐いた。
「……好きだって言わないと機嫌悪くなることくらい、わかってきたよ……」
「なんだよ、その仕方ねぇから言ってやってるみたいなの……傷付くなぁ」
「傷残して欲しいくらいなんだろ。良かったじゃん」
「冗談だよな? 嫌いって言われると堪えるから、それはやめてね……」
そう言えば、中途半端に振り返ってたミツが、ぽかんと間の抜けた顔をした。
「あれ、気にしてたんだ?」
「……気にすんだろうが、普通」
「誰に嫌われても気にしないみたいな顔してるくせに」
兄貴と同じことを言うミツに、俺は流石に眉を顰めた。
自覚がないと言えば嘘になるけど、でもミツには好かれたいと、好きだと、さんざ思っているんだけどな……
(足りないのか……)
人の人生壊しそうなくらい愛してても、足りないんだな。少し寂しくなって、少し不安になる。
こんな気持ち、やっぱりさっさと捨ててしまえばいいんだろうか。捨てられないから、こんな風に相手を腐らせているのかもしれないのに。
暫く黙ってたミツが、無理矢理自分で尻上げて、勝手に俺の物抜いた。まだ良いって言ってないのにと思っていると、振り返って真正面から頭を抱かれる。ぽんぽん、と頭を撫でられて、背中を擦られて、ぎゅうって優しく絞られた。
「大好き……」
ぐず、と頭を擦り付ける。
大好き——大好きだって。可愛い言葉だ。何よりもはっきり聞こえる、その可愛い文言が愛しくて堪らない。
「俺も」
嘘のように聞こえたって、何だって良い。
「俺も、ミツが好きだ」
好きだよーって抱き締め返す。くすぐったそうに身を捩ったミツがつむじに頭を乗せた。
「でも、大和さんのこと好きな人は他にもいると思う」
「そうかな?」
「そうだよ……タラシのくせによ!」
頷かれて、頭にごんと緩い衝撃が走った。
「だから、浮気しないで」
「し、しねぇよ!」
衝撃のままシェイクされてた頭が急に目覚めて、俺はミツの顔を見上げる。驚いたようなオレンジの瞳が、すぐにふらんと溶けて笑った。
心が胸の中から引っ張り出されるみたい。攫われるってのは、こういうことを言うんだろう。
浮気はしない主義だって言っただろと文句みたいに言えば、ミツはくすくすと笑って頷いた。