Traffic light



「私、後回しにされたんですね……ひどいなぁ、狗丸さん」
 そう言って、遠くの信号を見つめてる。黄色の点滅が一、二、三。少し地方に来ると、夜中には信号機が停止している。あれはその印だ。
 いつまででも点滅の続く黄色のライトに、トウマはことんと息を飲んだ。
 黄色の点滅は「周囲に注意して進め」、歩行者も車も。
 コンビニの前にあるガードパイプに寄りかかっている巳波と、黄色の点滅信号を交互に見やって、トウマははぁと白い息を吐いた。
「スタッフさんと飲んできただけだって」
 ツアーの最中、会場からほんの少し離れた場所に取ってもらった宿の近くだった。
 トウマは、スタッフらと盛り上がったまま、飲みに連れて行ってもらった。どうやら、その内の一人の出身地らしい。地酒が美味かったので、ほどよく酔っている。
 ほどよく酔ってはいたが……
「お前だって、見たい店あるからそれで良いって言ってたじゃん……」
「地元だとちょっと有名なお店らしくて」
「何が? ラーメン屋?」
「ラーメンも食べてきました」
「も? そっか。美味かった?」
「はい、なかなかでした」
 そっかそっか。そう言って、トウマはコンビニの自動ドアをくぐる。
 いつまでも点滅信号を見ていても、ただ体が冷えていくだけだ。それなら、せめて建物の中に入りたい。
「狗丸さん?」
「ミナも来な。アイス食おうぜ」
「寒いのに、ですか?」
「寒い中食べるアイスも良いじゃん」
 そんなに甘くないやつか、もしくは量が少ないやつがいいなと思う。そっとついてきた巳波を少し振り返る。食べきれなくても問題なさそうだ。
 黄色の点滅信号を見ていると、何故か心が騒いだ——何故だろうな。
 酔いを覚まそうと思った。冷たいアイスでも食べれば、もう少しまともな醒め方ができたかもしれない。
 アイスケースを覗きながら、トウマは薄く息を吐く。その隣に、前髪を耳に挟んだ巳波が立った。少しドキッとした。一方で、横にずれるかどうか悩んで、その場で踏ん張ることにした。
「私、肉まんが良いです。角煮まん」
「角煮? あった?」
「ありました。あ、その濃厚ミルクバーにします」
「今、角煮まんにするっつったろ……?」
 ふふ、と笑って誤魔化す巳波が、アイスケースに手を入れる。ひょいと持ち上げられたそれを受け取って、トウマは自分もチョコでコーティングされたバニラアイスを取った。ちょっと贅沢な気持ちになるやつだ。
 会計を済ませて、コンビニの前でアイスを開ける。角煮まんを抱き締めている巳波は、いつの間にか機嫌を直していた。黄色の点滅が、先ほどよりもゆっくりになったように思う。
「美味い?」
「美味しいですよ。食べます?」
 二口ほど齧ったミルクバーを差し出され、トウマは自分の手元のアイスバーをくるりと指で遊ぶ。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
 アイスバーを交換して、そのまま、結局受け取ったものを最後まで食べた。
「食ったらホテル戻るか」
「そうですね。寒いですし」
 寒空の下でアイスバー、乙ではあるが、体が冷えるのもまた事実。
 トウマが冷えた指先を擦り合わせていると、巳波はさっさと角煮まんを取り出していた。まだホカホカのようだ。
 眺めていると、声を掛けられた。
「持ちます? カイロ代わりに」
「いいよ、ミナが食えよ。寒いんだろ?」
「寒いですけど」
 チカチカとゆっくり瞬く黄色のライト。
 トウマは、ゆるっと目を細めた。
「あったかい内に食いな。なんか食ってるミナのこと、俺、好きなんだよなぁ。幸せそうでさ」
 そう言えば、巳波はぱちくりとゆっくり瞬いた。
「狗丸さん、代わりと言ってはなんなんですけど」
 ごそごそ、角煮まんを持ってる手とは逆の手で、巳波は上着のポケットを探る。
「何? カイロ?」
 ミナはなんでも持ってるからなぁ、なんて思いながら待つ。
 巳波のポケットから出てきた手の平サイズのラッピングされた小箱。それが、トウマの手の上に置かれる。
 ちょこんとしたそれに、トウマは首を傾げた。
「チョコレートです」
 はぐっと角煮まんを口に入れた巳波が、流し目を送る。
 信号の点滅がトウマの目の端に映った。随分とゆっくりに……いや、いよいよ止まってしまったんじゃないか、点滅——
「地元だと、ちょっと有名なお店だそうですけど……私を後回しにした罰として、中身、半分くださいね」
 そう言って、角煮まんの二口目に齧り付く。ぺろりと口の端を舐めた巳波が「おいしい」と呟いた。
「あの……あと、一時間くらいで、十四日だけど……これ、その……」
「ふふふ、楽しみだな……とても美味しそうだったから」
 しどろもどろになるトウマに、巳波は笑った。幸せそうに角煮まんを齧っている。
 アイスで冷えたはずのトウマの体温が、何故だか急に高まった。
(チョコ、溶けちまわないかな……?)
 ぽかっとした手の平の上、乗せられたまま動かせないチョコの箱を見つめて、トウマは散々に遅れたお礼の言葉を搾り出したのだった。