たった一年、されど一年、それでも一年。生まれた年が違うだけで、大和さんは大学生になっちゃった。
(目なんて届かねぇし、どうせそうだろうと思ったけどさ)
大学のラウンジの丸テーブルを囲む大和さんと、その友達。女の先輩が二人と男の先輩が一人……そこに高校生のオレ。
(こんなの、場違いじゃねぇの……)
本当は、土曜の午後に大和さんの部屋に呼ばれた。けど、どうせだから大学のカフェで昼飯食わないか? って。
(……パン、味しないんだけど)
もごもごしてるオレの白いサマーニット帽を、隣のお姉さんがつまむ。ちょっと猫の耳に見えるようなやつ。
「えっ」
「三月くん、かわいい。女の子みたいだね?」
「っす……そ、そんな、いや、センパイの方が可愛い、です」
そう言ったら、お姉さんはきゃらきゃら笑って、かわいいって〜って大和さんに雪崩れてる。
「でも喧嘩っ早いからな、ミツは」
「えー、大和くんの方が殴ってそうっぽくない?」
「はぁ? そんなことないでしょ。優しい男よ、俺」
なー? って言われて、ちょっと考える。
まぁ、そうですねって言ったら、嘘っぽく見えたのか、大和さんがいじられてた。
優しいっちゃ優しいよ。それなりに、良い彼氏だと思う。
今、指輪してないこと以外は……
浮かれて付けてきた自分の左手の薬指の指輪見て、オレはまずこれに後悔した。
ついでに、被ってきた白いニット帽に合わせたクリーム色のコートも、ちょっと可愛い過ぎた。折角大和さんに会うからさ、可愛い格好したんだよ。これにも後悔した。
「三月くん、彼女いんの?」
その後悔の理由を、お姉さんに触られた。
指をするって撫でられて「あ、でも手は男の子だね〜」とか、言われると、流石にドキドキする。
「か、彼女、っていうか、あはは……」
誤魔化してると、目の前に座ってた大和さんの目がすぅっと細くなる。
こいつはうまくないぞ。こいつは、まずいぞぉ〜……と思いながら、自分だってさっき雪崩食らってたじゃんと思わなくもない。
「えっと……」
「ミツ、パン食った? そろそろ行く?」
ほら、って財布とスマホ持ち上げて立つ大和さん。オレは思わず口を尖らせる。
口の中パサパサしてる。飲み物欲しいなって自販機を見た時、オレの隣でベーグル食べてた男の先輩が、何を思ったのか手元の紙コップを寄越してくれた。
「飲む?」
中に入ってるコーヒーがたぷんと揺れる。
オレは、「あ、えっと」と溢しながら、口のパサパサに負けてそれを受け取った。まだ少し温かかったコーヒーにほっとして、ありがとうございますって笑う。
「ここのパン、口の中の水分持ってかれるから」
男の先輩がそう言って、食べかけのベーグルを指差した。
「あはは、美味しいけど、そうっすねぇ」
オレはもらったコーヒーを飲み干して、財布を出す。
「あの、これ代金……」
「ああいいよいいよ。二階堂の後輩なんだろ。俺一口だけ口付けちゃってたし」
先輩に言われるまま、オレは迷わせていた財布を持つ手をポケットに戻した。
「すみません、ありがとうございます」
良い子だなぁと呑気な調子で言う男の先輩の隣の隣、そのくらいから若干の不穏な空気を感じつつ、オレは残っていたパンを食べ切った。
自分に降り掛かるものには無頓着なクセに、大和さんはやきもち焼きだ。わかっているけど、こんなところで爆発されるわけでもないし、オレは——いや、そもそもさ、大学生が初対面の高校生にその気を見せるわけなくねぇ? あんたくらいだ、そんなの。
そう思って正面の席を見ると、案の定口をへの字に尖らせた大和さんの顔があった。
「俺の後輩に、お前らさぁ……」
「なんか、かわいいよな」
男の先輩が「モデルとかやってる?」って聞いてくる。
「あ、いや、全然!」
「高校生なのに肌綺麗だし、服もなんか……良いやつ着てるじゃん。そういう業界の子かと思った」
「あ、これは」
このコートは、大和さんが誕生日に贈りつけてきたやつ。それもオレの誕生日じゃなくて、自分の誕生日に。
「似合うと思ったから着て欲しい」って言われたら断れるわけもなくて、そのまま。春物のコートを冬に贈ってこられて困惑したのは秘密。顔がちょっとかぁってなる。
会いにくるためにわざわざ着るなんて、オレって案外、かわいげあるんじゃないか? 外見の話だけじゃなくってさ。
「これは、その、付き合ってる人が選んでくれて」
女の先輩が、「やっぱ彼女いるんじゃん」と呟く。大和さんの表情は、さっきよりなんでもない顔になってた。
「ミツ、そろそろ行ける?」
「お、おう」
少しだけご機嫌になった大和さんがオレの帽子をちょいちょいと撫でて、そのままラウンジの出口に向かう。
オレは慌てて立ち上がって追いかけた。最後に、先輩たちにぺこりと頭を下げる。男の先輩が会釈してくれたし、女の先輩たちは手を振ってくれた。
ラウンジを出ると、大和さんがオレのコートの袖を摘む。
「俺が選んだって言っても良かったのに」
「やだよ。なんかヘンじゃん……」
「そんなに珍しいことでもないでしょ」
「先輩が後輩に服買うのがぁ?」
つい、と引いてた袖からオレの手を握り直して、大和さんは少しだけ振り返った。オレたち今手を繋いでる。
「好きな子に服贈るのが」
オレたち、今手を繋いでるんだ。
どきりとして、離そうとしたけど離せなかった。
高校の時はなんだかんだ誤魔化せたけど、大学のキャンパスを歩いて、往来に出た時にオレはなんだか急に空気が薄くなったように感じて俯いた。
「……あの人たちに、言ってたの? オレらの関係……」
「言ってないよ。彼氏いるとは言ってたけど」
「な、なんで」
「告られたからさ。彼氏いるから付き合えないって言ったの」
ああ、やっぱりと思った。やっぱり見てないとそういうことになるんだ、この人は。
「変な目で見られてない……?」
「別に。あの通り普通」
ひらっと手を振る大和さんをようやく見上げて、オレは何も言えなくなった。口をまごまごさせてる間に、大和さんが、とんとオレの肩に腕をぶつける。
「ていうか、知らない奴からもらった飲み物すんなり飲むなよ……お兄さん、心配」
「え、だ、だって、飲み物欲しかったし……」
多分、オレが苦しそうに見えてたんだと思う。正直苦しかったし。
「だって……あんなの浮気じゃん」
「あんたに言われたくないなそれ……」
「あーもう最悪。キスしていい?」
「今はやだ」
校門でぶちゅってされたの忘れてねぇし、あれはあれで小さい高校で騒ぎになったんだから、そういう迂闊なことしないで欲しいし、言わないで欲しい。
「……毎日会ってた時と違ってさー、めちゃくちゃチューしたくなる……」
お、それは同意。言わないけど。
でも道端でするのやめて欲しい。高校なら誤魔化せるけど、多分ここでは無理だから。
大和さんのアパートまで向かう途中、繋いでた手がするっと解けて、大和さんがキーケースから鍵を取り出す。
「ん」
一本、鍵を渡されて、眺めて首傾げてから突っ返した。
「いや、自分で開けろよ」
「そうじゃなくて」
鍵をもう一度眺める。
「合鍵」
ハッとして、バッとした。思わず後ずさる。
つい両手でその合鍵を握った。薬指の指輪がきらって目について、口があわわとした。
「おっ、重……!」
「重くないだろ! いや、重いけど……」
眼鏡のブリッジを上げて、そのまま顔を隠しつつ、大和さんが「俺、元々重いし……?」とものの三秒で開き直ってる。
「指輪とコート嬉しかった……本当は見た瞬間、抱き締めたかった……」
アパートの部屋に向かう最中、階段上りながらそう言った大和さんの耳が赤い。まさか、涼しさが余る春の名残のせいじゃないだろう。
部屋の前まで来てキーケースに繋いだ鍵で部屋開けて、中に入ると大和さんの匂いがした。
「なぁ……もう、キスしていい?」
不安そうに聞いてくる大和さん。オレは、「いいよ」って答える前に一度口を閉じる。
自分の左手持ち上げて、ひらっとさせた。
「指輪、してくれたら良いよ」
そう言ったら、キーケースのチェーンに通されてた指輪をそこから外しもしないまま、大和さんは指輪に指を通す。
でっかいアクセサリーだなって笑いながら、オレは玄関で大和さんに抱き締められてキスされた。