世間様はクリスマス一色。当然のように寮の中にもクリスマスツリーがあって、陸と環とナギが楽しげに飾り付けをしていた。
それを眺めていた大和は、手近な所にいた環のパーカーの裾を引っ張りながら言う。
「お前ら、毎日一生懸命やってるからさぁ、なんか欲しいもんとか食いたいもんとかないの〜?」
「何、ヤマさん、めちゃくちゃ飲んでる?」
実はめちゃくちゃ飲んでいる。ぐでんぐでんの大和を引っ張り、ナギが「カラミザケ反対でーす!」と喚いていた。それさえも楽しい大和は、ナギの腕を引きながら「お兄さんをあげちゃおっかなぁ」なんてケラケラ笑っている。
「うっわ、ヤマさんがおっさんみたいなこと言い出した……」
そう言って、さり気なく壮五の手を引く環。
「子供達がもらってくれないなら、ソウもらって」
ほらきたとばかりに顔を歪めた環が、困惑している壮五の手を引きながらリビングを出て行った。
「そーちゃん、おっさんの絡みには構わなくていいから!」
「え、でも……」
「でもじゃねーの!」
そんな様子を見送って、ナギが微笑みながら自分の腕に絡んでいた大和の腕を解く。そうして、ぐでんぐでんの大和の頭をぽんと一撫でして、自分もリビングを出て行った。
「えへへ、大和さんおやすみなさい!」
陸も、ブランケットを肩に掛けつつ、部屋を出ていく。
「えー、寂しいー……」
しょぼんと肩を落とした大和をカウンターから眺めていた三月が、そそそと駆け寄った。
「なぁ」
三月が、低い声で囁く。
「誰も貰い手いないなら、オレが貰ってやろうか」
そんな一言に、大和は急に頭が冴えるのを感じた。ずいと顔を近付けている三月の団栗目が、やけに眩しい。眼鏡がずれる。
最近やけに積極的な三月に、大和はたじたじしていた。本当にたじたじだ。
「えっ、いや、ミツはいらないでしょ」
「いる」
「い、いや、お前さん、ほら……えっと」
「いる。ちょうだい」
まっすぐ射抜くような瞳でそう言う三月に、大和はソファの背もたれに背をぶつけ、そのまま動けなくなってしまった。紛れもなく動揺している。
「大和さん、先に風呂入っていいよ。一緒でもいいけど」
大和は、少し前の風呂でのぼせた自分の失態を思い出し、首をブンブンと横に振る。それを見た三月は、鈴が転がるように笑って、そのまま向かいのソファに腰掛けた。
見張られているわけではないが、大和はつい気まずくなって、のそりとそこから立ち上がった。
先に風呂入っていいよということは……ことはだ。
(もしかして、そういうこと……)
今日は三月の背もたれはないが、それでも浴槽に体を預けて、次第に沈んでいく体に鞭を打つ。
(俺、もしかして抱かれちゃう……?)
まさか、ミツに……? そんなことを思いながら、風呂から上がれないでいる。しかし、このままでは以前の二の舞だ。大和はようやくの観念をして、長い溜息を吐いた。
「流石にないか……」
そうそう、ないない。衝撃で覚めてしまった酔いをそのままに、大和は風呂から上がると、コップ一杯の水を飲み干す。
入れ替わりで脱衣所に入って行った三月が「部屋で待ってて」と言っていた。いや、やはり自分は抱かれるのかもしれない。
悶々とする頭を下げたまま、大和は自分の部屋に戻った。
(あんな真剣に言われたら、悪い気はしないけど……)
ちょうだい、だって。
どっちかと言えば、大和の方が三月のことを欲しい。だからこそ大切に大切に、宝石を愛でるみたいに眺めていたのに。
急に手の平に転がってきたら、宝石は傷ついてしまわないのだろうか。
何もない自分の手の平を見下ろして、大和は溜息を吐いた。
「ミツのこと傷付けるくらいなら、俺が……」
腕を折るか、もしくは抱かれる方に回った方がいいのかもしれない。
(だってよりによって、自分の手で、なんて)
嫌だ〜と、顔を覆う。キスしたいと思うくらいだから、一度や二度、三度や四度、五、六……くらいはそういうことを考えたことがある。ティッシュの藻屑の底に、感情を隠したことだってある。
あるが、実際にどうこうしようとは今まで思ったことがない。
それでも、自分からキスしてきたような三月は、どうなんだろう? 大和のことをそういう風に見たことがあるのか、あるいはどうこうしようと考えたり……?
ちょうだい、の言葉が頭を掠める。
わからないまま頭を悩ませていると、大和の部屋を三月がノックした。
「入るよ」
「う、うん」
三月は、髪をふわっふわにして、珍しくオーバーサイズのパジャマを着ていた。普段ならTシャツとスウェットの寝間着なのにと、大和が眼鏡を上げる。
「ミツ、パジャマなの珍しいじゃん」
「丁度良いのあったから」
オーバーサイズだから、丁度良くはないと思う。
三月はとたとたと大和のベッドに近寄ると、そっと大和の隣に座った。そのまま、大和にぐーっと体重を掛けてくる。
(き、来た……)
ついぎくりと強張る大和を見上げて、三月が瞬きをした。
襟ぐりから、上気した胸元が覗いている。美味しそうな鎖骨だなと思った。
「大和さん」
「は、はい!」
言い出しにくそうにしている三月が、大和の足を自分の足でちょいとつつく。
「オレ、この間さ? 布団入れてもらった時、寝相、すごかったじゃん?」
「……すごかったね」
目が覚めたら、コの字になった三月が大和のことを壁に押し付けていた。人間ってコの字のまま寝れるんだ……と思いながら、三月が起きるまで壁と離れられなかった大和であった。三月力が強過ぎて……
「だからさ、体動かないように寝る練習してみた」
「なにそれ?」
「気を付けの姿勢のまま寝るようにしてみたんだ」
それって、努力と意志でどうにかなるものなのか……元々寝相が激しくない大和には、理解が及ばなかった。
(もしかして、それって苦しいんじゃないか……?)
伸び伸び寝ればいいのにと思っている大和の腕を、三月がきゅっと掴む。
「だからさ、また一緒に寝て欲しい」
「そっか……えっ、え?」
「百パーセントじゃないし、大和さんが信じられないなら、無理にとは言わないんだけど……」
「えっ、そうじゃなくて」
深刻な顔をしている三月に、大和は思わず首を傾げた。
「ちょうだいって……添い寝で良いの?」
つい、そんな言葉が口から出ていた。不思議そうに顔を上げた三月が、「そうだけど」と言って、そのままゆっくりと表情を変えていく。
「他に何があんだよ……」
三月から視線を逸らし、大和はすっと眼鏡を外した。思惑と思考が筒抜けにならない内に、もそもそとベッドに潜り込む。三月に背中を向けて、そのまま目を閉じた。
しかし、速攻でばさっと布団を剥ぎ取られる。
「大和さーん?」
無邪気を装った可愛い声で名前を呼ばれ、恐る恐る目を開ける。自分の部屋の壁が見える。先日、大和が押し付けられていた壁だ。
布団だけでは飽き足らず、枕を引っ張られて奪われた。それをぽいっと投げ付けられ、流石に振り返る。
「な、何すんだよ!」
「大和さんさぁ、何期待してたの」
ベッドの上に座っている三月が、ぽんっとじぶんの膝を叩いた。
つい、吸い寄せられるようにそこに頭を伏せてしまった。わしゃわしゃと撫でられて、頭を揉まれる。
「お客さん、凝ってますねー」
「いやー、ははは……メンバーに頭を悩ませてまして」
「……悩んでたの?」
耳の上をやんわりと揉まれている。気持ちが良くて、次第に眉間の皺が伸びていった。おろしたてらしいパジャマが柔らかい。肌触りの良さにうっとりする。
「最近、お前さんは俺のこと甘やかし過ぎ……」
甘やかすというより、何某かのサービスを受けてるみたいだ。ご奉仕だ、こんなのは。あんなのも。それを、なんでもないみたいな顔してやってのけるから、大和が勘違いをする。そう、これは三月の甘やかしのせいだ。
今もまた大和の頭皮マッサージなんてものをしている三月が、そっと手を止めた。手近なところにあった大和の手を掬い上げて、今度は手のツボを押している。
「気持ち良い?」
「気持ち良いけどぉ」
リラックスすると共に、何か、変な感じがする。背中がそわそわして、けれど離れたくなくて。
指の股をきゅっきゅと押されてほぐされていたかと思えば、その内、三月が大和の手を握った。自分の手と結んで、恋人繋ぎみたいなことをする。
「ほら、そういうことをさぁ」
するなよ、と言いかけた大和に、三月が「なぁ」と言った。
「そろそろ、オレのこと好きになった?」
時が止まる。
時が止まったと思ったのは錯覚で、止まっていたのは大和だけだった。
ばっと顔を上げる。膝枕をしていた三月が脚を崩すと、そのまま大和の上に折り重なってきた。
「え」
手を握ったまま、三月がそっと大和の唇に口付ける。ちゅっと音を立てて離れた三月が、眉尻を下げて言った。
「何期待してたの。教えてよ」
どうやって教えたらいいんだろう。
言葉にするにはいかがわしくて、ぬるくて、ちょっとベタついていて、三月のことを、うちの宝石のことを汚すくらいだったら自分がと思ってしまうような、そんな妄想が心の水瓶の中から、とぷりと溢れ出しそうになる。
三月が、もう一度大和の唇に触れた。大和の水瓶に三月がとんと柄杓を差し入れて、そこから掬った水を口に含むようなことをするものだから——二人の間に、つうと唾液の糸が通う。三月が、指先できゅっと自分の口を拭った。
「ミツの方だって、俺のことどうしたいの」
繰り返し絆されほぐされ、とろかされ、このままどんな生き物にしたいのか、それがわからないまま揺蕩っている。
大和の疑問を聞いて、三月の唇が三日月を象った。
「オレ? オレは、大和さんに構いたいだけ」
目を瞬かせている大和の首筋を、三月がするりと撫でた。鎖骨の輪郭をなぞられた時、つい息を飲んだ。
「お前さんの構うがどこまでか、まるでわからないけど……」
「構って、触りたいだけだよ?」
とん、とん、とん、と胸骨の節を指でつつかれ、鳩尾で止まる。
「オレ、触りたいんだ。あんたの心に」
「こころ……?」
「あんたはオレのこと宝石って言ったけど、オレからしたら、大和さんの心だって宝石みたいだ」
部屋の照明が、ちかちかと揺れた。
何故だろう。疲れていると、脳は照明の点滅を処理しきれないと聞く。だから、だろうか。
「だからさ、オレがいっぱい磨いてやりてぇの」
三月の瞳が逆光の中で爛々と輝いている。やっぱりそれは宝石みたいだが、しかし、一方で怪しげで魅力的で、ずるい。
「だから教えてよ。何期待してたのか」
そう言った三月の、少し広く見えてる首元を視線で舐める。
「ミツがあまりにも積極的だからさ、俺、お前さんに抱かれるのかと思って」
「へ……?」
「お前のこと傷付けるくらいなら、それも悪くないかなって思ったんだけど……まぁ、ミツはやっぱり綺麗だったな」
俺には眩しい。
逆光になってる三月の頭を引き寄せて、くしゃくしゃと髪を撫でる。
「綺麗かぁ? いや、ていうか、なんだその理由……なんでオレが傷付くんだよ……」
「綺麗だよ。めちゃくちゃ綺麗」
ヘドロの沈んだ瓶の水を掬って飲んだとて、三月は決して汚れも翳りもしないだろう。
「ミツ」
大和の鳩尾に添えられたままの三月の手を握る。そのまま、自分の体に押し付けるように力を込めた。もう片方の手で三月の首を引き寄せて、それから触れそうなくらい近い場所で囁く。
「わかってないみたいだから言うけど、俺、ミツのこと、とっくの昔に好きだよ」
ぽか、と開いている三月の唇を、凹凸を合わせて口で塞ぐ。ちると吸い上げて離して、もう一度塞いだ。返事を聞くのが怖かったのかもしれない。
ぎゅっと体の内に取り込むみたいに押さえ付けていると、強張っていた三月の体から次第に力が抜けていった。唇を合わせたまま、二人でベッドに倒れ込む。
「何心配してんだよ……? オレ、傷付いたりしないよ」
ちゅっ、ともう一度唇を触れさせる。
「うん」
「だから、大和さんが触ったって、いっ」
い、の形で体を強張らせた三月が、視線を落とした。
大和は、驚いている三月の視線を掬うように合わせてやる。一方で、空いている手で三月の尻を揉んだ。筋肉の張った尻がぴくっと震えた。
「なぁ……本当に、添い寝する?」
三月の体を横たえて、そこに腕を突いて見下ろした。にやと笑っているのはご愛嬌。 触れてくれると言うなら、触れてもらおうじゃないか。ぷちんとパジャマのボタンを外す。
三月は、そんな大和を見上げて息を飲んだ。
「……寝相、悪くてもいい?」
オーバーサイズのパジャマから覗く鎖骨はやっぱり美味そうで、なのに、その合わせを三月がきゅっと握って隠してしまった。
大和は、やんわりとその手を外させる。
「その寝相ごと愛してんだよ、こっちは」
宝石だろうがなんだろうが、ぐずぐずのどろどろに溶けるまで愛して欲しい。
自分はともかく、腕の中の橙色は、スライムになったってきっと綺麗だ。