ゆきあかりラプソディア


雪明かりが綺麗だな、って——
 そうだよ、雪に月の光が反射して、夜が白く光って綺麗なんだ。
 だから、それはオレに掛けられた言葉なんかじゃなかった。たとえ、オレの肌に触れながらだって、オレの目を見つめながらだって、大和さんの口から発せられた「綺麗だな」は、窓から入り込む雪明かりに掛けられた言葉だったんだ。
 
「これだけ雪があったら、夜も雪明かりで明るいんだろうな」
 ぎくりとした。どきりとした。
 雪明かりという言葉に過剰反応した自分のその胸に手を当てて、三月は振り返った。
大和は、壮五と共に雪景色を眺めている。環とナギと陸は、それぞれ思い思いの雪玉を丸めていた。これから雪合戦が始まるのか、それとも雪だるまが作られるのか、何が始まるのかはわからないが、そんな子供たちがいる風景を眺めているだけだ。
(雪明かり……)
 今はまだ、白灰色の雲が空を覆ってこそいるが、昼の只中にいる。
北海道は札幌、IDOLiSH7は今夜、ホールでのライブを控えていた。
三月は、自分が付けている耳当てを左右からぎゅっと握る。
「……さむ」
 飛行機で飛び立ち、訪れた雪国。ここは街中だからか、寒さは幾分かマシに感じる。案内されたホールの控室自体は、ストーブ完備で暖かだった。
雪明かりと聞くと、ふらり意識の中を過ぎる記憶がある。
 昨年の丁度今頃、北海道とまではいかないが、大和とナギと共に雪国へとロケに向かった。
宿泊宿には一人一部屋を与えられてこそいたが、遅くまで部屋に集まって三人ではしゃいでいた。しかし、大和と三月の酒が進むにつれて面倒になってきたのだろう、逃げるようにナギが自室に戻ると、なんとなく、本当になんとなく、三月は大和と唇を合わせた。
 何故、だったんだろう。急に静かになって、寂しかったのかもしれない。触れると、嗜んでいた日本酒の甘い匂いが鼻先を掠めて、珍しく三月から「もっと」と強請ったものだった。
 別段、二人は恋人というわけではなかった。
 付き合ってるわけでもないのに、時々なんとなく唇を合わせて、それからなんとなく肌を触れさせた。
「……明日も、あるよ、ロケ」
 とろんとした声でそう言えば、三月を布団の上に組み敷いていた大和がきょとと瞬く。
 電気を消した部屋の中だというのに、やけにはっきりと大和の顔が見えたのを覚えている。それと同様に、大和からも三月の顔がよく見えたのだと思う。
「あー……」
 気まずそうに言葉を濁した大和が、手の届く場所にあった障子戸を開けて外を見た。
「うん」
 ひどく曖昧だったと思う。
「あっためるだけ」
 何をあっためるんだろう? 三月がそうして考えてる間に、浴衣の合わせに手を差し込まれて、太腿を撫でられた。冷たい手のひらが三月の太腿の形をなぞって、それに飽いたかと思えば下着の上から尻の肉を揉んできた。
「あ、ったま、んない、じゃん……」
「たまんない?」
「あたたまらない……!」
 暖房を消してしまうと、流石に部屋が冷える。大和はのそりと掛け布団を扇いで自分の上から掛ける。そうはされても、大和の下に転がっている三月には冷たい空気が触れて、暖かみの欠片もなかった。
 部屋の中は、照明が点いていないにも関わらず明るい。雪があるだけで、こんなにも夜の色は変わるものだろうか。
三月が仰向けになったまま窓の外を見つめていると、大和が静かに笑った。
そこで掛けられたのが、「雪明かりが綺麗だな」という言葉だった。
 確かに、見慣れない明るい夜の景色、その裾はあまりにも神秘的で不可思議な気持ちを掻き立てた。美しい。魅惑的で。
 だから、綺麗だと溢したのもわかる。
 それと同時に、妙な違和感も胸を襲った。
 大和は三月のことを見ていたのに、けれど綺麗だと言ったのは雪明かりの方だったのだ。
(オレのことじゃ、ない)
 咄嗟にそう思った。
 どうしてか、自分が綺麗だなんて自惚れは、三月の頭の中から早々に退散してしまった。
ゆるく笑った大和にそのまま体を曝かれて、性器を擦り合わせて果てて、そうして気だるく一緒に眠った。寮でだって時折そうして、甘やかして甘えている。
けれど、怠惰な関係の隙間に吹いた雪国の空気は、今の三月にはあまりに冷たかった。
布団を共有していても、その隙間は決して埋まりはしなくて、ぐっすりと眠っている大和の高い鼻を摘んでやりたくなった。起きると面倒なので、結局やめた。
(オレのことじゃないんだよ)
 今だってそう思う。
 綺麗という言葉からは、ひどく縁遠い気がする。以前VAEのショーで和装を纏った時だって、その姿が「綺麗」や「美しい」だなんて——自分ではとても思えなかった。
「兄さん?」
一織が、ぼうとしている三月の顔を覗き込む。三月は何度か瞬きをして、それからゆっくりと一織を見上げた。
「どうかしましたか? 寒くは、ありませんか……?」
「ああ、大丈夫。一織の方こそ」
 そう言ってる間に、一織の肩に雪の塊がぶつかる。
「わっ」
「わっ! だってー! 一織かわいい!」
キャッキャと飛び跳ねる陸。どうやら、競技は雪合戦に決まったらしい。
「七瀬さん! 四葉さんも……! いきなり何するんですか!」
「雪ふわっふわだな~! すぐ壊れた……なー、りっくん」
「なー! これなら危なくないだろ?」
「こ、このっ……!」
 走り出して今すぐ報復したそうな一織の背中を、三月はそっと押す。
「おら、行け行け一織!」
 そう言ってやると、一織は少しだけ躊躇いながら、けれどしゃがみ込んで足元の雪を掻き集めた。三月も、さっとしゃがみ込む。
手袋に絡む雪の粒をギュッギュと丸めて、そうして、わーっと表情を明るくした環を狙った。
「うっわ! みっきーもやんのかよ! いおりん、ずりー! そーちゃん! 雪玉作って! 俺投げるから……!」
「え? ルール的にそれは有りなの……?」
「あり! ありありありっ!」
「四葉さん、逢坂さんまで巻き込まないでください! それに、先に不意を衝いたのはそちらでしょう!」
 そう言われて、壮五が苦笑いで環を見上げる。
「だって。環くん」
「いいの! だって、いおりんだってみっきー巻き込んでんだろ!」
すると、一織が「はん」と鼻を鳴らした。
「私が兄さんと組んだら、負けるわけがないですからね」
「ズルいですよ、イオリ! ワタシもミツキと組みたいです!」
 一方、眉をハの字に寄せるナギに、一織はもう一球投下する。
「何言ってるんですか! 弟の特権です!」
「あー! 一織の奴ー! オレだって天にぃと雪合戦やりたい〜!」
「他のグループを持ち出さないで!」
 一織に向かって、雪を掴んでは投げ、掴んでは投げしている陸に、大和が声を上げて笑った。
「正月の挨拶の時にでも遊んでもらえよ」
「そうだ! そうしまーす!」
 わーい! と両腕を挙げた陸の帽子に、すこんと雪玉がぶつかった。
「ちょっ、環〜! どこ行ったの? 援護してよ〜!」
 泣き言を漏らした陸の視線の先で、環と壮五はしゃがみ込んで雪玉を転がしていた。な、なんでー! と、陸が雪の上でじたじたしている。
「そーちゃん、雪だるまがなんで縦長になってんだよ。まんまるになんない? 難しい?」
「ええっと、うーん、バランスが……難しいな。環くんはすごく上手だね」
「俺、施設とか学校で雪だるま作ってやってたから。俺が丸めっからさ、そーちゃん、目と口になるパーツ探してきて」
「うん、わかった!」
 環〜! と雪の上で暴れている陸を引き起こして、ナギが「ここは一旦退却です!」と叫ぶ。キャーキャーと一織から逃げる二人を見ながら、三月は声を上げて笑った。
 やっぱり、綺麗ってよりは——さ? そう思って大和の方を見る。大和はと言えば、雪遊びに参戦する気はさらさら無いようで、走り回っている陸とナギを目で追っていた。
 その内、三月の視線に気付いて、大和がそっと三月に視線を合わせる。
ん? と首を傾げた大和に、三月は目を細めて見せた。
――綺麗なんて、程遠いんだよ。

 いくら外が寒くも、全力で歌って踊って、パフォーマンスをしていれば汗だくになるもので、ライブの後は体を冷まさないようにと念を押された。
 ぐるぐると巻いたマフラーを外しながら、三月は窓の外の景色を見る。
「……明るいなぁ」
 外界は、白く光っている。既に日は落ちきっているというのに、窓の外の景色のありとあらゆる輪郭がはっきりしていて、とても不思議な光景だった。
ライブの後にシャワーを浴びたので、三月はそのままさっさと浴衣に袖を通す。
そんな三月の元に、まだ上着さえ脱いでいない大和がやってきた。
適当に結んである三月の浴衣の帯を無言で直しながら、大和が首を傾げた。
「ミツ、風呂行かねぇの? こんな温泉宿、泊まれること滅多にないじゃん」
「行くけど、先に着替えちまおうかなと思って」
 結ばれた帯をぽんと叩かれ、「わ」と声が出た。合わせも直される。
「そっか。お兄さん、先に風呂入って来ようかな……じゃないと酒飲めないし」
「あのなぁ、明日朝早いんだから、ほどほどにしろよ?」
「わかってますって」
くいっとお猪口を呷るふりをした大和が、何を思ったか、突然三月の肩を掴んでくるりと回す。そのまま、三月の背後から肩に頭を置いた。
「え」
窓から、二人で外を見る。
「お、雪明かり、やっぱり明るいなぁ」
 昼間、大和が壮五と話していたことを思い出しつつ、三月は「そうだな」と相槌を打った。
 大和が、曇っている窓ガラスに、そそそと眼鏡のらくがきをしている。
「……綺麗、だよな」
室内の明かりが反射してしまっているから、照明を消したらもう少しだけ外の景色が明らかになるかもしれない。
「うん。雪って綺麗だよな。まぁ、寒いのは寒いけどさ……子供達もはしゃいで喜ぶし」
「ミツ、覚えてる? 去年さ」
ぎゅっと、そのまま背後から抱き締められて、三月は思わず体を強張らせた。
「き、れい、だったよな。あの宿もさ」
 そう言って、ばっと大和の手を振り解く。
 そこまで強く拒絶するつもりはなかったのに、気付いたら突き放して、そうして距離を取っていた。
「あ、ごめん……」
 ごめん、そう言って部屋を出る。胸がどくどくとする。
「……綺麗なのは、雪の方だ」
 オレじゃない。
 子供に混じって雪合戦してはしゃいで、三月にはそちらの方が合っている。大和だって、そう思っているに違いない。
優雅にたおやかに、可憐に清楚に、そんな風に振る舞ってみたって綺麗なんて程遠く……だからだ。三月は折角整えてもらった襟ぐりを、ぎゅっと引っ張った。多少乱して、自分で裾を引き直す。
「……いいんだよ。オレは、これで……」
 ぐしゃぐしゃに前髪を掻き混ぜて、そのまま、ふらふらと宿の中を歩いた。

「そんなことをしなければよかったと思いました!」
 結果、このような反省をする羽目になったのだが。
「あのなぁ、温泉宿の中で迷う奴がいるか……?」
「いました。いたよ、悪いかよ! いや、悪いな……ごめん」
宿の外まで旅館スタッフに探してもらう程度の迷子をかまし、三月は部屋の隅で正座している。仁王立ちしている大和の隣で、万理が「あはは……」と笑った。
「何はともあれ、見つかって良かったよ。時間も遅いし、紡ちゃんには外に出ないように言ってあったんだけど……大丈夫だったよ、っと」
紡にチャットを送って、万理はぽりりと頬を掻いた。
「一織くんのことも、環くんと壮五くんが落ち着かせてくれてるし、これでオッケー」
 一織には既に先程顔を見せているとは言え、青ざめていた弟のことを思うとまた申し訳なさが募る。
「すみません、スタッフさんに事情説明までしてもらって……」
「いやぁ、三月くんの場合は、外で遭難してないとも限らないし……」
こほんと咳払いをした万理に、三月はがっつりと且つ深々と土下座をした。部屋の入り口から、ナギと陸が覗いている。
「バンリ、ミツキを叱りますか……?」
「叱らないよ。二人ももう部屋に戻って。特に陸くんは、体をよく温めるんだよ?」
「は、はい……」
万理が三月を叱らないことがわかると、陸とナギはそそくさと部屋を出て行った。
「そういうわけだから、大和くんも三月くんのこと、怒らないであげてね」
「怒ってませんよ」
「嘘つけ……怒ってるだろぉ……」
三月が畳から顔を上げて見ると、大和は口を尖らせて三月を見下ろしていた。怒っているというよりは……
(悲しそう)
バタバタとして忘れ掛けていた。突き放して飛び出してきたことを。
三月はそれを反省しつつ、そっと体を起こした。
「ごめん……」
しゅんとする三月の肩をぽんと叩いて、万理は静かに部屋を後にする。喧嘩しないように、と付け加えられて、二人で一応の苦笑いを見せた。
「……大和さん、飲み逃した?」
「飲み逃したよ」
三月が尋ねると、大和はふいと顔を逸らす。
「悪かったよ。一杯だけ付き合おっか……?」
「……気分じゃない」
自棄で酒をかっ食らうくせに、気分じゃない時があるんだなと、他人事のように思う。けれど口には出さないまま、三月はもう一度「ごめんな」と言った。
「大和さん」
「なんだよ」
行き場を無くして、ふらふらと布団の上に胡座をかいて座った大和。
そんな大和の横を四つん這いで通り過ぎ、三月は備え付けの急須を手に取った。
お茶を淹れながら、静かに肩を落とす。
「気分じゃない?」
まるで、お茶を濁すみたいだな。
急須をゆらりと回して、静かに湯飲みに注いだ。
「何が。お茶が?」
「ううん」
とぽとぽと注がれるお茶の嵩を見つめながら、三月はゆっくりと瞬きをした。
「オレ、とかさ」

一通りの準備を済ませて、それから部屋の照明を消して、窓から差し込む雪明かりを睨んでいる。
痕こそ付けられないだろうが、三月の首から鎖骨を大和の唇が辿っていた。浴衣の合わせをささやかに広げられ、肩にまで吸い付かれる。擽ったくて身を捩った。けれど、目は合わせない。自分から誘ったくせに、狡いことをしている。
部屋の中は暗いのに、外から差し込んでくる薄く青白い雪明かりがやけにうるさい。こんなに幻想的で美しいのに、ついそればかり睨んでいる。
三月が身動きらしい身動きを取らないこと、それから言葉を発しないことに気付いたのか、大和が顔を上げた。口元を拭って、それから「ミツ」と小さく溢す。
「……どうしたの」
「……明るいなって、思って」
「ああ、雪明かり?」
開いたままの障子戸の方を、大和が見た。
「月の光が反射して、それでこんなに明るくなるの……不思議だよな」
「理屈的には、全面レフ板ってことだろ?」
「そう思うとなんか」
ふっと笑った大和が「色気ないな」と呟いた。
「ミツが気になるなら閉めようか?」
「ううん……だって、綺麗だろ……見えてた方がいいじゃん。大和さんはさ……」
「……お前さん、それ自分で言うか……」
「だって」
だって、好きじゃん。
月の光が反射して、キラキラした世界のこと、大和さん好きじゃん。頭の中でそんな言葉を吐き捨てる。
「いや、ミツが恥ずかしいとかなら、閉めるけどさ……」
「なんでオレが恥ずかしいんだよ……」
なんでだろう。自然に負けて、確かに惨めではあるかもしれないけど、それでも恥ずかしいなんてことは思わない。変なことを言う大和をようやく見上げて、三月はぱちりと瞬いた。
三月に跨がっている大和が、複雑そうな顔で三月を見下ろしている。
「全部見えてるから、恥ずかしいかと思って」
「今更じゃね……?」
「だけど、今日、全然こっち見ないからさ……」
ミツが誘ってくれたのに、と緩く手を掴まれた。持ち上げて、三月の手に頬を擦り寄せる。
「ミツの言う通り、綺麗だけど……」
首を傾げる。敷き布団が擦れて、耳のすぐ横で衣擦れの音がした。
手のひらに大和の唇が触れる。腰がぞくりと泡立つ。
「見せたくないなら、良いよ。閉めても」
「でもさ、綺麗なもの見ないでって、それ、相当、オレ我儘じゃん」
「うーん、まぁ、お兄さん的にはミツとできるだけで満足だけど。そりゃあ、隅々まで見えてたら嬉しいけどさ?」
「……隅々?」
 捕まえられている手が、むず痒い。大和の手が冷たくて尚更だ。
「あんた、何言ってんの? 雪明かりが?」
「だから、雪明かりで」
「で……?」
三月の手を解放して、寝転がっている三月の額にキスしてきた大和がくくっと笑った。
「雪明かりで、ミツの体全部見えるよ。顔も見える。あー……コンタクト持ってくりゃあ良かった……」
何を言っているんだろう。頭の中でそう言い切る前に、三月は慌てて体を引いた。布団に転がっているため、逃げ場はなく、ただバンと細やかに音を立てるに過ぎなかったが。
「え、なん、で」
「なんでって、お前さん、自分で言っただろ? 綺麗だよ。すげぇ綺麗」
眼鏡を外しているから僅かに目を細めた大和が、三月の顔のすぐ傍で言った。
「前にもそう思ったんだ。雪の中のミツ、すげぇ綺麗でかわいくて……我慢できなくてさ? ごめん。急に抱き締めたからビビったよな……嫌われたかと思った……」
ちゅ、ちゅっと髪の間に差し込まれるキスから逃げようとして、体を返す。けれど、浴衣の襟を掴まれて、ただ背中が露わになっただけに過ぎなかった。うなじに落とされるキスがちくちくとする。
「きら、きらわない、けど……っ」
はだけた浴衣の隙間から胸を揉まれる。突起を弄ばれて身を捩った。
「まっ、て、や……ッ」
話を聞いて欲しくて、やだやだと頭を振る。逃げようとする三月にかまけているせいで、大和の方も浴衣が肩からずり落ちていた。
「や、だっ! きれいじゃねぇ、からっ! 見んなよ……!」
「ははっ、なんだよ急に」
無理矢理仰向けに返されて、そのままぱかりと太腿を開かれた。両膝を押さえ付けられ、半勃ちで下着を持ち上げている自分自身をさめざめ見せ付けられるし、隠させてももらえない。
体に巻き付いているだけの浴衣の布地を払って、大和は三月の脚の間に割って入った。
「明日早いけど、挿れてもいい?」
自分の下着から既に性器を出して扱いている大和は、最早ただ三月の承諾を待っているだけのようだった。
使うかもしれないと枕元に放ってあったコンドームの包みを手繰り寄せて、三月は両手でそれを摘まむ。
「……き、綺麗とか、言うから……やだ」
「自分で言ってたくせに、なんで急にそんな嫌が……ちょっと待った。はあ……?」
大和は、三月がひっ掴んでいるコンドームの包みを無理矢理引っ張る。ぴりっと裂けた包装から中身を引っ張り出して、そのままぼうっと窓の外を見た。
空になった包みを離すことも投げることも出来ず、三月はただ震えて、大和から視線を逸らす。
「お兄さんはさぁ」
「……う、うん」
「多分、和泉三月本人が思ってる以上に、和泉三月のこと、綺麗だなぁって思ってるんだよ」
「う……いや、その……ありが、と……」
もじ、と包みを握り締める。
「だからさ、勘違いさせたなら謝るし、何度だって繰り返し言ってやりたいって思うんだけど」
「や、大丈夫だから、繰り返すな……」
嫌な予感がして、三月はようやく包みを布団の外に放る。そうして、大和の胸板を押し返そうとした。
「ミツ、綺麗」
「だーもう! 言うなって……あッ!」
くちゃ、と尻の穴を弄られて広げられ、三月は口を震わせる。意識よりも体がその行為の先にある悦びを予測して、大和の指先を受け入れてしまう。
抵抗しようとしていた腕から、ついずるりと力が抜けた。
「綺麗、可愛い……あとは、エロいとか?」
三月の内側を、大和の筋張った指先がぐずぐずと性急に解していく。準備は済ませていたものだからすぐに柔らかくなったそこに、大和の物があてがわれた時には、もう何回綺麗だだのなんだの言われたかわからなくなってしまっていた。
「ミツ、好き、すき……」
「くっ、てんめぇ、しつこい……!」
「俺には口悪いとこも好き」
へへ、と笑って三月の中に性器を押し込めた大和に、三月は思わず縋り付く。はっはっと短く吐息を漏らしながら三月の内側を擦り上げていく大和の背が湿っている。外は雪だらけで寒そうなのに、二人の間だけやけに熱くて、溶けそうだった。ぐちゃぐちゃと下半身を擦り上げられながら、三月は大和の声を追い掛ける。
「綺麗だよ、ミツ……」
「それし、か……ねぇのかよぉ……」
ぼうっと熱で浮かれていく意識を取り留めながら、耳に流し込まれる譫言みたいな「綺麗」を聞いていると、自分が悩んでいたことなどどうでも良いことのように思えてきた。
大和の物に奥まで突かれて、そのままきゅっと腹筋を締める。思い通りにいかない分、なんとか仕返しになればと思ったが、それでも大和は三月の耳元で笑うだけだった。当て付けたままカクカクと揺すられ、猫が潰れたみたいな声を上げる羽目になったのは三月の方だった。
「綺麗綺麗、エロくて好き……可愛いし、あと……何? 甘やかし上手と、床上手とか?」
「くっそ……! 人で……っ、ひとで、遊びやがって、ぇ……」
大和にやっとの思い出しがみついていた手が、ずるりと落ちる。引っ掻いてしまわないようにさっさと諦めて布団に腕を落とせば、三月の肩口に、大和がそっとキスをした。
「アッ、も……しつこ……、はや、く……出せってばぁ……」
「……綺麗だからさぁ……」
いつまでも終わらないしつこい律動に、三月の焦点がふらふらし始めた頃、大和がくしゃりと自分の前髪を上げた。
雪明かりのせいで、その表情がはっきりと見えてしまった。三月は、見なければ良かったと思った。
「滅茶苦茶に乱したいじゃん……」
それが、あまりに恍惚とした表情だったからだ。ああ、もう少し無邪気な、子供みたいな顔だったら加減ができたかもしれないのに。
(……全部、あげちゃい、そ……)
体も心も、魂っていうものも、体中の温かいものすべて、全部くれてやりたくなる。
(全部は、あげらんないんだけどなぁ……)
 つうっと、三月の目の縁を涙が滑った。

翌朝、「寝坊しました!」とフロントロビーまで走ってきた大和と三月に、紡が会釈した。時計を見て、それから「まだ余裕があるので、大丈夫ですよ!」と伝える。
「三月さんが見つかって良かったです……」
「ああ、昨日は心配掛けてごめんな。マネージャー……」
「他の皆さんは、先に空港へと向かっています。私たちも出発しましょうか」
そこまで慌てた様子の無い紡を見て、大和と三月は視線を合わせ、それからもう一度二人で頭を下げた。
 朝の光を受けてキラキラ光っている雪の山に、三月がきゅっと目を細める。日の光が反射して眩しい。
「まっぶし……雪焼けしそうだなぁ……」
「ミツ」
大和が三月の耳当てをそっと外して、耳に唇を寄せた。
「ミツの方が眩しいよ」
三月は慌てて耳当てを取り返すと、さっさと耳に付け直す。
「う、うるせぇよ! まだやんのかそれ……!」
「だって、ミツにはちゃんと伝えないと誤解しそうだからさー」
「あーあー! 何も聞こえないー!」
三月は改めて耳当てを左右から抑えると、わざとわーわー声を上げた。
そんな三月を見て、大和は眼鏡の向こうで笑っているし、紡も苦笑いをしている。
「そうしてると、お二人とも幸せそうですよね」
「しあわせそう……?」
楽しそう、じゃなくて? と首を傾げる。
「はい。仲良きことは美しきかな、ですね!」
そう言った紡が、待っているタクシーに乗るように指示をする。
「仲良きことは、美しきかな……」
美しき哉……と称された二人は、ぼんやりと視線を合わせ、それから、昨晩しつこいほど繰り返した言葉の数々を思い出して顔を逸らした。
綺麗で美しくて、だから淫らに乱れさせたくて、なんてそんな。
綺麗で美しくて、だからあるもの全部くれてやりたくなって、でもできなくて、なんてそんな。
 タクシーに乗り込んで顔を覆う。顔が熱い。そんな二人を助手席から振り返った紡が、「もう雪焼けしちゃったんですか!」と慌てて声を上げた。