ビールはぬるくなっちゃった


「ミツってさ、何で抜いてんの」
抜いてる? わさび抜き? シミ抜き?
酔っ払ってると、思考の停止までが早い。まずは一回目のフリーズ。
「何抜きの話?」
「いや、オカズの話」
おかずの話。今日のおかず、わさび入れてたっけ。あ、にんにくなら入れたかも。明日においを気にする仕事あったかなぁ。
「野菜炒めににんにく入れたけど、明日気にするような仕事あったっけ? ごめん」
「ん、ん? 何の話?」
「大和さんこそ何の話?」
「いや、だから」
五百の缶を床に置いて、大和さんが四つん這いで近寄ってきた。さっきまでビールの缶を握ってた大和さんの手が、ハーフパンツの上からぎゅうっと俺のちんこを握る。
「おわぁっ!」
「何でシコってんのって話」
酔っ払って顔を赤くしてる大和さんが、じぃっとこちらを見ている。ちんこ掴まれてる手を払いのけて、それからケツをついたまま後退りした。
「いきなり触んなよバカ!」
「だってミツがわけわかんないこと言うから〜」
「わけわかんないのあんただからな」
「最近いまいちすっきりしなくてぇ……ミツの好み聞いたらすっきりするかもと思ってさぁ……」
バカ言ってんじゃねぇよ、バカバカと繰り返しながら、ぐるり視線を巡らせる。大和さんの部屋の天井、照明を一瞥して、それだと……と口を尖らせた。
「動画のやつとか……」
「最近抜けたやつなんかある?」
「いや、エロいこと考えたら大体すんなり……ああ、でも、エグめの、陵辱系? は無理かも……」
手を前に突いたまま座る大和さんが、おすわりした犬みたいな格好をしてる。そこそこ酔っ払ってるのか、きょとんとした顔してて可愛い。
「なんで? 痛い系、嫌?」
「痛そうって思っちゃうとさ、こう、こっちがあいたたた……ってなんねぇ?」
「ミツ、女優側で見てんの?」
んなわけねぇだろ。そうじゃなくて……と思いながら口に出さない。
「大和さん痛めつける系好きなんだ……?」
「特に好きってわけじゃねぇけど……頑張ってるなとは思うかも」
「抜けるかそれで?」
「お兄さんはねぇ」
その辺に転がしていたスマホを手繰り寄せて、脚は正座したままの大和さんがわくわくと画面を操作する。最近見たのはこれかなぁと渡されたスマホを渋々受け取り、画面を見た。
「布団の中でこっそり密着、スローピス……ほーん……」
「最近好み変わったかも……隠れてヤるやつ良い。あれ絶対バレてんのになーって笑える」
可愛い系のお姉さんが布団に埋もれてるパッケージ画像をスクロールする。布団の中らしきシチュエーションで女優と男優がくっ付いてしてるスクリーンショットが出てきた。一応ラブラブ系のシチュらしい。
「もっとハードなの好きだと思ってた」
「素人紹介系も好きだけど、絶対これプロじゃんと思いながら見るのが良い」
「ナニソレ」
わかるもんなんだ、確かにそうかも……と思いつつ、大和さんにスマホを返す。
「ラブラブ系好きなの意外」
「無理矢理持ち込むのも好きだよ」
デスヨネ、と思いながら、また犬みたいに座ってる大和さんを見る。
なんだか気まずくなってきて、オレはビールの残りを呷った。そろそろ部屋戻った方が良いかもしれない。
「痛い系以外ならわりとなんでも良いかも、オレ。女優さんが可愛ければ、まぁ、助かる……」
「へー」
ていうか、大和さん可愛い系もいけたんだ。綺麗でエロいお姉さんが好きなんだと思ってた。
空になった缶の中身をぼんやり覗いていると、横から大和さんがフェードインしてくる。
「ミツは、外見可愛い系がいいの?」
「え? そりゃあ……お姉さん物よりは同い年くらいのさぁ……」
「僕にできた可愛い彼女と三日三晩お部屋でラブラブえっちみたいなやつ?」
「タイトル出すなよ……でもまぁ、そう……あんまり激しいと一歩引いちゃうっつーか、集中できないっつーか……?」
じぃっと見つめてくる切長の目が、上目遣いになっている。
大和さんは意外と睫毛が長い。すらっとした鼻筋が男らしくて羨ましいし、黙ってればそこそこ顔が良い。今はAVの話に夢中なので残念。
残念だけど、顔は良い。それでもって、別に二人きりだしAVの話してたってイメージが損なわれるわけじゃねぇし……結局は、いつもの大和さんだ。
「ミツが彼女とエッチしてんのヤなんだけど」
「はぁ?」
「今俺の部屋にいんのに」
「いや、彼女はいねぇし、これAVの話だろ? そもそも大和さんが勝手に話始めて、何勝手に不機嫌に」
そう、いつもの大和さんなんだ。不機嫌になってること以外は。
「俺、ミツでなら抜けそう」
「は?」
変なこと言うとこまで含めて、酔っ払った大和さんなんだけど、流石に今のは俺も変な声が出た。
「してみていい?」
「な、何が? ナニを?」
「今シコってみていい?」
ごそごそと自分のスウェットの中に手を突っ込んでる大和さんが、ィッシュの箱を手繰り寄せる。
オレはその胴体に乗り掛かられたまま、わけがわからなくなってフリーズ。あれ、これ何回目のフリーズだろう?
「いやいやいや、ちょっ、待てよ! なんでそうなるの?」
「なんかミツならいける気がするから、チャレンジしてみるわ」
「すんなそんなもん!」
ほとんど寝そべるみたいに横向きになっている大和さんが、脇の下にオレを敷いて体重を掛ける。動けないほどじゃないけど……と思っていたら、腕でがっちり捕まった。
「おーい、おっさん大分酔ってるぞ〜、冷静になれ〜!」
「これがなれるかっつーの」
どういうこと? と思うと、大和さんのスウェットを何かが押し上げている。この際ナニかは気付いたらまずいモノだ。
「なってもらわないと困るかなぁ!」
「へへへ」
「笑ってんじゃねぇよ!」
オレの顔を見上げながらごそごそぐしぐしとシコり始めてしまった大和さんが、しそうに眉を上げてる。変わらずちょっと上目遣いになっていて、顔だけで言えば可愛い。無邪気っぽくて。
もちょっと視線を横にずらすと、邪気の塊みたいなものが覗いているわけで……オレは思わず、ぎゅうっと眉を寄せた。
多分顔が赤い。青ざめてくれ、せめて。オレは勘違いされたくない……
(でも、大和さんの顔が可愛いんだもん……!)
悪戯してる時の子供みたいな顔しやがって! 倫理に抵触する悪戯だからやめて欲しい、切実に。相手がオレで良かったな。
「よ、よくない……相手がオレでも、これは流石に良くない……」
ごくんと唾を飲み込んでそんな声を漏らす。
すると、何を勘違いしたか、大和さんがぐにゃっと首を傾げた。
「ヨくない? ミツもヨくなる?」
「おいやめろ、今なんか怖いこと思いついたろ!」
「怖くないよ、優しくするって」
大和さんの胴体に抑えられていた体が、途端に解放される。
さっき掴まれたちんこがまたぎゅうっと押さえられ、それからくすぐるみたいにやんわり撫でられた。
「や、やめろってば!」
流石に身の危険を感じて立ち上がろうと腕を突く。脚を引いたタイミングでハーフパンツを掴まれて、ずるりと脱げた。
「おい、マジでおっさんふざけんなよ!」
そのせいで、オレは恥ずかしい物を見せる羽目になり……ハーフパンツが、引っ掛かる。
 いや、引っ掛かったから恥ずかしいんだ。何に引っ掛かったって……自分のナニにだ。
「ミツも勃ってんじゃん」
さっき言ったじゃん? オレ、わりとなんでも良いかもって。すぐ抜けるって言ったじゃん。
だからって大和さんにシコられて勃ったなんて、それはやっぱり恥ずかしいわけで、オレは、すんっと何度目かのフリーズをした。
おっさんなんで楽しそうなの……全然わかんない……
大和さんのスウェットは、いつの間にか太腿まで下げられてて、パンツを押し上げたちんこをずっとこすってる。あ、でかいなと思う。……でかいな、じゃねぇんだよな。
「ミツもしよ」
オレはもうすっかり酔いも意識も冷めて、それならそれで仕方ないかと思い始めた。やわやわとオレのちんこを扱いて撫でてる大和さんの手に自分の手を重ねて、いや、やりにくいなこれ……自分でするのと違って、なんかやらしい。
「やまとさん……手、すけべ」
「すけべなことしてんだから当然でしょ」
大和さんと向かい合って、大和さんの脚にオレの太腿が乗ってる。いつの間にか出来た謎の体勢のまま、大和さんだけが両手を一生懸命動かしてる。
「違くて……なんか、大和さん手つきやらしい……」
「凝り性なんで」
なに言ってんだ、このエロおっさん。
オレは、大和さんにむずむず弄られているその感触に負けて、自分の手が動かなくなる。というか、なにしたらいいんだろう。顔を上げると、脚の間を見下ろすのに目を伏せてる大和さんの顔があった。
さっきまでの子供が悪戯してる時みたいな可愛げはもうそこにはなくて、前髪の間から覗いてるのは欲望だらけで、もうそれで一杯一杯で、困ってるのか喜んでるのかわからない表情だった。演技じゃないリアルな表情に、オレは思わず声が漏れた。
「えろ……」
その声に気付いた大和さんが、ふらっと視線を上げる。
「ミツぅ……お前さぁ……」
欲望まみれの眼が、うっすら細くなってオレを見る。
「ミツもえろい顔してるよ。イきたい? イく?」
くにくにちんこの頭の所を押し潰されて、痛いのか気持ちいいのかわからなくなる。オレは仕方なく、こくんと頷いた。
「い、イきたい……」
「はいはい、お兄さんに任せなさい」
手持ち無沙汰になったオレの手を捕まえて、そっと自分のを握らせる。
オレは、射精が近くて手一杯で、何をしてあげられるのかわからないまま、ただ大和さんのを扱いてた。けど、やっぱり意識は自分の股の間で一杯一杯だった。
その内、大和さんの手が速まって、オレは胸が苦しくなる。
「やぁ、やまとさん……、も、オレ、出ちゃう……ッ」
「いいよ、出しちゃいなー」
その頃には、申し訳ないけど大和さんのちんこも握ってられなくて、オレは大和さんの腿に引っ掛かってるスウェットをぎゅうっと握って、射精感に身体を丸めた。
額を大和さんの肩にぶつけた。というか頭突きしてたけど、大和さんは痛いも何も言わなくて、ただ、俺の耳元で「くっ」って声を押し殺して唸ってた。
大和さんの肩に頭を当てたままぼんやり目を開けると、べっとべとの大和さんの手と、その中でイってた大和さんの物と目が合う。目が合う……いや合いたくないな……
ふらりと頭を起こすと、イったばかりでぼんやりしていた大和さん本体と目が合った。眼鏡が下がってずれてる。
「出た……」
「出たね……」
お互い息を弾ませながらゆっくりと身体を剥がして、オレはだらんと横に倒れた。
大和さんはのけぞって、ティッシュで股を拭ってる。
横になってはぁはぁ息をしていたら、段々と我に返ってきて……ん? 何してたんだ、オレたち?
何してたんだろうと大和さんの方を見た時だった。
ザーメンまみれの手のまま、大和さんがスマホをコチラに向けていて、そこでオレの意識が完全に覚醒する音がする。
——カシャ。
「な」
「顔、かわいかったから」
へらんと笑った大和さんの鳩尾を、オレは今度こそ本当に本気でぶん殴った。ブロックは間に合ってなかったと思う。