Lollipop DeadEND - 07


-two shots-

「ワタシも猫ちゃん探しに行きたいです!」
「はいはい、追っ手がいなくなったらなー」
依頼人の送ってきたぶちネコの写真を大和に突き付けながら、ナギが頬を膨らませる。
「シット……早く自由になりたい……警察に奪われた愛しのここな……それに、ゲームセンターに新商品が入荷したという知らせも見ました。ネットは便利ですね。ワタシが、無事に新しいここなを入手できれば良いのですが」
クマのハルキを持ち上げ、アニメ・魔法少女まじかる☆ここなの主題歌を歌い出すナギを後目に、大和は倉庫の床を指さした。
「外に出たいのはわかるけど、これもお仕事だぞ、ナギ」
「……なるほど、釈放のために資金を稼がねばなりませんね」
「おいおい、お前さん、居候ってこと忘れてない……? 何が釈放で、どこがムショだって?」
 ナギは最早、大和の言うことなど全く気にしていない。暫しの間置いてやったら、もうこの通りだ。大和はナギに聞こえるように長い溜息を吐いた。
「お前さんね……」
そんな溜息は気にも留めず、ナギのまじかる☆ここなの歌が再び始まろうとした時だった。
倉庫の中に、よからぬ来客を知らせる警報が鳴る。
「……なんだ?」
「何です? 侵入者ですか?」
また不審者が現れたのだろうか……ナギは、うさぎとハルキを抱え直し、それから大和の方を振り返る。
「……ミツ、あいつ今どこだ? 上の階にいるか?」
大和は事務所に内線を入れるが、三月から応答はない。
「ミツ……?」
暫くして、ようやく受話器から三月の息遣いが聞こえた。大和はもう一度、「ミツ」と声を掛ける。
「……悪い。ちょっと今隠れてる」
そんな三月の言葉の後、電話の向こうからは、バキャンとガラスの割れる音がした。
三月の方の状況はと言えば、デスクの上にあった内線を無理矢理抱えたまま、そのデスクの下に潜り込んでいた。
「東の方角から狙撃有り。大和さん……窓ガラスは張り替えだなこりゃあ……」
「……マジかよ。まーた修理費上乗せかぁ」
「ナギがこっちにいなくて良かった。今、一織にも連絡したところだけど……どうする? オレ、動いてもいいかな?」
内線の向こうで、三月のうずうずとした昂りを感じる。
三月と会話する大和の、その話しぶりから異変に気付いたらしいナギも、瞳に動揺の色を浮かべていた。
「……ヤマト、敵ですか……?」
ナギの問い掛けに、大和はちらりと視線を移し、そして頷く。ハンドサインだけで「ここにいろ」と示せば、ナギが青い眼を揺らし、けれど静かに頷いた。
「ミツ」
大和は手元のスマートフォンを操作して、事務所内のカメラを見る。デスクの下に潜り込んで身を潜めている三月の姿が窺えた。狙撃は、街頭に面した窓ガラスを破壊したようだった。
「多分、イチが応援を寄越すだろうから、お前さんがやるのはあくまで陽動だ。一人で捕まえようなんて思うなよ」
「あのなぁ……捕まえようにも、オレは手錠も警棒も、今は何も持ってねぇっつーの。無理無理」
「……それがわかってるなら安心した。ナギのことは俺に任せな。くれぐれも気を付けて行けよ」
ナギが大和のスマホを横から覗き込む。丁度、三月がデスクから飛び出し、身を低くして窓の外を一瞥していた。
大和の耳には、三月からの最後の応答が届く。
「了解!」
大和との内線を切って、三月が走り出したのと同時だった。
ナギが突然、声を上げる。
「ヤマト、いけません! 何故許可するのですか!」
「え……?」
すぐ傍らで怒鳴られ、大和が肩をびくりとさせる。
「失敗です! それでは、ミツキが……! ミツキが危険です! 相手は恐らく一人ではないし……っ」
「何、言ってんだお前……」
「それはこちらのセリフです!」
激昂するナギが、突然額を押さえて蹲った。大和は思わず、そんなナギの肩を撫でる。
「うっ……痛い、頭が……っ」
「ナギ? どうしたんだよ、急に怒鳴ったりするから……」
「ワタシのことなど良いのです! 今は、ミツキが……!」
ただならぬ興奮状態に、大和はナギに寄り添いながら固唾を飲んだ。
「ミツが危険って……まさか、負けるってことか?」
「状況から推測される狙撃回数は恐らく二回、その後発砲が無い点と、最近のミツキの狙われ方を見れば状況は明らか……ミツキは、誘い出された可能性が高い」
大和は、非常扉の装置を開いた。しかし、その手を止めて、暫し思案する。
「誘い出されたからって、あの七五三が負けるわけねぇだろ……」
「シチゴ、サン?」
ナギの思考が巡るのが一度停止する。頭を押さえたまま、不思議そうな顔を上げるナギに向かって、大和はぎゅっと結んでいた口を開いた。
そして、場にそぐわないへらりとした顔で言った。
「後で自分で調べろよ」
大和は倉庫にある金庫から、さっさとガンホルダーを取り出す。無造作に脱いだジャケットの下に巻いた。そこに収められたリボルバー式の銃に、ナギは首を傾げる。
「……それがヤマトの銃……? 随分、らしくない物を持っていますね……」
 それは、警察が所持を許可されているモデルではないか。
 ナギは、そう呟いた。返事をした大和は、もう笑えてはいなかった。
「俺のじゃないんだ」
大和は、倉庫の中からもう一丁、リボルバーを見繕ってナギに握らせる。
「お前さん、撃てるよな? 護身用に持ってな。行くぞ。絶対俺から離れるなよ」
――ミツを追い掛ける。大和がそう言うと、ナギは深く頷いて、先程の苦しみなどなかったかのように立ち上がった。

Lollipop DeadEND - 08


-three bullets-

おおよそ射撃の方角はわかる。やけに感覚が尖っていた。突然、刑事時代に培った周辺の土地勘が三月の頭の中を巡った。方角と頭の中の地図から、事務所を狙うのに丁度良い立地条件のビルを割り出す。
相手は、何故あえて判別しやすい方角からの狙撃を選んだのか?
けれど、昂揚する感覚の間隙に、その疑問は薄れて消えていく。
自分の中の衝動が抑えられない。奥歯を噛み締める。ついにこの欲求は、三月の中で抑えきれないところまで来ていた。
三月は事務所を飛び出して、射撃手の居場所として認めたビルに向かって走る。
体が恐ろしく軽い。頭の中ではアドレナリンが煮詰まっているようで、ガンガンと痛んでいた。体を動かして気を散らしでもしないと、頭が割れそうだった。息が切れるその限界さえも、肺の痛みも、今の三月にはどうでも良かった。
(いいな……気持ち良い。ヤってる時みてぇ)
――わかっている、自分が誘い出されていることなんて。その程度のシチュエーション、予測ができないほど落ちぶれてはいなかった。
一織には、予測したビルの位置を伝えてある。「兄さんは、安全な場所で待機してください」と言っていた弟との通話を切ってそのままの携帯電話を見た。大和からの着信があるが――三月はそれを無視して走り続けた。多分、絶対に後で怒られる。
走る速度を碌に落とさないまま、金網の柵をよじ登る。
どうやら、ここは廃ビルらしい。締め切ってある入り口を蹴り壊して歪ませると、その隙間をもう一度足蹴にした。
今度こそ、本当に鍵が壊れたらしい。三月はそこから内部に滑り込み、階段を二段飛ばしで駆け上る。
――恐らく、相手は三月を待っている。
昂揚する。戦える、喧嘩できる。ステゴロだって良い。撃ち合いでも――装備は全てスラックスの隙間に詰めてきた。
屋上が近い。三月は太腿のガンホルダーから抜いた拳銃で、屋上へ続くドアの鍵を撃つ。二発撃ち込んだ後、そのドアを蹴り開けた。
そこには、ライフルを持った男がいる。例の狙撃手はこいつだ。
三月は早速、手に持ったままだった銃を男に向ける、狙うのは――頭から肩口に標準を下ろし、発砲した。銃声が空間に鳴り響く。
この一撃は外した。予想の範囲内だ。
ライフルを咄嗟に三月の方に向けた男の狙撃を、体勢を低くして避ける。低い位置からもう一発。ここまでで六発撃っている。残りは三発。
見晴らしの良い屋上では、隠れる場所があまりにも少ない。銃弾を補充する余裕がないのは明白だ。弾が切れる前に片付けたい。
ライフルの弾をもう一発装填した男が標準を三月に合わせる前に、三月は男の足下まで踏み込む。銃を逆手に持って、そのグリップを鳩尾にねじ込んだ。体勢を崩した男のジャケットの襟を掴み、そのまま背負い投げる。大きな音と共に、狙撃手の男が動きを止めた。
狙撃手は仕留めた。ほっと三月が体を起こした時だった。
三月の体が、重力に逆らって浮かび上がったのは。
「えっ……」
三月の握っていた拳銃がその手から離れた。状況を把握しきれないまま、突然、三月の体は屋上の床に叩き付けられた。
「な、にっ……!」
細身の男が、三月の体を床に押さえ付けている。おおよそ、その体躯からは予想できないような力の強さに、三月は本能的な恐怖を感じた。
懸命に目を開き、相手の姿を確認しようとするが、上から首を押さえ付けられ絞められている。三月の口の端から唾液が漏れた。
「う、ぐ……かはっ」
どんなに力を込めても振り払えない。この「体」になってから、力負けするようなことがあったろうか?
三月は咄嗟に、自身に圧し掛かっている男の股間を足裏で蹴り上げた。
ほんの僅かに隙が生まれる。その隙を突いて、三月はなんとか男の体の下から逃れた。
「げほっ、ごほ……、くっそ、今のでゼッテェ折れたからな、お前のちんこ……」
同じ男として同情する。が、マスクを被っている男の動揺は窺うことができなかった。
それにしても、咄嗟にとは言え、急所を狙う他に今三月が逃れる術は見つからなかった。それほどまでに、相手の力が強い。強過ぎる。
「まさか……」
 これは、平時の三月よりも強い、かもしれない。
まさか、三月と同じ力を持っているというのだろうか?
「くそ……っ」
三月は思わず舌を打つ。ナギの仲間にも三月と同じ力を持つ被検体がいると聞く。その組織の中から来た人間であれば、同じ改造を受けている可能性が無いとは言い切れない。
三月は自分のネクタイを外して、襟を緩める。
ひゅうひゅうと音を立てる喉を押さえて、メリケンサックを嵌めた。構えて、呼吸を整える――後手に回るのは悔しいが、相手の得体が知れない。その出方を待つ。
革のグローブをしている男が、きゅっと自身の拳を握り込んだ。相手の身長はおよそ百八十と少し、三月との体格差でどこまでやれるだろうか。
相手が三月の方へと踏み出した――何が来る? 動きをよく観察する。
相手は大股で踏み込むと、軽くジャブを打ち込んできた。しかし、その拳自体は決して軽くはない。三月はつい奥歯を噛み締める。ジャブをガードした左腕が、びりりと痺れた。それをなんとか押し返して、身長を生かしたアッパーを入れるが、僅かに遅い、腹筋で防がれた。
「はっ、くっそ……!」
そんな三月の顔に、男のストレートが飛んだ。
「ぐぁっ……!」
嘘のように三月の体が宙を舞う。
「はぁ…ハァッ……! 顔に貰ったなんて、いつぶりだよ……!」
三月は着地し、なんとか踏み止まると、体勢を低くしたまま腰からデリンジャーを抜いた。二発しか撃てない小型のその銃の標準を、男の脚に向ける。
発砲音の後、男の太腿からは鮮血が吹き出した。すかさず、デリンジャーをポケットにねじ込んで、穴を開けたばかりの相手の太腿を蹴った。
相手がよろけた――だが、まだ弱い。体勢は崩したが、膝を突くまではいかなかった。
そんな男の腿を踏み台にして、三月は軽く飛んだ。そのまま、顔面に回し蹴りをくれてやる。細身の男の体が、ようやく屋上の床を滑った。流石に、今のは効いたらしい。
しかし、自分もなんとか着地をしたものの、体力の消耗が激しい。よろけた三月が、床にぺたんと尻餅を突いた。
「いってて……」
そんな三月の肩口を、ライフルの弾が掠める。
「な、に……?」
慌てて身を起こす。気絶していたはずの狙撃手が立ち上がっていた。
まさか、あれだけ重い一撃を入れておいて……?
三月が動揺の色を浮かべると、背後から、ひやりとする物を当てられた。
「……クソッ」
渋々、両手を挙げる。握っていたメリケンサックからも手を離した。ごとんと、それを落とす音が響く。
(まさか、もう一人いた……?)
興奮し過ぎたあまり、もう一人の存在に気付けなかった――やはり、自分はまんまと誘い出されたのだ。
昂揚と体力の消耗で完全に油断していた。尻餅を突く余裕など持ってはいけなかった。
三月は、向けられているライフルの銃口、そして、背中当てられている銃が僅かに動くのを感じ、きつく目を閉じた。
その時だった。三月の背後の男が、トリガーを引く前に飛ぶ。遅れて聞こえた発砲音に、三月は振り返り……などしない。
味方のロストに動揺した愚かな狙撃手の方へと走り寄る。今度こそ仕留めようとした時だった。
「三月さん!」
パスンと放たれた銃弾、ライフルの狙撃手から吹き出す血。それを浴びて、三月のシャツが赤く染まる。
「あ、すみません……服を汚してしまって」
そこに立っていたのは、インカムを付けた逢坂壮五だった。
壮五の得物である銃剣は、火を噴いたばかりの銃口からひゅおひゅおと煙を上げていた。
「うわー! 壮五か、助かった! ……ってことは」
先程三月のことを背後から狙っていた男を撃ったのは――「みっきー!」と遠くから手を振る影が見える。壮五のインカムからも、彼の声が漏れていた。
「環ー!」
三月はその方角に向かって、ぶんぶんと腕を振った。
「見えてる~?」
「見えてるぜ~!」
そこにいるのは、スナイパーライフルを装備して待機していた四葉環である。
緊張の解けている二人に、壮五は表情を変えないまま、「まだ油断すべきじゃないと思います」と呟いた。ご尤もである。
「確かにその通りだな。経験上、こいつら四人組で一チームの可能性が高い。三人いたってことは……」
「おっけー! もう一人!」
続く環の発砲音、その射撃方向に向かって、壮五が無言のまま駆け出した。
壮五の得物である銃剣とは、銃の先に刃物が取り付けられている武器である。その先端が、貯水塔に潜んでいた男の体を貫いて抉った。
「ぐっ」
鈍い音を立てて貯水塔から落ちる男の体を見下ろし、壮五は「急所は外してあります」と呟いた。
間髪入れずに耳元のインカムを操作すると、「一課長、こちら逢坂です」と一織に連絡を取る。
ようやく、これで終いか――三月は、ほっと胸を撫で下ろしながら、震えて力の入らない自分の手を見つめる。
限界が近いのかもしれない。
三月はそのまましゃがみ込んで、そっと携帯電話を取り出した。大和からの着信が、それはもう物凄い件数来ている。
「あー……悪い、大和さん? 気付かなかっ……」
「バカ! お前、走り出してどれだけ経ったと思ってんだ!」
「え……?」
大和の声を聞いた瞬間、余計にガタガタと震え出した三月の手から、携帯電話が落ちる。
「あ、れ……」
力が入らない――違う。体を、筋肉をコントロールすることができない。まるで動かし方を忘れてしまったかのようだ。
三月は、ばくばくと鳴る心臓を皮膚の上から押さえる――なんだ、これ。今までこんなに酷かったこと、ない。どくどくと、頭の中まで血脈の音が大きく響く。
「な、なぁ、そーちゃん……? みっきーの様子が変!」
スコープを覗いていた環が声を上げる。
「え……? み、三月さん、どうされたんですか」
敵に手錠を掛けていた壮五が慌てて三月に駆け寄ろうとした。
けれど、三月本人が首を振る。
「待て、壮五……? なんか、まずい」
まずい、何かわからないけど、異変が起きていることはわかる。
拾おうとした携帯が、三月の握力でぎしりと悲鳴を上げる。咄嗟に手を離してしまった。
「三月さん……力を制御できていないのか……?」
壮五が小さく呟いた。
制御、そうだ、一織から受け取った薬を飲めば……そう思うのに、今の三月には、抑制剤であるトローチをポケットから取り出すのがやっとだった。
そんな中、三月の異常化した聴覚が、再び銃器の動く音を捉えた。
「……あれ」
やっとのことでそちらに顔を向けると、三月が蹴り倒したはずの男が、三月に銃口を向けていた。あいつ、拳だけじゃない、銃も持ってたんだ。そんな言葉が頭を過ぎる。声が出ない。
「三月さん……っ!」
僅かに遅れながらもそれに気付いた壮五の声が響く中、相手が――撃った。
三月の瞳孔が命の危機を感知し、ぎゅるりと音を立てて広がる。危険だという警告だ。けれど、三月にはもう、自分の体を思う通りに動かすこともできない。つまりは、避けられない。
――避けられない……? うそ……
そんな三月の視界を、突然、黒い影が覆った。
――避けられなかった、はずだ。
その瞬間、三月の耳に届いたのは二発の発砲音だった。
「え……?」
「ミツ?」
 聞き慣れた声が三月の名前を呼ぶ。
――あ、大和さんだ。来てくれたんだ。
顔面の筋肉が硬直して、思うように口が動かなかった。名前を呼びたかったのに、舌が回らない。
だけど、ああ、これで大丈夫だ。そんな安堵に体の節々が融解していくのを感じる。
大和が、三月の膝元に転がっていたトローチの包みを拾うと、それを開いて指先で三月の口の中に押し込んだ。三月の口の中に、じわりとした甘さが広がる。
「バカ。こういうことがあるから、ちゃんと飲めって。イチにだって言われただろ……?」
「……うん」
うん、とだけ返事をする。歯に当たってからんと音を立てるトローチが口内で溶け出して喉を下り、体に染み込んでいく。
「ありがとう」
三月の声を聞いて、目の前で穏やかに笑う大和の眼鏡がずるりと下がった――だっせ、眼鏡落ちてるよ、大和さん。
そう声を掛けようとした時だった、大和が、ぐしゃりと三月に寄り掛かる。
「や、まと、さん……?」
重い。ひどく重い。それも、次第に重みが増していく。そんな他人の体重を肩に感じながら、三月はようやく周囲の景色がクリアになっていくのを知覚していた。
白んでいた世界がようやく輪郭を取り戻したその時、屋上に続く扉の前で、ナギが目を丸くしていた。
「ナギ? どうして、なんでお前がここにいるんだよ……」
それは、三月に寄り掛かっている大和とて同じだ。寄り掛かって、何故? 本当に、どうして?
「また、派手にやりましたね……」
ナギの横をすり抜け走って入ってきた一織が、すかさず部下に指示を送る。
「皆さん、敵を抑えてください!」
その喧噪の最中、三月には、周りが見えなくなっていた。これは、先程までのような力の暴走のせいではない。
「なん、で……」
――やまとさんが……どうしよう、大和さんが。
大和の眼鏡が、からんと音を立てて屋上の床に転がった。その手に握られていたリボルバーも、音を立てて落ちる。
三月は震える手で大和を抱き起こそうとするが、うまく力がコントロールできない。三月が抱えようと、触れようとすればするほど、大和の腹部のシャツが、赤黒く染まっていく。
三月は、嗚咽で詰まる喉から声を上げた。
「どうしようっ、一織……! 一織、大和さんが……っ!」
「兄さん……?」
慌てて三月の元に駆け寄った一織が、大和の体にしがみつくように泣いている三月を引き剥がす。
「い、いけません、兄さん! 二階堂さんの出血が酷い! このままでは危険です!」
 三月を庇って、撃たれていたんだ。三月はようやくそれに気付いた。
「でもっ、でも、オレのこと、この人、オレのこと庇って……!」
「兄さん、しっかりしてください……! 興奮したらまた倒れてしまいます……! 逢坂さん、至急、救急隊を呼んでください! 狗丸さんは犯人連行の指揮を……!」
騒然とする中、三月は口の中に残っていたトローチを噛み砕く。力のせいで興奮しているのではない。本来の感情の前では、こんな抑制剤役に立たない。
「大和さん……っ! 大和さん、嫌だ! 死んじゃやだよ……っ! なぁ、おい!」
一織が背後から三月を羽交い締めにして抑えようとしているが、とても一人では抑えられなかった。
今にも一織を振り解きそうな三月の肩を、ナギが叩く。
「ミツキ?」
「……六弥さん?」
 泣いている三月が、そして一織が動きを止める。
「ミツキ、泣かないで。大丈夫……大和の未来は安定しています。ですから、大和はまだ死にません」
ナギが、大和に貰った猫のマスコットをミツキの手に握らせる。その上から、自分もぎゅっと三月の手を握った。
目を丸くして固まったミツキの瞳から、ぼろっと涙が零れた。
「ほんと、に……?」
「大丈夫です。早く安全な場所へと運んで頂きましょう」
三月は、ナギに渡されたマスコットを見下ろす。ぎゅうっと握って、そのまま蹲り、わんわんと泣き出した。
「イオリ、ヤマトのこと、よろしくお願いします」
「……兄さんのことをこんなに泣かせておいて、許されるわけないでしょう。絶対に助けます」
そんな最中、別のビルにいた環がライフルを背負ったまま喧噪の中心であるこの場所へと駆け上がってきた。
「いおりん! 俺、下までヤマさんおぶる! そーちゃん手伝って!」
「うん……!」
それぞれ一織の部下に武器を預けると、環が大和を背負った。そんな環の背後に回り、壮五は大和がずり落ちないように支えている。環と壮五は、お互いに視線を合わせて頷き合った。
「みっきー! ヤマさん、ぜってー助かるからな!」
「病院に着いたら連絡をします。行こう、環くん!」
「うす!」
大和を背負い、警察の人間の合間をすり抜けていく二人を見送って、駆け寄ってきたトウマが蹲っている三月の目の前にしゃがんだ。その手には、床に落ちていた三月の携帯がある。
「六弥、三月さんの携帯壊れてるみたいだ。俺のスペアのスマホ預けるからさ、壮五にはこっちに連絡してもらおう」
三月の肩をそっと撫でていたナギが、トウマからスマートフォンを受け取り、「恩に切ります」と頷いた。
「狗丸さん、兄さん達にも御同行頂きましょう。上への報告もありますから……それに、ケガの診察もね」
一織がそう言えば、ようやく意識を落ち着かせた三月が涙目のまま頷いた。
三月のスラックスには、大和の血液がべったりと滲んでいたが、今はそんな匂い、少しも気にならなかった。

Lollipop DeadEND - 09



-Two & Three-

水の中で手を掴まれたような感覚だった。
それまで自分がもがく泡に阻まれ、取り巻く水の圧に怯え、諦めてきつく目を閉じた藍色の暗闇の中、呼吸の仕方もわからないまま「不可能」を突き付けられる。
 その苦しみの最中、手を掴まれたような感覚だった。

和泉刑事は小柄な風貌のわりにパワフルで陽気で、いつも部下に慕われていたように思う。
大和の仕事は決して表沙汰にできるようなものばかりではなかった。刑事は、警察は、敵だった。欺くべき敵だったはずだ。
なのに、何故自分はそんな敵を拾ってきてしまったのだろう?
汚れて酷い悪臭を放っていた三月の服は、全て捨てた。連れてくる間にも三月は嘔吐を繰り返し、大和の鼻には胃酸の酸っぱい臭いが残ってしまっている。
せめて、その臭いを拭い取りたい一心で、大和は三月の体をぬるま湯に浸けたタオルで拭っていた。
「う……ぐっ」
ようやく吐き気は収まったのか、えづくだけになっている三月の目を無理矢理開ける。瞳孔が広がっているが、それは事務所の中が薄暗いせい、だろうか。そんな三月の瞳孔がぎゅるりと動いた。どうやら、生きてはいるらしい。
「意識あるかよ、三月クン」
そう呼び掛けると、ぽすんと腹に拳を当てられた。体力を消耗しているせいか、撫でるよりも弱いその拳に大和は笑った。
「あーあ、あんなに凄んでた刑事さんが、こんなボロボロで落ちてるなんてな?」
大和の言葉に、三月はなんとか目を開けた。けれど、動く気配はない。ソファに倒れていることしかできないようだ。
「なぁ、声出る? 何があったんだ?」
三月は、相変わらずガタガタと震えていた。何かを呟いているようだが、嘔吐を繰り返して焼けた喉のせいなのか、大和には聞き取れなかった。
(弟に連絡されたくなかったみたいだけど、しておくべきか……? これを弱みに、何かの役に)
そんなことを考えながら、事務所の窓から往来を見下ろす。夜も更けてきた頃である。
「そういえばさ、お前、チンピラに襲われそうになってたけど、確かに顔だけ見たら可愛いもんなー……」
振り返れば、ソファに横になったままの三月は、すうすうと寝息を立てていた。大和は静かに歩み寄り、その無防備な寝顔に思わずふはっと笑う。
「嘘だろ……自分がガサ入れしてた場所だぞ?」
三月の眉間に残る僅かな皺を指先で伸ばし、そっと、柔らかい瞼を撫でる。
シャツを剥ぎ取った時、三月の体は内出血の後で一杯だった。三月の手の甲を改めて見る。そこには、注射針の痕が複数残っていたし、それもみな内出血を起こしているようだった。
「……クスリ? だって、お前、刑事だろ……?」
悪徳刑事が薬に溺れるなんて話はよく聞くが、それにしたって、和泉刑事がそんな物に手を染めるとは――敵とは言え思えなかった。
大和は、三月の吐瀉物が付いたシャツを脱ぎ捨ててそのままゴミ袋に入れると、自分はさっさとシャワーを浴びる。
大和が戻ってくると、三月はまたも痙攣を起こして苦しんでいた。
「おいおい、またかよ……」
涎を垂らして蹲っている。彼の呻き声は言葉にならない。まるで……まるで、そうだ、狂犬病の犬のようだ。
「冗談じゃねぇっつーの……」
結局、事務所の床を汚し続ける三月の介抱は、朝方まで続いた。
「あー眠い!」
朝まで夜遊びするなんて、大和にとっては日常茶飯事ではあるが、それは「遊び」であればの話だ。
大和の代わりに爆睡している三月は、ソファの表面を爪の先でぼろぼろにしていた。三月の爪の方も割れてしまい、血が滲んでいる。
「請求するもんが多過ぎる……」
服代に床の清掃代、それからソファの弁償代……と、大和は指折り数えていた。ついでにしぱしぱとする目を擦る。
そんな大和の背後で、三月がむくりと起き上がった。
「……ここ、どこ?」
「おい、ミツッ! ……き、刑事! お前さぁ! よくも一晩中暴れてくれたよなぁ! いいか? 汚した俺の服代と、床の掃除代と、それから……」
床を拭くのに使っていた雑巾をソファに投げ付けて、大和がそう怒鳴る。
それまでぽーっとしていた三月が、ようやく大和の方を向いた。
「……あんた、誰、だっけ……?」
「は……? 何言ってんだよ。お前、ここに何回ガサ入れに入ったと思って……」
 暫しの間の後、三月が、はっと顔を上げる。
「あ、そう、か……ここは、ええと、二階堂さん……?」
「一応聞くけど、和泉刑事、だよな……?」
 大和の問い掛けに、三月はただぼうっと頷いただけだった。

夜中に何度も起きていたのは、PTSDによるフラッシュバックと、体内にたんまりと打ち込まれた薬物へ拒絶反応が混ざり合ったものだという説明を受け、大和は訝かしんだ。
「なんだよ、その筋肉増強剤って。それに、組織って」
「二階堂さんでも聞いたことねぇのか」
昼頃になってようやく正気を取り戻したらしい三月が、大和に借りたワイシャツの襟を直しながら言った。一回り大きいのがやけに気になるらしい。
そんな三月に、大和ははっきりと答える。
「無い。キナ臭い組織とは接触取らないようにしてるんでね」
そう言えば、三月は「どの口が言うんだか」と忌々しそうに呟いた。けれど、銃と手錠を手放して警察を辞めた男のことなど、大和は少しも怖くなかった。
「仕事どころじゃなくなっちゃったんだ……見ての通りだよ。突然、ああいう状態になっちまう」
 大和から返された警察手帳を握りながら、三月は唇を噛んだ。組織から逃走する際に紛失していたそれを探していた最中だったそうだ。その最中、フラッシュバックを起こしてチンピラに囲まれていた。
そう語った三月に、大和は両手を組んで言った。
「お前、警察の人間だったんだろ。施設とか病院とか、どうにでもなるんじゃないのか……?」
そう問えば、三月は「だって」と言い淀んだ。
「……迷惑、掛けられないだろ?」
三月の同意を求める言葉に、大和はどう返して良いかわからないまま、「ふーん」と気のない返事を返す。
「ああ、でも……弟に薬取りに来るように言われてんだ。ついでに、こいつも返しに。本当は手帳落とすと大変なことになるんだけどさ……」
「……弟って、もう一人の和泉刑事?」
 三月が、気まずそうに頷く。行き先は警察署だろうか。
「……またあんな状態になるかもしれないんだろ? お兄さんがついて行ってやろうか?」
ほんの気まぐれだった。けれど、少しでも恩が売れれば良い、それで仕事に目を瞑って貰えたら御の字だ。そんな下心もあった。
けれど、大和の下心など関係ないかのように、三月がにこりとはにかんだ。その表情を見た時、大和は少し見惚れたと同時に、自分の気まぐれを心の底から後悔した。
「あはは……おたずね者が何言ってんだよ」
「おたずね者じゃねぇよ。どこからどう見ても、模範的市民だろ」
「どこがだよ……でも、まぁ、ありがとう。帰りに寄らせてもらうよ。弁償代と、それに、ちゃんとお礼したいしさ」
そう言って出て行った三月は、結局戻ってきた二階堂事務所で、またもフラッシュバックを起こしてしまった。

「……何、お前さんはあれか? お礼って、お礼参りの方?」
ベッドの上で毛布に包まっている三月を撫でながら、大和がそんな嫌みを言った。対する三月は、毛布の隙間から目だけ覗かせ、掠れた声で言う。
「だっから、ごめんって……」
「あーハイハイ……で、それさ、弟には相談しないの?」
ぜぇぜぇと喉を鳴らす三月の額をタオルで拭ってやる。恩を売る気など、最早さらさらなかった。妙な研究生物の経過を見ている、そんな気分だった。
「……一織は、警察の管理下の病院に入れって、さ」
ソファは昨晩の内に三月にボロボロにされてしまった。
仕方ないので、今は大和のベッドに寝かせている。大和は自分のベッドに腰掛け、毛布で包んだ三月に膝を貸している最中だった。
(触ってると落ち着くみたいだしな……)
発熱しているかのように上気した三月の頬に、濡れたタオルを当てた。三月が、小さく「きもちいー……」と言った。どうやら、今日はまだ理性がある方らしい。
「ミツは、入りたくないんだ? 病院」
「……入りたく、ない……それに、誰か巻き込むの、嫌なんだ。怖い」
この頃の大和には、まだ三月の言う「怖い」の意味がわからなかった。
三月は一体、どれだけの薬を打ち込まれたのか。そして、その薬が三月の体に何をもたらしていたのか。大和がそれを知ったのは、行き場のない三月を自分の事務所に居候させてやることが決まってからだった。
それまでは、三月の言う組織の話も、肉体改造の話も半信半疑だったのだ。
警察の寮を出され、行き場がない三月を何故引き取ったのか、大和にはわからなかった。やはり、研究生物の経過観察の延長だったのかもしれない。
あの夜も「怖い、怖い」と水の中を足掻くように手足を泳がせていた三月の魘されている様子を、ただ見下ろしていた。
弟に渡されている薬を飲んでいても不定期に起こるフラッシュバックに、大和も多少滅入っていた。
このまま付き合ってやるか、それとも無責任に捨ててやるか、そんなことを考えあぐねていた程に、大和自身も三月に振り回されていた。
――ただ拾って、ただ巻き込まれただけだ。別にいくらでも追い出せばいい。なんで簡単に捨てないんだろう。
理由はわからないままだ。
自分のベッドの上で暴れる三月を見かねて、小柄な体を仰向けに返す。こういう時、やけに力が強くなるので、表に返すのも一苦労だった。
「ミツ、いい加減に……」
そこで大和は、三月のスラックスがびしょびしょに濡れていることに気付いた。
「おっまえ! まさか漏らして……っ」
流石に他人の小便で寝床を汚したくはないと、慌ててスラックスを脱がしてみる――それは小便ではなかった。
顔を上げれば、三月は桜色に頬を染めて、はぁはぁと息を切らしている。
「え、なんで……」
改めて、濡れていた三月の股の間を見下ろせば、性器が勃起していた。大和が小便だと思ったものは、だらだらと垂れ流されている精液だった。
「……あのなぁ、女じゃないんだから……こんな」
怯えながらも性器を勃起させて、腰を揺らしている。
何の薬だか知らないが、どんな目に遭ったかだってわからないが、それでも、何故だか苛立った。その上、ガコンとベッドのヘッドボードが殴られる。
「……お前な」
歪んだ。それはもう、見事にボードが歪んだ。
大和は、三月の両腕をその辺に放置していたネクタイで無理矢理括る。
「んっ、や……だ」
錯乱している三月の目から、ぼろっと涙が零れる。けれど、拘束されることに暴力は振るわない。何故か順応している。
「どっかで躾でもされたのかよ……」
――一体、何に? 大和は、今し方三月が歪ませたヘッドボードにネクタイの端を括り付けた。体をくねらせて暴れる三月は、相も変わらず呻き声を上げている。
「あっ……うう、イヤ……嫌、ごめんなさい、ごめ……っ」
少年のような甲高い声の拒絶を聞いていると、寝不足の頭が、少し……そう、ほんの少しだけ芯を持った気がした。
露わにしたままの三月の下半身は、苦しそうに露を溢し続けている。
「……ミツ、びしょびしょじゃん……本当、女みたい」
そういえば、暫くご無沙汰だったなと、そんな気持ちが大和の頭を過ぎった。
目をきつく閉じて呻いている三月の太腿を掴み、自分の膝を挟んで開かせる。溢れる三月の精液が尻の谷間を伝って、その内をじわりと湿らせていた。
「……こんなにベッドびしょびしょにされたんじゃ、マットレス代も請求しないとかな? どう思う?」
なぁミツ、と呼び掛けても、三月は大和に反応しない。まるで、大和のことなど見えていないようだった。涙で潤んだ瞳は、一体、今何を視ているんだろう。
精液まみれの三月の尻を左右に広げ、その合間でぱくりと口を広げている穴を見る。大和は、ぼんやりと自分の指先を口に銜えた。そして唾液を十分に纏わせて、三月の尻穴に押し当てる。
ぐちゃぐちゃに湿った三月のそこは、自然と……まではいかないが、それでも肉壁の中へと大和の指を誘った。
「……入っちゃうじゃん」
全ては寝不足が悪い。それに、こんな状況に付き合う羽目になったことそのものが――大和は、自分のスラックスのベルトを外し、前を寛げる。下着を僅かに降ろして取り出した自身の性器を上下に扱いた。
その間も、三月は縛られた腕でヘッドボードをがんがんと殴っている。その内、折れるのではないかと思う。
けれど、三月がヘッドボードを折るよりも、大和の劣情が育つ方が早かった。
手の中で勃ち上がった自分の性器の先端を、濡れてふやけた三月の尻にあてがう。指先を添えて、無理矢理広げた三月の尻穴に埋めていく。
「あっ……? や、ん」
大和には計り知れない屈辱的なことを思い出し、その記憶の中をループし続けているらしい三月の意識は、まだ現実にまで戻らない。けれど、それでも何かの違和感を感じているらしいことは見受けられた。
大和は思わず、口角を上げる。
「……ミツ、わかる……?」
ぐっと腰を押し込める。大和の亀頭を、三月の尻穴がずっぽりと飲み込んだ。興奮状態にあるせいか、性器に絡み付いてきゅうと締め付けてくるその感触に、背筋がぞくりと悦ぶ。
「ミツってば……起きろよ、お前も」
「え、あっ……? アッ……は」
三月の肉壁に誘われるままに、奥へ奥へと埋めていく。意識は向いていなくとも体は正直なもので、三月の内側は、大和の性器をきゅうきゅうと締め付けている。
「んっ、具合、めちゃくちゃ、いいけど……ッ」
は、と、目を開けた三月が、呆然と視線を迷わせる。
……もう一声で戻ってきそうじゃないか?
「ミツ、わかる……?」
「ひ、え……? にか……いど……?」
「うん、俺。大和。わかってる? 今さ、俺、ミツのこと犯してるよ?」
途端に、それまでの比ではなく、三月の腹が大和の性器を締め付けた。大和の下で、三月の腹筋がぴくぴくっと痙攣する。
「いっ……!」
今、完全に意識を取り戻したらしい。三月が、わなわなと表情を歪めていた。
「何……? え、なん、で……?」
けれど、それとは別に、どこか安堵したような――それとも快楽に押し負けているのか? ――三月の眉尻が、さっと下がった。
「あ、あっ……? や、だ、何……なんだ、これ……んッ」
大和は、三月の太腿を持ち上げる。精液でぐちゃぐちゃに濡れている股に自分の性器を執拗に擦り付ければ、腹の奥でそれを感じ取れているのか、三月が言葉を飲み込み、きゅっと唇を噛んだ。
「何って」
大和は、そっと三月に体重を掛ける。
腕を括り付けられているため逃れられないのか、三月が胸をくねらせながら上目遣いに大和を睨んだ。猫みたいに愛らしい団栗目だった。
「言ってんだろ? セックスしてんだよ、俺ら」
そう言えば、三月が、かぁっと首まで赤く染める。
「な、んで……やぁっ……!」
大和は堪えきれず、三月の中へと抽挿を繰り返す。腰をくねらせ逃げようとするのに、拘束されているから快感を逃せないのか、それとも本当に苦しんでいるだけなのか。三月は苦悶の表情を浮かべながら、大和の動きに合わせて声を上げる。
先程の呻き声より、余程耳障りがいい。
「刑事さん、良い声出すじゃん……ああ、元だったっけ……」
自分を捜査していた刑事をいたぶるなんて、気分が良い。
それ以上に、かわいい顔を歪めて涙を流して、涎まで溢れさせて……まるで猫みたいな声でふにゃふにゃ鳴くのだ。その辺の商売女より余程かわいげがある。
「お前、かわいいね。すっげぇかわいい……なぁ、もっと泣いてみて。もっと……さ? 声、聞かせて」
仰向けにしている三月の体が揺れる。シャツの釦を外すと、突き出された胸の中心が主張して、ぷくりと熟れていた。試しに、指の先できゅっと摘まんでみる。
「ひゃっ」
甲高い声と共にきゅんと内側で締め付けられ、大和の性器が悦びのたうち回りそうになる。
「感じる……?」
そのまま、今度は乳首をきつく抓り上げれば、ただでさえ汁を垂れ流していた三月の性器から、びゅっと白濁が飛び散った。
「あっ、アッあ……うう」
それだけでは足りず、三月は腹をくねらせ喉奥から鳴き声を漏らす。大和の性器を咥え込んでいる内側が、きゅううと収縮した。
「男も、イく時にナカ締まるんだ? なぁ、ミツ」
もう一回、もう一回締められたら、大和もイけそうだ。
ずるりと僅かに性器を抜いて、体を折った。絶頂を繰り返して逃しきれずに痙攣している三月の耳元に顔を寄せて、「いっぱいイっちゃって、女の子みたいじゃん」と囁く。
とろんとしていた三月の橙の瞳が、途端にかぁっと赤くなった。怒っているのか恥ずかしがっているのか、そんなことは大和にとって最早どうでも良かった。
大和は舌なめずりをすると、中途半端に挿れたままにしていた性器で三月の奥を突いた。
「ヒッ、い、あっ」
イッたばかりで敏感になっている内側を執拗に擦られ、三月がまた体を震わせる。
そんな三月の腹の奥を抉るように腰を回して擦り付けてやると、次第に三月の腰が浮いてきて、自ら擦り付けるように動いた。そんな様子に、大和は声を上げて笑う。
「あはは……気持ちいい……? もっと欲しいんだ……?」
「そ、な、わけ……っ」
「嘘だろ。こんなぐしょぐしょにしてさ……マットレスも弁償してもらおうかと思ったけど、まぁ、俺もイイ思いしてるし……? こっちはチャラかな。なぁ、ミツ……イイよな? 気持ちいい?」
同意を求めると、三月は大きな瞳からぼろりと涙を溢して目を閉じた。
大和は三月の片脚をベッドに寝かせて、膝を立てた。もう片方の三月の脚を持ち上げてやりながら、更に奥へと突き立てれば、三月のふやけきった内側がぐぷりと音を立てて大和の性器を受け入れる。根元を締められ、カリ首に噛み付かれ、搾り取るような動きの収縮を受けて、大和は短く呻いた。体が、びくびくと痙攣する。三月の内側に好きなだけ射精して、暫しの浮遊感に浸る。
持ち上げていた三月の片脚が、耐えきれずにどさりと落ちた。そうして、ようやく性器を抜き出すと、どちらのものともわからない白濁色の糸がどろりと二人の間を伝う。
はぁはぁと息を荒げた三月が、蕩けた瞳で大和を見上げていた。
「はは……めちゃくちゃヨかったよ、元刑事さん」
――女とするより良かった。そう言ったら自分の中で何かが崩れてしまうような気がして、言葉には出さなかった。
今の今まで大和の物を銜え込んでいた三月の尻穴が、はくはくと震えている。塞がらないそこから、こぽりと精液が漏れていた。
「……ミツ、怖いの終わった……?」
「終わってたよ……とっくに……」
声を枯らしている三月の喉を、大和はすりすりと撫でてやる。呆然としている三月は、それでもまるで猫のように大和の手に肌を擦り寄せた。
「風呂入れてやるよ。一緒に体綺麗にしよ」
「……今更、綺麗になんかならねぇだろ……」
ぐちゃぐちゃの下半身を睨んで、三月が悲しそうに呟いた。その言葉に、大和は首を横に振るのだった。

「他に行くところ無いならこのまま置いてやるし、うちで働けば良い」
大和は、三月の体の特徴を知っておきたいと思った。
元刑事としての力はそれなりに役に立つだろうし、また外で芋虫のようになって犯されかけたらと思うと、諦めきれない部分があった――お兄さん、自分の物は人に取られたくないタイプだから。
やっぱりそんなのは綺麗事で、三月の体が気に入っていたんだと思う。
背中に残っている三月の爪の痕を撫でながら、大和は思った。
爪痕だけではない。興奮状態になると力を抑えられない三月が自分の体の下で暴れる度、大和の体にも相応の痣が残った。けれど、その痛みを伴うのだって、金を払って味わう女遊びよりも割りが良かった。
(ミツは、どう思ってるか知らないけど)
大和が「置いてやる」と言った時の、不思議そうな、けれど安心したような微笑みが、ずっと胸に残っている。
水の中で手を掴まれたような感覚だった。そのまま、胸までも鷲掴みにされたような。
これは、随分と汚れた恋だと思う。手の中で眺めて呆然とした。恋と呼ぶにはあまりにも浅はかで軽薄で、俗だった。
(キス、したい……)
思い出したように呟く。
ぼんやりと目を開けたその先、灰色の天井に、大和はふっと息を吐いた。取り付けられている呼吸器が白く曇る。眼鏡がないから、視界は僅かにぼやけていた。
だから、だろうか。意識がようやく現実に戻ったのだと知るのに時間が掛かったのは。
これは、共犯だ。共犯の記憶だ。誰にだって教えちゃいない、誰にだって明かしちゃいない。三月が抱えているものだって、埋め込まれたものだって大和は知らない。けれど、この記憶は誰にだって譲らない。
引き摺り込んで離したくない。和泉三月は、大和にとって、共犯者以上でも以下でもなかった。
(なのに、キスしたいなんて)
体はまだ動かない。

Lollipop DeadEND - 10


-two kisses-

大和が意識を取り戻した数日後、トウマに連れられ、三月が病室を訪れた。三月は少し疲れているように見えた。
大和の容態は安定していたため、ベッドのリクライニングを上げて体を起こしていた。ベッドの上からひらりと腕を上げる。掛けている眼鏡のレンズには、今はまだ傷が入ったままだった。
「おお、ミツ」
何気ない挨拶をしたつもりだった。
けれど、三月は大和に挨拶を返すようなことはせず、つかつかと歩み寄る。病室の硬い床に革靴の底が当たって、本当につかつかという音がした。
大和がそれをぼんやりと聞いていると、ベッドのすぐ横まで来た三月の目がふらりと赤くなった。
「え」
涙目になるところまでは想定内――と、思っていた大和が迂闊だった。
三月がベッドの上に膝を突く。そのまま卓をスライドさせて、代わりに自分が大和の上に跨がった。
病室の入り口でトウマが唖然とした顔をしている。しかし、もっと唖然としたのは大和の方だった。
三月が大和の首ねっこを抱いて、無理矢理唇を合わせる。
「あーーーっ!」
トウマの声が、やや遅れて大和の耳に届いた。
「え、ミ……ツ……?」
ナニコレと言い掛けた大和の上で、三月が自分のベルトをガチャガチャと外す。
「我慢できない」
「は……?」
もう一度、今度は唇の端にちゅっと口付けられ、その「我慢できない」の意味を悟る。大和は、三月の手によって解かれた病衣の紐を眺めつつ、ゆるっと目を細めた。
「いいけど、お兄さんの傷開いちゃわない?」
「塞がるまで待てない」
三月にすれば随分と低い声で囁いた。けれど、いよいよネクタイを緩め出した三月を、トウマが慌てて背後から引っ張る。
「みっ、三月さーん! 勘っ弁してくださいッ! ここ、ここ! カメラがあるんで!」
「カメラ……?」
「そう、カメラ! 和泉一課長に見られます……!」
トウマの口からそれを聞いて、三月がようやく手を止めた。
「……それは、困るわ」
弟のことが絡むと正気に戻る三月のことを面白く思う反面、あんな風に煽られたのに、好きに触れ合うことも許されない。大和は、小さく肩を落とした。
「逆におあずけ食らったんだけど……」
「まぁ、一織に見られるわけにはいかないしなぁー」
三月に先程とは打って変わった呑気な口調で言われて、つい舌を打ちたくなった。
腹が立つ。大和は自分の上からさっさと降りようとする三月の頭をくしゃりと撫でて、そのまま顎を掴む。
「ん?」
離れる刹那、ぐいと引き寄せて、耳元に唇を当てた。
「……待ってられるか? お前さんの力加減の相手できる人間、そんなにいないと思うけど」
「……待てない。早く退院しろよ」
 少し凄むような声で言った三月に、大和は口を尖らせる。
「どうしても駄目ならヘルスでも頼……」
「……それ、本気で言ってんの?」
三月は、ベッドの上の大和の頭を指先で撫でた。ふらり、前髪を指で遊ばれる。
「オレは大和さんが良いんだけど」
三月の指がそのままつーっと大和の頬を撫でて、そうして唇の先を押す。
「あんたと違って、オレは誰かと間違ったわけじゃないからな」
三月の言葉の意味がわかって、呆然とする。
そんな遣り取りを前に、トウマが自分の顔を覆って、溜息を吐いた。少し顔が赤い。かなり困っていそうだった。
「二人とも、勘弁してくださいよ……」
「おお、悪い悪い」
にか~っと笑って言った三月が、大和を振り返る。
「そうそう、ナギのことなんだけどさ」
「あ、ああ。あいつ、無事か……?」
「うん。ただ、ハルキの中から出てきたチップ……あれの解析が進んで、研究データの一部と施設の詳細がわかったらしくて。ナギはその解析に協力してるから、事務所には戻ってない……」
少し寂しそうに言う三月に、大和は僅かに唇を噛んだ。
「……出てこれるよな」
「きっと大丈夫だと思う。病室に顔出せるか聞いてみるよ。考えてみたら、ここ、警察が噛んでる病院だし」
そう言って、三月はさっと背中を翻した。ジャケットの裾が擦れている。
「あ、さっきのさ……ごめん。傷開いてないよな……?」
 律儀に謝ってくる三月に、大和はふはっと吹き出して、そのままひらひらと手を振った。
「七五三に乗られたくらいで開くかよ。何、そんなに離れ難い? 寂しい?」
「うっせぇ! 一織に見られるかもって思うと恥ずかしくなってきた……おっさんうるせぇし、オレ、帰るわ狗丸……」
「あ、ハイ!」
そう言って病室を出て行った三月を見送って、暫しの沈黙が流れた。十分に間を置いて、それからトウマがぐるりと首を巡らせる。
「……何格好つけてんすか……痛むんですよね、傷」
「あー……狗丸くん、ナースコールお願いします……」
まんまと、腹部の傷が開いている。大和の病衣の下で、パッチには血が滲んでいた。
あーもう! と嘆きながらコールのボタンを押したトウマが、ベッドに沈んだ大和のことを見下ろしながら呟いた。
「前から気にはなってたんすけど……」
「何……」
「付き合ってるんすか、二人……」
「ううん、共犯」
「は……?」
「わかりやすく言うと、セフレ」
痛みの余り滲む脂汗を手の甲で拭い、ぐしゃりと前髪を掴んだ。流石に痛い。
そんな大和のぼんやりとした返事を聞いて、トウマが言葉を失っていた。
「せ、セ……?」
「セックスはするけど、フレンドではないか……まぁ、体の相性良いからさ、俺たち」
呑気に聞こえるように言えば、トウマはベッドの横にずるずると沈んでいく。蹲って顔を押さえて、「そっかぁ、三月さんがぁ……」と呻いていた。
――馴れ初めなんて、誰も知らなくていいじゃん。なぁ、ミツ。
甘ったるい秘密とは言い難いが、それでも幾重にも重なれば手放し難くもなるもので、大和は看護師の到着を待ちながら、眉根を寄せて笑った。
(俺、用無しってわけじゃないんだ……)
三月が力をコントロールできるようになったとしても、大和は用無しではない。「オレは大和さんが良いんだけど」という、少しぶすくれたような三月の言い草を反芻して、大和はベッドの上でもんどりを打った。開いている傷が無茶苦茶に痛んだ。

一騒動起こしたせいで再び鎮痛剤の世話になり、ぼんやりとしていた時だった。大和の病室にナギが訪れたのは。
その時のナギの表情と言ったら――大和にはとてもではないが表現できなかった。
「〈病室でプレイしようとして傷が開いたって? バカじゃないの?〉」
「ミツに言え、ミツに。俺ばっかり責めるんじゃないっつーの……」
 呆れたように頭を振ったナギが、溜息を一つ吐ききってから改めて言った。
「シチゴサン、調べました」
「何?」
「自分で調べろと言ったでしょう。子供が行う儀式だそうですね……ミツキは確かにキュートですが、本当にヤマトの愛情表現は歪んでいますね? こんなことがあるのですから、好意は伝えられる時に伝えるべきですよ」
「うるせぇ……」
一通り軽口を叩き終えて、ナギはもう一度息を吐いた。
「……ヤマトが、無事で良かった」
そんな絞り出したようなナギの言葉に、大和は肩を竦めて頷く。
「無事とは言い難いけど、まぁ、早いところ病院から追い出されれば良いとは思ってる。溜まるもんも溜まってるし」
 じとりと睨まれたので、それにはにやりと笑って返した。
「……ミツキは、新薬を真面目に摂っているようですね。イオリの保護下にあるワタシの仲間が、ミツキと同じ能力を持っています。彼の協力で、副作用の少ない抑制剤の開発が進んでいますよ」
「ミツの負担が減るなら、どんな方法でも良いよ、俺は」
そう言った大和の頭に、ナギは連れてきていたくったりうさぎを乗せた。ついでに、ここなのマスコットも一つ。
「お、新しいここなちゃんじゃん!」
「頼み込んだところ、狗丸氏が取ってきてくれました」
「そいつは、礼を言わないとだな」
「ええ。そのここなも、寂しそうなヤマトに貸して差し上げます」
「誰が寂しそうだって……?」
ベッドの脇にうさぎとここなを寝かせるナギに、大和は「けど、ありがとな」と溢す。
寂しそうなのはどっちだろう。そう思いながらベッドの上からナギを見上げる。ナギは口を尖らせたまま呟いた。
「……ヤマト、ワタシは」
あまりに寂しそうな顔をするから、だから、大和はナギを真っ直ぐ見つめて言った。
「戻る場所がないなら、うちにいたらいい」
「……え?」
「勿論、行きたい場所があるならそっちに行けばいいし、なんつーか……ナギの好きにしていいんだぞ」
ぱちくりと瞬きをするナギが、クマのハルキをぎゅうと抱き締めた。
「……施設の場所が判明しました。ですが、研究員の中で裏切りとも言える行為をはたらいたハルキが無事でいるとは思えません……」
「そんなこと、まだわからないだろ?」
「母国にも、もうワタシの居場所などないでしょう……そんなワタシが、ここにいても良いのでしょうか……」
 ナギの腕の中で、ハルキがへんちくりんな形になってしまっている。それだけ力一杯抱き締められているのだ。
大和は、できるだけ優しく穏やかに聞こえるように言った。
「お前さんがそうしたいって思うなら、こっちはノーとは言わないよ。本物のハルキだって、もしかしたら生きてるかもしれない。もしかしたら、また会えるかもしれない。ナギの国に帰る機会だってあるかもしれないんだ。そのための準備にうちを使うって言うなら、俺もミツも受け入れるよ。俺の話、わかるか?」
ハルキのぬいぐるみの頭を見つめていたナギが、涙声で言った。
「……ワタシは、幸せになれるでしょうか」
「幸せになれるかなれないかじゃない。幸せにならなくちゃ、そうだろ?」
 大和がそう返すと、ナギは静かに微笑んだ。目尻が少し赤い。
「……同じことを言われたことがありますね。幸せにならなくちゃ、と……」
「ハルキ?」
「Yes……所長殿の許可も取れましたし、ワタシは二階堂事務所に就職しようと思います。ようやく、猫探しもできそうですしね」
「ああ、履歴書書いておけよ」
ハイ、と返事をするナギを見やって、大和が口角を上げた。どうにも、近頃は身の回りにじゃじゃ馬ばかりが集まってくるものである。
そんな大和の病室に、別のじゃじゃ馬が扉を開けて飛び込んできた。
「やっほー、ヤマさん! と、えーっと、ろくやなぎ……? だからー、ナギっち?」
「ナギッチ……?」
ナギっちという聞き慣れない呼び方を復唱して、ナギが大和の方を見る。
「こいつ? 四葉環だよ。特殊捜査班のスナイパー。俺のこと助けてくれてただろ?」
「何故、容疑者のヤマトと面識があるのですか……?」
「人聞きの悪い言い方で呼ぶな……まぁ、前にちょっとな」
うす! と返事をした環は、上着のポケットに手を突っ込んだまま、大和のベッドに腰を下ろした。
「そうだった。俺さ、今回ヤマさん助けてやったろ。ラーメン奢って」
「あーはいはい、退院したらな」
「やったー! じゃあ早く退院して!」
二人の遣り取りを見ていたナギが、どぎまぎと視線を巡らせる。そんなナギに向かって、環が「ナギっちも一緒に行こうな!」と声を掛けた。
「ラーメン屋……? お邪魔しても、よろしいのですか……?」
「よろしーに決まってんじゃん!」
自分のジーンズのポケットをごそごそとしていた環が、その中から何かを見つけたのか、ぱぁっと表情を明るくした。
そして、ナギの抱えているクマのハルキのリボンに、王様プリンのキーホルダーを付ける。
「これは、何のマスコットですか?」
「王様プリンだよ! 食べるとしあわせになんの! ナギっち、食べたことない?」
「プティング……?」
「後でいおりんに渡しとくからさ、食ってみろよ。ちょーうめぇから」
環はジーンズのポケットから財布を取り出し、中身を眺めながら病室を出て行く。
「ヤマさん、退院したら教えて。その日はラーメンな! そーちゃんも誘おうっと」
「退院日にかよ。ちょっとくらい休憩させろって」
「ダメ~、入院してる間に休憩しといて」
「勘弁してくれよ、タマー」
あははと笑い声を上げながら戻っていく環を見送り、不思議そうな顔をしているナギの顔を覗き込む。
「よかったな、ナギ。まずは、タマの奴が幸せくれるみたいだぞ」
幸せ談義の結末に、ほんのりとカラメルの気配が漂う。
ナギはハルキの首元で揺れている王様プリンを見下ろして、にこりと笑った。
「そうですね」

Lollipop DeadEND - 11



-Pythagoras-

事務所のあるマンションに戻ると、駐車場はすっかり元の状態に戻っていた。二つ目の事務所も、割れた窓ガラスの修復は済んでいるらしい。
大和の目の前でコーヒーを飲んでいるミツキが、修理の請求書を何枚か寄越した。それを受け取り、大和はヒビの入った眼鏡を上げて顔を顰める。
「うーん……従業員一人分が高くついたなぁ」
「大和さんが受け入れるって決めたんだからな」
「連れてきたのはお前さんだろーが……」
そう言えば、三月はわははと笑ってカップを置いた。
「最終的な決定権は所長にあんだろ?」
「そうなんだけどさ……」
履歴書をテーブルの上に置いて、ソファに腰掛けているナギを見る。その向かいのソファにどっかりと腰を下ろし、大和は静かに息を吐いた。
「……本当に良いんだな?」
「ええ。構いませんよ」
大和が三月を見やる。三月は、一度かっくりと頷くだけだった。
「じゃあ、六弥ナギさん、採用です。最初は雑用からだぞ」
「オフコース! 何でもやります」
テーブルの上に座っていたクマのハルキを抱き直して、ナギがにっこりと笑う。
大和はと言えば、ナギの履歴書を持ち上げて溜息を吐いた。
「ミツ、新人ご希望の猫探しはあるか?」
三月は、黙ったままテーブルの上に依頼概要を並べた。
猫の写真が付いている依頼書が二枚と、それからもう一枚は三月の手元にあるままだ。
「猫探しは二件くらい。あとは……ボディーガードの話も来てる。なんか、オレが立ち回ってたのが噂になったらしいぜ? 大和さんが入院してる間も頼まれた」
 ピースサインを作って見せる三月に、間髪入れずに大和が睨みを利かせる。三月がびくりと肩を震わせた。
「……お前さんは、暫く暴れるの禁止」
「わかってるよ……」
流石に、先日の暴走については反省しているらしい。
そんな三月の手元を、ナギがずいっと覗き込んだ。
「美女のボディーガードなら大歓迎ですよ」
「残念、輸入会社の社長さん」
それまで顰めっ面をしていた大和も、それを聞いて三月の手から依頼概要を抜き取った。
「ああ、この人か……、それなら俺が行くよ。知り合いだし」
「バカ言え。あんた、病み上がりだろ?」
三月は慌てて大和の方に身を乗り出した。大和が、依頼概要に向けていた顔を上げる。じぃと二人の視線が交わった。
暫し間を置いてからおもむろに逸らされたそれを見て、ナギがOh……と声を上げる。
「……病室の録画を消すのは、大変困難なミッションだったと狗丸氏が言っていました。ここなをクレーンでキャッチする方が余程楽だったと……」
「おい、蒸し返すなよ……」
「あー……狗丸に謝っておかねぇと……」
ぐしゃあっと顔を覆う三月。大和の方はと言えば、ソファから立ち上がると、ふらふらデスクに歩み寄る。そこに放置されていた煙草の箱から一本引き抜いた。
「お兄さん、煙草吸ってくる」
「なんで? そこで吸えばいいじゃん」
「うるせぇな、外の空気に当たりたい気分なんだよ」
そう言った大和を一瞥して、ナギはテーブルの上から一枚、依頼概要を持ち上げた。
「ワタシは早速、猫ちゃん探しに取りかかりますので、センパイ方はどうぞゆっくりお過ごしください」
「お、お前……追っ手に追われる心配なくなったからって悠長なこと言ってぇ」
「ノープロブレム、ミツキ。それよりも、ミツキはあのおしゃぶりをしている所長を慰めて差し上げてください。大丈夫です。ワタシにはほら、この通り」
ナギが三月に見せたスマートフォンの画面には、環からのチャットが映っていた。「ナギっち、ゲーセンいこー!」と書いてあるそれを見て、三月が静かに肩を落とす。
「お前、遊びに行くんじゃん……」
「猫ちゃんも探しますよ?」
タマキにも手伝って頂きましょーう! と手を叩くナギが、軽い足取りで事務所を出て行く。
ついでに、煙草のフィルターをおしゃぶりよろしく銜えたまま、呆然としている大和にウインクを一つ。
「それでは、ごゆっくり」
「あー、ナギ……晩飯までには帰ってこいよ」
「了解しました、所長殿!」
敬礼の真似事をしてドアを閉めたナギを見送って、三月と大和はつい顔を見合わせた。

ナギは、「お膳立て」した事務所の部屋の中のことを早々に頭の隅に追いやり、軽い足取りのままエレベーターへと飛び乗る。
どうやら、環がバイクで迎えに来てくれるらしい。友人と外に遊びに行くなんて、ナギにとっては初めてのことかもしれない。
ナギは、胸に抱いているハルキの頭をさわさわと撫でる。
ハルキも生きているかもしれない、いつか会えるかもしれない。なんて不明瞭で不安定なifだろう。
けれど、それをナギに教えてくれた大和には感謝している。そんな大和に対する、ほんのささやかなお礼のお膳立て。そのくらいはできたのではないだろうか。
「〈……ハルキ、私にも友人ができたよ〉」
――少しだけ、そう少しだけ素行は悪いけれど。
そんなことを思うと、口元が緩む。
エレベーターからぴょんと飛び出して、ナギは意気揚々と外の世界に踏み出したのだった。

Lollipop DeadEND - 12



-Beyond the end credits-

火を点けなかった煙草は、さっさとデスクに放り投げた。
ナギが出ていった後、どちらともなく腕を伸ばして、そのまま無茶苦茶に唇を合わせた。
我慢できないと言っていた三月が大和にしがみついた時、若干の痛みを感じたが、それでも、それさえも気分が良い。求められている感じがする。
角度を変えて何度も唇を合わせる。つうと伝った唾液を指で拭ってそのまま、三月のシャツを開く。もつれ合うようにベッドに倒れ込んだ。
「舐めた方がいい……?」
何のことかと思えば、突然目の前にちらつかされた棒付きキャンディを大和が見下ろす。
「これ、新しい抑制剤。今日、まだ舐めてないんだ。でも、興奮したらさ……あんたは病み上がりなのに、オレ、多分止められなくなっちゃうから……」
抑制剤を飲むと、その後暫くぼんやりとする。それが嫌だと三月は何度も言っていた。それでも、大和がいない間、しっかりと抑制剤を摂取しているようだとナギから聞かされていたのだ。
大和は、組み敷いている三月の頭をくしゃくしゃと撫でる。
釦を外したシャツは、大和の肩から滑り落ちた。
「ミツ、今興奮してる?」
「してるよ」
キャンディはベッドの隅に放られてしまった。
その三月の手が、大和の手を絡め取る。そのまま三月の下半身に誘われた。されるがまま触れてみれば、完全に勃起した三月の性器がスラックスの布地を押し上げていた。
「苦しそうじゃん」
大和は、三月の手を握ったまま小指を立てて、三月の性器の形を確かめるようにつつつとなぞった。三月が、ぴくっと体を震わせる。
「ん、あっ」
「……今抑制剤舐めたら、お前さん、萎えちゃうんじゃねぇの? 気持ち良くなれないじゃん」
「いいよ、そのくらい……訳わかんなくなって、あんたのこと傷付けたくないから……」
「今更だなぁ」
「い、今更だからだよ……!」
興奮と困惑で涙目になった三月の瞳が、どろりと大和を見上げる。
「今更だけど……オレ、大和さんのこと、どうでもいいと思ってたわけじゃねぇよ……」
大和は、くいと三月の顎を持ち上げる。そのまま掬うようにして優しく口付けた。
「……俺だけ特別感あって良かったけど」
「は……?」
「警察の身内は傷付けたくない、迷惑掛けたくないって言ってるのに、俺は例外なのさ。特別? っていうか、俺だけが独占できて、良かったけど」
三月が大和の首に腕を回し、そのまま頭を上げて口を舐めた。口元が笑っている。
「はっ、相変わらず歪んでんなぁ……」
「そう?」
「良いけどさ、なんかMっぽくて」
「Mはお前だろ」
三月のベルトを外して、スラックスのホックを開いた。ファスナーをわざとじりじり下げてやる。先走りの露でびしょ濡れになった三月の性器が、下着までも濡らしていた。
「なぁ、抜いた?」
「……抜いてない。興奮することなかったし……あ、でも」
下着ごと脚から抜かれるスラックスを見ていた三月が、ぼんやりと天井に視線を移す。閉められているカーテンの隙間からは、薄明かりが入り込んできらきらとしていた。
「尻、に」
「……尻?」
「指入れたけど」
三月の溢す露が、股を伝ってシーツに染みを作る。
下着もろとも脱がされた三月が、足の爪先で大和の股間をなぞった。親指と人差し指の先で執拗に形を確かめてくる。むくりと主張を始めた大和のそれを、三月は足の裏でぐりぐりと押した。
くっと大和の喉が震える。だから、少し意地悪をしたくなった。
「それ、やってみてよ」
「えー……大和さんのこれあんのに?」
ぐりぐりと足先で焦れったく擦られ、大和は自分のベルトの金具を外した。つい舌打ちをする。
しつこい三月の足を持ち上げ、そうして太腿を開かせた。
「どこに指挿れたって?」
「……んー」
暫く思案して、三月が自分の薬指と中指をちゅぱと口に咥えた。引き抜けば、三月の指先につうと唾液の糸が伝う。
そのまま、勃起している自分の性器の奥に指を滑らせた。
自身の先走りでぬめるそこに、三月は自身の指を埋めていく。仰向けになっているから腰を持ち上げないとうまく入っていかないらしい。よっと尻を持ち上げた三月は、自分の尻穴が指を飲み込んでいく様子を性器越しに見ていた。
三月を見下ろしている大和からすれば、そんな風にされれば全てが丸見えになってしまう。思わず、生唾を飲み込んだ。
そして、それが「恥ずかしい」ということに、三月もようやく気付いたのだろう。
「……あれ」
指を止めた三月の瞳を大和が見つめると、頬を真っ赤に染めた三月が、わなわなと口を震わせた。
「や、その……違う、よ……? オナったわけじゃなくて……」
「じゃあなんで指挿れたんだよ? 恋しくなっちゃった?」
三月は慌てて指を引き抜いた。僅かに開いたままの尻の穴が、ぱくと震えている。
「……俺の、挿れて欲しくなっちゃったんだ……?」
大和がそう問えば、三月はぱっと自分の腕で顔を隠す。けれど、顔を隠したまま小さな声で囁いた。
「……ほしい」
「何?」
「……いれてほしい、の……大和さんの」
入院している間に溜まりに溜まった欲望が性器の先から滲んでいる。それを軽く扱いて、思わず舌なめずりをした。
すぐに硬くなった単純な自分自身を、精液に塗れている三月の尻の穴にあてがった。先程まで指を甘噛みしていたそこが、新しい質量に悦んで食らい付く。
「や、はや、く……」
吸い付かれるまま勃起した性器を埋めていくと、三月の脚が、大和の胴体に絡んだ。
抑制されてない力加減に、大和の腹の傷痕がぎゅっと痛む。それでも、大和は歯を食いしばりながら、ぐちゃぐちゃに濡れている三月の内側を開いていく。
まだ挿れたばかりだと言うのに、三月が白い喉を仰け反らせてぴくぴくと震えた。長い睫が震えて愛らしい。
「……ハッ、ん、ん……」
「ミツ、もうナカ、イっちゃった……?」
びくんびくんと大和の性器に吸い付く内壁を、更に奥まで突き上げる。かくかくと震える三月の腰を撫でて揉んでやると、それもまた気持ちが良いのか、三月の肢体がシーツの上で踊った。
「や、ちが……っ、イってない、も……アッ!」
「うっそ、めちゃくちゃ締めてくる……挿れたばっかなのに……」
シーツの上に、ぴゅっと三月の精液が飛んだ。早くもふやけている玉をやんわりと揉んでやると、三月の体が逃げよう逃げようと仰向けのまま這い擦っていた。
大和は三月の頭の横に肘を突いて、覆い被さるような姿勢を取る。これで逃げられない。体温で曇る眼鏡を外して、ベッドの隅に放った。
三月の腰を折るようにして、上から挿入を続ける。プレスされては大和にしがみ付くしかない三月が、涙を流しながら頭を左右に振った。
「あっ、やだ、やっ」
そのまま、速度を落として、じっとりと抽挿を繰り返す。
やだやだと首を振る三月の口を無理矢理捕まえて、噛み付くようにキスをした。実際噛んだ。歯の隙間から舌を引きずり出して、唾液を吸い上げる。耳に、ぐちゃぐちゃと水音が木霊する。下半身に伝わる粘液の感触と合わさって、頭の中がぼんやり揺れる。浮遊感に目を細めた。
水の中で抱き合ってるみたいだった。外界の音が遠くなる。
ぐちゃぐちゃと三月の中を抉っていると、その内何度目かの絶頂を迎えた三月の性器が、精液で三月自身の胸を汚した。
ぎゅうと締め付けられ、大和もそのまま三月の中に射精する。それを三月の内側が吸い上げようと収縮しては、結局行き場をなくして尻の隙間から溢れ出た。女の体と違って行き着き先なんてない。溢れた精液を股間に塗り込めるように押し付けて、体を揺らす。
三月が「抜いてよ」と駄々を捏ねたが、言うことは聞いてやらない。今が気持ち良ければそれで良い。
「や、だ……溢れて……もれちゃう……」
「今更だろ。お前さん、びっしょびしょなんだから」
大和は体を起こして前髪を掻き上げると、抜かないままで三月の体を裏に返した。
「ベッド、壊すなよ……」
そのまま覆い被さって再び深くまで突き上げると、三月の肘が大和の腹に入った。このままでは本当に傷が開きかねないと思いながら、それでも腰を前後させるのを止められない。
汗にまみれている三月の背中を手の平で拭って、そのまま背後から胸を揉む。ほどよく筋肉の乗った胸の感触を楽しみながら、ぴんと立ち上がっている乳首を摘まんだ。こねこねと潰すと、ベッドと大和の間で板挟みになっている三月がくねりと腰を振る。
「やっ……もぉ……っ! はっ、おかしく、な、りそ……っ」
「もうおかしくなってんだよ……もっとおかしくなればいいだろ……?」
そう言って、もう片方の手でびんびんに勃ったままの三月の性器を扱いてやった。
「や、あっ……あ」
出し切ってしまったのか、性器からは何も出ないが、大和を咥えている内側がびくんびくんと反応を返す。中イキを繰り返して泣いている三月の首に、大和はちゅうと吸い付いた。
「かっわいい……」
汗が滴る。胸を伝って、三月の背中に落ちる。このままずっと折り重なっていたい。そんな永遠を望み始めた刹那、絶えず前後させていた腰が、自分の意思とは別に動きを止めた。
三月の背中に唇を当てて、ぎゅっと抱き締めた。逃がしたくなかった。
目を閉じると、目の前がかぁっと白む。途端に、脳がぐらんと揺れた。何にも代えがたい絶頂感を十分に噛み締めてから、大和はのそりと目を開ける。
「……ヨ、かったぁ……」
「なぁ、満足したら出してよ……もう、べちゃべちゃ……」
「べちゃべちゃなのは、大体いつもお前のせいだろうが……」
シーツがガビガビにならない内に剥がして、ぬるま湯に浸けたい。けれど、三月のナカからは出たくなくて、三月のことを背後から抱き締めたまま、大和は体を横に倒した。
「なっ……なぁ、抜いてよこれ! ヤダ……」
「なんで? 感じちゃう?」
「うう……気持ち悪い」
「ひでぇ……」
大和はつい眉を顰め、三月の耳元でわざと溜息を吐いた。
それを聞いて、三月がへらへらと笑う。
大和は枕の下にすっ飛んでいた棒付きキャンディを手繰り寄せると、その包みを解いて三月の口に突っ込んだ。れ、と舌を出した三月が、渋々それをしゃぶる。
「効く?」
「んん、効く……前より倦怠感もない、と思う……」
「……じゃあ、もしかしてだけど」
「んー……?」
「これがミツを抑えてくれるならさ」
大和が三月の口からキャンディを抜いて、寝転がりながらぼんやりとそれを見つめた。緑色、メロン味なんだろうか。
「……俺って、お払い箱だったりする……?」
大和の腕の中の三月が、突然固まった。
そして、腰を浮かせて、尻に入ったままの大和の性器を抜き、そのままゆっくりと振り返った。三月の尻からは、大和の精液が伝っていた。
「……なぁ、本気で言ってんの」
大和は、キャンディの棒を人差し指と親指でくるくる回す。
「本気で言ってんのかって聞いてんだよ」
それを三月が奪い取って、口に突っ込んだ。ばきんと飴が砕ける音がした。何も絡む物がなくなった棒をこれ見よがしに口から引き抜いて、三月が放る。そのまま、ぼんやりとしている大和の鼻を摘まもうとする。
「やめろって。本気だったらどうなんだよ」
「バカ!」
は? と思っている間に、本当に鼻を摘ままれた。
「いって!」
「もう! 言えよな、俺から離れるなって……! 警察戻らないでって言えよ、言ってみろよ、バカ!」
大和は、唖然として、摘ままれて赤くなった鼻を拭う。その向こうで、三月が口をへの字にしていた。言葉が出てこない。
「お払い箱にしないでって、どうして言えねぇんだよ……」
「だって、こんなのさ……変だろ。俺のところにいて欲しいなんて……ミツには、ちゃんと戻る場所、あんのに」
あまりに弱々しい声に、大和は目を逸らしてシーツを見つめている。
だんまりに耐えられなくなったのか、三月がもそりと口を動かした。
「こんなに体の相性良くて、戻れるわけねぇじゃん……」
それを聞いて、大和は頬を緩めて笑った。
「……なんだよ、結局体目当て?」
冗談みたいに言う大和に、三月はするりとシーツに頭を擦り付けた。
「それもあるよ」
「あるんだ……」
「……だって、生きてるあんたが、まるごと全部好きなんだもん」
躊躇いがちに呟かれた言葉に、大和はぱっと目を見開いた。
お互い、体だけが目当てだったらどんなに良かったか。かぁっと頭が熱くなる。それを、ひらひらと手で扇いだ。
「だから、お払い箱かどうかなんて聞かないでよ、大和さん」
 そんな三月の懇願に、大和は息を飲んだ。
けれど、意を決して言葉を発しようと口を開き掛けた大和の耳に、バイクの音が聞こえた。三月にも聞こえたらしく、頭を上げる。
「あれ、ナギの奴、もう帰ってきた?」
「いや、ありゃあ郵便のバイクだろ? また請求書か……?」
それを聞いて、三月がばーんと大の字になる。 
「あーあ! オレ、もう一歩も動けない。大和さんがポスト見てきてよ。ついでに、今日の飯当番も大和さんな」
「ったく……」
言い逃した言葉が喉にうろつく。もやもやとする。そんなもやもやを物理的に訴えたくて、大和は三月の尻を叩いた。
「いったぁ!」
「まぁ、結構無茶しましたし? 今日くらいは請け負ってやらないこともないけど。もし、ミツが……」
 ぷいと顔を逸らす。
「ミツが、この先も所長補佐でいてくれんならさ」
顔を逸らしている大和の耳が赤い。
隠しきれていないその熱に、三月がふはっと柔らかく笑った。


【 Lollipop DeadEND 終 】