HOTEL SPOIL ME


治安が良いなんて決して言えやしないし、俺は自ら近付こうとは思わないけど、それでも深夜の交差点、人も疎らなこの世界で、胡座かいて弾き語りしてる人の姿は面白いもんで――少しだけノスタルジックだなって思う。
番組スタッフに連れられ飲み歩いていた大和は、目の前の光景をそんな風に思った。
彼らもまた酒を嗜んで、それから気分が乗ったんだろうか。例の交差点の隅、歩道の上に座り込んでアコギを弾いている。その姿を遠目に見る。
どうやら傍らには連れがいて、その膝を枕にもう一人二人が眠りこけているらしい。賑やかなもんだな、と大和は瞬きをした。
大きな交差点だから、街頭の明かりは十分にあって、まるでステージの上みたいではある。しかし、ギャラリーはほとんどいない。こんなステージを、以前見たことがあるなと思った。ふと笑みが溢れた。
「大和くん、どうした? 気になる?」
「ああ、いや……そうじゃないんですけど」
タクシーを呼んで、そろそろ帰ろうかなんて話をしていた時だった。そんなノスタルジックな光景を目の当たりにしたのは。
大和は眼鏡を上げた右手で、そのまま視線の先の歩道を指さす。
「ほら、あそこ。寝転がってるの、女の子みたいだなーと思って」
「あ、本当だ……」
スタッフの男はよろよろと道路に近付きながら、対岸のステージに目を細める。この辺りではプロが弾いてることが多いとかなんだとか、彼の話を聞き流しながら、大和もまた対岸の歩道をじっと見た。
「大和くん、この辺りでバイトしてたってさっき言ってたでしょ。ああいう子、お持ち帰りしてたんじゃないの?」
「ははは……まぁ、カラオケ屋で働いてたんで、声掛けて起こすくらいはしましたけどね。持ち帰りなんてのは全然」
昔の話とは言え、自分の今の仕事がアイドルであるという自覚はある。
大和は言葉尻を濁しながら、例の「女の子」を見つめた。
どうしてか、見えている頭に視線を引かれるというか、このままでいてはいけないような気がして、今は殆ど人通りも車の通りもない交差点を早足で横断した。スタッフの男も、不思議そうについてくる。
「うーん、気になるかい?」
「いや、まぁ……ちょっとね」
交差点の中腹まで来ただろうか、その辺りで、大和が何故無性に目を引かれたか、その理由がはっきりとしてきた。つい、スピードが上がる。なんだったら、小走りになる。
「ったく、あんのバカ……!」
思わず大和が溢した言葉に、スタッフの男は「え」と鈍い声を上げた。
「ねぇ、あれってもしかして……」
流石に、男の方も気付いたのだろう。けれど、今の大和には、振り返って「ええ」なんて同意する余裕はなかった。
「ミツ!」
駆け寄って名前を呼ぶ。
知らない男の膝を枕に転がっていた和泉三月が、ごろんと体の向きを変えた。むにゃむにゃと目を擦って、それから大和を見上げてくる。
「おお、三月、お迎えじゃんか」
「えー……?」
三月に膝を貸していた男が、三月の肩を叩いて起こす。
「あ、やっぱり三月くんだったか!」
後から追ってきていたスタッフの男が、息を切らせて大和に追いついた。
「すいません、うちのミツが」
気が気ではなかったが、それでも世話になったらしい相手のミュージシャンの男に、大和は愛想笑いと共に頭を下げる。
「おい、ミツ。起きろ、ほら……帰るぞ!」
ぐずぐずとしている三月の腕を掴んで立たせた。ミュージシャンの男たちは、へらんへらんと笑いながら、三月に手を振っている。
「おう、三月~、カレシ来てんだから起きろ~」
「また今度呼ぶわ」
三月はそれに「あい」だの「へい」だのと寝惚けた返事をしつつ、腕を引く大和に寄り掛かって立ち上がる。
「どうしようか、大和くん……タクシー、俺が呼ぼうか?」
「あー、いや……」
ぐでん、と顔を上げた三月は、既に目を閉じていた。いや、薄目を開いているのかもしれないが、じきに閉じる。
「俺も酔ってるんで、多少寝かせてから帰ります……」
「そう? 送ろうか……」
「土地勘あるんで、なんとか」
大和は、よっと三月に肩を貸す。三月の腕を首の後ろに通して、半ば引き摺りながら歩道を歩き出した。気のよさそうなミュージシャンたちは、次の曲を鳴らしながら緩慢に頭を振っている。
「世話になりました」
呟いてから立ち去った。だけど、できるならうちのアイドルを地べたに寝かせないで欲しい。


大和は完全に寝てしまった三月を引き摺りながら、少し広めのビジネスホテルに駆け込んだ。目の前のクイーンサイズのベッドには、すやすやと寝こけている三月がいる。
じっとりと汗をかいた自分のシャツを脱ぎ捨てて、大和は内側に着ていたVネックの襟元を扇いだ。
「ったく、ミツも……前後不覚になるくらい飲むなっての……」
仰向けになってぴよぴよと眠っている三月の鼻をつまみ、口呼吸になるのを待ってから離した。ぱかりと開いた三月の口が、また次第に閉じていく。子供みたいな寝顔だと思いながら、そっとこめかみに唇を落とした。若干の汗の匂い、それからアルコールの匂い。んん、と漏れた声の出所を見下ろして、そっと唇を塞ぐ。ビールの味がする。ちゅると上唇を吸い上げて、口の端を舐めた。
「なんか……ライム……?」
仄かに香る柑橘系の風味の正体を確かめたくて、それを言い訳にしてもう一度、眠っている三月の唇に口を合わせる。僅かに開いた隙間から濡れた舌をねじ込んで、歯列をなぞっている内に頭を押さえて口を開かせた。
「う……ん、ふ」
ふは、と吐息が漏れた。まだ大和の侵入にはっきりと気付いていないらしい三月の舌が、侵入者を押し返そうとする。それを逆に絡め取って吸い上げた。じゅる、と唾液が音を立てる。その唾液が逆流でもしたんだろうか、三月の体が、途端にびくりと跳ねた。
「う、けほっ」
おえ、と呻きながら体をうつ伏せに変えた三月が、けほけほと噎せている。その背中をさすってやりながら、大和は自分の口を拭って咳払いをした。
「起きた?」
「う、え……何……っ、や」
やまとさん、と舌っ足らずに呟いて振り返った三月の口を、親指で拭ってやる。どうやら吐いてはいないらしい。ほっとする。
「あれ……どこ、ここ」
「ビジネスホテル」
きょろきょろと部屋の中を見回した三月が、ある場所を見て眉間に皺を寄せた。
「……浴室の壁、スケスケだけど?」
「そういうビジホなんだよ。スケスケだけど」
「ベッドもなんか、でかいし……」
「まぁ、ついでに防音だけどな。確か」
「そんな、用意周到なビジネスホテル……?」
「そうだよ。そこはマジで」
そう、どこからどう見てもビジネスホテルなのである。
――ただし、元ラブホテル。小さな声で呟くと、三月が口を歪めてははあ~と笑った。
「なんでこんな所知ってんの?」
「まぁ色々」
濁そうとしたが、三月の裏拳が大和の胸をトンと叩いた。
「……使ったんだ?」
「昔ね。お姉さん介抱してたら連れ込まれただけだから、お兄さんは無罪です」
両手を上げて降参してやりたい気分だったが、三月はそれほど嫌そうな顔をしなかった。大和としては、少し残念でもある。
「使ってんじゃん」
「不可抗力だよ」
「でも、やらしいことしたんだろー」
「不可抗力だってば」
ぱたーんとベッドに倒れた三月が、へへへと笑う。本当に、正真正銘、一ミリもやきもちしていない表情だった。どつかれたくはないが、少しくらい妬いてもらいたい。そういう気持ちはある。
「で、酔い覚めた? 気持ち悪くないか?」
「うん」
「お前さん、ああいう飲み方すんなよ……」
「悪い。でも、良い人たちだよ」
「それでも」
大和は三月にペットボトルの水を渡しながら、小さく息を吐く。三月はそれを頬に当てて首を捻った。
「なんか、すげぇすっきりしてるかも……シャワー浴びようかな」
「俺も……」
三月の頬に顔を近付けて、髪に隠れている耳を唇で探る。その輪郭を甘ったるく噛むと、三月が小さく悲鳴を上げた。体を引くと眼鏡がずれた。
「シャワー浴びたら一緒に帰るぞ」
「……泊まっていかねぇの?」
うろ、と視線を巡らせた三月が、部屋の中に時計を見つけられないまま、結局自分のスマホを持ち上げて時間を確認していた。今は、深夜の一時半頃だ。
よっと体を起こした三月が気怠そうに首を回し、それからようやく水を飲んだ。大和は、恨めしそうにそれを見つめる。
「だって、泊まったら、ミツにやらしいことしちゃうよ、俺」
ついでに恨めしそうに漏れた言葉を振り返って、三月が目をとろんと細めた。
「そのつもりで連れ込んだんじゃねぇのかよ」


じゃばじゃばと鳴る水の音を聞きながら、浴槽に半分も溜まっていないお湯の中で三月を背中から抱えている。
摂取したアルコールで体温が下がっているかもしれない。大和は、手に持ったスポンジで三月の肩をこすこすと撫でてやる。
「なんだよ、くすぐってぇよ」
「寒いかと思って」
大和の首に頭を擦り付けてくる三月が「へーき」と呟いた。泡立てたスポンジを胸の上で滑らせ、そのまま股に手を突っ込むと、ぱたんと脚を閉じられた。「すけべ」と笑った三月が大和の手からスポンジを取り上げて、自分の脚を擦る。
「ビジネスホテルで、男二人入れる浴槽ってすげぇな」
「ミツが小さいから尚更」
どん、と三月の肘が大和の腹に入る。
「ぐっ……!」
「なんか言ったか?」
「なんでもありません……」
暫く気持ち程度に体を擦っていたが、その内に半分ほど溜まった湯をちゃぱと遊んで、三月が蛇口のコックを閉めた。
「大和さん、明日オフだっけ」
「そう。ミツは? なんかあったよな……」
「オレ? 夕方に企画打ち合わせ」
意識がはっきりしているにしても、ある程度飲んではいる。のぼせると危ない自覚はある。
「大和さん、腕伸ばして」
「んー?」
三月の肩の上から腕を伸ばす。それを、三月が手に持っているスポンジで磨いていく。
「なんか、王様とかになった気分……」
「お痒い所は御座いませんかーってな」
「それなんか違くねぇ?」
大和の手の指に三月の指が絡み付いて、泡を擦り付けて結ばれて、そのままぎゅっと握られた。可愛いことをすると思って見ている。
濡れてオールバックになっている三月の後頭部に視線をやって、一回り小柄な背中に胸を当てた。そのまま体重を掛ける。
「……前も洗ってよ」
「くっついてたら洗えないよ」
空いている方の手で三月の胸を撫でて、僅かに主張を初めている乳首を摘まんだ。ひくんと、三月の体が縮こまる。そのまま前のめりに体重を移動させると、大和の膝の間で、三月が尻を浮かせた。ちゃぷんと泡の浮いた水面が揺れる。
先程拒否された前側から三月の腰に腕を絡ませ、尻の間に指を沿わせる。門渡りを擦ってやると、期待するように腰が揺れた。
「いじっていい……?」
「今聞く……?」
「俺、ミツには従順だからさ」
「何だよ、それ」
それでも結局返事を聞かないまま、三月の尻の穴に指の爪先を埋めた。お湯の圧を感じてか、三月がほうっと溜息を漏らす。
こしこしと三月の内側を押し広げてやりながら、もう片方の手では腹筋の乗った腹を撫で回してやる。
やがて三月が浴槽に凭れ、腰をくねらせる。
「ミツ、気持ち悪くない?」
「気持ち悪くない……」
「吐く時言えよ」
「吐かない……たぶん……」
体を撫で回しながらお互いだんまりになってしまった末に、浅い呼吸音だけが浴室に響いていた。
張ってあるお湯が、ちゃぷちゃぷと揺れる。大和の指に尻を押し付けるように、湯の中で三月の腰が揺れている。背中からだと表情がよく見えないが、どうやら続ける意思はあるらしい。
湯と泡で緩んだ三月の内側から指を抜くと、そこには代わりに湯が滑り込む。ぬるい液体の感触に、三月が肩をびくりと震わせた。
「ア、う……っ」
入り込んだ湯を掻き分けて、十二分にそそり立った自分の性器を滑り込ませる。浴槽に凭れていた三月がその壁を握ろうとしたが、滑ってうまくいかないらしい。滑り落ちた手を、大和が上から握った。
「ミツ……」
腕で三月の腰を抱いて引き寄せる。大和の物の質量に追い出された湯が行き場を無くして、元の浴槽に戻ってくる。その水音が体に響く。
お湯と浴槽の幅のせいで思うように動けず、ゆっくりと抽挿を繰り返していると、その内、三月が焦れったそうに腰を動かした。
「な、もっと、さ……?」
じゃぷ、と水面が音を立ててしぶきを上げる。それでも大和はペースを変えない。
三月の腰の動きに合わせて動く肩甲骨を眺めながら、大和は舌なめずりをした。
「欲しかったら、その分ミツが動いたら? 俺、これで精一杯だけど」
そう言うと、三月が肩口に大和を振り返り、ぎりと歯噛みした。
途端に、跳ねる水の音が激しくなった。三月がかくかくと懸命に腰を振る度に水が跳ねて、小さな波が起こっていた。
繋がっている部分を見下ろしながら、大和はひく、と口角を上げる。
「うわ、えっろ……」
「あんたが、たらたら、してっから、ア」
浴槽に腕を突いて腰を揺すっている背中、そこに浮いた背骨の節を指でなぞる。濡れて湿った肌がぴくんと反応を返した。ふやけた肌に爪を立てたら、容易に痕が残りそうだった。
「ミツ」
三月の腹の中で膨らんでいく自分の欲を頭の端で感じながら、三月の性器に手を伸ばす。腰を掴んで引き寄せて扱いてやると、三月の内側がぎゅうっと大和を締め付けた。
「いっ、ひゃ……っ」
「ん? 何……っ? 全部入ったのに、気持ち良くない?」
「よ、く、なくない、け、ど……っ!」
言い分に笑う。
「はは、どっちだよ……」
呼応するようにきゅうと絡み付いてくる感触を愉しみながら、三月の物を扱く手を速める。その手に、三月がぎりりと爪を立てた。痛い。仕返しに腰を跳ね上げると、三月が彼特有の高い声で鳴く。それが可愛らしくて、そのまま何度か突き上げる。
その内、大和に凭れていた三月の体が、びくびくと痙攣した。
「……な、んだよ、イっちゃった?」
手の中に出された三月の精液を浴槽のお湯で落として、脱力している三月に「立てるか?」と囁く。
「立、てる……けど……」
「なら良かった」
大和は三月の体を支えながら自分自身を引き抜くと、まだ元気に主張しているそれを見下ろす。――まぁ、本当は一緒にイきたかったんですけどね。
「ミツ、シャワー浴びて、先上がってて」
「大和さんまだだろ……オレ、抜くよ……?」
「いいから。浴槽も流さないとだし」
あとは、ほんの少しのうまくいかなさを感じたりもする。
(タイミング、合わないのが殆どだけど……やっぱ酒飲んだ後だと難しいよなぁ)
「ちゃんと拭いて、体冷まさないようにしろよ」
浴槽から上がらないままでそう言えば、三月は少し肩を落として、けれどずるぺたと足を引きずりながら、シャワーで体をすすいだ。
やはりずるぺたと浴室を出て、それから大和を振り返りもせずにドアを閉めた。
パタンと閉められたそれを見やって、大和は溜息を吐く。
「……かわいかったなぁ」
三月の残り香に鼻を鳴らして、それから解放のタイミングを逃した自分の竿を慰めるために手を動かした。


湯を抜いて浴槽をシャワーで洗い流し、僅かに後頭部に残る賢者タイムを押しやって部屋に戻る。眼鏡を掛けると、簡易冷蔵庫にある水に手を伸ばした。
「ミツー、寝てる……?」
そのまま一口水を呷って視線をベッドにやると、そこにはバスタオルに包まった三月が横になっていた。
「あ、お前! ちゃんと拭けって言ったのに……!」
ペットボトルの水を置いて、三月の肩を引く。はらりと開いたタオルの間で、下着も着けていない三月がつんと口を尖らせていた。
「ミツ、言うこと聞きなさい」
「……やだ」
バスタオルの上にぺしゃりと座り込んだ三月が、腕を伸ばして大和の首を抱き寄せる。
そのまま、口にぎゅうっと唇を押し付けられた。反応しないでいると、動物がするみたいにぺろぺろと舐められる。
「もう一回しよ」
「……打ち合わせあんだろ。お前さんは寝ないとまずいでしょ」
時刻は午前三時に近い。浴室で遊び過ぎてしまった。
「大丈夫。オレ、起きれるから」
しつこい口付けに、つい応じてしまう。柔らかくて熱い三月の唇を甘噛みして、それからねとりと隙間を埋める。唇を離すと、三月がぱたんとバスタオルの上に倒れた。
「それより、ケツの穴開いたまんまだから、そっちの方が気持ち悪いもん」
むずがるみたいに脚を開いた目の前の三月に、大和は思わず手で顔を覆う。指の節が眼鏡にぶつかってカチャと鳴った。
「だからさ、しよ」
三月の誘いに何も言葉を返せないまま眼鏡を外して、サイドテーブルに置く。弦を畳む余裕もない。
堪らなくなって、素っ裸のままの三月に覆い被さった。
「どこで覚えてくんだよ、そういう態度……お兄さん、心配なんですけど……」
「へへへ、嫌い?」
「……俺以外にやんないで」
「やんねーよ。やるわけねぇだろ」
先程射精したばかりの性器を扱き直して、三月の左脚を肩に担ぐ。露わになった三月の尻の穴は確かに開いたまま、はくと震えていた。暫く経ったはずなのにのぼせたように色付いているそこに、自分の欲を押し当てて、じっくりと埋めていく。
体の下で、三月が眉を顰めて笑った。
「あぁ……っ」
普段は潰れた小動物みたいな声を出すくせに、あまりに恍惚とした声を上げたものだから、大和はもう一度額を覆う。
「み、ミツ……やめて、これ以上煽んないで……俺、止めらんなくなっちゃうから……」
「えー……?」
にやにやと目を細めた三月が、大和に担がれていない方の脚を大和の腰にゆるりと絡ませる。
「だってさ、このホテルでの大和さんの記憶、オレで上書きしたいじゃん?」
ぐらんと頭の中が揺れた気がした。理性の手綱を懸命に握ったまま、緩やかに笑っている三月の唇を塞ぐ。くぐもる高い声を全て飲み干せないのを悔しく思いながら、自分より小柄な体を無茶苦茶に揺することしか考えられなかった。


三月が目を開けると、眼鏡を掛けて服を着ている大和と目が合う。隣に寝そべっている。
ぱちくり、ぱちくりとゆっくり瞬きをして、それから「お?」と声を上げる。
「起きた?」
「……あれ、オレ、落ちた……?」
「いや」
のそりと体を起こした三月に合わせて、大和もベッドに座り直した。言い難そうに天井を見上げ、それからぽそりと「ギリギリ意識あったけど」と言い掛ける。
「中、出しちゃって」
「……で?」
「ミツが寝落ちてる間に、出したり、体拭いたり……は、したよ」
そう言われると感じる下半身の違和感を引きずり、三月はのそのそとベッドから立ち上がった。隅に丸めてあったバスタオルを持ち上げかけたが、大和が慌てて乾いているバスタオルを寄越す。
「新しいから、こっち使いな」
「……チェックアウト何時?」
「延長しといたから二時間くらい余裕あるし、朝、コンビニで飯買っといた。インスタントだけど、しじみの味噌汁飲むだろ?」
「……飲む」
二日酔いはなさそうだ。けれど、好意は有り難く受け取っておこう。
三月は寄越されたバスタオルを胸に抱いて、洗面台を見た。トラベルセットの化粧水が置いてある。多分、これも一緒にコンビニで買ってきてくれたんだろう。
「大和さん」
「ん? ああ、パンツも新しいの買ってくれば良かった?」
「そうじゃなくて……」
三月は浴室のドアから顔を出し、それからきょとんとしている大和の顔をじぃっと見るなり、溜息を吐いた。
「大和さんって、モテるよなぁ……」
そう言って、ぱたんと扉を閉める。大和の方は、訳がわからなかったのか、「は?」みたいな顔をしていた。
(ついでに、オレにモテモテだぜ、あんた……)
気の良い先輩方と飲んで、夢見心地のまま愛されて、目が覚めてもまるで何もかも夢みたいで――ああ、そうだ、気の回る人だったわ、そういえば。そんなことを思い出して顔が熱くなる。
三月は、夢見心地だった昨晩の何もかもが照れくさくなって、自分の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。