Softener for xoxo


 ガムとチョコ一緒に食うと、ガムが溶けちゃうんだぜって言ってたタマの言葉が頭を過ぎる。
 そんな遊びしたことなかったなと思うし、するとしたら今なんだろうなってミントのガムを指先で転がしながら思った。
「なぁ、ミツ知ってる?」
 銀紙を開いて、その中にあるガムの粒を口に放った。物を食べながら喋るのあんまり好きじゃないと思いながらガムを噛む。ミントの風味が口の中をスッとさせるけど、俺の意識はそことは別にあって、掛けてる眼鏡のフレームに焦点を合わせたりしてた。あ、意外と緊張してる、と思った。
「ガムとチョコ一緒に食べると、ガムが溶けちゃうんだってさ」
 寮のテーブルに、お菓子のバラエティパックが様々広げられている。番組の企画で貰ってきたと喜んでたリクと、食べ過ぎないでくださいよと釘を刺していたイチの顔を思い出した。
 七人もいればあっという間、というかタマがいればあっという間になくなりそうな量ではあるけど、そのタマもタマでソウから「歯磨きしたから、もう明日にしようね」と止められていたのも思い出す。
 ナギはここなのキャラクターグッズのポーチにお菓子の個包装を掻い摘んで詰め込むと、「ワタシ専用のここなスペシャルパックです!」と仕事用のバッグに入れていた。
 子供たちはみんな良い子だなーと思いながら、俺はチョコの個包装を摘んで眺めている。
 俺は悪い子なので、しょうもないことを期待しているし、それにこのチョコを使おうとしてるわけなんだけど、と視線を上げると、俺のしょうもない話に乗ってくれそうなミツがいた。
 はいよ、と手元のチョコを渡す。
「知ってる知ってる。あれ、ココアバターがガム軟らかくしちゃうんだよな」
「ああ、知ってんの……」
「溶けちゃうっていうか、軟らかくなり過ぎて飲み込めるようになる……が正解かもだけどさ」
 ガムは? と言うミツに、自分の口を指差すかどうか迷う。まぁ、テーブルにもまだ転がってるし、そっちを差し出して誤魔化しても良いんだけど。
 どうせ誤魔化すなら多少ふざけても良いかと思って、口の中で個体のままいるガムを噛む。そろそろ味がなくなってきた。
「お兄さんの口の中だけど」
「あっそ……」
 冷たい! 冷たい声と視線に耐えられなくなって、俺はふいっと視線を落とした。
「冗談です。ここです……」
 それから、テーブルの上にあるガムの箱を持ち上げてミツに差し出す。
 チョコの個包装をぴっと破いたミツが、中のチョコを出す。ガムの箱は無視されてそのまま、ミツが隣に座る。
「ん」
 ミツの指に挟まれたチョコを口元に突き付けられて、首を傾げる前に唇に当てられた。
「食わせてってことじゃねぇの」
 それもそうなんだけど、とは言えず、俺はおずおずと口を開いた。
 放り込まれたチョコが、口の中の温度で柔らかくなる。それを噛むついでに、口の中で味を失いつつあったガムを絡ませて一緒に噛んでる内に、ガムもいつの間にか溶けたチョコみたいな粘度になって——あ、ペースト状になった。
 へぇ、と思って瞬きをした時、ミツが隣で笑ったのが見えて、俺はつい口をへの字に曲げる。
「溶けた?」
「……溶けたわ」
「不思議だよな」
 ペースト状になったそれをいよいよ飲み込んでしまおうかと思っていた時、ミツがもう一つチョコを開けて口に入れた。
「軟らかくなって飲み込める、か」
 口の中で混ざり合ってべたっとしているガムとチョコの境目がわからなくなった時、ぐっとシャツを引かれて、ミツが口をくっつけてきた。
 期待してたタイミングじゃなかったなと思いながら、ペーストに塗れた舌を、うっすら開いたミツの口に捩じ込む。少し体を硬くしたミツの首の裏を擽りつつ、そのまま肩を抱いて、逃げないように引き寄せた。
 角度を変えて、ミツの口の中でやわくなってるチョコを絡め取って、貰っちゃう。口を離す。チョコレートが糸を引いた。ぐちゃぐちゃになってる口の中のチョコを噛んで砕いて、そのまま、残ってたペーストと一緒に飲み込んだ。
 口を拭ったミツが「きったね……」って呟いてたけど、確かにちょっと汚い遊びだったかもな。
 口内に残ってるペーストを舐め取りながら、視線を巡らせる。
「べたべたする」
「だろうな……ちゃんと歯磨いてから寝ろよ」
「うん」
 返事しながら、ミツの体の線を撫でる。
 腰まで指を這わせて、そのまま体重を掛けた。
「何」
 近付けた顔を押し戻される。
「何って……チューしたいんですけど」
 もう一回押し切って、ミツの小さい口に唇を当てる。まだ口の中がべとべとしてるのはミツも同じで、にちゃっとしたかったるい感触がする。
 夢中で舌を絡ませてると、口の中に物があったせいかな、唾液が漏れて止まらなくて、吸い上げたらまだチョコの甘い味がした。ごくんと飲み込むと、段々体勢の崩れていたミツが体の下で身動ぐ。
 そのまま押しやってソファに倒して、ベタベタになってる唇を舐め上げた。
「は、ぁ……」
 苦しかったのか、顔を真っ赤にしたミツが、ぼんやり見上げてくる。溶けちゃってて可愛い。
「大和さん、溶けてる……」
 ミツの手が伸びてきて、指で口の端を拭われた。ミツの方が溶けてるのにと思って、もう一回、触れるだけのキスをする。
 舌にまとわりつくような感触が残って、でももう固形物は何も残っちゃいなくて、どっちがどっちか、ガムの形もチョコ二つ分の形もわからなくなって、それってなんだかエロいなぁと思っていたら、ミツに眼鏡を外された。
「……くっついてたらさ」
 覚束なくテーブルに置かれた眼鏡を見やっている内に頬を撫でられて、耳の裏を指先で擽られて、頭を引かれて抱き締められて、あれ、と瞬いた。
「くっついてたらやわらかくなるのさ、なんか、大和さんみたいだよな」
 頭の上で、へへへって笑われた。髪をくしゃくしゃ撫でられて、居た堪れないのに頭を離せなくなって——こめかみからミツの心臓の音が聞こえてくる。
「オレ、やわらかい大和さん大好き」
 ミツの顔が見たいなぁと思いながら、鼓動の音を聞いてるのが心地よくて、そのまま目を閉じる。
 境目がなくなって、一つになっちゃいそうで、自分の胸に手を当てた。そこから鳴る音はミツの鼓動とはどうしたってリズムが合わなくて、少し笑える。
「そのまま食われちゃう?」
 鼓動が合わない別の個体。出来もしないことを冗談のように仄めかした。
「そうだなぁ……」
「そうしたら、触れなくなっちゃうからやだなぁ」って背骨を撫でられた。
「ミツでも触りたいって思うことあるんだ?」
「なんだよ、悪ぃかよ……」
「俺だけかと思ってた」
 何の気無しに溢した言葉に、ミツの胸が上下した。
 俺はまた何気なく馬鹿なことを言ったのかもしれない。
「……今日一緒に寝て」
 だから、急に言われたことに、は?と思って顔を上げる。ちょっとだけ不貞腐れたような、ちょっとだけ照れてるような、そんな中間の表情したミツがじっと俺を見ていた。
「ど、どうした?」
「寂しくなったから。オレがどんなに寝相悪くてもくっついてて。蹴っても殴っても、くっついてくれてなかったら怒る」
「え、なんで」
「オレだって大和さんに触りたいもん。離さないでって思うもん」
 ばか、って小さく言われて、思わず、溶けそうになった。呆気に取られて、そのままぐちゃっとミツの上で脱力する。
「重い!」
「重い男よ、俺……」
「ちげぇよ! 物理的に重い!」
 こうなったら、今晩は意地でも離さないでいてやるし、未来永劫ミツが嫌になったって離さない。
 ペーストになったガムとチョコってもう元には戻らないんだなぁって、そんなことを考えた。
 歯を磨く前にもう一回、べたべたに汚れたキスがしたい。