ムーンサルトバニー - 01


先輩から送られてきたチャットに、大和は「うげぇ」っと顔を顰めた。内容は、決して酷い物ではない。酷い物ではないので、逆に反応しにくい。非常に反応しにくい。
「どうしたの、大和さん」
大和があまりにもな声を上げたので、一緒に車に乗っていた三月とナギが後部座席から乗り出してきた。
大和は、今し方反応に困っていたその写真を拡大して、無言のままナギと三月に見せる。
「Oh! ミスターユキとミスターモモ、ベリーキュートです!」
そこには、ウサミミを付けたRe:valeの二人が、仲良く抱き合って写っていた。三月は「相変わらずラブラブだなぁ」と笑う。
「まぁ、キュートではあるよな。特に百さんは……。ナギ、代わりに返事送っておいてよ……」
「イエ~ス」
大和のスマホを受け取ったナギが、丁寧に千に返事をしている。大和の方はと言えば、これからの仕事を思って、ずしりとシートに沈み込んでいた。
「こなれてる先輩方は良いよな……お兄さんは気が重いよ……」
「まぁまぁ……」
三月は、宥めるように大和の肩を叩く。
「資料とサイト見せてもらった感じ、ロリータって言っても、シュッとしたシルエットの服の路線みたいじゃん?」
「そうなんです」
運転手を務めていた紡が、ハンドルを握ったまま三月の言葉に頷く。
「こちらのブランドが、この度メンズ向けのお洋服を売り出すそうなんです。そのイメージモデルに、三月さん、大和さん、ナギさんの三人を是非ともお迎えしたいとのことでお話を頂きまして……! 打ち合わせの際に、皆さんが着用予定のお洋服の実物を見せて頂いたんですが、とっても素敵なんですよ!」
「たしか、元々メンズとしての扱いはあったけど、今回から大々的に広告を打つってことだったよな?」
「はい!」
洋服ブランド関係の仕事ということで、紡の言葉にもどこか興奮が感じられる。どんな仕事であっても一生懸命に違いはないが、それにしても、少しテンションが高い。
「マネージャーは……えーっと、ルナクレスケンス? ってブランドの服、知ってたの?」
三月から渡されたカタログを眺めていた大和が、紡に尋ねる。
レディースモデルも、想像していたより甘さ控えめでシックな雰囲気があり、愛らしい。ふわりと裾の広がったショコラ色のジャンパースカートは、紡にもとても似合いそうだ。
「存じておりました! 着たことはないんですが、どのお洋服もとっても可愛らしくて……カタログを拝見しているだけでも胸が躍りますよね」
「へー、まぁ、見た感じ、マネージャーも似合いそうだよな」
ペラペラとカタログをめくっている大和の元に、ナギからスマホが戻された。
「終わった?」
「終わりました~! ミスターユキに、我々はこれからロリィタファッションのモデルの仕事だとお伝えしたところです!」
「なっ、余計なことを!」
「ヤマトの写真を楽しみにしていると承りました」
動揺した大和の目の前で、ナギが胸に手を当ててウインクをする。そんな二人の遣り取りに、三月が声を上げて笑った。
「あっはっは! こりゃあ、男前に撮ってもらわないとな! 広告にも出る予定だし、観念しろよおっさん。どうせどっかで見つかるんだから。ナギ、オフショも撮らせてもらおうぜ」
「ナイスアイディアですね、ミツキ!」
後部座席でキャッキャしている三月とナギ。一方で、大和は一人、潰れたような声を出しながら、またもずるずるとシートに沈んでいってしまった。
「王子ロリかぁ」
沈んでしまった大和からカタログを取り戻しつつ、三月が企画書を持ち上げながらナギに言う。
「少年イメージのデザインで女性が着てたものを、メンズとしても……って、ナギがこういうの着たら、普通に王子様になっちまうよな?」
「幼い頃の服装にも似ています」
「確かに、こういうイメージあるよ。クール&キュートだな」
「ミツキが着用するモデルも楽しみですね」
「だな。普段なら、ちょっと照れちまうとこだけど、是非オレたちにって言ってもらえるのは嬉しいしさ。頑張ろうな、ナギ」
「イエス!」
後部座席でナギとうんうん頷き合っていた三月が、ずいーっと顔を覗かせる。
「おっさんもな」
「……いえす……」
シートに沈み込みながらもなんとか返事をする大和に、紡と三月は顔を見合わせて笑った。
撮影を行うスタジオに到着すると、現場にはいくつもの衣装や小物が広げられていた。
「おはようございまーす!」
紡と大和、三月、ナギがスタジオに入る。既に話し合いをしていたらしいスタッフたちが、一斉に顔を上げた。
その中でも、一際忙しそうにしている女性が飛び上がる。
「社長、ほら! ほらほら!」
他のスタッフから、社長、社長、と背中を押されているその女性が、たどたどしく四人の前に現れた。
「お、おはようございます……! ルナクレスケンス社代表取締役の深山るなと申します。打ち合わせの際は、小鳥遊さんには大変お世話になりまして……! 本日は、どうぞ、よろ、よろしくお願いしますっ!」
深々と頭を下げた深山社長に、紡も深々お辞儀を返す。三人もそれに倣った。
「IDOLiSH7の二階堂大和です。よろしくお願いします」
「和泉三月です。すっごく楽しみにしてました!」
「六弥ナギです! お会いできて光栄ですよ!」
「わあ……ありがとうございます……私もすっごく楽しみにしていて……こちらこそ、光栄です……」
既に泣きそうな深山社長の隣に、すらっとした男性がやってきて、そっとその背中を叩く。
「社長、早速ご案内しましょう」
すると、深山社長はぴっと飛び上がり、それから衣装を何着か抱えて更衣室へと向かった。
この深山社長自らがブランドのデザイナーをしていることは受け取っていた資料にも載っていたので、三人とも把握している。
「すみません、普段はもっとしっかりしているんです……何せ、社長、IDOLiSH7の……特に、三月さんの大ファンで……」
男性のスタッフが、小声で謝罪してくれた。
「えっ、ありがとうございます……!」
「ミツ推しか~! まぁ、ミツはこの通り可愛いですし、しかも男前ですからね」
「ワタシも、貴社の作品をミツキが着用するのを楽しみにしています!」
「今回は本当にありがとうございます。企画が決まってからもう、社長も舞い上がったりなんだり……とにかく喜んでおりまして……、小鳥遊事務所さんとお三方には感謝しかありません」
現場のスタッフの穏やかな視線に、三人もなんだか嬉しくなった。
その後は、衣装の調整に小物の取捨選択でそれぞれスタッフに囲まれ、現場は忙しない状況だった。社長本人も、スタッフの合間を縫って駆け回っていた。
三月は、前立てにフリルの付いたブラウスに袖を通す。生地が柔らかくて、破いてしまわないかと心配になるが、いざ着てみると、案外肩まわりに余裕がある作りになっていた。
ボトムスには黒いハーフパンツ。そして、同じく黒色のサスペンダーコルセットを合わせ、腰をきゅっと絞られた。露わになっている脚は、厚手のニーハイソックスとブーツで隠される。
首元には大きめのリボンか、それともネクタイかと検討されたが、最終的にはネクタイが採用された。最後に渡されたレースの手袋は、アクセントとして手首に小さな黒いリボンが付いているものだった。
「撮影時は、この耳を付けてもらって」
ヘアメイクさんが、ウサギの耳が付いたカチューシャと三月の髪型を合わせるために奮闘している。
その背後で、既にばっちり決まっているナギが、わくわくと飛び跳ねていた。
「おー、ナギ、もう終わったのか?」
三月と同様にウサギの耳を付けたナギが、左右に揺れているのが鏡に映っている。
「イエス! 見てください、ミツキ! キュート&エレガントですよ!」
「見てる見てる。ナギ、お前、最高にエレガントだよ」
三月は、鏡越しにナギのコーディネートを見てみる。
すらっとしたグレーのパンツに、黒いベストを合わせている。ブラウスは三月の物とは色違いのようで、象牙の色をしていた。光の加減できらきらと光が散っているように見える生地だった。
その首元には大きなフリルがあり、黒い細身のリボンが結ばれている。成程、どこからどう見ても王子様である。編み上げのロングブーツが、そこに仄かな色香を残していた。
「ナギさんは、その上からジャケットを羽織って頂くんですよ」
ジャケットに袖を通したナギが、スマホを持って大和を探しに行く。どうやら、千との約束を律儀にも果たそうとしているらしい。
三月はそんなナギの背中を見送りながら、苦笑いを浮かべた。
「ナギくん、もしかして今日は一段とはしゃいでます?」
「ですねぇ。久し振りに、この三人で仕事だからかな……」
後頭部の髪を軽く巻いてもらっている。気付けば、ウェーブの付いた軽い仕上がりのヘアースタイルになっていた。
「Oh! ヤマト完成でーす!」
三月がOKを貰って椅子から立ち上がった頃、大和の肩を押しながら、ナギがにこにこで控え室に戻ってきた。
「うお、ミツ、めちゃくちゃ可愛い……」
「ベリーベリーキュートですよ、ミツキ! ヤマトもキュートボーイに仕上がっています!」
ナギがキュートボーイと呼ぶ大和は、と言えば、濃いワインレッドのシャツに細めのネクタイ、太腿にベルトが付いているスラックス。そして、常磐色の燕尾のジャケットを羽織っていた。燕尾の裏地には白いレースがあしらわれていて、シックな中にも華やかさがあった。スラックスに合わせられたヒールのある革靴はキャメルカラーが選ばれており、全体の大人っぽさの中にも、可愛らしさが覗いている。
「はいはい、お前も予想通りの王子様だよ……」
左側の髪を止めて頬を出している大和の耳には、バラの花から雫が落ちているようなデザインのイヤリングがあった。
そして、やはりウサギの耳のカチューシャなのである。
「ワタシたち、キュート&クールなウサギさんですね!」
撮影ブースに立ちながら最終調整を受けていると、ハンカチを抱き締めたまま固まっている社長の姿が見えた。
三月は「ちょっといいですか」とスタッフさんに申し出て、そっと社長に近付く。
「み、三月く……三月さん!」
「深山さん、今回は、素敵な衣装用意してくださってありがとうございました。どうですか? オレ、イメージに合わせられてますかね……?」
握り締めていたハンカチをより一層ぎゅうううと絞りながら、社長は「勿論です!」と声を上げる。
「あ、あの、本当に、私、三月さんのファンで……いつか三月さんに自分の服を着て貰いたくて……! 夢が叶いました……!」
握り締められてぎゅうぎゅうのハンカチで自分の目尻を拭いた社長が、「とにかく」と、仕切り直す。
「三月くんに撮影を楽しんでもらえたら、それ以上のことはないんですよ……」
深山社長の嬉しそうな、うっとりとした表情に、三月は胸が一杯になる。
「あ、ごめんなさい! 三月くんなんて私、馴れ馴れしく……!」
「あはは、大丈夫ですよ、くんの方で! 本当にファンでいてくれてるんだなぁ……オレも、そっちの方が嬉しいです」
三月が笑うと、社長もようやく笑ってくれた。仕事中だったこともあり、慌てているような表情ばかりを見ていたような気がする。三月は、ほっと安堵の息を漏らす。
「じゃあ、深山さんも、オレたちの撮影楽しんでくださいね! 精一杯頑張らせてもらいます!」
「はい! あの、あの……再来月のライブも絶対絶対行きます……!」
「……はい! ありがとうございます!」
三月はぺこんとお辞儀をして、撮影ブースに戻った。大和とナギも、そこから社長に向かって頭を下げる。ついでに三人でピースを送ると、社長はふらふらとよろめいていた。
――めっちゃファンの反応だ! 三人で視線を合わせて笑う。
「有り難いよな。俺達を好きな人達が、俺達の仕事に携わってくれるのってさ」
「だな。安心して取り組めるっつーか、幸せなことだなーって思う」
「イエス。非常に幸福なことです」
それぞれ個別のカットを挟み、三人でのカットを繰り返し撮っていく。


「丁度ウサミミだ!」
ナギのアカウントから送られてきた写真を眺めながら、Re:valeの百が呟いた。
「あっちはお仕事だけど、お揃いだね」
送られてきた三人それぞれの写真を千のスマホで一枚一枚丁寧に見つつ、百が続ける。
「オフショ、めちゃくちゃカワイイ! どんな広告になるか楽しみだね、ユキ」
「そうだね。大和くんが照れてるの面白いし」
岡崎事務所のソファの上でぴったりとくっついているRe:valeの二人の所へ、凛人が笑顔で入ってきた。
「お疲れ様です。二人仲良く何を見てるんですか?」
そんな凛人に、百がぱーっと手を上げる。
「あ、おかりん、お疲れ様! あのね、後輩ちゃんたちのオフショもらっちゃったから、ユキと見てたんだ!」
百の手の中にあるスマホを覗いて、凛人は目を瞬かせる。
「わぁ、可愛い衣装ですね! 番組の撮影……?」
「ううん、モデルさんのお仕事だって」
「へぇ、良いですね……Re:valeも服飾モデルの仕事受けようかな……」
ちなみに、オレたちに送る許可は取ってあるそうです! と元気に言う百に、凛人は「何よりです」と返す。
千のスマホを改めて見てから、百は言った。
「そうだ、アウトドア系のウェアとかさ、お仕事来ないかなー?」
「今度掛け合ってみましょうか」
やったー! と喜ぶ百の隣で、千は露骨に「えー……」という顔をした。明らかに嫌そうである。嫌なんだろう。
「それって、一歩間違うと外での撮影になるかもしれないってこと……?」
「いいじゃん! 自然の中での撮影、絶対気持ち良いよ! ユキもついで遊ぼうよ! オレ、釣りしたい!」
「撮影だけでしょ。なんで釣りすることになってるの……釣り針尖ってるし、僕は無理」
「わかってるよ。でもさ、オレは川遊びしたいよー! モデルとして、実用性のチェックもしなきゃじゃない?」
このままいくと、断固インドア派の千とアウトドア派の百との間で、戦争が勃発しかねない。例え即日終わる戦争であっても、紛争は起こらない方が良いに決まっている。凛人はにこやかな表情のまま、そっと二人の間に割って入った。
「はいはい、まだやると決まったわけじゃないですからね」
「そうだけどさぁ~」
「僕は釣りはしないからね、おかりん。撮影するならグリーンバックにして」
「はいはい、釣りはしません。グリーンバックは約束できません。場合に寄りまーす」
「おかりん~~~!」
わーわーと騒ぐRe:valeをそれぞれ押さえながら、凛人は溜息を吐いたのだった。


「Oh、ミスターモモとミスターユキから感想が届いていますよ! 「大和くん照れてる、ウケる。」「大和も三月もナギも超キュート! 街で写真見れるの楽しみにしてるね!」だそうです」
「流暢に読み上げやがって……」
ナギがふふふと笑っているのを睨みながら、大和はスタジオを振り返る。
一日がかりの撮影にはなったが、千の言う通り、照れながらも楽しめたとは思う。何より、可愛いものは良い。癒やされる。
「あれ、ミツとマネージャーは?」
大和とナギが振り返ると、三月と紡が遅れてスタジオを出てきた。
「悪い、ちょっと挨拶してて……!」
そう言う三月の手には、来るときにはなかった大きなショッピングバッグがある。
「それは、もしや、ミツキにプレゼントですか?」
ナギに言われ、三月は両手でそれを持ち上げてみせる。
「あ、ああ。深山さんがさ、良ければ着てくださいって」
「それは早速、撮影会を開かねばなりませんね……!」
スマホを構えるナギに、三月は笑った。
「撮影会はしねぇっつーの! ……でも、なんかさ、オレに着てもらって夢が叶ったなんて言われたら嬉しくなっちまって……ロリータの作法とか全然わかんねぇけど、普段着れる範囲で使わせてもらおうかなって思ってさ」
三月の言葉に、大和とナギがにかりと笑う。紡も、頷いて笑った。
「このお仕事、お受けして良かったですね」
「おう! ありがとうな、マネージャー」
「こちらこそです! では、皆さん車にお願いします」
来た時と同様に、紡が運転席に乗り込む。
走り出した車の中で、三月はとても大事そうに大きな紙袋を抱えていた。

ムーンサルトバニー - 02


「ミーツー、入っていい?」
「……もう入ってんじゃん」
風呂に入ったばかりの大和が、パジャマ姿で首にタオルをぶら下げて、三月の部屋を覗き込む。
そんな大和よりも先に入浴を終えていた三月は、タンクトップと半ズボンのまま、部屋で例のショッピングバッグの中身を広げていた。
「入ってるけど。部屋の中まで入っていいかってこと」
「良いよ。今片付けるから」
今日撮影に使った物から、別のブラウスシャツやベルトまで、売り物から手製のアクセサリーまで入っていた。軽く羽織れそうなベストや春物のジャケットもある。
「うお……めちゃくちゃ入ってたんだな。その袋……」
「そうなんだよ。マネージャーは一応チェックしてくれてたけど、オレも広げてみて驚いた……」
「お、今日使ったウサミミも入ってる」
大和は三月の隣にしゃがんで、ウサミミに入っている針金を曲げて折れ耳を作った。それを三月の頭に付けて笑う。
「かわいい」
「……今日は、おっさんも可愛かったぜ?」
「そりゃどーも……」
一枚一枚眺めながらゆっくりと大事そうにショッピングバッグに戻していく三月の肩を、大和がちょんちょんとつつく。
「なぁ、ミツ、今日お兄さんの衣装着てないじゃん?」
「そんな暇無かっただろー……」
「そうだけどさぁ」
残念そうな声を出す大和に背中を向けて、三月は片付けを続ける。
「俺、ミツの衣装の写真も撮ってないんだけど……」
「ナギからもらえ!」
「えー……」
他に何か言いたそうな気配を察知して、三月は後ろ手を突き、あえて大和から距離を取るために後退る。そんな三月に、四つん這いでにじり寄ってくる大和。逃げる三月……ではあったが、テレビラックにぶつかるまで追い詰められ、止まる。それ以上の逃げ場を失った三月に、大和は容赦なく顔を近付けた。
「き、着ねぇってば!」
「普段着れる範囲で使わせてもらうって言ったじゃん」
「撮影会はしないとも言っただろ!」
「しーっ、騒ぐとナギが飛び込んできちゃうだろー。そうしたら、本当に撮影会が始まっちまうけど?」
吐息が触れそうな場所で、人差し指を立ててしーっと言う大和に、三月はわなわなと肩を震わせた。
「あのなぁ……」
「着るだけ。着るだけ良いから、頼むよミツ」
この追い詰められた体勢のままで三月にノーと言えるわけもなく、三月はまんまと陥落してしまうのだった。


「これでいい?」
撮影で使った服を、ブーツだけ除いて身に付ける。
人にしてもらうよりもコルセットが緩いのか、何度か付け直していた。
「おー、かわいい~」
困ったような顔をしている三月にスマホを向けて、大和は何枚か写真を撮る。ご満悦でご満足な大和に、三月は溜息を吐きながらも微笑んでくれた。怒ってはいないようだ。
「ったく、何が楽しいんだか……」
「楽しいよ。かわいいもの見ると癒やされるじゃん? ミツだと尚更ですよ」
「女の子だったらーとか、女の子大好きーとか言ってたとは思ねぇんだけど?」
「いや、今も女の子は好きだけどさ」
パシャパシャとシャッターボタンを押す大和に向かって、三月が口を尖らせた。
「ん、何?」
スマホのカメラ越しに三月を見ていた大和が、ひょいとスマホの横から視線を送る。
「もしかして、嫉妬した?」
「嬉しそうな声出すなよおっさん……」
「そーかそーか、嫉妬かぁ」
口を尖らせた顔に改めてカメラを向けると、三月はふいとそっぽを向いた。それから、嫌ににーっこりと笑って見せる。
「うっわ、可愛くない顔しやがる……」
「うるせぇ」
大和がスマホを下ろして、にっこりしたままの三月に近付くと、どうやら居心地が悪くなったのか、三月はさっと表情を変えてしまった。口を尖らせもしない、特に表情のない顔だった。
「……別に、嫉妬なんかしないよ。あの子いいかもーとかって思うの、普通だろ?」
「えー、嫉妬してよ……」
「は? あんた、「相手のことしか見えなくなるようなタイプ苦手なんだよね」って言ってたじゃん。一々嫉妬するタイプとか嫌だろ」
「え、嘘……? そんなことないよ?」
「酔っ払って言ってたよ!」
「……それさぁ」
「なんだよ」
大和が俯いて、ゆっくりと眼鏡を上げる。ちょっと気まずい時にそうしてしまう自覚がありながら、手持ち無沙汰なのでもう仕方がない。
「いや、前提として、ミツはさ、俺のことしか見えなくなるようなタイプじゃないじゃん?」
「そりゃそうだろ。ていうか、それってそもそも贅沢な悩みじゃねぇ……?」
「で、もうひとつなんだけど」
顔を逸らした大和の脳天を、折れているウサミミの先端で三月がトンッとつついた。
「いった……」
「いや、聞けよ。無視かよ」
「……本気で好きな子にはさ、ちょっとくらいは、ほんの少しくらいは……妬いてもらいたい、じゃん」
もう一度、ぷす、と三月のウサミミが大和の脳天に触れたまま止まる。大和は、かぁっと耳が熱くなるのを感じた。釣られてなのか、三月も多少赤くなる。
「……まぁ、大和さんがそう受け取りたいなら、嫉妬ってことで良いけどさ……」
「え? 何? どういう言い方だよそれ……」
大和が屈んで、三月の顔を覗き込む。少し逸らされる。それでも、申し訳なさそうな表情に切り替えて、更に追い掛ける。
少し目を伏せた三月の唇に、大和は自分の唇を重ねた。眼鏡のフレームが当たったので、すぐ離した。もう一度触れる。軽く上を向かせて、また離す。は、と吐息を漏らした三月が、ゆっくりと目を開けた。
「お、おい……何か、持ち込もうとしてない……?」
「目の前でこんな可愛い格好されてたら、触りたくもなるってもんでしょ」
「いや、あんたが頼んだからだろ、が……っ!」
ハーフパンツ越しに太腿を撫でると、三月はぴくっと体を震わせる。
が、しかし、その瞬間、大和の足を三月の足が踏んだ。
「いってぇ!」

――曰く、一織「酔っ払って、また兄さんに絡んだんじゃないかと思っていました……自業自得ですよ」、
環「ヤマさんがベッドの角に小指ぶつけたんじゃね?」、
壮五「一応、救急セットを持って大和さんの部屋に行ってみたんですが、不在だったようなので……」、
陸「大和さん、寝惚けてたのかな? って思った!」、
ナギ「方角的にミツキの部屋からでしたので、察しの良いワタシは、ヤマトがミツキに何らかの無礼をはたらき、鉄拳制裁を受けたのだろうと予想していました」。

寮中に響いた大和の声に、三月はふいーっと額を拭う。
「危なかったわ。雰囲気に飲まれるところだった……」
「ちょおっ! 折れた! 今絶対骨折したってこれ!」
自分の右足の甲を庇いながら涙目で三月を見上げる大和に、三月は流石にやり過ぎた自覚があるのか、ちらっと目を逸らす。
「一旦止めろって言ってんのに、あんたが聞かないから」
「言ってない! 言ってない! 口より先に足が出てた!」
「あんただって、先に手が出てただろーが!」
「そ、そうなんだけど……」
大和は、そっと口を押さえる。それを言われると、何も言い返せない。
「とにかく、この服のままは駄目だって。あんなに喜んでくれた深山社長のこと考えたら、よ……汚せないっていうか……」
ハーフパンツの裾を摘まみながらおずおずと言う三月の顔を見上げていると、なんとなく三月の真意は見えてくるもので、大和は思わずにやっと笑った。
首を軽く傾げて尋ねる。
「……へぇ? じゃあ、丁寧に脱がせたらいいんだ?」
我ながら狡い聞き方をしたものだ。それを聞いた三月は、かぁっと顔を赤くしてしまった。そんな顔を見たら、足の痛みはさっさとどこかへ消えてしまったのだった。


ベッドに腰掛けて、目の前に突っ立っている三月のサスペンダーの紐を肩から下ろす。びくりと肩を震わせた三月の腕をそっと撫でて「大丈夫大丈夫」と宥めてみた。ブラウスの生地が柔らかく、少しでも乱暴にしたら破れてしまいそうだった。
「俺が着てたシャツと全然違うのな」
「……あれ、色が良かったよなぁ。大人っぽくて」
「あんまり自分で選ばない色だったかな。ミツも着たかった?」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ。着ねぇよ……」
 三月が、自分のブラウスの襟を撫でながら言った。
「いや、ああいう大人っぽい雰囲気、ちょっと羨ましいけどさ」
「ミツはこっちが可愛いよ」
それはそれとしても、やはり衣装に着せられている感のある三月は見たいもので、惜しいことした……と肩を竦める。
大和は、三月の腰の後ろに手を回し、少し引く。
「うおっ……」
よろめいた三月が、大和の肩に手を突いた。体重が掛かるのを気にせず、大和はコルセットの側面をするすると撫で回す。
「おい、その手付きやめろよ……!」
「なぁ、これって前から外していいんだっけ? それとも紐解くんだっけ?」
「どうだったっけ……ぇ……っ」
コルセットの滑らかな手触りを楽しんでいた大和が、そのまま三月の尻をハーフパンツ越しに撫でる。わなわなと手を震わせた三月が、大和のパジャマの襟ぐりを掴み上げた。
「おっさん……オレが言ったことわかってんだろうな……?」
「わかってるわかってる」
マジギレされない内に、コルセットの背中の紐の結び目を解いた。ゆっくりと編み上げを緩めてやって、ようやく正面のホックを外す。腕にサスペンダーがぶらさがった形のままコルセットが外れたので、三月は大和の肩から手を離して、外れたコルセットをそうっと紙袋の近くに置いた。
「これ、本当に一枚一枚やんの……?」
「おっさんが丁寧にやるっつったんだろ」
「そうだけどさぁ……」
三月は、ネクタイを自分で緩めて首から抜く。次にレースの手袋を外して、丁寧に紙袋に戻した。
ブラウスの襟のボタンを二つほど外して、三月はすらっとした自分の首を指先で撫でた。
「うるせぇな。焦らしてんだから、素直にそそられろよ」
ウサミミを生やした可愛い顔と、気怠そうな表情と、それから今のセリフのギャップに、大和は思わず、口を真一文字に結ぶ。
「うー……ずっる……」
「何? なんか言った?」
「言ってない……子供たち、そろそろ寝たかな」
大和が手を伸ばせば、三月は大人しく掌を重ねて、大和の腕の中に戻ってきてくれた。
「どうだろうな。まぁ、もう時間も遅いし……」
ハーフパンツのボタンを上から順に外して、床に下ろす。そして、ブラウスのボタンに手を掛けた。前立てについたフリルの合間から、イメージと乖離しない程度に付いている三月の筋肉が覗く。ゆっくりと膜を剥がすように肩からブラウスを下ろしてやると、流石に恥ずかしくなってきたのか、三月が大和のパジャマのボタンに手を掛けた。
「……なんか、不公平だ」
「不公平?」
「オレだけ脱いでて、不公平」
大和のパジャマのボタンを外し終えると「大和さんも脱いで」と小さな声で三月が呟いた。
「ブラウス、ハンガー掛ける?」
「終わってから」
「いいのか? ズボンも、皺にならない……?」
「うるせぇな……」
大和が脱いだパジャマを、三月がぽいっと床に投げ付けた。大和がもう一度「雑!」と嘆いたが、気にしてもらえなかった。
三月はベッドに膝を突いて、ニーハイの裾に指を入れる。脱いでしまおうとしたらしい。が、大和がその手を止めさせた。
「ダメー」
「は? なん……っ」
ボクサーパンツにニーハイソックスという何とも言えないスタイルのままの三月は、素っ頓狂な声を上げる。しかし、すぐに大和の口で口を塞がれ、その声はうまく声にならなかった。
「う、んうぅ……?」
そのまま、大和はベッドに三月を押し倒し、パンツとニーハイの合間の肌を、するすると撫で回す。その度に、三月の腿が、ぴく、と反応を返してくるものだから、可愛くて仕方が無い。
ボクサーパンツの中で期待に膨らむ三月自身を擦り上げてやると、流石に無抵抗のままとはいかないらしく、やんわりと脚を蹴られる。
「ばっか、おっさん、これ……」
「我慢できないから、このままヤろ……?」
三月のパンツをずるりと下ろして、ニーハイだけに剥いてやる。ベッドに仰向けになっていた三月が「うっわぁ……」という顔をした。もうそれは露骨な、「うわぁ」という顔を。
「あ、あのさぁ……おっさんくさいっていうか、変態くさい……」
「うるせぇな。なんとでも言え!」
「開き直りやがった……」と呟く三月の声に制止されることなく、露わになった三月の太腿の付け根に噛み付く。
「だぁ! バカ、あっ」
慌てて体を起こした三月だったが、腿を無理矢理持ち上げられて再びベッドに沈んだ。大和はと言えば、噛み付いたそこに付着した唾ごと肌をじゅるっと吸い上げて、名残惜しそうに唇を離す。
ぐちゃぐちゃの欲に塗れているであろう表情を持ち上げ三月を見上げれば、涙目になっている三月に、甘ったるく睨まれた。ウサギの耳が揺れて、愛らしい。思わず目を細めて、ニヤと笑ってしまった。
「かわいい……」
三月のものを柔く扱いてやりながら、熱を持ち始めた自分のものにも手を伸ばす。パジャマのズボンを下ろして、ベッドの下に落とした。
「ミツが焦らすから、相当キてんだけど」
大和は、眼鏡を外してチェストの上に置いた。それを見上げて、三月がはぁと息を吐く。
「……単純で何よりだわ」
「単純って言うなよ……」
三月がウサギの耳をぴこんと揺らして、のそのそ体を起こす。そのままベッドの下を覗いて、救急箱を引っ張り出した。中から引っ張り出したコンドームの個包装を、大和に投げ付ける。ぺらんと落ちる。
「ノリノリじゃん……」
「やかましいわ。オレが黙って脱がされてたと思うなっつーの……」
引っ張り出したローションでごそごそと自分の下半身の準備をしている三月に、大和は目を凝らした。眼鏡を外してしまったので、離れてしまうとよく見えない。それはそれで乙なものだが、歯痒くもある。
自分の中で葛藤している大和に、三月がぐっと顔を近付けた。照れているのか、怒ったような顔をしていた。
「大和さん、寝て」
「え?」
「横になれって!」
べしゃ、とベッドに倒される。三月は大和のボクサーパンツをさっさと脱がせて、ぽいと放った。どうでもいいが、先程から大和の衣服に対して雑である。雑にも程がある。
焦らされて勃ち上がっている大和のものを三月の両手が掴み、ゆるゆると上下に扱く。それなりに欲が膨らんでいるそれを更にじりじりに弄られては、息も上がってくるというものだ。肘を突いて上体を起こしていたが、「そろそろ我慢の限界です」なんて弱音を吐く寸前に、三月が手を止めた。
大和に投げて寄越したコンドームの袋をべっと破いて、大和にものにゆっくり装着させる。
「おお、サービスが行き届いてる」
「殴るぞ、おっさん……」
へらりと笑って軽口を叩いたが、そのまま腰の上に跨がられて、あっさりとそんな余裕はなくなってしまった。
思わず、固唾を飲む。
「……するけど、いい……?」
「い、いいよ」
大和が承諾すると、三月は勃起してる大和のものを掴んで自分の尻の合間にあてがう。まだうまく解されていないのか、そのまますんなり入る気配はない。
そりゃそうだ。さっき一瞬準備しただけじゃん……と思っていると、それでも三月が自分の指で穴を広げ、大和のものの先端を挟み込んだ。
「ミツ、ちゃんとしないと、きっつ……きつくない……?」
「我慢できないから無理」
「え、はい……」
咄嗟に返事をしてしまった。
先端だけが埋まった状態のまま、三月が背中を丸めて固まっていた。
「なぁ、やっぱりしんどいんじゃないか……?」
「しんどくはないんだけどさぁ……」
ずっ、ずっ、とゆっくりじっくり三月の中に埋まっていく自身を見ながら「お兄さんは正直とってもしんどいです」と思ったが、口にしたらそのまま殴られそうだったのでやめた。
「は、ん……っ」
しかし、だ。碌に解していないはずなのに、三月の方はそれほど苦しそうではない。流石に慣れてきた? なんて不埒なことを考えつつ、「いやいや」と頭を振る。
「う、うう……」
「あのさ、ミツ、もしかしてなんだけどさ」
「なに……」
「お兄さんが入る前に、風呂でオナ」
大和の顔面に、バシィッと三月の平手が飛んだ。
大和は、そのままベッドに沈んだ。声を抑えないとならない結果、痛みと呼吸困難でそのままベッドから浮上できなくなった。
「してねぇよ!」
三月が小声で怒鳴った。
眼鏡がないからと言って、アイドルであり、俳優である大和の顔面に向かって何てことを……と思いながら、うまく声が出ない。代わりに、涙が滲む。
「いたい……」
「……ちょっと、ちょっとだけ、指入れただけ、で……」
平手を食らった額は痛くて仕方ないのに、体はどうにも正直なもので、三月からの告白に、つい、腰の内側にぐっと力がこもる。
「へぇ~……」
ついでに、つい、にやける。
「エロいこと考えたんだ……」
「考えてない。つーか、でかくすんな。入んない」
大和が口に手を当ててニヤニヤしていると、それを見下ろした三月が、それまでの不機嫌そうな顔から一変。ぐにゃっと口元を歪めて笑った。
今までじわじわとしか動いていなかった三月が、急に体重を掛ける。ずるりと大和のものを飲み込んだ三月の内側が、急に侵入した大和のものを受け入れつつも締め付ける。
「う、わ……っ」
思わず大和の喉から声が漏れた。
「なぁ………あっ、これ、エロい?」
ニーハイのゴムを自分で引っ張ってパチンと弾いた三月が、扇情的な表情で大和を見下す。ついでに、ちょっとずれているウサミミ付きである。
「こんの……すっけべぇ……」
喘いでしまったことが悔しくて、絞り出すようにそう吐き出すと、三月がにたぁと笑って腰を揺すり始めた。
「ふはっ、は、かっわいい……悔しいんだ、ぁ」
前後に甘ったるく揺れている。三月の中でやわやわ絞られ擦られ、理性の導火線がじりじりと焼け落ちていくのを感じる。
お互いの吐息と三月のベッドの悲鳴しか聞こえない。それが、段々と大きくなっているように錯覚し始める。実際に大きくなっていたのかもしれない。大和の目の前で、三月が跳ねるように上下していた。
その動きに合わせて小刻みに鳴く三月の頭から、ずるりとウサギの耳のカチューシャが落ちた。それまで三月のやりたいようにさせていた大和が、カチューシャを拾った。
大和が上体を起こすと、はっはと息を乱した三月が、縋るように腕を伸ばす。首を抱かせて、ぐずぐずと擦り付けられる尻を撫でてやる。しっかり立ち上がっている三月のものを擦れば、首を振っていやだいやだされた。
「……なんで、気持ちいーの、イヤ?」
「い、や……イ……イっちゃ、う……」
それでも腰のグラインドを止める気配はない。
「俺の方が……はぁ、やばいんですけど……」
下手に体力があるから、てっぺんを求めて止まれないんだろうなとうっすら思う。
「や、まとさ……やまとさん……っ」
くにくにと三月のものを弄りながら、唾液で潤っている三月の唇を舐める。そのまま舌を合わせて、目一杯やらしいキスをした。
「気持ち良いの、好きじゃない……?」
「……やまとさんは……?」
ちゅ、ちゅ、と耳元にキスを落として、耳たぶを食む。ふるっと震えた三月の指が、大和の首から滑った。
「俺は好きだけど」
三月をベッドに倒して、繋がっている結合部を指でなぞった。ほんの少しの刺激にも身を捩らせる三月がかわいい。
大和は、拾ってあったウサミミのカチューシャを自分の頭に付けて、にんまりと笑ってやる。
「ミツとするのはもっと好き」
呼吸を乱している三月の内側から、ずるりと自分を引き抜く。三月の右脚を肩に抱えて、再び中に突き入れた。刺激から逃れようと体をうつ伏せに逃す三月が、シーツを掻く。
「は、あぁ……っ」
シーツに顔を伏せて声を我慢している。顔が見たいなぁと思いながら夢中で攻め立ててやると、三月のものがびくびくと震えた。
「あれ、イった……?」
「っ、う……はぁっ……は」
相変わらず顔を隠している三月に、大和は「ははっ」と声を上げて笑う。
「あーあ、置いてかれた」
「そういう言い方……ずるいよ……」
ぐしゃぐしゃになっている三月の前髪を払って、額にキスを落とす。苦しいのか、三月が呻いた。
「そのまま好きにしていいから、早くイけよ……」
「そういう言い方、嫌だなぁ。独りよがりっぽくて、お兄さん寂しい……」
そんな態度もわざとではあるが、半分は本気でもある。ただ性欲処理をしたいわけじゃない。
曖昧な表情のまま動かずにいると、三月が「あーもう」と嘆いた。
「……もっと、気持ち良くして」
よしきた、とは言わなかったが、その代わりに大和は三月の中に自分自身をぐっと押し付ける。
「ひゃ」
やだ、やだ、という声がシーツに埋もれて、くぐもって消えていく。
「やじゃ、ないじゃん。やだって言わないで」
打ち込む度にきゅうっと絡み付いて歓迎されては、さらさら離してやる気にもならなかった。膝を突かせて三月をうつ伏せに返し、後ろから押さえて、奥の奥まで擦り付ける。
「ミツ、きもち、いい……?」
「ん、うう……」
かくかくと頷く三月を、ぎゅうっと抱き締めた。随分堪えたもので、大和も終わりが近い。欲に任せて腰の動きを早めると、三月が肩口に振り返って、目を細めた。
――可愛い顔で、随分と色っぽい顔する……。これがなかなか、良い。大和しか見られない表情。そう思いたい表情でもある。ニーハイで跨がってくれるのもそりゃあエロいし、大歓迎ではあるが、突然現れるこういう表情が一番エロい。
「かわいい、かわいいよ……」
三月のうなじに鼻筋を擦り付けて、そのままキスをする。大和の頭に付けたカチューシャも、結局、ベッドにぱたりと落ちてしまった。
「あっ、あっ、っ、わ、ぁ」
三月の中が、大和を銜え込んだままきゅうきゅうと収縮する。伴ってびくんびくんと跳ねる体を抑えながら、大和は目をきつく閉じた。
吐き出した欲の代償に突如として襲ってきた虚脱感。二人は、折り重なったまま暫く動けなくなっていた。
が、その内に三月が小さく「つぶれる……」と漏らす。
懸命に声を堪えた結果なのだろうが、それだけを言ってべたんとベッドに沈んだ三月から、大和はゆっくりと自分のものを引き抜いた。
「声、苦しくなかった……?」
「……苦しかったけど……」
コンドームを外して口を結ぶと、ぺいっと部屋のゴミ箱に捨てる。
「おい、見えるだろ……ちゃんと隠せよー……」
「はいはい……」
三月の声が少し低い。押し殺していた分、喉に負担が掛かったのかもしれない。大和は、せめてものお返しに、ぐでっと倒れている三月の背中を撫でる。
「ニーハイ、ベタベタぁ……」
「だな……脱がしてやろっか?」
ニーハイのゴムを引っ張って、ずるずると捲りながら脱がす。三月はベッドの上で仰向けになると、怠そうに長い息を吐いた。
「はい、もう片方も脚上げてー」
「はいよー……」
片脚分を脱がすと、その要領でもう一方もさっさと脱がす。
「色気も何もねぇな」
「ホント」
だらっと脚を上げている様に、お互い、くくくと笑った。
ようやく三月が体を起こすと、首を横に振った。
「あーあ、汗だく。風呂入り直さなきゃじゃん……」
「そうだな。一緒に入る?」
「ヤダ」
即答され、大和は手に持っていたニーハイをぺいと床に投げて、眼鏡を掛けた。
このヤダは、本当の「ヤダ」である。
「ミツ、先に入ってきて……俺、シーツ換えとくわ」
「おう、サンキュー」
三月はウェットティッシュで体を拭うと、ボクサーパンツを穿き直した。そして、何を思ったか大和のパジャマのシャツを拾う。
「ミツ……?」
「大和さん、オレ、今日の大和さんの衣装は着てないけどさぁ」
シャツを暫く眺め、三月が大和を振り返った。にやぁと悪戯っぽく愛らしく笑って、さっさと大和のシャツに袖を通す。ボタンを止めて「じゃーん」と腕を広げた。
「これでチャラな!」
さっきまでどろどろのぐずぐずだったとは思えない、愛らしいアイドルスマイルだった。
パンツと大和のシャツを着て部屋を出て行ったそんな三月の背中を見送って、大和はぐっとガッツポーズをしたのだった。


ビルに飾られた新しい広告を、紡が嬉しそうに写真に収めている。そんな紡を車の中から見守りつつ、大和はぼんやりと呟いた。
「あんなに可愛い服着てるのに、ミツって男前だよなぁ……」
ルナクレスケンスの広告は、無事に街頭で公開された。可愛らしい衣装を纏いながらもクールな表情を決めている三人の大きな広告を見上げていると、ナギがひょいとスマホの画面を見せてきた。
どうやら、ブランドホームページのコメントらしい。
「「かわいい」も「かっこいい」も引き立てたい……だそうですよ。ミス・ルナのコメントです」
「かわいいもかっこいいも、かぁ……」
「きっと、彼女はどちらのミツキもお好きなのでしょうね。本当によく似合っています」
ワタシも、かわいいミツキもかっこいいミツキも大好きです! と喜んでいるナギに、大和はうんうんと何度か頷いて見せた。
(まぁ、俺もなんだけどさ)
――かわいいもかっこいいも、色っぽいも好き。
「ま、確かに、かわいいだけの器じゃないし……っていうか、かわいいだけじゃ済まないしな」
「キュートに見えるウサギも、意外と凶暴ですから」
たしかにー。今度は大和が同意してやる。
ナギは、秋葉原で送迎の車を降りた。何やら、棗巳波とオタクのなんたるかを話す会合を設けたらしい。「棗ちゃんに迷惑掛けるなよー」とだけ言っておいた。
大和は引き続き、テレビ局での仕事を控えている。
送ってもらった局のビルに入ると、今日も賑やかな先輩たちがタイミング良く現れた。
飛び跳ねるように走ってきた百が、そのまま大和に抱き付く。いつにも増してテンションが高い。
「のうわぁっ! も、百さん、お疲れ様です……」
「おつかれ、大和! 新しい広告見たよ! めっちゃキュートだったし、かっこよかったー!」
「ありがとうございます」
百の後から歩いてついてきた千が、ふわりと笑って言った。
「それで、僕たちのウサギに大和くんのコメントは? たしか、まだもらってなかったよね?」
「あんた、そういうどうでも良いことは覚えてますよね……」
大和でさえ忘れかけていたことだった。千は、にっこりと笑って詰め寄る。それがお遊びの一環なのがわかっているので、なんと、百も一緒に詰め寄ってきた。
「ええ……百さん、いつもなら助けてくれるのに……」
「だって、大和に褒めてもらったら嬉しいしさ~」
可愛いの代名詞と綺麗の代名詞のような男達に、両サイドから頭を撫でられる。これで、たじろがないわけがない。
「ちょ……! やめてくださいよ、二人して……!」
「それで~? オレたちのウサギさんはどうだったですかにゃ~?」
「ほらほら、白状しちゃいなよ、大和くん」
Re:valeの二人に挟まれ、頭を撫でられ、局内の人間には微笑ましく見物される。大和には、もうどうしたって逆らうことなどできなかった。
「か、勘弁して下さい……! みんな見てるし!」
「イケメンがこうしていちゃついてたら、そりゃあ目立つよね」
「大和くん、間男みたいだね」
「相手が大和だからって、モモちゃんのダーリンは渡しませんぞ!」
そんなこと言われたら、先輩とは言え、大和にだって譲れないものがある。
大和は、目の前のトップアイドル二人をなんとか押し退けて、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「二人ともかわいかったですけど、俺には心に決めたウサギがいるんで」
 なので、二人ともお引き取りください。そのつもりで言ってみたのだが。
大和は、口にしたそばから恥ずかしくなって、クールになんて決められず、ましてや冗談のように振る舞うこともできなかった。
堪えられなくなって俯いた大和の肩を、Re:valeの二人が両側からポンと叩く。
「あの……すんません。これ、秘密にしてください……」
 誰に、とは言わない。そんな大和に、百と千はにんまり笑って頷いた。

その頃、三月は昼のワイドショーのスタジオの片隅で、小さく小さくくしゃみをしたのだった。




【 終 】