好きって言って


好きって言って。
まるで、ドラマに出てくるみたいなセリフだった。
ねぇ、ミツ。好きって言って。
テーブルに俯せてるから表情は見えない。いつもの甘えん坊の一環かもしれない。
「大和さん、好きだぜ」
「もっと言って」
「いつもありがと。好き」
「もっと」
「大和さんは演技も上手いし、リーダーとして頑張ってるし、気遣いもしてくれて好きだな〜」
「……もっと」
ようやく顔を上げた大和さんは、やけに情けない顔をしていた。
「……好きだよ、リーダー」
何かが不安なのかな。だから、人に好きになってもらいたくて、好きって感情を感じたいのかも。その気持ちは正直わかるけど。
じゃあさ、大和さん。
「これって、誰でもいいの?」
口を真一文字に結んだ大和さんが、またゆっくりとテーブルに伏せた。溜息付きだ。
「お前さんさぁ」
「だってあんたが好きって言ってって言うからさ」
「お兄さんは、知っての通り我儘なわけよ」
「おう」
「だから、本当に好きって言われたいわけ」
だから、それが誰でもいいのかよって話。大和さんを好きな人なんてごまんといるだろ? 本気でそう思ってる人からの賞賛や好きの感情なんていくらでも。
「……不安な時ってさ、自分のこと好きになれないから、他人の中の好きに助けてもらいたくなるだろ。オレで助けになるならそれでいいけどさ。なんていうか……助けになれる? オレの好きで」
眼鏡の向こうで訝しげに目を細めた大和さんの表情が「そういうことね」みたいなことを言う。
「違うから」
「何が」
「ミツが思ってるのと、全然違うから。俺のは」
体を起こして、大和さんが背筋をぴっと伸ばす。
「好きな子に好きって言われて浮かれたいだけだから」
ド直球。思わず拍手しそうになった。
「そしたら、全員呼んできてやろっか」
「なんでだよ」
「大和さん、オレたちのことみんな好きじゃん? 六倍の方が嬉しくねぇ?」
「……お前さんはさぁ」
うん? と首を傾げる。大和さんはまたテーブルに伏せる。
「ごめん。お兄さんが、今までミツのことをおちょくりすぎたんだ……」
自覚があるならそうかもな。そう返事してしまったら、大和さんの直球に気付いているみたいで、オレはただ視線を巡らせることしかできなかったし、しなかった。


好きって言って。
まるで、ドラマに出てくるみたいなセリフだった。
ねぇ、ミツ。好きって言って。
テーブルに俯せて、怯えながら甘えながら、どこかで祈りながら口にする。
呆れられるか、笑われるか、どっちかだって仕方ない。ミツの声で聞かせてくれたら儲けもん。そのくらいの気持ちだけど、でも賭けであることは確か。
「大和さん、好きだぜ」
案外すぐに返ってきた声に、少しの動揺を見つける。
「もっと言って」
「いつもありがと。好き」
今度は、はっきりときっぱりとしたもんだった。迷いがない。嬉しいけど、ちょっと違う。
「もっと」
「大和さんは演技も上手いし、リーダーとして頑張ってるし、気遣いもしてくれて好きだな〜」
鼻歌みたいに言うミツ。気分は良いけど、それもやっぱりちょっと違って、俺は顔を上げる。
「……もっと」
できるだけ強請るように言えば、ミツは少し不思議そうな顔をした。
「……好きだよ、リーダー」
俺も好き。俺も、ミツが好きだよ。
溢れそうになった言葉を胸の奥に留めて、息を吐く。照れくさいから、とかじゃなくて、俺のは言っちゃ駄目だとなんとなく憚られるから。
そんな俺の気持ちも知らず、ミツはなんでもない顔して言った。
「これって、誰でもいいの?」
思わず溜息が出た。
そのまま、またテーブルに突っ伏す。
「お前さんさぁ」
泣きたい気持ちになる。誰でも良かったら、好きって言ってなんて言わない。いや、言うかも。言うかもしれない、俺……
「だってあんたが好きって言ってって言うからさ」
言うかもしれないなぁ……。
でもさぁ、違うんだって。ミツに言われたいの、俺は。ミツにいっぱい言われたいわけよ、好きだよって。そうしたら、俺は俺のことを好きになれる気がするし、ミツのことだって好きだなぁって再確認するわけで。いや、もっと好きになっちゃうかもしれないわけで。好きなんだけど。
「お兄さんは、知っての通り我儘なわけよ」
「おう」
「だから、本当に好きって言われたいわけ」
テーブルから顔を少し上げると、ミツは眉をハの字にして、相変わらず不思議そうな顔をしていた。
それが、ゆっくりと穏やかな表情になって、慈しむみたいな優しい顔になる。こいつは根っから人思いだと感じる表情。それが俺に向けられる瞬間が好き、だけど。
「……不安な時ってさ、自分のこと好きになれないから、他人の中の好きに助けてもらいたくなるだろ。オレで助けになるならそれでいいけどさ。なんていうか……助けになれる? オレの好きで」
それは、ミツが変な勘違いしてなかったらね、の話。
しかも、自分のことをそんな言い方してさぁ。お前さんはわかってないな……みたいな風に目を細めると、ミツもまた変な顔をした。
「違うから」
ずり下がってる眼鏡を上げる。
「何が」
言いにくいなぁ。
「ミツが思ってるのと、全然違うから。俺のは」
言いにくいけど、ちゃんと言わないと伝わらないのはわかってて、思わず背筋を伸ばす。
よく聞け七五三。お兄さん、軽口叩かないで、ちゃんと大事なこと言うからさ、今から。
「好きな子に好きって言われて浮かれたいだけだから」
しばらくの沈黙、苦しい。ちょっと待って、照れそう。無理。だって好きなんだもん。
「そしたら、全員呼んできてやろっか」
なんでだよ!
「なんでだよ」
「大和さん、オレたちのことみんな好きじゃん? 六倍の方が嬉しくねぇ?」
あーもう、あーもうだめだ。何も伝わらなかった。俺は頑張ったのに!
「……お前さんはさぁ」
俺はまたテーブルに伏せる。なんだよ、ミツのやつ。俺はこんなに頑張ったのに!
頑張ったけど、それと同時に、信用されない自分の振る舞いをいくつか思い出すわけで、一人で凹んできたりもするわけで。……そうだよな、俺、今までお前さんのこと、おちょくってたもんなぁ。
「ごめん」
思わず突いて出た声に、自分の情けなさがこれでもかと滲み出てたと思う。
「お兄さんが、今までミツのことをおちょくりすぎたんだ……」
ミツがしばらく黙ったまま、それからテーブルでぐずぐずしている俺の頭をぽんぽんと撫でる。
顔上げてもいいかなぁ、許してくれる?
「オレの好きでいいなら、いくらでもやるよ」
ずるりと顔を上げる。ずれた眼鏡をミツが耳から抜いたから、視界がぼやける。
そのぼやけた視界の向こうで、ミツがくしゃっと笑った気がした。
「大和さんもさ、言ってくれる?」
「何……」
「好きって言ってよ」
あーあ、もう一回頑張んねーと……頑張んねーと言えないから。やだなぁ、照れるから……ミツの顔もはっきり見えないし。
でもなぁ、こいつに言われると駄目なんだよな。俺、頑張れちゃう。
頑張れちゃうんだよ、ミツ。
「好き……」
「へへへ、知ってる!」
あーあ、ミツは俺がどれだけミツのこと好きかなんて知らないくせに。
でも、勝ち気に笑ってるミツの顔が可愛い気がして、どうでもよくなる。よく見えないのが悔しいから眼鏡返して欲しい。
そう思うのに、何故かミツが俺の眼鏡のレンズを自分で覗きながら、そのレンズ越しに言った。
「俺も、大和さんのこと好きだよ。大好き!」
眼鏡外してる俺は、今どんな顔してるんだろう。ミツはどんな顔してるんだろう。何もわからないけど、何もわからないままで良いか。だって、多分今の俺には刺激が強過ぎる。