頽廃した神と踊る


「炳霊公さま! 見てください、桃ですよ!」
にっこりと笑って振り返った少年が、すぐに「やべっ」とばかりに口を閉ざした。そんな様子に、後を追っていた青年は口を尖らせる。
「……天化、さま」
「……いいけど、別に」
そんな子供っぽい口調に、少年はぽりぽりと頭を掻く。
「良くないんでしょう。わかってるんですからね……私だって、神様に睨まれるのは肝が冷えます」
「睨んでない」
「睨んでますよ」
するすると桃の木に登ると、器用に実を取る。そして、実に美味そうにその実にかぶりついた。
「あ、食べても良いですか?」
「食べてから聞くなっつーの……」
「美味そうだったんで、つい」
つい、ではないだろうと、青年は頭を掻く。
「炳……天化さまも、おひとつ如何ですか」
「いらねー……」
「おかしな神様だな、もう」
そう言って桃の実を食べ進める少年を見ながら、天化は溜息を吐いた。
神界で長らく過ごす内、神格を得た天化であったが、いまだその名は耳慣れない。それに、その名は自分のものではないのだ。
そう言えば、目の前の少年の中に潜む男に鼻で笑われた。「長らく生きている内に、自我などどこかどこかへ行ってしまうものだ」と、そう言った彼は、彼の友人たちが知り得ぬ間に消えてしまった。
行方を眩ましたのではない。本当に消えてしまったのだと、千里眼を持つ獣が教えてくれたのは大層昔のことであった。
「……呂望」
「はい?」
自身の付き人である少年の、その青い瞳を覗き込む。
彼は、そこに居るはずだ。
「……食い過ぎると、腹壊す」
「か、加減くらい弁えておりますよー!」
きっと、どこかに彼の片鱗は残っているに違いない。存在を眩ませるなど、彼の力を持ってすれば朝飯前だろうから。
神格を得た天化は、何度となく下山し、そして彼を探した。欠片でもいい。それをもしも、誰より先に見つけることができたなら――見つけることができたなら、どうするのだろう――? そんな自身の疑問に答えを見出すより早く彼を見つけた天化は、あろうことか民に彼を捧げさせたのだ。
(自分でも、変だってわかってたけど)
美しい衣を身に纏い、天化の目の前でふらふらと小鳥を追う少年。それは、神への供物であった。
(ほんの少しのつもりだったのに)
彼は、しばらく姿を見せなかった。
ただのガワだけの存在なのかと天化が諦めようとした時、どうにも意地の悪い彼は、ようやく姿を見せたのだ。
(……あんたさえ出てこなけりゃあ)
この不幸な少年を、人里に帰しただろうに。
慎ましやかな社に戻ると、少年は胸に抱えていた桃を籠に入れ、そして天化を振り返った。
「天化さま、今日はなんだか冷えませんか」
「ん、ああ……」
山の持つ霊気が、人の身である少年の身体に刺さるのかもしれない。
天化は、ついと少年の腕を引く。
「わ」
驚いた少年の顎を掴んで上を向かせると、小さく開いた唇に、そっと自身の口を寄せた。ぎゅうっと目を閉じた少年を愛しく思いながら、そっと唇を食む。
「ん、ん……」
桃を食べていた少年の唇の甘いこと。十分にそれを楽しんだ後、天化はそうっと少年を解放した。
「……炳霊公、さま……神通力は、昨日頂いたばかり、です……」
涙目でそう呟いた少年の頬を撫でて、天化は首を傾げた。
「力負けしたわけじゃないんかい」
そうなると……と、少年の額に手の甲を当てる。少し熱い。
「……身体を壊したかな」
「風邪、でしょうか……?」
「そーなんかな……あーたは元々、そんなに身体が強い方じゃないもんな」
「神様にお仕えしながら情けない……申し訳ありません……」
少年に、人が神通力と呼ぶ物を送り込むことで、この神聖な山中で共に過ごしている。
無駄に責任感の強いこの少年は、しょんぼりと肩を落とし、それから、とても申し訳なさそうに頭を下げた。
「気にすることねーよ」
「しかし……神通力を頂いたにも関わらず、こんなみっともない状態では、御身に申し訳が」
「その神通力も、病気には効かねーんだ。しょうがねぇさ」
「すべては私の自堕落が招いた事……、どんな罰でも受け入れる覚悟です」
ぐしゃりと目の前にしゃがみ込んで頭を垂れた少年を見下ろして、天化は頭を掻いた。
「あのなぁ……」
天化は、少年をひょいと抱え上げ、それから社の寝所に放り込んだ。
「申し訳ないと思うなら、ちゃっちゃと治すさ」
そう言えば、少年は布団の上で呆然として、そして慌てて跪いた。
「は、はい……」
似ても、似つかない。
責任感の強さには彼を感じる部分があるが、それにしてもだ。天化を敬い過ぎている。
「俺を、じゃねぇんだよな」
炳霊公を、だ。ちっと舌を打った。
結局、手元に置いていたところで、彼は天化など見ていないのだ。
眠っていることを祈りながら寝所を覗く。そこには、すやすやと寝息を立てる少年がいた。
「……寝顔は、そのままなのに」
神通力を与えるにせよ、皮膚を接触させる必要などなく、ただ口を寄せればいいだけであるのに、そこに粘膜の接触を求めてしまう。
だって、それが彼の顔をしているから。
すっと、それに顔を寄せる。
天化の気を知ってか知らずか、彼は、すっと目を開いた。
「夜這いか?」
思わず、口が「うわ」という言葉を形作る。
「過剰に流し込みおって。もう腹がいっぱいだ。おぬしは加減を知らんのか?」
ふわぁと欠伸をしながら起き上がった彼に、天化は飛び退く。上等な赤い布団の上に、ぽすんと腰を着いた。
「……スース」
「チガウと言うとろーが。わしは、王奕の作り出した別の人格に過ぎんと何度か……」
「それは、呂望の方だろ……」
天化がしかめっ面でそう言えば、彼はそっと口角を上げた。
「……やれやれ」
彼、太公望はそっと膝を抱く。
「神がこのようなことをして良いと思っておるのか? この人間には、この人間の生き方があるだろうに」
「それは、あーたが勝手に消えるから……」
「わしが消えたのではない。こやつが生まれたのだ。とやかく言われる筋ではないぞ、炳霊公よ」
天化が嫌がるのを知っていながら、そうして神の名を口にする。
意地の悪い穏やかな微笑みを睨み付ければ、太公望は肩を竦めた。
「何を怒ることがあるか、神よ。おぬしの名を呼んだだけではないか」
「違う」
「違うものか。おぬしは最早」
「違うって」
「一介の仙道ではない。わかっておるくせに」
「違うんだよ」
「違うのはこちらの方だ」
彼曰く、太公望はおろか、伏羲とてもうどこにもいないのだと。
呂望と名乗りはしても、この少年を構成するものに、彼らに由縁するものはもうないのだと。
「嘘ばっか」
「神に嘘などつかぬよ。わしは、人間だからのう」
王奕の力に、魂魄を分割させるものがある。その力の破綻によって生まれた別の存在がこの少年なのだと、彼は言う。
「スース」
「そう呼んでくれるな、炳霊公」
「あんただって、頑なに呼ばないだろ」
「そんな名は知らんからな」
そんな名は。もう一度言った男の肩を抱く。そのまま胸に閉じ込めて、目を細めた。
「教えたじゃんか」
「……やめんか、天化」
そのまま、赤い布団に身体を横たえる。馬乗りになって見下ろせば、青い瞳がふいと視線を逸らした。
「神通力はもういらんぞ。先ほども言ったであろう。腹がいっぱいだ」
「そうじゃねぇよ。ただ抱きたいだけ」
「尚更断る。神の玩具になるなど御免被るわ」
「玩具にするつもりなんてねぇさ」
貢ぎ物の上等な着物の袷を広げ、ぴんと張った胸の皮膚に口を寄せる。
傷一つないそれに牙を立て、そうしてひくりと震えた人の反応にほくそ笑んだ。
「はぁ……」
呆れたように漏れた溜息を聞き流し、子供用の帯を解く。抵抗しない身体にそれを了承と受け取り、するすると衣を剥がしていくと、突然ぐっと胸を押された。
「な、に」
「へ、炳霊公様……っ、おやめください……!」
はっとする。
顔を上げれば、瞳いっぱいに涙を溜めて、呂望がこちらを見ていた。困惑した表情に血の気はなく、天化は思わず手を止める。
「な……!」
逃げられた、咄嗟にそう思った。あるいは、自分は狐にでも摘ままれたのかと、慌てて身体を退かせようとした時だった。
少年の顔が、くくっと笑う。
「ぬっるいのう」
「あ、お、おいいい!」
落ち着いた太公望の口調に、天化は脱力した。
そのまま布団に伏せれば、肩をぱしんと叩かれた。
「口付けはするではないか。時として愛撫もするくせに。無垢な少年に手は出せんか?」
「……愛撫とか言うなよ」
「たわけ。呂望の身体にいやらしく触れておいて、今更何を言うか」
「いやらしくない! 神通力強めてるだけさ……」
「ほーう、別に触れんでもできることを、ねっとりじっとりとしつこく、いたいけな身体にのう……」
「あーただって、十分無垢だよ」
ぺらぺらとはしたなく喋る唇を、親指で撫でながら言う。きょとんとした太公望が、わずかに首を振った。
「うるさい……」
ゆっくりと唇を重ねる。触れる度に震える呂望とは明らかに違う、まるで誘い込むような反応に、天化は自身を預けていく。
はだけさせた肩口を撫でて、そうして少年の身体に纏わり付く衣を下ろした。わずかに汗をかいているのは、やはり体調不良のせいだろうか?
はっとして唇を離したその先で、太公望が目を細めた。
「……心配か?」
「やっぱ、仙道の時よりも身体弱いんかい……?」
「そうだな、少しは……」
そっと着物の襟を持ち上げた。すると、太公望は不思議そうな顔で天化を見上げる。
「……そうか。心配か」
「……まぁ。それに、あんたも乗り気じゃないみたいだし」
「……そうだな」
太公望は、自分の着物を正している天化の手から身体を逸らすと、くしゃくしゃと頭を掻き混ぜた。
「神の誘いを突っぱねたら、祟られるだろうか?」
「だから、そーゆうんじゃねーってば……」
「そうだな、呂望は懸命だものな」
「スース、あんたが何したって呂望を祟ったりしねーって……」
「天化」
「だっから、ちげーって……あ、ちがくないさ! 合ってる!」
呼ばれた名前に天化が顔を上げると、太公望は少し目を細めた。
「……この子がその名を呼び慣れたら、おぬしはわしを忘れるだろうか」
ぎりりと、喉元が締め付けられるような思いがした。
堪らず、目の前のその肩を引く。そうしても、彼は正面から天化の方を見ない。だから、無理矢理に頭を抱え込んだ。
「なんでそんなこと言うさ……! 忘れらんねーから、こんなことしてんのに……!」
意地悪で、滅多に顔を見せないこの人のことを、忘れるだなんて。
「同じことであろうよ。いつか、おぬしの中で呂望が太公望になる。きっとそうだ。わしが姿を見せなくなれば尚の事。おぬしはこやつを愛すだろうよ。その時、わしのことなど」
「……呂望に、その……いろいろしてるのは、謝っけど……」
「別に、どうとも思わぬ。好きにせい」
「ったく、どうでもよくないんだろー……」
意外と、こういうところが面倒で、こういうところが子供で、こういうところが愛しかったりするのにと、天化ははやる気持ちを押し込む。
「……炳霊公、苦しい」
ぎゅうっと抱き締めていると、そう押し返された。気にせず、更に力を込める。
「炳……!」
「俺っちだって、さ」
「む」
「俺っちだって、傷付くさ」
そう言えば、太公望は黙り込んで、それから天化の胸をとんと叩いた。
「……天化、苦しい」
苦しいのは、天化も同じだ。
同じ顔をしていたってそれは別人格で、けれど心は惑ってしまう。もしかしたら、太公望の言う通り、彼が姿を見せなければ呂望を愛でるのかもしれない。しかし、それはあくまで「愛でる」だけであって。
「天化……」
太公望は天化の手を取り、そっと自身の袷に差し込んだ。誘われるまま薄い腹を撫でる。彼の熱が、天化の手のひらに伝わってくる。
「てん、か……」
(それを、振り向かそうなんて、思わないんだ)
振り向かせたい。ぐちゃぐちゃに乱して、内側にあるものを引きずり出したい。それが、どんな汚いものだっていい。
着物を開けさせ、仰向けに横たわらせた。露わになった胸を、腹を、性器を見下ろす。思わず、唾を飲んだ。
(汚いことを期待するのに、どうしようもないくらいに綺麗なんだから)
だから汚したくなるだなんて、そんなことを口にしたら、それこそ神のくせにと罵られかねない。
期待するように頭をもたげている太公望の性器を緩くしごけば、小さな口の端から、ぬるい吐息が漏れた。
つらそうに天化の名を呼ぶ。そんなにも呼びにくい名前だったろうかと視線で問えば、太公望は、きゅっと目を閉じてしまった。
「スース……やっぱしんどいんじゃ……」
「ちが、う……」
手のひらの中でびくつくそれは、確かな高まりを感じさせているのに。
「呼び、たくな……い」
「……なんで、スース」
呻くように「呼ばれたくもない」と零した太公望は拳で顔を隠し、そして口を閉ざした。だから、天化は尚更に太公望の耳に口を近付け、声を流し込む。
「んなこと言うなよ……なぁ、スース」
「は、ぁ……っ」
「スース、なんで。ねぇ、なんで」
「や、め……いや……っ」
「呼んで」
「いやだと、言って……!」
「スースの声、好きだから」
拳をどける。天化を睨む瞳が揺れている。口に出さなくともわかる。「何故そんなことを言うのか」と、そう言いたいのだろう。
「……好きさ。声だけじゃない」
太公望の性器を扱く手を速める。
「あーたに呼ばれるのが、どうしようもなくイイんさ」
はくはくと口を震わせる太公望が、天化の肩口をぎゅうと掴んだ。
「イ……っ」
「苦しい……? いいよ、出しちゃえよ」
「や、てん……っ」
呼べと言われ、素直に呼んでしまう。それにはっとしたのか、太公望は口を真一文字に結んだ。しかし、その理性を打ち壊してやるべく、天化は尚更に手を速める。
「あうっ……! あ、ア、ん」
「スース」
「ん、ぁぁあ……っ!」
びくりと、太公望の性器から飛沫が零れた。自身の腹を汚した精液を忌々しく睨んで、太公望は目を伏せる。天化は、汚れた手を拭って、そのまま太公望の後孔を指先でなぞった。
「スースのここ、解していい……?」
太公望は黙ったままだ。
「……駄目なら言って」
我ながら、意地の汚い問い方をしたものだと思う。
太公望は拒絶などしないのだ。それを知っていながら、こんな尋ね方をした。小狡いやり方だ。
「う……」
小さな後孔に、ずるずると指を差し入れていく。わずかに揺れる腰の動きが、まるで天化の指を誘い込んでいるようだった。
「……欲しい?」
「……好きにせ、い……」
「あーたも大概、狡いさ」
人のことを言える立場ではなかった。それでも、太公望の答えだって十分に狡い。
「俺っちは、言ったさ。欲しいって。呼んで欲しいって。あんたが欲しい」
「や、めんか……そんな、ことっ」
「だから、あんたの言う通り、好きにさせてもらう。それで良いってことだろ?」
「てんか……、てん……ン、ンぅ」
ずるりと引き抜いた指は、太公望の精液と内側の粘液で濡れている。
「天化……そんな顔、するな」
「そんな顔すんなって言われたって……」
怒りなど感じない。ただ空しいだけで。
「クソ……!」
「……妬く」
「は……?」
「元は自分の魂魄だったとしても、おぬしに大切にされる純粋な子供に、わしは妬く……」
瞳を逸らしながら言う太公望に、天化はきょとんとする。
「わしには、こんな不純な方法しかない……綺麗な着物だって、これは、この子のためのものではないか……わしには、似合わぬ……」
袖が通ったままの着物を握って、太公望は言った。
「……スース」
「呼ぶな。つらくなるだろうが」
「そんなん、さぁ……」
彼が綺麗だと言った着物に、ぐしゃりと精液を拭り付けた。少なくとも、それまでよりはべたつかない手を、太公望の頭の横に突いた。
「俺っちだって同じさ。あんたがまたいなくなったら、呼んでもらえない。それが寂しくて……つらい。だからこそ呼んでって言ってんのに……」
「おぬしにはこの子がおるだろう」
「呂望は、俺っちのことを偉そうに呼びつけないし、意地悪いことも言ってこねーよ。俺っちがどんなにそれを望んだって、その子はそうしないさ。だから、あんただけなんだよ、スース」
戸惑っているその表情を見下ろしながら、畳み掛けるように再び口を開く。
「大体、どんなに汚そうとしたって汚れないくせに……そりゃあ、腹の中は真っ黒かもしんないけど、あーた、自分が思ってるほど汚くねーさ……だから、めちゃくちゃにしたくなるんだっつー……」
そこまで言い掛けて、慌てて口を止めた。
「あ、いや! 違……っ! こ、ここまでは言うつもりじゃあなくて……!」
そんな天化に、しばらく呆然としていた太公望が、そっと笑った。
「おぬし……神にあるまじきことを言うたもんだのう……」
「ち、違うんだって……! その、えっと……」
ちょいちょいと指で招かれた。素直に顔を近付ければ、太公望の手がそろりと天化の首に回る。そのまま抱き寄せられ、そうして耳元で囁かれたのは、なんとも甘やかな言葉だった。
「では、跡形も残らないくらい、めちゃくちゃにしてくれ」
「……スース」
太公望が、天化の首に腕を回したまま、脚を上げた。天化の性器に自分の足の付け根を擦り付け、挿入を乞う。その淫靡な仕草に、眩暈がした。
「跡形は残すさ……あんたじゃなきゃ、意味ないもん」
「早くしろ。わしの気が変わるかもしれんぞ?」
「う……」
天化は、太公望に乞われるまま、ゆっくりと太公望の後孔に自身の性器を押し付けた。指で穴を押し広げ、そこ目掛けて性器を押し入れる。
「あ、つっ」
ぴくんと跳ね上がった太公望の身体。きゅうっと先端を締め付けられ、天化も思わず呻く。
「ス、ス……ちょっと、きつ……」
「あふ……っ、て、てんか、や、でか……!」
違う。太公望の身体が少しばかり幼いのだ。
「悪い……でも、ガマン、できない……」
あんな風に煽られたら、堪えられるわけがない。
天化は狭い太公望の内側を広げ、腰を押し付ける。みじみじと広がっていく太公望の尻穴。少しでも苦痛が逃れるようにと、太公望の性器を擦れば、その快感と苦痛に、太公望の足先がふらふらと揺れる。
「あ、や、ぁ、あっ、あっア」
ずん、と一際深く圧を掛けると、太公望が胸を仰け反らせた。露わになった胸の突起が、ぷくりと立ち上がっている。
「う、ひぅっ…!」
天化は思わず、その突起に吸い付いた。
「ンァ、あっ、い! っ……」
「スース……汗」
塩辛い汗の味と滑らかな肌の感触が、天化の加虐心をくすぐる。
胸に、首筋に、噛み痕を付けては、そのちくちくとした痛みに踊る肢体に、つい口角を上げた。
「スー、ス、どこが、い……?」
そう問えば、たっぷりと涙を浮かべた瞳が揺れた。今に零れ落ちてしまいそうだと、その目の縁を舐る。
「ン、てん、かぁ……」
顔に顔を近付ければ、自然と太公望の奥深くを抉り付けることになる。ビクビクと痙攣する内股を撫でて宥めながら、天化の性器に纏わりつく内壁をゆっくりと擦り上げた。
「ひぇ……や、ァ!」
嬌声を上げる口を唇で塞ぎ、発声できないことにおののく舌を舌先で弄ぶ。自然と溢れ出てくる唾液を啜って飲み下した。
「あ、む……は、あン、てん、か」
ちゅくちゅくと淫らな音が鼓膜を擽る。口の中を犯しながら腰の動きを早めれば、振り落とされまいと太公望の脚が天化の腰に絡み付いた。
「ん、あっ、や、ふあ、あぁ……っ!」
うっとりとしたような艶のある声が接吻に耐えられず漏れ落ちるのを聞きながら、ぐりぐりと最奥を攻め立ててやれば、何度目かの痙攣が天化の性器を愉しませた。
「す、げ……」
きゅうきゅうと天化の性器を絞り込む太公望の後孔。それに応えるように、天化の根元も、限界を訴える。
「やべぇな……う……っ!」
絶頂を抑え込もうと身体を縮こまらせていた太公望が「え」と顔を上げた。
それと同時、天化の性器がビクンと疼く。奥底から吐き出された精液が、太公望の内側に注ぎ込まれた。
「くぅっ……!」
「あああ、あ……っ!」
つなぎ目から溢れるほどの精液に、太公望はしばし瞬きを忘れ、はぁはぁと呼吸を整えていた。
「あつ……、い……おぬし……ナ、カ……」
ずるりと性器を引き抜くと、あぶれてしまった精子が太公望の内側からじくじくと溢れ出した。
「ン、ん……」
「スース……もう一回……」
ぱかりと開いたままの後孔に、再び力を持った性器を擦り付ける。まどろんだ瞳を持ち上げた太公望が、はぁっと溜息を吐く。
「お、おぬしなぁ……こっちは、初めてなのだぞ……」
「え……」
「わ、わしは、初めてではないが……身体は……その……」
顔を逸らした太公望が、目だけでちらりと天化を見る。
「……処女なのだぞ?」
だらんと力を失っている太公望の性器を見下ろし、天化は少しばかり反省のために、自分の頭を掻いた。
「このまま眠ったら、あーた、呂望に戻っちゃうんかい?」
「……さてな」
「う、また意地悪なこと……」
「居続けたりなどしてやるものか。よーくわかっておるくせに……」
ぼうっとした様子で言い放つ太公望の顔に顔を寄せ、それからそっと唇を合わせた。少しばかり眉を寄せた表情に申し訳なく思いながら、それでも太公望の太腿を持ち上げる。
後孔が広がり、また精液がこぼれ落ちてきた。そこへ、ぎゅっと自身の性器を押しつける。
「……じゃあ、尚更」
抵抗はしない。だから、少しでも彼が楽なように、彼の華奢な身体をうつ伏せに返した。
このまま離すわけにはいかなかった。
天化を受け入れたばかりで、まだ解されている身体の内側に、再び自身を擦り付ける。何度も何度も腰を振る。その人の姿があまりにも滑稽で、天化はやはり自身は神などではないのだと、そう思ったし、そう願った。
「……ふっ、や、なものだ、な……」
「な、にが」
揺さぶられながら笑っている太公望の腰を撫でながら問う。
すると、彼は「けけけ」ととても不細工に笑った。
「神格などっ、得るものでは、ない、なぁ。なぁ、天化」
その微笑みは、どうにも寂しそうに見えて仕方がなかった。
「あーたは、人間だ、ろ……」
自分のことを言っているのではない。この滑稽な、天化のことを言っているのだと、そうわかっていたのに、口から零れたのはこんな言葉だけだった。
そのまま、身体の疲労に飲まれ、気を失うように眠りに落ちた太公望の身体に掛け布をしてやり、天化はこのまま目が覚めることがなければいいのになんて身勝手なことを考えた。
(そうしたら、もう別れることもないのに)
考えていたのに、だ。
天化が目を覚まして、隣に横たわる身体を起こさないようにと身体を起こした時だった。
「は?」
素っ頓狂な声に、少年が身体を起こす。
「ん、ん……どしたんだ、ろ……身体が、重……」
目を擦っている少年が天化を見て、ほえと顔を覆った。
「へ、炳霊公様、お着物は……? その、えっと、ここは私の寝所で……! な、なんで貴方がここにおられるんですかぁ!」
わあわあと騒ぎながら、天化の反応が無いことに気付き、呂望は首を傾げる。
「ど、どしたんですか……?」
驚いている天化を見て、呂望をまたその視線の先を見やった。
そこには――
「え……」
そこには、自分と瓜二つの顔をした青年が、すやすやと健やかに寝息を立てていたのだった。
「……スース」
天化は、思わずそう呟く。
赤い布団の上に転がって眠っている青年は確かに呂望と瓜二つであったが、それに加えて、この懐かしい感じ。それは、昨晩自分が抱いたその人そのものではないか。
「……なのに、呂望もいる……」
ようやく顔を上げた天化に、呂望はつい「はい」と返事をする。
「この方は一体全体……」
言葉を失った二人の間に挟まれながら、青年がぱかりと目を開ける。
「……うるさいぞ、おぬしら……わしはまだ眠いのだ」
むにゃむにゃとそのまま寝返りを打った青年は、再び寝息を立て始めてしまった。天化は思わず、その頭を撫でる。
「……ほんとに生身で、えっと……」
「わ、私とそっくりで……えっと……?」
天化と呂望は顔を見合わせ、それから二人で「ええええ」と間抜けな声を上げたのだった。