たまにきず


「……なにそれ」
天化は望の横顔をじっと見て、大層渋い顔をした。
なんとなくその用件を察し、なんとなく気付かないふりをしたくて、望はこてんと首を傾げる。
「何がだ?」
「その、耳」
ああやっぱりな、と思う。こういう時は目敏く、そして意外と小さいことを気にする相手に、望はそれでもしらを切る。
「耳?」
「そのピアスだよ!」
ついに指差して言い切った天化に、望ははたはたと瞬きをした。
そんな言い方をされるとは思わなかった。
「あ、ああ、これか?これは、発が勝手にな……」
「勝手に開けられる程、簡単なもんじゃねーさ!なんだって王サマにそんなん許したの!」
申し出としては「今度彼女の耳に開けるから、練習台になってくれ」だった気がする。
耳たぶをふわふわ撫でられ、ピアッサーで貫通された時のことを思い出すと、少しむず痒い。ドキドキしたというのは秘密である。
「彼女に開けるから、練習台になれと言われてな」
「れっ、練習台って……!ショーガイザイさ!」
「同意の元なのだから、問題あるまいよ」
ふーっと息を吐き、呆れたような顔をしながら言って見せた。
実際、望は擦り傷のようなものでしかないと思っていたし、何もしなければ塞がるものである。発が、お礼にと白く光る綺麗なファーストピアスをくれたから、折角だし入れているだけであって、それ以上の感情は持ち合わせていない。そのはずである。
「ど、同意って……」
唖然とした天化が望の手を取って、それから「わかった」と叫んだ。
「俺っちも開ける。おそろいのピアス買おう」
「はぁ?」
何を言っているのだこの男はと呆れ顔をして見上げたが、天化の表情は真剣なそれであった。
「おそろいなんて、恥ずかしくてやってられるか」
「なんで!」
「なんでもクソもないわ」
男同士が、何が悲しくておそろいのピアスなどしなけばならないのだ。指輪だって嫌で、天化にもらったシルバーの指輪は首から下げて見えないようにしているというのに。
自分の手を掴んでいる天化の左手にある指輪を見て、望はむっと眉をしかめた。
「別に、こんなもの。少し放置すれば塞がるものだし、今回は発がタダでピアスをくれたからしているだけで……」
口にしてから、はっとして言葉を切った。
しかし、時既に遅し、である。
望が天化の顔を見ると、そこには不機嫌一色の天化の顔があった。
「……王サマに、もらったんだ。それ」
「タダでくれると言うから……他意はないぞ……」
「本当に?」
ぐっと詰め寄ってくる天化に、望はすーっと身を引いた。
「スース、王サマに甘いさ……」
「そ、それは、発の父親とは付き合いが長いし、よく似ているし、それに奴は放っておけんというか、なんというか……」
「だからって、身体に傷付けさせてもいいさ……?」
「傷って、おぬし大袈裟だのう……」
たかだか耳に穴を開けただけだ。それも、ほんの小さな穴なのに。
「……やっぱり俺っちも開ける」
「わ、わしは、耳にピアス開けるようなチャラくさい男は好かん」
「普賢サマは開いてるさ」
「うっ……普賢はいいのだ。似合っておるし……」
苦し紛れに言えば、「じゃあ俺っちには似合わないってことさー?」と更なる檄が飛んできた。
望は思わず、むーっと口を尖らせる。
「似合わぬ!」
「な、す、スースだって似合ってないさ!」
何をー!とばかりに、目の前でピアスを外してやった。
「これで良いのであろう!開けたばかりだからすぐに埋まってしまうわ!これで満足か!」
しかし、天化はやはり不服そうなままだった。
「なんなのだ、まったく……」
「スースは、ちっと無神経さ……」
え、と顔を上げる。不服の中に、少しだけ意気消沈を感じ、望は慌てた。
「俺っちがあげた指輪はしてくれないのに、王サマにもらったピアスは、痛い思いしても使うんだ」
ぎくりとした。
なるほど、確かに無神経だったかもしれない。
「してはおらぬが、ここに……」
ネックレスにぶらさげて、シャツの襟に隠してあると引っ張り出して見せてやれば、天化は寂しそうに笑っただけだった。
「そんな顔をするでない」
だから、つい口をついて出てしまった。
「おぬしはピアスなど開けなくて良いのだ。チャラく見えるではないか」
「おそろいが嫌なのはわかったよ」
「そ、そうでなく……!」
「……スースには、俺っちの気持ちなんてわかんねーさ」
ぷいと身体を背けて、煙草を吸い出した天化に、望はあーあと思った。
指にするのは照れくさいからというのもあるが、見せびらかすのは惜しい気がして、自分の中にだけ留めておきたいとそう思ったりして、だからこうして首から下げて、なくさないように、見えないようにしているのだと、そうありのまま伝えたら彼は安心するのだろうか。
「おぬしがピアスなんかしたら」
ただでさえ整った顔をしているのに、そんなアイテムで装飾してしまったら、周りが放っておかないだろと、そう伝えたら彼はどんな顔をするのだろうか。
(……言えぬ。んな、こっぱずかしいこと)
望は、胸のリングをきゅっと握った。
結局、なんだって本心のままになんて言えないのだ。
「……似合うから、ムカつくんだよ」
え、と瞬きをした。
振り返った天化が、望を見ている。
「王サマが選んだピアスが似合ってたから、すげームカついたの。俺っちの指輪よりずっと似合ってたから」
「似合ってたか……?」
「似合うよ。王サマ、センス良いだろ。俺っちなんてサイズ調べるのもしなかったし……そもそも、スースは指輪なんてしねーさ。そういう感覚っつーか、センスっつーか……負けたみたいで、すげーくやし……」
「バァカ」
「ばっ、バカとは何さ!」
ぎゅうっと握った指輪から手を離せない。
そんな不器用な思いを抱える姿なんて、誰にも見せたくない。だからこの指輪も誰にも見せたくない。
隠して隠して、自分だけがこうして知っていたい。他人から見たら、ただ颯爽とした黄天化でいて欲しいだなんて、なんてわがままな気持ちであろうか。
「おぬしがそんなに気の利く奴だったら、わしとなんか釣り合わんわ、バカめ」
不器用と器用貧乏でちょうどいい……はずだ。少なくとも、望はそれでいいと思っている。
「勝手に勝ち負け決めるでないわ、まったく」
ぶーたれる顔は見ないふりをして、天化の手を無理矢理掴む。
自分の首から下げていた指輪に彼の手の指を通して、それから笑って言ってやった。
「お似合いではないか」
繋がった指がそうっと望の頬を撫でて、それからようやくその手の持ち主は穏やかに目を細めたのだった。