花火を探しに行こうと言い出した。手持ち花火なら、コンビニでもスーパーでも売っている。祭りの花火なら何処からでも見ればいい。そう言うと、銀時は「そうじゃねぇ」と言ってスクーターで走り出した。
まだ夕方で花火なんて上がらないのにも関わらず走り出した背中を呼び止めて、土方は銀時の後ろに跨ると、出発の合図のように少し広い背中をポンと叩いた。
鈍い色のスクーターが走り出す。
「なんの花火探すんだ」
今日は隣町から打ち上げる花火大会がある。それを狙っているのはわかる。かぶき町の町人も、河川敷で懸命に場所取りをしていた。
「綺麗に見える所、探す」
「屋根とか上れば」
「それじゃあ駄目だ」
何が駄目なのかと尋ねると、銀時は江戸の中心にそびえ立つターミナルを指差す。
「隠れる……」
空に開く花一輪一輪に水を差す、馬鹿でかいじゃじゃ馬。そいつは確かにいけ好かねぇやと土方は笑った。
「じゃあどうすんだ。河原は人で一杯だしな」
「人のいねぇ所に行こうぜ。誰も知らないようなとこ」
するりと銀時の腹を撫でる。いつも新八はこんな風にこいつについて回ってるのかと思うと、少し妬けた。
短く文句を垂れる銀時に、土方は何も応えず赤く染まる空を見る。
「屯所の屋根は」
「うるせぇのは嫌」
「そいつは……」
これは困った。難題だ。町中をざっと洗ってみても思いつかない。土方は、走り抜けるスクーターのタイヤを見ながら、ぼんやり思う。そこで名案を思い付いて、銀時の肩を叩いた。
「走りながら見るってのは」
「却下」
名案だと思ったのだが、残念ながら即棄却された。
全体が見えて、尚且つ誰もいない場所だなんて、そんな我が儘、通るわけがないだろうに。訝しげに銀時の背中を一瞥してはみたが、珍しく躍起になっているこの男に付き合うのも、たまには悪くない。
「警備とか、いいのかよ」
そんな風に思いながら黙っていると、銀時の方から話を振ってきた。土方の仕事の事を気にするだなんて珍しい。普段は、何も言わずとも察して、自分から距離を置くこの男が、である。
(気にはしてても口に出さない、の間違いか……)
逆に問うた。
「お前も、ガキ共はどうしたんだよ」
「あいつらは、今日は屋台担当」
花火大会ともなれば、通りに夜店が出る。大方、神楽にせがまれ小遣いを出したのだろう。子供らを置いて、こいつだけは今ここで花火探しに走り回っている事が、なんとなく笑えた。
「俺ぁ……アレだ。有給」
「うわ、珍しい!」
銀時が笑った。溜まりに溜まった有給の消化で、銀時と花火が見れれば幸いとばかりに出向いてきた休日だった。まさか、こんな貪欲に花火を探す破目になろうとは思わなかったが。
(それも悪くはねぇか)
そう思っていた矢先、スクーターが廃ビルの手前で止まった。
「おい……?」
「いいかも」
「……よくねぇよ」
売物件と書かれた紙切れを撫でて、銀時が笑う。
「ケチケチすんなって。上ってみようぜ」
土方は、やれやれと言いたいのを堪えて銀時の後を追う。
正面に貼られていた紙も、かなり古く見えた。暫く人が入っていないようだった。そう高いビルではない。
外付けの螺旋階段をぐるぐると上っていくと、やはり周りの瓦屋根よりは高く、視界が開ける。そんな場所では、心に少しの優越感がやってくる。
屋上まで来ると、土方は煙草を取り出した。
「いけそうか」
「あのデカブツは、何処に来ても邪魔くさいわ」
ターミナルを指差しぶーたれる姿を横目に、空の奥に消えかかった橙色を臨む。時間的にも、そろそろ潮時だ。場所を決めなければならない。
銀時もそれはわかっているようで、コンクリートの床にぺたりと腰を下ろして、まだ何かぶつくさと文句を並べていた。
「まぁ、いいか。花火見れれば」
どうしてか、今日は特に我儘だなぁと思う。理由を問おうと口を開けた時だった。先に銀時が言葉を発した。
「花火って儚いじゃん。派手で綺麗だけど、儚いから」
ちゃんと見てやりたいじゃん。
続いた言葉に瞬きを忘れた。唇から取り溢しそうになった煙草を、指先で支える。花火というとんでもないものに対して、何の姿を重ねてそんな風に言うのか。
それを呟いた銀時も酷く儚く見えて、土方は、じっと銀時を見る。
「俺を見てどうすんだ、バカ」
そんな銀時の言葉で瞬きを思い出し、ぱしぱしと何度か瞼を下ろして、それから銀時のすぐ隣に腰を下ろす。
「なぁ」
「ん」
「手、掴んでていいか」
儚いから、ちゃんと見ていなくちゃならないのだろうけれど、だけど、今花火を放棄したら確実に隣にいる銀時が怒るから。
銀時が小さく「うん」と頷いたのを見て、コンクリートに置かれた手を握る。汗がしっとりと冷たかった。
儚くて、綺麗で、消えてしまいそうで、掴まえておかなければならないものは思ったよりずっと近くにあったのだ。
ぱらぱらと火薬の散る音がした。