虫の知らせ


おもむろに「今日、お前が死んだ夢を見た」と言われた。
驚いて煙草を落としそうになった。
土方が目を丸くして振り返れば、銀時は目も合わせないまま、どこかぼんやりと続けた。
「正確には、お前が死んだってニュースが流れるのを見た、かな」
「なんだそりゃ。縁起でもねぇ」
「本当にな。現実だったら良かったのに」
「とんでもねぇ嫌みを吐いてんじゃねぇよ。流石に傷付くだろうが!」
ソファから腰を浮かせて言えば、ようやく振り返った銀時がそっと笑った。
土方は何となくの気まずさを覚えて、ソファに腰を落ち着けてわざとらしくも咳払いをすると、懐の煙草に手を付ける。
「そうかそうか、傷付くか」
「勝手に殺されて、平気な顔をしている奴の方が気色悪いだろう」
「それもそうだ」
それまで正面も向かず、そっぽを向いていた銀時がデスクに肘を突いて、それから「あーあ」と声を上げた。
「お前が死ぬのなんて、わからないといいなぁ」
「はぁ?」
今度はまた、藪から棒に何を言い出すのか。
土方はくわえようとしていた煙草を口から離し、疑問の音を口にした。
「虫の知らせってやつ? ああいうのも無いといいし、できれば報道なんかも見たくない」
「それは……」
何を意味しているのだろう。そんなことをぼんやりと考えながら、ようやく新しい煙草を口に銜えて火を点けた。
「何故だ」
「考えてもみろ。神楽や新八ならともかく、赤の他人のお前が死んだって俺は何とも思わないだろ。隣町の誰それが死んだってニュース見たって、あら大変さえ思わないんだから」
「そりゃあ……そうだろうな」
「赤の他人」という言葉には、一切噛み付く気はなかった。何故なら、否定のしようがないのだから。
坂田銀時と土方十四郎は、所詮赤の他人同士だった。
これはきっと、いつまでも覆ることがないだろう。それで構わないとも思っている。
銀時が続ける。
「そんな無意味なものに働く虫の知らせなんて、俺はいらない」
「……代わりに働くべき場所があるから、ってか」
「そうだといいなって思うけど、そういうのには大概鈍いからな。思うだけ無駄無駄」
ひらひらと手を振った銀時の過去に何があったかなんて、土方は知らない。知らないままで良いと思っている。この男が饒舌に皮肉を口走る時は、大概由来するよからぬことがあったに違いないのだ。それを根ほり葉ほり問いつめる仲ではないし、尋ねたって素直には答えない。胸くそ悪い思いをするのは明白だった。
拒否されれば腹は立つし、誤魔化されればもっと気に食わない。
「虫の知らせなんてのはさ、届いたところで時既に遅いものなんだよ。そういうのは、受信したくないわけ」
「へぇ」
然るべき場所に辿り着けず、知らせのみを受け取る。それは、なんて無力でやるせないことだろうか。
土方は煙を吐き出しながら思った。 「まぁ、お前はどうでも良いんだけど」
あ、そう。とも、へぇ、とも頷けなかった。
少しだけ腹が立つ。先ほどから、遠回しに「お前はどうでも良い」とばかり言われている気がしてならない。実際どうでも良いのだろう。自信を持って言える。
「俺もお前なんてどうでも良いわ」
「だろうね」
椅子を鳴らしてまたそっぽを向いた銀時が、何度か頷いた。
「ついでに、俺の知らないところで死んでくれたら良いのに」
繰り返し言われる「死」の言葉に、頭がぐるぐると霞んでいく。
土方はぐしゃりと前髪を掻き上げて、それからようやく不満の溜め息を吐き出した。
「お前も、俺が知らなくて済む場所で死んでくれりゃあいいのにな」
いつもいつも、それは結局土方の耳に入る。そんな事故や事件の中に、必ず銀時の影がある。
どうせ触れられないなら、手の届かないどころではなく、耳にも入らない場所で傷を負えば良い。いっそ死んでしまえば良いのに。
「難しいことを言うねぇ。副長さんは何でもお見通しだからなぁ……」
「そうでもねぇさ」
ただ、形を知っているだけだ。中でどんな血のにおいがしたかなんて、想像することしかできない。その渦中にいるのはいつも銀髪の侍だ。
煙を吸った。迂闊にも咽せる。銀時が振り返った。 ようやく視線が合った。
「わりと、傷付くな」
少しだけ寂しそうだった。ほんの少しだけ、そう見えた。
「お前でも傷付くんだな」
「失礼な」
キィと鳴った椅子の上で伸びをしながら、銀時が溜め息を吐く。
「そういう嫌みは、もう言うな」
「お前さんは傷付いたかもしれないけど、生憎と俺のこれは嫌みじゃねぇよ」
これが先の言葉を指しているのだと仮定して、土方は思った。これ以上の嫌みがあるのだろうかと。
「虫の知らせなんて無いと良い。俺の知らないところで死んでくれ」
表情は見えないから、銀時が何を考えてそんなことを言っているのか土方にはわからなかったし、考えようとも思わなかった。
考えたところで、それは妄想であり意味のないものでしかないのだ。
得るものは仮の自信でしかない。
「そうだな、善処するさ」
「俺も、したいね。善処」
キィと鳴る椅子。振り返った気配に、天井を見上げていた土方が視線を戻せば、そこには目を細めてゆるりと笑う銀時の顔があった。
「でも、お前はきっと、見つけちゃうんだろうよ」
返事はしなかった。本当に見つける確証もないからだ。
あるいは、その時が来ないと良いと思っている。そんな気持ちの片鱗を吐き出してしまいそうだったからだ。
「テメェは、俺のことなんか見つけないだろうな」
「例え気付いても、そうだな、虫の知らせってやつがあったとしても、俺は行かない」
どこへ、とは言わなかった。
「俺は、行かないよ」
繰り返された言葉を腹の底に落とし込む。そして、心の中だけで頷いた。
「俺は、見たくないからさ」
何を、とは言わなかった。だから、ソファから立ち上がる。
どこへ、何を、聞き出そうと思えば容易い言葉を、すべて聞く気にはならなかった。すべて聞く必要もなかった。
知らなくて良いなら知らない方が良い。見なくて済むなら尚更に、屍になったものに興味はない。
今興味があるのかと問われれば、興味の一端だけしかない。他の気持ちなどあってたまるかと言いのけるだろう。
繰り返す。屍になどは、興味さえない。
(遠回し過ぎるだろうよ)
生きているお前が良いだなんて、勝手な言い分極まりない。