「よお、色男。元気してたか?」
合体剣をフェンリルに格納して振り返った。そこにいたのは、首にタオルをぶら下げて煙草をふかしていたシドだった。
シドはクラウドの返事を聞く間もなく、フェンリルをじろじろと見つめると、そのまま勝手にハンドルを奪って引いていく。
「お、おい」
突然現れた男に、うまく言葉が出ない。久し振り、と言えばいいのか、案外久し振りでもないのか……そんなことを考えている内に、クラウドのフェンリルはシドと一緒に遠ざかっていくばかりだった。
「待て。どこに持っていく気だ」
「ついでに、なんでアンタがここにいるんだって顔だな」
「そうだ……それに、フェンリルは」
「オレ様の飛空艇に乗せてやんだよ。その上、整備もしてやろうってんだ。有り難ぇだろ?」
「それは、有り難いが……」
有り難いことに違いはない。けれど、何故シドがこんな辺鄙な場所にいるのか。クラウドにはそれが気に掛かった。
「シド。何故、あんたがコンドルフォートに……?」
コンドルフォートの人々が、にこやかにクラウドとシドを見送っている。クラウドはまだ戻るつもりもなかったのに、このままでは完全にシドに巻き込まれてしまう。
「お前の方こそ、こんな所で何油売ってんだ」
「油を売っていたわけじゃない」
勾配のある坂を下り、少し歩けば、シドの飛空艇がはっきりと確認できた。
「昨日、ティファから連絡があってよう。ジュノンまでの仕事を頼んだはいいが、クラウドが全然戻ってこないってな。でだ、そんな相談受けたし、たまにはエッジにでも顔見せようかと思ってたらお前、このトンデモバイクが見えたもんだからよぉ。ティファのためにも、エッジまで運んでやろうってぇ寸法よ」
「……見えたのか? 空から? 冗談だろ……?」
「まぁ、オレ様ほどの腕……いや、目か? がありゃあな」
手際良く飛空艇の荷台に積み込まれてしまったフェンリルを見て、クラウドが呆然としている。
「……ちょっと待ってくれ。それはつまり、俺もこれに乗れということか……?」
「それ以外あるか?」
「……嫌だ。俺は陸路で戻る」
「ちぃっとばかし横になってろって。エッジまではほんの……」
「い、嫌だ! 横になっていても酔う時は酔うんだ!」
「あーハイハイ。ったく……ユフィと言い、お前と言い、難儀な体質だなぁ。おーし、ハッチ閉めるぜ。出発だー」
クラウドの抗議は物ともせず、シドはさっさと飛空艇を飛び立たせた。
飛び始めてしまっては、もうクラウドに為す術はない。本当に隅に転がっていることしかできないのだから。
エッジの傍に着陸した飛空艇の換気を行ないながら、シドは宣言通りフェンリルの整備をしてくれているようだった。
飛空艇酔いを醒ましつつ、ようやく正気に戻ったクラウドは、げっそりとしながらそれを見ている。
「気分はどうだ?」
「サイアクだ……」
「まぁ、タダでこいつを見てやってんだ。勘弁しろよ」
勘弁するかどうかは悩んでいる。けれど、ティファに無断でコンドルフォートに入り浸っていた自分も悪いのだ。悪いという気持ちは一応ある。一応だ。
「で、何してたんだ。あんな場所で」
クラウドの方は見ないまま、シドが尋ねた。
「あんたに関係……」
「関係はねぇケドよ、雇われ傭兵相手にこのトンデモ剣を振り回すのには理由あんだろ。それも、おまえさんほどのヤツがだ」
「見てたのか……?」
「ああ。村長が、面白いモンが見れるって言うからよ」
あっけらかんと答えるシドに、クラウドは思わず口を尖らせた。迂闊だった。まさかシドに見られているとは。
クラウドは、コンドルフォートと繋がりのある傭兵集団と戦闘訓練を行なっていた。なるべく大剣を扱える相手が良いのだと頼み込んだところ、腕に覚えのある男たちが一人、また一人と相手をしてくれたのだ。
仲間からクラウドの話を聞き付け、わざわざ訪れてくれた者までいた。有り難く、片っ端から彼らと剣を交えた。その内、幾日かが過ぎてしまっていた。
村長や村民が、興味深そうにその戦闘訓練を見ていたことは知っていた。しかし、まさかシドにまで見られていたとは思わなかった。
「喜んで戦う程、好戦的でもねぇ。いや、戦うのは好きかもしんねぇが、ああいう競り合いを楽しむタイプでもねぇだろ? それに、おまえさんが汗水垂らして必死に食らいつくような戦い方、まァ、滅多に見ねぇからな」
「……そう、かもしれない」
汗だくになって、次々に剣を振るった。傭兵連中が代わる代わる楽しそうに挑んでくるものだから、クラウドも胸が躍るのを確かに感じていた。汗をかいたせいで、今は背中がひやりと冷たい。
「誰にも言わねーよ」
「……本当に?」
「ああ、そういうところに理解はあるつもりだぜ?」
レンチを置いたシドが、胡座をかいて座った。真っ直ぐにクラウドを見て、ニッと笑う。彼の銜えていた煙草がついと上がった。
答えない選択肢はないようだ。クラウドは諦めて息を吐いた。
「勝ちたい相手がいるんだ」
「勝ちたいだぁ? 負けたのか? まっさか……おまえさんがか?」
あんぐりと口を開けたシド。その口から煙草が落ちる。慌ててぱしりと掴んだシドが、元の通り唇にそれを銜えた。
その一連の流れを見届けて、クラウドは渋々と頷いた。
それは、シュミレーターのザックスに、二度目の戦いを挑んだ時のことだった。
ミスリルソードとミスリルソードの刀身が競り合う。火花でも散りそうな押し合いの中、先に体を引いたのはザックスの方だった。
合体剣よりは細く小回りの利くミスリルソードを返し、クラウドは改めて構え直した。
「クラウド、なんでも扱えるんだな!」
「当然だ」
ありとあらゆる大剣を扱ってきた。その中でも、こいつは扱いやすい方ではある。
「よっし、俺も負けてらんないぜ!」
半身を引いて、ザックス独特の構えを見せる。ここからの飛び込みは早い。前回こそ後手に回ってしまったが、クラウドはザックスが飛び出す前に間合いに入り込んだ。
「げっ、まずい!」
ひるんだザックスが、低姿勢のクラウドを見下ろし、体を反らす。
次の打撃で勝てる――そうクラウドが踏んだ時だった。ザックスは、ニヤリと笑ったのだ。
「なーんちゃって」
飛び上がったザックスが、そのまま宙返りした。ただの宙返りではない。クラウドの膝と頭をブーツで蹴り、踏み台にしたのだ。
「ぐ、うっ!」
クラウドの視界に星が飛ぶ。この宙返りは、どこかで見たことがあった。
(サマー、ソルト……!)
ティファの得意技でもある。華奢なティファが繰り出す美しいそれとはまた違う。一足一足が重い。
宙返ったザックスのブーツは、その体躯と手にしていたミスリルソードを支えるために、ダンと音を立てた。しかし、攻めの姿勢は緩まない。着地と同時に前方に飛び込んだザックスは、体勢を崩したクラウドの懐に潜り込む。
先程と、完全に逆転した。
(しまった……!)
右手にあるザックスのミスリルソード、それを避けるために体勢を整えるには、遅い。一度、自身の剣で受けるしかない。
下段からの剣撃は予想の範囲内だった。剣と剣がぶつかり、鈍い音が響く。
「くっ……!」
しかし、圧倒的に分が悪かった。
ミスリルソードは手から飛びこそしなかったが、クラウドはそのまま後方に飛ばされる。なんとか床に片腕を突いて正面に居直った。が、飛び込んできたザックスが間髪入れずに切り込んだ。一撃、二撃、三、四……
「おっらぁ!」
五撃目、それを受け止めきれず、クラウドの手からミスリルソードが飛ぶ。
そこで、ようやくザックスの動きが止まった。
トレーニングルームに、クラウドの呼吸の音だけが響く。
息が、荒く乱れている。こんな戦闘は随分していない。
「うっし! 今のは俺の勝ちだろ? なぁ、クラウド!」
ミスリルソードを頭の上で回して、背中のホルダーに戻す。それを見つめて、クラウドは大きく息を吐いた。
「……今回は、負けた」
少し悔しい。けれど、息を乱しもしない相手に、これも致し方ないかと思う。
「俺の敗因はどこだっただろう」
胸を撫でて、クラウドは背筋を伸ばす。
爛々とした瞳でクラウドを見ているザックスに視線を合わせた。シュミレーターでの戦いとは言え、負けてしまったことに違いはない。悔しさをそのままにはしておけないと尋ねれば、目の前のザックスは、ぽりぽりと頬を掻いた。
「敗因、っていうかさ。なんて言ったらいいんだろうな。クラウドの戦い方って、俺と似てるんだよな……」
「……そう、か?」
「だから、次にどう動くか、大体予測できるっつーか……反応しやすいっていうか。逆に、クラウドもそうじゃないの? 似てるよな、俺たち。お前だって気付いてるだろ?」
「ザックスは、俺と似てなんて……」
耳の奥でさっと音が鳴った気がした。それは、血の気が下がる音だった。
(俺が、ザックスの戦い方に似ているのは……)
ザックスの戦い方を模してしまっているのは――クラウドがソルジャーとして振る舞っていた期間のことを思い出す。気付いてしまう。自分は、ザックスの戦いを模している、それだけではないのか。
「クラウド?」
目の前のザックスが、不思議そうにクラウドの名を呼んだ。
我に返ったクラウドは、咄嗟に首を横に振る。
「どうした?」
「なんでも、ない……」
ザックスは、紛れもないオリジナルだ。クラウドの剣技は、謂わばザックスの模倣に過ぎない。手の平を見つめる。
(それでも、俺は……)
ここまで戦ってきた。それは間違いない事実だ。けれど、今クラウドの目の前には、オリジナルが存在している。データだったとしても、それは――クラウドの目の前で成長していくデータだ。このザックスは、前回の戦いでクラウドの力を学習しているのだ。
(だから、負けた……)
ミスリルソードを手放してしまった右手が、今だ痺れている。
「なぁ、またやろうぜ!」
顔を上げる。屈託のない表情で笑うザックスに、クラウドはつい視線を泳がせた。
「……俺は、お前に負けたんだぞ?」
「今回は俺が勝てただけかもしれないだろ。それに、クラウドはまだ本気出し切ってないんじゃないの? お前、もっともっと凄い奴だろ? なんとなくだけど、そんな気がするんだ」
「買い被りすぎだ……俺は、お前にそんな風に言ってもらえる人間じゃない……」
視線を落とす。首を横に振れば、ザックスはつかつかと駆け寄って、クラウドの両肩を掴んだ。
「とにかくさ、もう一回戦ってくれよ! 俺、お前と戦いたいんだ!」
ザックスの瞳が青空のような煌めきを以てしてクラウドを見る。恐ろしいほど真っ直ぐだった。実際、クラウドにはその真っ直ぐさが恐ろしく思えた。
データが、データを搾取したがっているんじゃないだろうか。
このザックスがクラウドにこだわるのは、そのせいではないのだろうか。
(それでも、俺は)
ゆっくりと、ザックスの手をどけた。
突き付けるのは簡単だ。
(それでも……こんな俺が、ザックスと剣を合わせていいのなら……)
まだ戦いたい。
また、戦いたい。
「わかった……」
頷いた。深く、自分にも覚悟を決めさせるために。
「次は、俺が勝つ」
クラウドがそう言い放てば、目の前のザックスは心の底から嬉しそうに「よっしゃあ!」と声を上げ、拳を握った。まるで子供みたいなガッツポーズに、クラウドは目を丸くして、それから、つい笑ってしまったのだった。
どうしても勝ちたい。そのためには、模倣ではない。模倣を自覚した上で、クラウドの剣を見せなければならない。
「自分が模倣した太刀筋に勝つ方法、ねぇ。それで、見つかったのか、そいつは?」
シドに尋ねられ、クラウドは躊躇いながらも首を横に振った。
「……わからない」
長い間、ザックスの型と共に戦い過ぎた。剣を合わせた傭兵の動きを参考にとも思ったが、しっくりこない。
「誰かのマネじゃあ勝てねぇ……かと言って、今までの戦い方捨てる必要はねぇだろうしなぁ」
「……試してみたけど、しっくり来なかったんだ……」
「だろうな」
笑いながら答えたシドの声に、自身の手の平を見ていたクラウドが顔を上げる。
「不思議そうな顔してやがんなぁ?」
「……何故そう思うんだ」
「おまえさんの戦いっぷりを見てきたからさ。オレ様たち皆よう、今更模倣だなんて思わねぇよ。ソレは、立派におまえさんのスタイルになってるんじゃねぇか?」
「それは、皆が……」
――ザックスのことを――
「知らないからだ……」
俯きながら言うクラウドの気持ちなど知らない。そんな態度で、シドがあっさりと返事をする。
「おうよ、知らねぇな」
それまで座っていたシドが立ち上がった。フェンリルの整備が終わって、もう暫くが経っていた。
立ち上がったシドに釣られて、クラウドも視線を上げた。
「だってよ、オレ様たちがついてきたのは、誰でもねぇ。クラウド、おまえさんなんだぜ?」
クラウドの方も、酔いはすっかり醒めていた。なのに、目の奥がくわんと揺れる。咄嗟に、また視線を落とす。そんなクラウドの肩を、シドがばしりと叩いた。
「コンドルフォートでも、いろんなヤツに散々相手してもらったんだろ? 自信持ってリベンジして来い」
クラウドは、顔を上げられないでいる。もう吐きそうではなかったが、喉をしゃくりあげてしまいそうで、声も出せなかった。そんなクラウドの気持ちを知ってか知らずか、シドも返事を急かすようなことはしなかった。
シドは約束通り、クラウドが戻らなかった理由をティファには話さなかった。
「男にはそういう時もあるってこった」と笑いながら言ったシドに、ティファも諦めたように「クラウドの場合はいつもだけどね」と言っていた。少し耳が痛む。
エッジの物資の状況を見て回って、それから帰ると言うシドは、最後にクラウドの肩を叩いた。
「頑張れよ」
返事は、やっぱり声には出せなかった。けれど、今度は強く、そして深く頷いて見せた。シドは満足そうに口角を上げた。
「またどっか行っちゃうんだ?」
そのやりとりを見ていたティファが、シドの背中を見送り終わるとクラウドに問い掛けてきた。
「……黙って戻らなくて、ごめん」
メールだって電話だってある。ただ一報、連絡をすればよかっただけだった。こういう事情で特訓をしていると、そう伝えれば良かっただけなのだ。クラウドにだって、そのくらいわかっている。
「大丈夫」
ピカピカになったフェンリルを一瞥したティファが、クラウドに向き直ってゆっくりと歩み寄った。
顔を、ちらりと覗かれる。
「おでこ、擦り傷あるね」
「……気付かなかった……」
「今、ガーゼ持ってくる」
指先で触れてみる。こめかみの辺りに、かさぶたのざらざらした感触があった。
「これくらい大丈夫だ。もう治りかけてるし……」
「だろうけど」
店の中に入っていったティファの、声だけが返ってくる。
「私が手当してあげたいだけだから」
固唾を飲んだ。
それから、ティファの言った大丈夫の意味を考える。
(……ティファも)
大丈夫じゃなくったって、大丈夫だと言ってくれているのかもしれない。
今し方、ティファが入っていったばかりの店の戸を開ける。カウンターの中で、ティファが救急箱を開いてくれていた。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
シドの激励も、つよがりを言えば必要なかった。けれど、確かにクラウドは「嬉しい」と思った。そうして背中を押されることの喜びを、強さを、クラウドはよく知っている。
ティファは、消毒液とガーゼを持ってクラウドに再び歩み寄る。
「傷、見るね。ここに座って」
言われた通り、手近な場所にある椅子に座り、ティファにこめかみを向ける。かさぶたに消毒液が触れても、さしてしみることもない。当てられたガーゼは優しい。
「……ティファ」
「なに?」
「これから、ザックスと向き合ってくるよ」
横を向いたままそう言ったクラウドの肩を、ティファはぽんと叩いた。そして、頷く。クラウドの視界の端で、黒い髪が揺れた。
「うん。気を付けてね」
目を閉じて、頷く。
次に目を開けた時、ティファがとても安心したように笑っていた。
神羅ビルの瓦礫の中を歩く。装備もコンディションも問題ない。寸前にエリクサーも服用した。ティファに貼ってもらったガーゼはそのままにした。女々しいかもしれないが、気持ちの問題だった。
トレーニングルームのシュミレーターに電源を入れて、それから、相対する者の名前を呼ぶ。
「ザックス」
クラウドの目の前には青い粒子が舞い、舞台を構築していく。その粒子の一部分が、何でもないことのように人の形を作り出した。
青く光るだけだった人影は、次第に深く重い黒へと変調していく。
現れたザックスの前で、一房の前髪が揺れた。
「クラウド!」
その姿形に、クラウドは思わず固唾を飲む。
先日見た姿より少し体の厚みが増して、そして大人びた顔になっていた。セカンドの頃よりも更に逆立っている髪型は、後頭部に纏まって、彼の額を露わにしている。
「あ、驚いた? どうよ、ちょっと強そうだろ?」
クラウドの知る、クラスファーストの頃のザックスの容姿がそんなことを言う。両腕を広げる様は、中身が数日前のザックスと変わっていないことを表すようだった。
「その姿は、どうした」
クラウドがやっとのことでそう尋ねると、ザックスは少し考えるようにしてから言った。
「お前、次は絶対に勝ちに来るだろ。だから、俺もここで自分にできることをやってみたんだ。俺は、俺について調べた。まぁ、お前の言う通りデータも損傷してたみたいで、わかることなんてほんの僅かだったけど……でも、俺は俺を知ったら、お前の戦いを吸収しなくても、もっと強くなれるんじゃないかって思ったんだ」
強くなりたいと思う意思。その結果が、今の姿だとザックスは言う。
クラウドは、彼の言葉に思わず苦笑した。
「……お前が俺の戦いを吸収する……? 違うな、違うんだ、ザックス……」
クラウドは、思わずティファに貼ってもらったガーゼを撫でた。
「似てるんじゃない。俺の戦い方は、あんたを模倣してたんだ」
だから、オリジナルには読めて当たり前だった。
そう告げれば、ザックスは「そっか」と小さく答えた。
「俺が何かする度にクラウドが驚いた顔するから、きっとクラウドは俺のことを知ってるんだと思ってた。……やっぱり知ってたんだな」
「……ああ。よく知っている」
「俺よりも?」
「どうだろう……でも、あんたの……いや、ザックスの大切にしてたものは、わかってると思いたい。だから、俺は俺の思いのままに戦う。それがあんたに読まれたとしても」
クラウドの言葉を聞き終えて、ザックスが目を細めた。そして背中の得物に手を伸ばす。引き抜かれた刀身は厚く、そして大きい。クラウドは、ああと感嘆し、そして深呼吸をした。
それは、彼の得物も得物――バスターソードだった。
量産のミスリルソードより小回りも利かず、重さも大きさもある。斬り伏せるというより、殴打し、ひねり潰すようなそんな戦い方を連想させる得物。それが、今のザックスの立ち姿にはしっくりと馴染む。
ザックスはバスターソードを持ち上げ、目の前に刀身を携える。クラウドには、それがまるで祈りの儀式のように見えた。
儀式が済むと、ザックスは脇を締めてバスターソードを構える。クラウドも合体剣を持ち上げ、そして構える。
「わかってるだろ、クラウド。本気でやろう」
「……そのつもりだ」
元より、加減などするつもりはなく、また、されるつもりもなかった。
しばしの静寂、その後、ほとんど同じタイミングで踏み出した。強く斬り結べば、剣の圧がそれぞれの髪を揺らす。肌に伝わるびりびりとした気迫が心地よい。
「おらぁ!」
先に振り払ったのはザックスだった。そこまでは読める。
クラウドはその力を利用し、後方に飛ぶ。壁に足をついて溜めると、体を捻ってザックスに正面から斬り掛かった。ザックスは、バスターソードの質量でそれを受け止める。金属と金属がぶつかる重い音が、部屋中に響き渡った。
今回は、クラウドがわずかに先手を取っている。しかし、お互いに動きは読めているから、受け止められないことはない。
壁を使ったことによる溜めが乗ったお陰か、ザックスが僅かにずり下がったが、それでも体重差でカバーできる程度でしかないだろう。
この頃のザックスに対して、クラウドの打撃は僅かに軽い。クラウドはそう感じている。
(……強い!)
――何故、この屈強な男が死に、自分が生き長らえたのか。
「うおおおおお!」
クラウドの読み通り、この程度ではザックスは押し返してくる。その返しを受け流し、今度は側方に飛んだ。
体を翻して脚を開く。姿勢を正した。ついでに頭を横に振る。――目を覚ませ!
斜めに斬り込んでくるザックスの剣を受ける。そのまま体を返して蹴り掛かってきた、その打撃を肘で受け止める。
ザックスが放り投げたバスターソードは、壁に斜めに突き刺さった。なんて出鱈目をするのかと呆気に取られる。が、自分だって無茶な戦い方はする方だ。合体剣を後方に放って、拳を握ったザックスの繰り出す打撃のラッシュに応じる。
先手を取っていたと思っていたが、いつの間にか防戦を強いられている。このままではまずい。
「対応できるようになったな、クラウド!」
「くっ、余裕だな……!」
「悪い……! 面白くて、つい!」
言葉の通り、ザックスは笑っている。多分、クラウドも笑っていると思う。
ザックスの溜めの一撃を受け流して、体勢を低くする。鳩尾を狙って拳を突き出せば、それはあっけなく防がれた。
が、しかし、クラウドにはまだ次の手がある。足を踏ん張り、低くしていた姿勢を伸ばした。ザックスの顎に頭突きをかませば、流石のザックスもふらふらと後ずさった。
「いってぇぇぇ……!」
なんて強度だ。クラウドの頭も痛む。
ザックスは、床に血の玉を吐き出すと、壁に突き刺していたバスターソードを引き抜いて、改めて剣を構え直した。高く飛び上がった彼の周囲が僅かに光る。
「メテオレイン……!」
「残念! メテオショットだ!」
ザックスから降り注ぐ岩石を避けながら、クラウドも合体剣をその手に回収する。落ちてきた岩石を打ち砕き、そして着地したザックスに真っ正面から飛び掛かった。
「甘いぜクラウド!」
それを、ザックスがバスターソードでなぎ払った。――取った。恐らく、ザックスはそう思ったろう。けれど、実際には、クラウドは寸前で大きく沈み込んだ。
刹那、ザックスを見上げるクラウドと、クラウドを見下ろすザックスの視線がぶつかる。
「甘いな、ザックス」
クラウドは、ザックスの体を掬い上げるように下段から打ち上げた。
跳ね上がったザックスが、空中でほんの一瞬自由を失う。そこが、クラウドの狙い目だった。
すかさず飛び上がり、目にも止まらぬ速さで連撃を叩き込む。何発かはザックスの刃も捉えたろうが、逆に何発かは確実に彼のダメージになっているだろう。それだけの数、打ち込んだ。
「これで……っ!」
振り被った合体剣に渾身の力を込める。とどめの一撃、それがザックスに振り下ろされた。
瞬間、ザックスはトレーニングルームの床に叩き付けられた。
クラウドは彼の目の前に着地して、合体剣を下ろす。跪いて、ザックスの目の前に手を差し出した。
「……俺の、勝ちだ」
ゆっくりと起き上がるザックスが、クラウドの差し出した手を握る。
ザックスの周囲で、青い光がバチンと稲妻を起こした。けれど、クラウドは確かにその手を握る。その稲妻を受けなくとも、指先は痺れている。胸は、早鐘を打っていた。
「いっててて……くっそー、完全に負けちまった……」
起き上がったザックスは立ち上がることもできないのか、今度はそのまま仰向けに転がってしまった。クラウドは仕方ないとばかりに、ザックスを放って立ち上がる。
「はー……悔しいな。でも、やっぱりお前、強いな……クラウド」
笑って言うザックスに、クラウドは首を横に振る。
「でも、俺の攻撃は、ほとんどあんたに読まれてた」
「それはお互い様だろ? その中で勝ったんだ。やっぱり、お前が強かったんだよ」
いててて、と言いながら座り直すザックスの前髪が、ぱらぱらと額の前に下りてきている。それだけ本気で戦ってくれたのだと思うと、クラウドはどこか誇らしい。
「やっぱり、データはデータ止まりだったってことかもな」
「……あれだけの粘り強さを見せて、そんなことを言わないでくれ」
「でも、さ。感じたんだよ。絶対に負けないっていうクラウドの気持ちっていうか、意志っていうか……いや、俺だってそう思ったけどさ。でも、敵わなかった」
何故、この屈強な男が死に、自分が生き長らえたのか――それが頭を過ぎった時、確かに思ったのだ。生き長らえた理由、目の前のザックスに勝たなければならない理由、それは、誰でもない、ザックスの生きた証が自分だという揺るがない事実。もう忘れないと誓った記憶。
クラウドには、記憶がある。そして、皆が背中を押してくれた、その事実がある。
黙ったままでいるクラウドに、ザックスが眩しそうに目を細めて笑いかけた。
「凄かったな、お前の本気」
バチンと、ザックスの纏う稲妻が大きくなる。
「ありゃりゃ……俺も壊れちゃったかも……」
「……ごめん、ザックス」
「お前が謝ることないさ。それだけ本気でやってくれたってことだろ? こんな、データの俺相手に」
「本当は、もっと戦いたかった。手合わせしたかった……」
「俺も! ……まぁ、でももう勝てないかもって思っちまった。お前の剣は、ちゃんとクラウドの剣じゃないか。全然……模倣じゃなかった」
「……ありがとう」
ごめんと、ありがとう。いくら言っても言い足りないだろう言葉を、データという存在に掛ける。彼は、彼ではない。なのに、クラウドの口からは、するすると言葉が出てくる。
「俺の方こそ。ありがとう、クラウド」
部屋が、青く、ぼうと光り出す。もしかしたら、ザックスの発している稲妻がシュミレーターに干渉しているのかもしれない。
二人は周囲を見渡し、恐らく、互いに終わりを悟っていた。
「……あのさ、クラウド」
「なんだ」
「ひとつだけ聞いていい?」
「……ああ」
最後なのだと、思う。
「俺、英雄になれた?」
真っ直ぐにクラウドを見上げるザックスに、クラウドは、ゆっくりと瞬きをする。
「ここで何を調べても、それだけは書いてなかった。わからなかった。でも、俺……」
限られた時間の中で、ザックスという存在を思い出す。反芻して、そして、深く息を吸った。目を閉じる。
クラウドの背中を押す幾人かの中に、確かに存在している。
目を開ける。
青く光り出しているザックスは、不安そうにクラウドを見ていた。
「……ザックスは、英雄だ。今もずっと」
それを聞いた途端、データの青年は目を細めて穏やかに笑った。その口の輪郭は「そっか」と言っていたが、彼の声はもうクラウドには聞こえなかった。
散っていった青い粒子が光を失う。青年が発していた稲妻も、やがて跡形もなく消え去った。
トレーニングルームの内部は、暗い静寂に戻っていく。
残ったのは、クラウドただ一人だった。
溜息を吐く。ブーツの底を引きずり、トレーニングルームを出ようとした。ふと向かいの壁を見れば、データの青年が突き刺したバスターソードの跡が残っていた。思わず、笑みが溢れた。
身も心もへとへとだった。けれど、胸を叩く。みっともない姿でいるわけにはいかない。
唯一無二の英雄が、またクラウドの背中を押してくれたのだから。