As a joke


びしっと決まった形を保っている髪質は、硬いのかと思えばそれほどでもなく、本当に天性の猫っ毛というやつなのだと思う。
対して、自分のわずかに逆立った髪に触れてみれば、なるほど、似たような髪質をしていた。金髪の方が細い印象を受けるが、自分も負けていないなとレノが間延びした声を上げた時だった。
それまでレノの好きにさせていた背中が動く。
「アンタ、それ楽しいのか」
低い声が、困惑を浮かべて尋ねてきた。
「さぁ、楽しいかって聞かれると、微妙なところだぞ、と」
普段あまり帰ることのない無機質で素っ気ない部屋には、寝るためのベッドがあれば十分で、レノはそれに座って、部屋の床に腰を落ち着けているクラウドの髪をいじっていた。クラウドの言うところのそれとは、レノの手遊びのことだったのだろう。
別に、楽しんで積極的にいじっていたわけではない。
「匿ってもらうのはありがたいが、別にアンタがいる必要はないんじゃないか……」
「仮にもオレの家だ。オレがいちゃいけない道理はないと思うんだがな、と」
「いるなとは言ってない……ただ、俺を暇つぶしの道具にするなというだけで……」
困っている。クラウドがだ。
この男、朴念仁のように見えるが、案外不器用なだけで無感情ではない。暫く観察をしていれば、何ともわかりやすい人間だ。
「お前、ルードにちょっと似てるぞ、と」
仕事上での相棒に、似ている気がしなくもない。あれもなかなかの不器用だ。ただ、クラウドより察しは良いかもしれない。
「俺はあんなに無口じゃない」
「ルードだって必要なことは喋るさ。付き合いは長いからな。言いたいことだって、なんとなくわかる」
必要なことを喋らないのは、クラウドの方だ。それでよく同行しているティファに怒られる。そして姿を眩ませて、その繰り返しを何度か見ていると、まったく成長をしない男だとも思う。
「で、今回は何をやらかしたのかな、と。お兄さんが聞いてやるぞ、と」
「お前が兄さんだなんて、反吐が出る」
「辛辣な言葉はするする出てくるもんだぞ、と……」
本当に、啖呵を切るのは昔からお上手で……とレノが呆れていると、クラウドは少し申し訳なさそうにレノを振り返った。
「……すまない」
「謝るくらいなら言わない」
「何故かわからないが、お前に言われるとすごく腹が立つな、それ」
床に投げ出していたバスターソードをわずかに持ち上げたクラウドに、レノが「やる気か?」と身体を起こす。
クラウドが首を横に振ると、金糸の髪がふらふらと揺れた。
「場所、取るだろ。立て掛ける場所をもらえないか?」
「ああ……」
適当に空いた壁にバスターソードを立て掛けたクラウドが、変わらずベッドで寛いでいるレノの傍らに腰掛ける。
「なんの気まぐれで……?」
「何が?」
「なんの気まぐれで、神羅のタークスが、俺なんかを家に上げたのかと聞いている」
「お前、そういう喋り方しないとまともに喋れないのか……?」
「それは……そういうわけじゃ、ない……」
高圧的な喋り方を指摘すれば、クラウドは俯いて、どもってしまった。
「そうだよな、仲間と喋る時はそんなことないよな、と」
「……慣れてる、から」
人見知りって、いくつだこいつは……とレノがわずかに呆れたような態度を見せると、クラウドが視線をきついものに変える。
「バカにしたわけじゃないぞ、と」
ひらりと手を振って誤魔化したが、この遅れてきた思春期には通用しないようだ。ぷいと顔を背けてしまったクラウドの肩に腕を乗せて、レノは人の良いように見えるだろう笑顔でフォローする。
「大丈夫だって。これから慣れればいいんだぞ、と」
「なんで俺がお前に慣れなきゃならないんだ」
「……か、かわいくないぞ、と……」
つい口から出てしまった本音に、クラウドは何の反応も返さなかった。
確かに、クラウドの言う通りだ。何が悲しくて、元・敵さんと仲良くしなきゃならないのだ。その通りだ、うん、とレノは頷きながら、シャツの襟元のボタンを外した。
「綺麗なお姉ちゃんならともかく、野郎とお近付きになりたくないのはオレも一緒だぞ、と……」
「なのに、近い」
「は?」
「アンタ、元々そういう奴なのか? なんていうか、近い……」
近い? とレノが首を傾げる。
確かに、言われてみれば、クラウドの肩に手を乗せていたから、そのまま顔を近付けただけ。にしても近い。
指摘されたことはなかったが、自分はすぐに人と間合いを詰めたがるかもしれない。
レノは、ぱっとクラウドの肩から手を離す。
「嫌か?」
「違う……そうじゃなくて、そういうのは、羨ましいなって……」
ウラヤマシイという意外な言葉に、レノは何度か頭の中で言葉を反芻する。理解ができなかった。何が羨ましいというのか。
「俺は、そういうの、苦手だから」
ふっと視線を伏せるクラウドの頬を、ぺちぺちと叩く。
「熱でもあるのか、クラウド?」
「失礼だな、貴様は……」
やはり、高圧敵な態度は引きずり出さなくてもすぐに出てくる。そんな態度に、つい口元が緩んだ。
「訓練すればいいんじゃないか?」
「訓練?」
「そ、人と距離を縮める訓練。簡単だぞ、と。例えば……」
枕元に放ってあったホルダーからロッドを引き抜き、それを持って、ベッドに膝を突く。突然上体を起こして、座っている自分よりも上背になったレノに、クラウドは咄嗟にベッドを飛び退こうとした。が、それはレノの腕によって遮られてしまった。
「な、にを……っ!」
レノによって肩口を抑えられ、立ち上がることも叶わないクラウドの首元にロッドを寄せて、レノは彼の顔の間近でニヤリと笑った。
「例えば、こんな簡単にな、と」
「貴様……何を考えている……! まさか、罠か!」
「……お前、本当にガキだな」
ぱっとロッドを手放した。レノの手を離れたロッドが、クラウドの足下に落ちる。
ベッドをわずかに沈ませたそれを見下ろして、クラウドは眉間に皺を寄せた。
「なんのつもりだ……? お遊びなら大概にしてくれ。俺は、アンタを信用なんてしちゃいない」
「そんなの知ってるぞ、と。オレだって、お前の腕以外信用しちゃいないし、今のでなかなか幻滅したぜ?」
「幻滅、だと……?」
クラウドの肩から手を離し、そうして肩をすくめたレノに、クラウドの表情が怪訝なものに変わる。
「そんなんじゃ、いつまで経っても人との距離は詰められないまんまだぞ、と。多分な」
べたっとベッドに横になったレノが、クラウドに背中を向ける。張りつめた緊張感は、途端に散ってしまった。
クラウドが、僅かに口を尖らせた。
「相手が、貴様だからだ……」
「オレ様、わりと好意的なつもりなんだけどな」
「気のせいだ! そんな敵意むき出しの好意があるか!」
「じゃれただけだぞ、と」
くっくと笑い声を上げたレノを、クラウドが睨み付ける。そんな視線を背中に感じ、肩口に振り返ったレノが、にぃと目を細めた。
「好意的に髪に触ったつもりだったんだがな」
「……あれは、確かに、嫌な感じはしなかったけど……ただ、驚いただけで……」
「嫌じゃなかった?」
「……ああ」
頭をふるふると横に振ったクラウドに、レノはまたくっくと喉を鳴らした。
「何がおかしい……」
「お前、オレのこと嫌いじゃないんだなぁと思って、驚いてるところだぞ、と」
「お前なんて、好きじゃない」
「でも、嫌いではないんだな」
レノの言葉に、クラウドはきゅっと口を結ぶ。返す言葉を失ったのか、ベッドを見下ろして黙り込んでしまった。
そんなクラウドを見やって、レノは身体の向きを変える。
「お子様にひとつ教えてやるがな、好きの反対は嫌いばかりじゃないんだぞ、と」
「……そのくらいわかる」
「なお、もう一つ教えてやると、オレはお前のこと嫌いじゃないぞ、と」
「え……」
話の流れに違和感を覚えたのか、クラウドが目を見開いて驚いたように顔を上げる。
ふらんと揺れた長い前髪を指先でつまみ、滑らせる。まるで女にするみたいな仕草だと自嘲しながら、レノはクラウドの顎を指先で持ち上げた。
「は……っ」
「だから」
ぎくりと身体を強ばらせたクラウドの唇に口を寄せ、触れるか触れないか寸前で、レノはひゅっと息を吸った。
そのまま、クラウドの顎を掴んでいた手をぺいと払い、ベッドに倒す。口を抑えてわなわなと振り返ったクラウドの目元が、僅か赤く染まっているのを確認して、意地悪く目を細めた。
「嫌いの反対は好きだけじゃないんだぞ、と」
「な、な……なん……っ」
「まぁ、オレ様は寝るけど、夜は長いからゆっくり考えるんだな」
「で、出て行く……!」
「好きにしろよ。出て行ったら、意味が出来ちまうだけだぞ、と」
鈍感なクラウドでも、その意味ありげな視線には気づいてくれたようで、立ち上がろうとした彼は、即座にべたりとベッドの端に座り込んでしまった。
「気まぐれで人を振り回すなよ……」
前髪をくしゃりと掴んだクラウドが絞り出すように言った言葉を、レノは自分の心の中で反芻した。
――さて、気まぐれだったかな?
意味を持った今、そんなことは最早どうでも良かったのだ。ほくそ笑んだレノの真意にクラウドが気付くのは、いつになることだろう。
夜明けの反応を待ちながら、レノは目を閉じることにした。そっと口元に笑みを浮かべながら。