ビールはぬるくてもいいのかも



なんでこんなことになったんだっけ。
あれ、なんでこんなことになったんだっけな?
Tシャツをたくしあげて、自分の左胸をやんわり揉んでみる。別に柔らかく、はないかな。女の人の胸をそんなに触ったことがあるわけではないけど、そういう柔らかさじゃないと思う。
「ミツ、くわえてて」
「ん……?」
たくしあげたシャツの裾を唇まで持ってこられて、そのまま、布の上から大和さんの指をしゃぶった。
へらんと笑った顔がくすぐったそうに眉を寄せて、ちっちゃく「かわいい」って言ったのをオレは聞き逃さなかった。
また酔ってこんなことすんの? 
どうしてこんなことになったんだっけ。今日は——「ア……ッ」——だめかも、これはそろそろまずいかも。
自分でそんなもんかと揉んでた左胸と逆の胸を大和さんに掴まれて、乳首を舐められた。あれ、何して、なんで、なんて思ってる間に吸い付かれて、じゅって——やばい、目の前が赤くなる。
「や、やまとさん……恥ずかしいよ……っ」
口にくわえてたシャツの裾がふらりと落ちる。それが大和さんの頭と重なって、でも大和さんはオレの胸から口離してくれなくて、ちゅうちゅう吸われたまんまで、なぁ、これ、本当まずいってば。
「や、っ」
オレから見えないところでオレの乳首は吸われてて、吸ってるのメンバーなんだけどと思ってる間に、添えるだけになってた左手の上からは、大和さんが骨張った手を重ねてやんわり揉んでくる。いいなぁ、手まででかくて、男らしくて。なんて思ってる場合じゃなくて、オレのシャツの中で何してんだ、あんたは。
「なぁ、腫れる! 今気付いた! やめろよ人前で脱げなくなったらどうすんだよ!」
——いや、やっぱりヘン!
オレはがばりと体を起こして、シャツの中から動かない大和さんの頭を引き剥がした。
酔って顔を真っ赤にした大和さんが不服そうにオレを見る。跨ってんな。どけろバカ。
「えー……」 
えーじゃねぇんだよ。そろそろ異常事態に気付けよな。
「大和さん、正直に言うけど、オレたちおかしいと思う」
「おかしくないよ」
「いや、おかしいって!」
大和さんは酔って覚えてないかもしれないけど、前回オレたちはオカズの話から抜き合いをしてしまったわけで、まぁ、その時点でちょっとおかしい。
それでもって今日がこれだ。
「人前で脱がなきゃいいじゃん」
もぐもぐとまたシャツの中に戻ろうとする大和さんの頭を引っ叩く。髪をぐしゃぐしゃにした大和さんが、涙目気味に見上げてきた。
かわいい顔しても駄目だ。
「いや、無理だろそれ。自分たちの職業わかってるか? アイドルだぞ? いつだって衣装替えと隣り合わせだぞ?」
「ヤダァ、ミツ脱がないでぇ」
「脱ぐんだよ! 今に見てろ、十さんみたいな仕事取ってやっから、オレはァ!」
ぐっと拳を握って、そのまま大和さんの脳天に降ろしちゃった。こつんて音が鳴る。オレもそこそこ酔ってるなぁ……
「とにかく降りろ。胸から離れろ」
「うーん……」
ぐしゃぐしゃになってる髪を掻きながら後退りする大和さんと、少しずつ少しずつ距離を取る。クマから逃げる時は決して背中を向けてはならないらしい。逃げる物を追う習性があるせいかな……とにかく、こういう時は背中を向けてはならない。多分やばい。
大和さんのことを睨みながら、お互いに間合いを取った。オレは中途半端に捲れてるシャツを腹まで下ろして、溜息を吐く。
大和さんは、テーブルに置いてあったビールの残りを呷ってた。少しほっとする。
「大和さん、酔っ払ってこういうことするのやめようぜ……そりゃあ、あんたはその、女の子とこういうことしたいのかもしれないけど……まぁ、難しいよな。職業柄……」
野生のクマ、もとい大和さんが、ずんぐりと正座して、それから背中を丸めた。
本当にクマみたいな格好するから笑ってしまいそうになるけど、ここで笑ったら駄目だ。大体、前回のさぁ、オレがイッた後の写真消したか、あんた。やばい、心配になってきた……消せって怒ったけど消した? なんでメンバーに、イッた後の顔撮られてんの?
「いや、だからやっぱりおかしいんだって……ヘンなんだってば……」
「変じゃないよ」
酔っ払ったクマさんが眼鏡をずらしたまま、呑気にそんなことを言う。レンズに指の跡付いてるから拭いた方がいいぞ、おっさん。
「変だろ。なんでメンバーの胸吸ってんだ、あんたは」
あ、言っちまった。
「ミツの胸かわいいから」
「かわ、かわいくはないだろ……」
「かわいい。Aカップくらいで」
サイズの話はしてねぇんだよな。
「あんた、それ小ぶりでかわいいって、褒め言葉になんねぇだろ!」
なるのか? どうなんだ? あんまり女の人の胸と向き合ったことないからわかんねぇな……オレは大きい方が好きだけど。
「丁度良かったよ……?」
「あんたに丁度良くても、何も嬉しくないんだよな……」
「ミツも乗り気だったじゃん。俺の口、気持ち良くなかった……?」
わっと顔が熱くなった。思わずシャツの襟で少し扇ぐ。
「す、吸われて、きもちいいわけねぇだろ……」
気持ち良いとか悪いとかじゃなくて、オレと大和さんがしてるのがおかしいって話で……
「だ、大体、何も……おしゃぶりじゃないんだからさ……」
扇ぐと風が入って右の胸がすーすーする。大和さんが舐めてたせいだ。襟から胸を見下ろすと、乳首がちょっと立ってた。
「いや……おかしいって……」
クラクラする。こんなの、好きな人同士がやることじゃん? いや、オレは大和さんのこと好きだけど……でもそれは、メンバーとしてって話で、セックスしたいとかそういう話じゃ——セックス?
ぽぽぽぽぽと体温が上がる。やばい、やばいやばい、違うってば、そういう話じゃなくて。
「ミツ、どうした?」
「え……」
「すごい汗。冷房付ける……?」 
野生のクマが、ずいと顔を近づけてきた。ちょっと心配そうな顔をして、だけど、なぁ、近い。折角間合いを取ってたのに。
容赦なく距離詰められて、それはもう、近いって言ったら唇が動いて触っちゃうくらい。
だからオレは言っちゃ駄目だと思うのに、触りたくなって——駄目だこれ、酔ってる、オレが。くらくらする。
「ちかい」
——言っちゃった。
上唇が大和さんの口に触って、どうしたらいいかわからなくて口を閉じた。
大和さんは驚きもしないで、赤い顔したまま顔を近付けて、ちゅって音を鳴らして唇を離した。
「……キス、しちゃったよな」
「し」
してない、よ。
「してない」
「ふぅん」
してない、してないって首を振ったら、大和さんはもう一回、掬い上げるみたいに口を当ててきて、下唇を軽くくわえて、またリップ音を鳴らす。やめてそれ。
「じゃあこれは……?」
へらって笑って聞いてくる大和さんに、オレはもう一回首を振った。
「してない……」
「そっか」
唇のおうとつを埋めるみたいに角度を変えて、またくっつけられて、苦しくなって頭を引いた。息を吸ったら、また首を押さえられて、それでも逃げようと体を捻る。
うーうー唸っていたら唾液が漏れて、それを吸い上げられてじゅるって音がして。
「これは? どう?」
「し、てない、って」
そう言ったら、体ごと抱きしめられて絨毯に押し倒された。上からぎゅうって唇塞がれて、逃げようとしたのに、大和さんが——激しい。べちゃって濡れてる舌が絡んできて、苦しくて、苦しいのに苦しいのが気持ち良くて頭がふらふらする。口の中、酒臭い。やだ。酔っ払ってるのに、酔っ払ってるから更に纏わりつく浮遊感。白目剥きそうで目を閉じる。
「んぅ、う……」
「ふは、ミツ……キスしたよ、俺たち、多分」
したよ、わかってんだよ、そんなことは。
でも認めちゃ駄目なんだって。だって変だよこんなこと。大和さんに触られたちんこも、胸も、全部やばいもん。オレ今、駄目なんだって。
大和さんが、ごしって手の甲で口を拭った。野生み溢れるって、多分こういう顔で、こういう匂いで、くらくらする。それは、オレが酔っ払ってるせい。
「し、してない……してないよ、大和さんと、キスなんか……」
オレに跨ってる大和さんが、にんまりと悪い顔で笑った。
あんたは忘れるかもしれないけど、こんなの絶対後悔するから。後悔するのに、また別のキスが降ってくる。
(バリエーションすげぇ……)
なんだよそれ。
やだなぁ、いっぱいいっぱい、女の人とキスしてきてんだろうなぁ。だから——もっといっぱいオレにもキスしてほしくて、オレは一度も大和さんとキスをしただなんて認めなかった。