Mellow Gravity






前は、こんなミツの姿をすぐ傍で見ていたな。そんなことを思う。
テレビの中の三月は、真剣な表情をしていた。思い描く姿に容易くは届かない自分の体と能力を恨めしく思っているだろうに、それを微塵にも見せまいとしている。そこにあるいじらしさが、どうにも心を惹き付ける。
以前は、こんな三月の姿を誰よりすぐ傍で見ていた。月の光に照らされながら、何度も何度も同じステップの練習をする三月を、今みたいにビール片手に眺めていたものだった。
大和は、右手で持っていたビールの缶を揺らす。缶の中で、炭酸の液体がちゃぷんと音を立てた。
「あ、今月から三月のチャレンジなんだ」
キッチンでホットミルクを温めていた陸が言った。その声で、大和は我に返る。
「ああ……これ、あれか。出演者が芸事に挑戦するやつ」
「そうそう。三月、レギュラーメンバーだから、いつかは回ってくるかもって言ってたけど、もう放送してたんですね」
「はは……リクは聞いてたんだ……」
ちびりとビールを飲む。陸がマグカップを両手で包んで、そっと大和の正面のソファに座った。
「大和さん、この間まで撮影で忙しかったですもんね。三月もレギュラー番組増えたし……二人共、ゆっくり話す時間なかったよなぁ……今日だって、オフはオレと大和さんだけですもんね」
「メッゾくんたちと、ナギがそろそろ帰ってくるんじゃないか? 飯の準備でもしとくか……」
「あれ、大和さん!」
陸がスマホを持ち上げて、大和を呼んだ。誘導されるままその画面を見ると、どうやら環からの連絡らしい。
「テイクアウト買って帰るけど、今日何人? だって」
「えーっと、俺とリクとナギも、かな。イチはどうするって?」
「一織は今日、ラジオのゲストで……あ、スタッフの方と夕食に行ってきます。そっかー……だから、環と壮五さん合わせて五人ですかね。ご・に・ん・だ・よ・!・と」
そんなこんなで夕食の連絡を取っている間に、三月のチャレンジコーナーの放送は終了していた。別のバラエティ企画に変わっている画面を見て、肩を落とす。
内容が断片的にしかわからなかったが、三月はどうやら日本舞踊にチャレンジするらしい。
(日舞、かぁ……)
――それ、結構難しくないか? 
運動神経はあるし、ダンスも本人が気にするほどセンスがない訳ではない。大和は、凜々しい表情で舞う三月を頭の隅で想像しながら、はーっと息を吐いた。
「大和さん?」
「あ、悪い。タマに連絡してくれたか?」
「はい!」
陸のスマホの画面を見れば、王様プリンがぐっと親指を立てているスタンプが写っていた。大和は頷いて、ソファに座り直す。
「じゃあ、もう少しゆっくりしてますか」
そんな大和の正面で、陸が「ホットミルク冷めたかなぁ」と呟いた。
五人揃っているだけ、今日は幾分マシだ。最近は、一人ずつの仕事が多い。MEZZO"の二人は揃いになることが殆どではあるが、大和、三月、ナギの三人は仕事の現場がそれぞれまったく変わってくる。
視線をテレビに戻すと、三月は自分のコーナーが終わっても雛壇の中で上手にトークを回している。三月が望まれている現場だ。それはわかる。仕事があるのは有り難いことだ。わかっている。
「……ミツに会いたい」
わかってはいるが、大和はつい、そうぼやいていた。

「この間、一緒にミューステ出てたじゃねーか」
八乙女楽が、ざっくりと言った。
ドラマ撮影が一段落している間に、軽く飲もうと誘われた。楽と飲むのは嫌いではない。むしろ喜んで飲みに応じたい大和である。しかし、程好く酔った頃、個室のテーブルに突っ伏して漏れた言葉は「ミツに会いたい」、そんな情けない一言だった。
大和の言葉を律儀に拾って返事をしてくれる楽に僅かに感謝しつつ、しかし、僅かに恥ずかしい。陸は笑って流してくれたのに……。そうは思いつつも、気に掛けてもらえば悪い気はしない。
「出てたけどさ……仕事じゃん。話す時間ねーじゃん……」
顔を上げて言う。楽は「はぁ?」とでも言いたげな顔をしていた。
「いや、話せばいいだろ」
「そうじゃなくて、プライベートで!」
「プライベートも何も、お前ら、一緒に住んでるじゃねぇか」
「住んでるけど! 会えないんだよ! 忙しくて!」
「会えよ。時間作るから話そうぜって誘えばいいだろ」
「人類が皆、お前さんみたいに物を言えるわけじゃねぇんだよ」
我ながら、ああ言えばこう言うである。何度か繰り返して、楽がすっと静かになった。
「忙しいのは良いことだろ?」
「……う、悪い……なんていうか、それは有り難いことなんだけどさ……その、言い方が悪かった……」
「らしくないな。気にすんなよ。俺たちもすぐにまたそこまで行ってやる」
切り返しがイケメン……、国宝級……と、大和は再びテーブルにめりこんでいく。
楽のさっぱりとした返しは、自分にはとても真似できない。だからこそ気に入っている部分もある。
「なんていうかさぁ……」
「なんだよ」
「テレビのミツじゃなくて……俺しか知らないミツに会いたいんだよ」
――俺しか知らないミツ。待って、今、変なことを言ったかもしんない。そう思って、大和は慌てて顔を上げる。
「いや、今のナシ。変な言い方した」
「二階堂しか知らない和泉兄って?」
「いや、ナシって言ったじゃん!」
だからぁ、と徳利を傾ける。お猪口になみなみと注がれた日本酒を一口多めに飲み下し、大和は溜息を吐いた。
「あいつ、めちゃくちゃ努力家で、もう、めちゃくちゃ頑張り屋で……めちゃくちゃかわいいんだよ……!」
「それ、いつもの和泉兄じゃないか?」
「そうだけど! そうじゃなくて!」
そう、三月は表も裏もない。いつも本気でいつも一生懸命だ。目の前で不思議そうな顔をしている色男と似ているなぁと思う。ただし、楽はかわいい系ではない。
「ちょっと待って、俺、今すごい恥ずかしいこと言ってない……?」
「言ってるかもな」
「嘘……? タンマ。一旦ナシ。仕切り直すぞ」
「さっきからナシが多いな……男らしくないぞ、二階堂」
三月はこういう時に、男心を汲んでくれる。多少のタンマとナシは聞いてくれる。多少は。ただし、楽は違う。ストレートな楽の「男らしくない」に、大和は短く呻いた。
「でも、確かに、ミツは表裏ないからさ……いつもの姿って言われたらそうなんだけど。だけど、なんていうか……」
俺だけが見ていたい瞬間があって、それを暫く拝んでいないな、なんて、今度は口に出す前に気付いた。ああ、これは言ってしまってはならない、言葉にしてしまってはならないものだ。
「……ミツと、ゆっくり話したいなって思ってさ。今の俺と、お前さんみたいに」
咄嗟に誤魔化してぼかした言葉でも、楽は黙って聞いてくれた。ぼかしただけで、嘘ではない。本心ではある。
「時間、取れると良いな」
楽の返事に頷く。それから、手元の徳利を傾けた。しょうもない話に付き合ってくれた礼に、楽に酒を注いでやりたくなった。

それにしても、あまりにも時間が合わない。大和の方も、また次のドラマ撮影がスケジュールに組み込まれている。主演ではないが、次もなかなか良い役を頂いている。今から直感している。忙しくなる……と。だから、できるならその前に、三月とゆっくり時間を取りたかった。
……いや、なんでミツばっかり時間が合わねーの? 磁石? ロミジュリ? そんな風にもんどりを打っていたところを、リビングに入ってきたナギと環に目撃されてしまった。
酔っ払いの情けない姿程度に思われていると良い。その時は酔っていなかったが。いや、一織に見られるよりはマシだ多分。
「話したいならさ、話したい~って言えばいいじゃん」
スマホでゲームをしながら、環が言った。
「イエス。タマキの言う通りです」
環と同じように、スマホの画面に向かってするすると指を動かしているナギも言う。
「ロミオとジュリエットならば、ロミオにはジュリエットに会いに行く努力も必要ですよ」
「まぁ、みっきー、ちょー忙しそうだけどなぁ」
「日本舞踊のレッスンもしていますからねー。放送が楽しみです! ミツキならば、きっと花の妖精のように可憐でしょうね!」
「どうかなー、みっきー男らしいから、かっけー方じゃね……?」
あ、勝った! と環が声を上げる。環とナギの二人は椅子から立ち上がって「イエーイ!」とハイタッチした。どうやらマルチプレイに勤しんでいたらしい。
「てかさ、ヤマさんがロミオなん?」
「ヤマトは、ジュリエットのように待ってばかりですがね。ミツキがロミオかもしれません」
ナギの言葉に、環が大和の顔を一瞥する。
「……たしかに!」
「こらこら、お前ら……お兄さんのこといじめるなよ」
そうは言いつつも、頭の中でナギの言葉を反芻する。まったく、いつも刺さることを言ってくれるものである。
――ジュリエットに会いに行く努力も必要、か。
大和はポケットからスマホを取り出して、裏に返したり表に戻したりしてみる。環とナギは、既に大和への興味を失っているようだった。
(でもさぁ、ミツだって忙しいのに)
俺のために時間を割いてもらうなんて……って、どの口が言うんだ、今更。夜中に好物作らせたり、飯の合間につまみ作らせたり、今更だ今更! そう思って、ラビチャのアプリを開いた時だった。
『大和さんさぁ、暇な時間ある?』
突然、三月からのメッセージが飛び込んできた。大和は思わず立ち上がる。
「えっ」
ついでに漏れた素っ頓狂な声に、環とナギが振り返った。
「お! みっきー?」
「ミツキですか?」
「いや、その……えっと」
慌てる大和を十分に眺めてから、環とナギはゆっくりと溜息を吐いた。
「やはり、ミツキがロミオでーす……」
「それな……」
呆れたと言わんばかりの二人に、大和は何も言い返すことができなかった。

「大和さん、入るけど良い?」
「おー、どうぞ」
ドアから顔を覗かせた三月は、シャワーを浴びたばかりらしく、濡れた髪のままだった。
「おいおい、ちゃんとドライヤー掛けなさいって……」
大和は、三月が首に掛けていたスポーツタオルを引き抜いて、三月の頭に被せ、柔く拭いてやる。良い匂いがする。タオルの内側で、三月が「わ」と声を上げた。
「話終わったら掛けようと思ってたんだって……」
「ったく……ちょっと待ってな」
ドライヤーを取りに部屋を出ようとすると、三月が大和を呼び止めた。
「大丈夫だよ! そんな長く時間取らせないし……」
すぐ終わらせるつもりで来たんだ……と、少し口が尖る。
(いや、ゆっくりしてる余裕ないよな……今日も、もう遅い時間だし)
唇の端から曖昧な言葉を漏らしながら、大和は自室のドアを閉めて廊下に出た。
「寂しいこと言うなよ……」
時間があるかどうかを聞かれた。すぐに空けると返事すれば、「聞きたいことがあるから、部屋行っていいか」と返信が続く。それに対して、願ったり叶ったり。喜んで! と返しそうなところを、あえて素知らぬ風に「いいよ」とだけ返した。
そんないそいそとした大和を、ナギと環はやはり生暖かく見ていたが、最早大和にはそんなことはどうでも良かった。いや、少し気恥ずかしい。しかし、まぁそれも今更だろう。
多少なりとも浮かれて待っていた結果が、「そんなに時間は取らせない」、それが三月の気遣いなのかもしれないが、今の大和にとっては、ただただ寂しい。
「あーやめやめ! 男らしくねぇわ、確かに!」
つい昨日、楽に言われた言葉を思い出す。
時間が惜しい。一分一秒だって惜しい。大和は洗面所からさっさとドライヤーを持って部屋に戻った。
自分の部屋のドアを開けると、大和のベッドの上に三月が腰掛けている。
「大丈夫だって言ったのに」
「いいから。ほら、頭貸しな」
ドライヤーをコンセントに差して、自分もベッドに座る。
そこまですると、流石に三月も諦めたのか、大和に背中を向けて肩を落とした。ドライヤーの電源を入れて、三月の髪を掻き上げながらやんわりと温風を当てていく。
「人に掛けてもらうと、眠くなるんだよなぁ……」
「わかる」
特に、今は疲れてるだろうからと思いながら、柔らかくて少し猫っ毛な髪を掻き上げては、絡まないように梳いていく。
「大和さんさぁ」
「んー?」
簡単に髪を結んでやることはあったが、こうやってコンディションを整えてやるのも、なかなか気分が良いかもしれない。そんなことを考えながら、一度ドライヤーのスイッチを切った。
「日本舞踊って、やったことある?」
「いや、ない」
「そっかー……もしあったら、話聞きたかったんだけど……」
「ガキの頃に観に行ったくらいかな」
「へー」
大和の方を振り返ろうとした三月に当たらないようにと、ドライヤーを持っている手をぱっと上げる。
「こらこら、動かない」
「もういいじゃん。まだかよ……」
「まだまだ。次、冷風当てるから」
「うわー、フルコースだ」
渋々とまた背中を向けた三月の髪に、ひんやりとした風を当てる。
「何やんの、演目」
「なんだっけ、えーっと……関の小万……? ちっちゃい子供たちとお稽古してる」
へー、と生返事をしながら、大和は三月の髪をさらさらと解いていく。ぼんやり、一生やってたい……と思い始めた辺りでドライヤーのスイッチを切った。流石にやばい思考だと思って首を振る。
「終わり?」
「終わり」
「ありがとう、大和さん。うおー、さらっさらだ!」
照れくさそうに笑う三月が、自分の髪に指を通して遊び始めた。折角さらさらにしてやったのに、既に毛先がほわんと跳ねている。そちらの方が三月らしいと言えばその通りなのだが……。
大和は、ドライヤーのコードを巻き取りながら言う。
「日舞って、たしか女踊りと男踊りとなかったっけ」
「ある。あるけど、最初は女踊りで基礎を学ぶんだってさ」
「関の小万か。玉兎じゃないんだな」
「玉兎?」
演目に関して呟けば、三月が小首を傾げた。きょとんとした顔が可愛い。大和は、ニヤッと笑って見せる。
「おー、調べてみろよ」
「あ、携帯、部屋に置いてきた……後で見てみるわ」
ドライヤーを終えて一段落すると、三月が両腕を伸ばして伸びをした。
「話も終わったし、部屋戻って寝るかー」
「え、もう戻んの……?」
「おう、ありがとな、大和さん。ドライヤーもサンキュー」
ベッドからひょいと立ち上がった三月を見上げて、大和は言葉にならない声を上げる。楽やナギに色々と言われてはいたが、咄嗟には言葉が出てこないものである。
「も、もうちょっといればいいじゃん!」
だから、やっと出てきた言葉はあまりにも稚拙だった。
「もうちょっとって……でも話は終わったし。悪いけど戻るわ。髪も乾かしてもらったしさ」
「他に話したいこととかないのかよ。ほら、俺ら、この間ミューステ出たくらいじゃん? 仕事一緒だったのさ」
「最近、家の中であんまり会わないもんなぁ……」
「そうだよ!」
「じゃあ、大和さんは何かある? オレに話したいこと」
縋るように言葉を掛けていたが、返された三月の問い掛けに、つい「あ」と喉が詰まった。
そう言われると、別段伝えたいことはなくて、ただ隣に座っておしゃべりして欲しいなんて、それこそ幼稚なことしか思い付かなかった。
しかし、それが疲れているらしい三月を引き留める程の理由になるのだろうか? 頭の中に浮かんだ疑問は、思っていた以上に大和を落胆させた。
「……ごめん、これと言ってなかった」
「そっか」
大和が少し俯くと、三月が首を傾げて大和の顔を覗き込む。
「悪い。なんか、気ぃ遣わせた……?」
「いや、お兄さんはしばらく余裕あるけど、ミツは忙しそうだからさ。ごめんな、俺、ワガママ言ったよな」
 そう言うと、三月の表情が僅かに曇った。
「……あんたがワガママ言うの、今に始まったことじゃないだろ。今更そういう言い方すんなよ。ごめん、必ず時間作るから」
「いいよ。俺は大丈夫だから。ミツが都合良い時でいい」
――どうしていいかわからないというような顔をしている。
三月が眉を寄せて、その困ったような顔で大和を見た。
「どっかで必ず埋め合わせするから。せめておかず作っといてやろっか? 簡単なやつならなんとか」
大和はベッドに座ったままだから、もっと俯けば三月からは表情が見えないだろう。だけど、隠さないとならないような顔をしているつもりはない。顔を上げる。
「いいよ。いや、そりゃあ嬉しいけどさ。ミツが無理することないっつーか……」
どうにかして突っぱねようとしているのに、どうにかして気にさせまいとしているのに、目の前の三月は困惑していくばかりだった。けれど、大和も困っているのは同じだ。
どうすれば良いんだろう。さっと部屋を出てもらって構わないのに――多分、実際には構うので、そういう態度が出ているんだろうと思う。
そんなことを考えていると、突然三月に両側の頬を掴まれた。
「え、なにっ!」
「言えよ。叶えてやれるかはわかんねぇけど……言うだけ言えよ」
頭を引き寄せられて、顔が近付く。三月は凄んでいるのにかわいい。目が大きい。眠いのか、少し潤んでいる。
「何がいいんだよ? ブリ大根か? それとも、炊き込みごはんか!」
「は? ちが……違うって! いらないっつってんだろ、大丈夫だってば、七五三!」
「七五三言うな! おっさんいい加減にしろよ!」
こんなに近付いてはいけない。今は特に。
こんなに近付いたら、三月の引力に引き込まれて離れられなくなってしまう。目の前に星が飛んで、胸が一杯になる。
「い、いい加減にしてるだろ、俺は!」
大和は、三月の脇の下から腕を差し入れて、細い腰をぎゅっと引き寄せる。頭を三月の胸に当てて、それから溜息を吐いた。
「え? なんだよ、甘えたかったの?」
「違うよ……」
心地よい引力。今じゃなかったら、もう少し我儘を言って、もう少しの間だけ感じていたい引力。
ごしゃごしゃと、三月が大和の髪を掻き混ぜる。自分のは綺麗に整えてもらっておきながら……とも思ったが、勝手に大和がお節介をしただけだ。
腕を緩めて、それからゆっくりと三月から離れた。
「……会いたかったんだよ」
ちゃんと目を見て言わないとならない気がして、三月から手を離して顔を上げる。眼鏡がずり下がっている気がするが、今は直さないことにした。
「会ってるじゃん」
「仕事以外で、ミツの顔、碌に見てないからさ」
声が掠れたような気がした。けれど、言い直す気にはならなかった。
大和の言葉に、三月が不思議そうに首を傾げる。その表情に、大和は曖昧に笑うことしかできなかった。

三月は、自分で思っているよりずっと魅力的で、ずっと引力がある。大和も、大衆も、その引力に惹かれている。
翌日の午前中、昼前の番組でレギュラー席に座っている三月を見ながら、大和はふああと欠伸をした。
環と一織は今日は学校を休んでいて、別々の仕事がある。普段だったら弁当を作る時間を、朝寝する時間に費やした。
三月の番組打ち合わせはきっと朝早くからだったろうに、昨晩は変なことを言って困らせてしまったなと思う。あの後「おやすみ」と言ってそれぞれすんなり就寝したが、それでも駄々をこねた自分に僅かな後悔があった。
冷蔵庫を開けて、牛乳のパックを持ち上げ、気付く。
棚の中に、メモ付きの小皿がある。「おっさん用」と書かれた小皿を覗き込むと、そこには出汁巻き玉子が鎮座していた。
大和は、冷蔵庫を開けたまま、思わず掌で顔を覆う。冷蔵庫の開けっ放しを報じるアラームが、ピーピーと音を立てていた。