ネタバレ厳禁!



 くいっと顎を持ち上げられて、間髪入れずに掛けられた言葉に絶句する。
「今この瞬間は愛してやるよ」
 多分、とんでもないブサイクな顔を晒しただろうなだなんて、自分に対してだって言葉を失った。
 

「こ、これか〜!」
 三月は、自分の部屋のテレビのリモコンを握り、思わず頭を抱えた。膝を打って漏らした言葉は、恐らく隣のナギの部屋にも、陸の部屋にも届いていることだろう。
 けれど、それほど三月にとっては納得であり、重要な内容だった。
 三月は、録り溜めていた大和主演のドラマを再生していた。その最中、ようやく数日前に言われた謎のセリフの、その謎の部分が解けたのである。
「あれ、セリフだったんだ……」
 珍しく犯罪者以外の役を演じている大和の役どころ、ちょっとサディスティックなメイクアップアーティスト。
 たしか、少女漫画の実写ドラマだったと思う。スタッフロールを睨みながら、三月はうんうんと頷いた。やっぱりそうだ。少女漫画の流行はわからないが、なんとなくそれっぽいと思った。
 その人物が自分手でメイクを施したヒロインに言うのが、例の「この瞬間は愛してやるよ」だった。
 するするとスマホを操作してみる。巷の評価はまあまあ。原作を知っている人間からすると、キャスティングが今ひとつ……だそうだが、大和の演技自体は良い。何より、「二階堂大和って、こんなに顔良かったんだ」そんな風に言われています。
「ははは……」
 そう、実はIDOLiSH7のリーダーは顔が良い。また気付かれちまったな……なんてふざけて思ってみるが、正直のところ、文句の付けようがない。切れ長の目だって、言うほど悪人面ではないのだ。悪役をやっている時はともかく。
「悪役をやってる時は悪でしかねぇからな」
 寮の中でワルいことをしている時も、悪魔のツノとシッポが生えていそうなもんだけど……なんて考えながら、三月に掛けた言葉も、そんな悪魔の気まぐれだったのかもしれないと思い返す。ドラマを見られていなかったので、うまく反応できず——ブッサイクな顔しただろうなぁ、オレ……。
 三月は口を抑えながら、肩を落とした。
 三月がメンバーの番組を逐一チェックしてるのを知っているから、サービスなのか悪戯なのか、そんな言葉を掛けてくれたに違いないのだが……、ごめん、見てなかった……と呟いて、三月は再生を停止しているレコーダーの電源を落とした。
「でも、この瞬間だけかぁ」 
 少女漫画のロマンスだから、きっとここからストーリーが展開していくのだろうが、それでも『自分がメイクした後だけ愛してやる』で良いものなんだろうか。
 大和から向けられた伏せ目がちな視線を思い出して、三月はぼんやりと天井を見上げた。
(うーん、でも、悩ましいなー……オレが女の子だったら、あんな風にされたら流石に……)
 試しに八乙女で再生してみる。うん、サイコー。だけど、大和さんとはニュアンスが変わってきちまうな……三月は指で宙にくるくると円を描きながら考える。八乙女に差し替えて考えてみると、うーん、にわかに人を知っているだけに、一生メイクされちゃいそうだ。一本気過ぎる。かっこいいな……。
 十さんが前にメイクアップアーティストのお仕事体験をしてたことがあったが、アレは優しくてエロティックなお兄さん枠。世間のイメージで言えば、大和さんもそれに近いけど……でもサディスティックな設定だから、ちょっと違う。
 さて、大和さんにイメージを戻してみよう……と、ふりだしに戻ると、何故か頬が熱くなった。
「大和さんは、本っ当にその時だけってカンジなんだよな……」
 その時だけ、その瞬間だけは200パーセントの愛をくれる。だけど、言葉の通り、本当にその時だけだ。魔法が解けたみたいに手を離す。
 そういう——三月の胸がぎゅっと音を立てる。雑巾を引き絞って破れたみたいな錯覚に、少し唇を噛んだ——そういうところ、ある。
「原作読んでみっかぁ……」
 その切なさが役どころなんだとしたら、本当に大した役者である。
 

(ずっと愛してくれてもいいのに)


 まさに、ヒロインがそんな独白をしていたことを二日後に知る羽目になり、三月は電子書籍を読んでいた手を震わせた。
 フリックしていた親指を止めて、楽屋の中で口を結ぶ。
「どうしたの、三月〜」
 挨拶回りに行っているメンバーを待っている最中、一緒になった陸が三月の手元を覗いた。
「漫画?」
「そう、大和さんが出てるドラマの原作……」
「へー! 面白い? 少女漫画も読み始めると止まらないよね。ドキドキしちゃって」
 キラキラ笑っている陸に、三月は「そうだな」と頷いた。ドキドキはする。確かに。
 ——ずっと愛してくれたらいいのに。中身の私ごと。
 ——でも自信ないよ、あなたのお陰でこうしてカメラの前に立ててるんだもん。
(そうかも、あんたのお陰かも)
 大和さんが隣いてくれるから、立ててるかも。自信満々のかわいい振り翳してさ。あんたが「かわいい」って溢してくれてるの、ちゃんとマイクが拾ってんだぜ?
 ひたりと撫でた頬は、多分隙がなく肌理が細かくて、それでいて最近はキリッとした表情なんかも似合うと褒められるようになった。
 かっこいいもいけるんじゃないかって思うようになって、メンバーも褒めてくれて。
(その瞬間だけじゃなくて、愛してくれたらいいのに)
 カメラの前に立ってる以外のオレだってさ?
 ブサイクな顔を晒した時の、驚いたような大和の顔が頭を過ぎる。驚いたのは三月の方なのに、なんでそんな顔をしたんだろう。
 漫画を読むのをやめて、スマホを片付ける。
 がやがやと戻ってきた残りのメンバーに、陸と一緒に「おかえり」と声を掛けた。
「三月が、大和さんの出てるドラマの原作読んでましたよ」
 陸がそう言うと、大和はきょとんとして三月を一瞥した。恐らく「興味あったんだ?」の顔だ。
 その後少しだけ目を細めて、嬉しそうな顔をする。
「お、マジ? 元の見られると、ちょっと緊張するよな」
「そういう意味では、実写作品は特別な緊張感がありますね」
 鏡に向かって衣装のチェックをしていた一織が、顔だけをこちらに向けて言った。そのまま、流れるように陸の胸のリボンを直している。
「一織も前、出てたもんな」
「そう、ですね。私は学生役でしたが……」
「オレも漫画読んだけど、似合ってたと思う!」
「ありがとうございます。ですが、一方でやはりイメージに合わないと言われてしまっていました。難しい部分ですね。二階堂さんは、わりと好評なようで……流石ですね」
 陸の言葉を受け取りながら、一織が大和に話を戻す。一織に褒められたことがくすぐったいのか、大和はやはり「ああ」とか「まぁ」みたいな返事を繰り返していた。
「でも、ミツ見てないんだと思った」
「忙しくて録り溜めてただけ。見てるよ」
 そっか、と小さく頷いた大和が「ありがとな」と三月の頭を撫でた。くしゃりとされて前髪が乱れる。
「なんか、この間のさ、見てなかったから気付かなくてごめんな」
「……そうかなって思った」
 周りのメンバーが不思議そうな顔をした。大和と三月の間の遣り取りを知らないのだから当然だ。
 出番の時間が近付いている。三月からひらりと手を離した大和が、時計を見上げていた壮五に歩み寄った。
 そう、こういう感じだ。その瞬間だけは溢れそうな愛情をくれるのに——そこまで考えて、三月ははぁと息を吐いた。
(驚いた顔してたの、もしかしてがっかりさせちまったかな……)
 案外気にしいなところがあるから、三月が大和のドラマを見てないとわかってがっかりしたのかもしれない。
 収録を終えて、楽屋に戻る廊下の途中で、三月は大和の衣装の裾をついと引っ張った。
「ごめんな」
「え? お前さん、何かトチったっけ?」
「違う違う。今日じゃなくてさ、ドラマのセリフ、気付かなくて。変な反応してごめん」
 そう言えば、大和は困ったように笑った。
「そんなことまだ考えてたのか」
「だって、大和さん変な顔したから」
「あれは……」
 言い淀む。スタッフとすれ違って、一礼。お疲れ様でした、と声を上げて、それからまた瞳を覗かれる。
「あれは、ミツが」
「オレ?」
「ミツが、めちゃくちゃ真に受けた顔してたから、脈あるんだと思ってびっくりしただけ」
 はにかんだ大和の言葉に、三月はなんだそれだけか、と胸を撫で下ろす。
「だから、がっかりしてないよ。寧ろやる気出た」
 そいつはよかった。うんうん。
 うんうん? なんだかよくない気がするぞ?
 三月ははたと足を止める。メンバーの中で一人だけ振り返った大和が目を細めた。テレビ局の廊下がぐにゃりと歪んで、ほのかに赤みがかって見えた。
「で、ミツ」
「ん?」
「あのドラマのクライマックスのセリフ、聞きたくない?」
 それって、それってもしかして——もしかすると、少女漫画原作で最終回って、それってさぁ?
「きっ、聞きたくない……! 最終回楽しみにしてるから……」
 説得力のない真っ赤な顔に、大和が、ぷっと吹き出して、それから三月の耳元でこっそり囁いた。
「今この瞬間も、愛してやるよ?」
 ああもう! と思う。
 囁いた大和の体を押し退けて、三月は赤い顔を隠しきれないまま声を上げる。
「おっさん、ネタバレすんなよ!」
 これは、断じて照れ隠しなどではない。