光彩奪目を去なす -悪食-


お前、なんだか面白いことしてるらしいな——偉そうな口調で言う妖怪を、ぐるんと振り返る。
偉そうな筈だ。正真正銘の「お山の大将」である烏天狗に、重は思いきり溜め息を吐いて見せた。
「面倒な奴が来はったわ……」
「お前こそ、その面倒な喋り方をどうにかしたらどうだ? それより今度は何を企んでるんだ。面白そうだから、この俺に一つ聞かせてみろ」
踏ん反り返る烏天狗。舌を打つ重。団扇を構える烏天狗——早い。詠の言う通り、やけに気が短いのだ、この天狗。
「まぁ、ええわ……」
「話さないなら吹き飛ばすぞ」
「話す、話すて……ほんまに短気なお人やわ。いや、天狗さんやったか……」
そう言えば、烏天狗は満足そうに笑って団扇を下げた。
何がどうしてこんな相手に興味を持たれるのか、重には理解ができなかったし、しようとも思わないが、それでも吹き飛ばされたくはないので渋々口を開いた。
「蛟に言われた「こちら側」ってやつになってみるのも、悪くないかと思ってさ」
自分でも胡散臭いと思う話し方を解いて、眼鏡越しに烏天狗を睨む。
「こちら側?」
「妖怪側ってやつ? 化け物になるなんて真っ平御免とも思ってたけど、よくよく考えれば……それもまたどうでもいいことかと思った。それで運良く強い妖気でも持てば……誰かを使役する手間も省けるってもんだろ?」
「……それと鎌鼬を誑かしたのに、何の関係があるってんだ?」
この天狗、千里眼という特殊な力を持っている。千里離れていようが物と事を見透かせるという何とも厄介なものだ。
妖怪とは事と次第によっては仙人にも神にもされ、崇められる存在と聞く。この天狗も、凡そその手の生き物なのであろう。
この化け物風情がと、重はまた小さく舌を打った。
「あんた、情報屋なんだろ? 人間が妖怪の血肉を食ったらどうなるか、知ってるか?」
重がそう問えば、烏天狗はひくりと片眉を上げた。重は続ける。
「こちらじゃどうかは知らないが、向こうには人魚伝説ってやつがあってさ。人魚の肉を食うと不老不死になるらしい」
「……それは、人魚が人間に取り憑いた、の間違いじゃないのか?」
「取り憑く?」
ああ、と烏天狗は顎に手をやった。
「要は、獣憑きどもと同じで、食われた人魚が逆に人間の体を内から支配した、取り憑いたとは言えないか? その伝説、続きはないのかよ」
烏天狗の話はわかる。この世界には、力を持つ獣に取り憑かれた人間が獣憑きと呼ばれ、妖力を持って自由に生きている。実際の獣憑きも何度か見たことがある。なるほど、外見は人間と然程違いがない。
「雲外鏡のように、元は人間だが、取り憑いた相手のせいで生かされている者もある。まぁ、妖怪の成り方なんざ、何百も何千もあるんだろうが」
「ほんなら、烏天狗はどうやってなったん」
「俺は元より山の神よ。古い記憶は忘れちまった」
「ふーん……」
さて、この化け物の言うことだ。どこまで本当かわかったものではない。
その化け物は、重と話すことに飽いたのか、酒瓶を一つ下げて飛び立ってしまった。
(まぁ、取り憑かれるにしても、何かしらの変化は起こる可能性があるわけだ)
しかしまぁ、誑かしたなどとよく言ってくれる。たかが唇を噛み切ったくらいで——そう思うと、鎌鼬にぶつけられた口の端が痛んだ気がした。
「ガキが……」
 
仏頂面を下げて詰所に戻る。ドタバタドタバタと走り回る鬼火と鎌鼬、それから蒼の姿にも見慣れてきた頃である。鬱屈としている気分の元には、あまりにも騒がしい景色だったが……。
「おーおー、元気やん」
「そちらは呑気に構え過ぎだろ……」
ようやく鬼火の首根っこを掴んだ蒼が激怒している。
しかし、重には関係ない。肩を竦めて見せると、蒼が苛立ったように口の端をひくつかせた。
「鎌鼬〜! 逃げて〜! 重まで来たよー!」
蒼に捕まってじたじたしている鬼火が、元気に叫ぶ。
名前を呼ばれた鎌鼬が、重の顔を見てあからさまにぎょっとした。
(おーおー、かあいらしいことで)
ついほくそ笑む。
鼬らしくするすると逃げていく鎌鼬を視線で追いながら、重はふと面白いことを思い付き、「英隊長に見つかる前に仕留めてくるわぁ」と呟いた。
蒼は「だから、貴方はもう少し真面目に……」と言いかけ、それから、神妙な顔をする。
「……明日は雨か……?」
「えー! どうしよう! ボクの住処、屋根が雨漏りしてるんだった!」
「本当に降るとは言ってない……」
けどまぁ、その屋根は直した方がいいと思う。しゅぼんと悲しそうに揺れる鬼火の火を見て、蒼は心の中で呟いた。
 
さて、逃げ惑う鎌鼬を自室に追い込んで、鍵を掛けて閉じ込めた——までは良い。
すばしっこく動き回る鎌鼬を、なんだかんだの体格差で羽交い締めにする。じたじたと動く鎌鼬の耳元に、「英に見つかったらおっとろしいで?」と囁いた。
「おっ、お前……! 今度はなんだよ……!」
小動物のように暴れる鎌鼬を両の腕で抑えて、顔を覗き込む。
「なんや、えらい暴れるやん。オレが怖いん?」
「怖いわけ……!」
「しーぃ。ほんにおっかない人が来てまうわ」
ぐっと押し黙って重に抱き締められている鎌鼬に、重はニィと笑った。
「あはっ、ええ子ええ子」
自分の方はまだ赤くなっている唇の傷。一方で鎌鼬の方はと言えば、皮がぷるんと張って、綺麗に治っている。傷薬のせいかと思うと、僅かに苛立ちが湧いた。
「妖怪は傷の治りが早ぁて羨ましいわぁ」
「え? 傷……? あ、口のこと……?」
至近距離にある鎌鼬の顔が、かぁっと赤くなる。
「お前、あれ、なんのつもりで……!」
「なんのつもりもあらへんよ」
張った鎌鼬の唇に自身の唇を触れさせて、すぐにねっとりと剥がした。
「鎌鼬とこういうんしたかっただけや。嫌やった?」
——はぁ、まぁ、嘘やけど。
ただでさえ赤い顔を更にぼわっと赤くして、鎌鼬はじたじたと暴れる。重はその体を抱き込んで、かっ飛んでくる暴力をいなしながらくくっと笑った。
「こーら、バレてまうで。オレとこういうことしてんのもぉ」
「や、だっ……!」
抗議しようとする口を押さえて、もう一度唇を重ねる。がっと開いた口に舌を捩じ込んで、あっという間に鎌鼬の舌を捕まえた。絡ませて緩めて、漏れた嗚咽と涎を飲み下す。ごくん、と喉を鳴らせば、鎌鼬が重の胸を突っぱねようとした。許すわけもなく腕を捻り上げて、口付けを続ける。
「あ、ふ……うぁ……」
じゅる、と啜り上げてようやく口を離せば、腰でも抜けたのか、鎌鼬がへとへとと床に座り込んだ。
舌のひとつでも噛み切れば、その出血で人間なんて簡単におっ死んでしまうというのに、妖怪の鎌鼬はそんなことまで考え及ばないらしい。
「どないしたん? 気持ちよぉなってもうたん?」
「あ……、や……っ」
冗談のつもりで煽りながら顔を覗けば、はぁはぁと息を荒げる鎌鼬の視線の先に……少し驚いた。
鎌鼬の着物が、少し盛り上がっている。ぺらりと捲ってみると、洋袴の布地を押し上げているものがあるではないか。
「……あはっ」
思わず、笑いが溢れる。鎌鼬はわなわなと体を震わせ、その根源を隠したかったのか背を向けようとしたが、重がそれを許すはずもなく、鎌鼬の細腰を両手で掴んで正面を向かせた。
暴れ出す前に洋袴の紐を寛げて、さっと下ろす。すると、その中から下帯を押し上げて覗いている鎌鼬の性器が現れた。
「人間とおんなしなんやねぇ」
「み、見んなよ!」
「まぁまぁ、見してや。折角やし」
舌なめずりをして、その先端を指で弾いてみる。下帯をずらしてやると、押さえ付けられることなくのびのびと立ち上がったそれを指先で擦る。ぷっくりと膨らんだ亀頭が、恥ずかしそうに震えていた。
いや、震えているのは鎌鼬の方なのだが。
「鎌鼬、これ、気持ちいくなりたいやろ?」
「や、やだ……っ! やめろよ……!」
くにくにと鈴口だけを執拗に擦っていると、次第に力が抜けてきたのか、鎌鼬はふらふらと上体を床に下ろしてしまった。
堪らなくなって、重は鎌鼬の性器に口を寄せ——咥えた。
「ひ、ぇ……っ」
驚いた鎌鼬が腰を逃がそうと体を這わせたが、無論許さない。がっちりと太腿を掴んで、口に物を咥えたまま小さく呟いた。
「あかんて。噛み切ってまうで」
途端に、鎌鼬が体を強張らせる。流石に噛み千切られるのは困るらしい。怖がりながらも口淫の温もりに堪えられないようで、重の口の中を鎌鼬の性器がぐっと押し上げてくる。
素直すぎる体の反応を楽しみながら、可愛らしい性器の裏筋を舌で舐め上げ、先ほどから刺激を繰り返し与えていた傘をしゃぶる。鈴口を吸い上げてやると、あっという間に果ててしまった。重の口の中に、青臭い精液が飛び散る。
ずるりと性器を吐き出して、舌の上に残る体液をどうしてくれようかと悩む間もなく、飲み下した。
ごくん、と動いた重の喉仏を見て、鎌鼬がさっと顔を青くする。それが急に赤くなったかと思うと、その大きな目に涙を一杯溜めて「き、きたない……」と呟いた。
「まぁ、生き物の味? ってカンジやね」
「ば、ばかじゃねーの……!」
「オレは馬鹿やけど、とりあえず茶ぁ飲ましてや。口の中どろどろで」
口を拭ってニヤニヤ笑って見せると、鎌鼬の中で何かが崩壊したのか、突然ぶわっと泣き出した。
「あは、泣いてもうた」
そう笑っていられるのも束の間、鎌鼬が重の腹にタックルして来たものだから、次に床に転がされたのは重の方である。
「な、何すんねん! この動物……!」
そう言い掛けた重の上に跨り、鎌鼬が重の袴の帯を……切った。
「切った?!」
「うるせぇ!」
そのまま、重の下着をずるりと引きずり下ろし、何の反応もしてない重の性器を見るなり、口を真一文字に結ぶ。
何の反応もしていない。鎌鼬とキスしたから、鎌鼬にフェラしたから、どうというのだ。重は何も感じていないし、ましてや性欲など昂らない。——ただの、目的のための作業だ。
「なぁに……やめーや、鎌……」
へらりと笑って鎌鼬を見る。
鎌鼬は悔しそうに泣きながら、けれど、さっさと重の性器を鷲掴んで口に含んだ。
「おえ」
「おえ言うなや……傷付いてまうわ」
「うるへ……いかふ……」
妙なスイッチを入れてしまったらしい。重は心の中で「あーあ」と呆れた。
(男にされて、誰が勃つん……あ、目の前のドウブツさんか)
情けなくてかあいらしい。ゆるりと嫌みに緩んだ目で、頭を上下に動かしている鎌鼬を見下ろす。
牙が当たって痛い。というかくすぐったい。ついでに、当然ながら下手。
(されたこともないんやろなぁ)
されたからといって上手くなるもんでもないが、参考にはなる。
そんなことはさておいて、重の気分は上の空のままである。目の前で揺れている鎌鼬の耳をくにくにと撫でてやりながら、彼が音を上げるのを待っていた。
「なーあ、お上手やんなぁ、鎌鼬。いつまでも終わらんくて済みそうやわ」
「いやみ、はふ……、嫌みかよ……」
「……わかる? 口、離せよ」
口調を変えて凄む。鎌鼬が、ぴくりと肩を震わせた。
「下手くそ。もっと舌使ったらどう? お兄さん、勃ってさえいないんだけど」
鎌鼬の髪を強めに掴んで引き剥がす。涙でぐちゃぐちゃに濡れて乱れた睫毛と前髪が、重の目の前で煌めいた。
「くやしい……」
「鎌鼬は、多分こういうの向いてへんて」
「重はできんのに」
「まぁ、それは……経験値? 見様見真似やけど」
それでも止めたくないらしい。鎌鼬は重の性器を掴んで、こすこすと上下に扱いている。
泣きじゃくりながらそんなことをされると、嗜虐欲が疼いてくるものだ。重は、自身の中のひねくれた欲が僅かに頭をもたげたのを感じた。
「喉奥まで使い」
「へ……?」
鎌鼬の頭を掴むと、ほのかに立ち上がった自身の物を改めて咥えさせる。勝手に鎌鼬の頭を押さえ付け、小さな口の奥に先端を押し当てた。びくびくと震える喉奥の収縮を愉しみながら、そのままずるずると上下させる。
「よぉなってきたわ。ほら、鎌鼬がんばって」
ぐずぐずともごもごと呻き声を上げながら溺れそうになっている鎌鼬の頭を押さえたまま、ぼうっと浮かれていた頭が、急に理性を取り戻すのを感じる。
(しまった)
そこで、は、と我に返った。
重の物が鎌鼬の口の中でびくびくと跳ねる。押さえ込もうと鎌鼬が口を窄めたその内に重は性液を吐き出し、鎌鼬の頭を慌てて持ち上げた。
「か、鎌鼬! ぺってしろ、ぺって!」
けれど、鎌鼬は口を閉じたまま首をふるふると横に振る。
「ぺってしたらノーカンや! はよ出し!」
その内覚悟を決めたのか、懸命に飲み込んでいた。が、その結果、鎌鼬は「おえっ」と言って床に突っ伏していた。
「あーあ……あかん。お茶入れたるから、ぶくぶくぺってしぃや……」
「まっず……きもちわるい……」
「だから言うたやろ……」
目の前で先に飲んだのは自分に違いないのだが、それにしたって「出せ」とは言った。言うことを聞けない動物が悪い。
「……なぁ、重ってさ」
まずいまずいと呻いていた鎌鼬が、ふと顔を上げた。
「なんや」
「どっちの喋り方が本当なんだよ……?」
「……秘密」
人差し指を口の前に立てて、囁くように言った。――別に、どっちだって自分に違いはないが、それを明らかにしてやる程、相手に気を許してなどいない。それもまた、どうでもいいことに違いないのだが。
「ふーん……」
 どっちも、重ってこと?
そう呟いた鎌鼬の言葉には返事をしないままで立ち上がる。そこで、そういえば袴の帯を切られていたんだったと思い出した。
仕方なく、重は安物のお茶を淹れるよう式神に指示を出したのだった。