カラメルのきまぐれ


 よく、顔に出るようになったと思ってた。けど、それだけじゃない。その表情を、俺が見てやれるようになったんだって思う。
 でも、そん中でもやっぱり笑った顔が好き。
(このカラメル、にが……)
 この店は自家製プリンが美味しくて、すごく人気があるんだって。
 一緒に入った店でそーちゃんはコーヒーを飲んでて、俺はそのプリンを食べてて。で、カラメルが苦いなって思った。
 食えないほどじゃなくて、隅っこにたっぷり絞ってあるホイップクリームと一緒に食うとまろやかになって、めちゃくちゃ美味い。
 試しに、クリーム掬わないで、カラメルとだけ食ってみた。それで、こういうの大人の味って言うんかなーって考えてた。
 そしたら、目の前のそーちゃんがおかしそうに笑ったから、どうしたんだろ、って思った。
「何」
「えっと、苦かったかなって思って」
「カラメルがちょっと苦い」
「そうじゃないかなって思った。ごめんね、僕がここのプリンの話をしてしまったから……」
「なんで」
 なんで謝るんだろう。苦いけど、美味いよ。そーちゃんが言った通り、これなら人気あるんだろーなって思う。
「食う?」
「え?」
「ほら」
 クリーム付けなかったら、そーちゃんだって食えるくらいの甘さで、だから、俺はスプーンでカラメル多めにプリンを掬って、そーちゃんに突き出した。
「ん。食ってみ」
 そうしたら、そーちゃんは申し訳なさそうに視線を落として「そうだよね……」って呟いた。
 ——あ、なんか勘違いしてる気が、する。
 そーちゃんは、俺の目の前にあるプリンの器を指先で引っ張って、頷いた。なんで。
「責任取って、僕が頂くよ」
「俺のプリンだぞ……」
「でも、食べられないんだよね?」
 そんなこと言ってねー。
「違くて」
 突き出したままの俺のスプーンは無視で、店員さんにスプーンくださいって言ってるそーちゃんにムカついて、俺はつい口を尖らせた。
「そーちゃんも食ったら良いのにって、思っただけだし」
「苦かったからだろう? ごめん。僕が余計なことを言ったから」
「そうじゃなくて」
 そうじゃなくって、これくらい大人の味なら、そーちゃんも美味しく食えるかなって思ったの。なんで、自分が悪いみたいに取るんだろう。
 俺、そーちゃんにも食わせたいなって思っただけなのに。
 行き場のなくなったスプーンと、悲しそうに乗ってるプリンを見て、俺も悲しくなる。
 それを見て、そーちゃんも悲しそうに笑う。
「違くてさ」
「うん……」
「俺、美味いと思ったよ。このプリン」
 頑張れ、スプーン持ってる俺の右手。
「なら、なんで?」
「だから、そーちゃんにも食って欲しいって思ったんじゃん」
 そう言えば、キョトンとしたそーちゃんが目の前にあるスプーンを両方の目で見た。ちょっと寄り目になってる。ウケる。
「……良いの?」
「ん」
 ん、って突き出したら、そーちゃんがおずおずと口を開けた。
 じゃあ……いただきます、ってごにょごにょ言ってるのがかわいいなって思った。
 最初から素直に食えっての。そんな風に思っても、それでもちょっと嬉しくて、にやーって笑っちゃう。
 スプーンの上で待ちくたびれてたプリンを口に入れてやったら、そーちゃんは眉を寄せて笑った。
「本当だ。美味しいね」
「だろ」
 呼んだの忘れそうになってたけど、スプーンを持った店員さんが来た。そーちゃんが少し迷ってる。
「うす。ありがとうございます」
 だから、俺が代わりに受け取って、両手にスプーンになる。店員さんは少し不思議そうな顔したけど、そのまま笑顔で離れて行った。
 俺は、左手のスプーンをそーちゃんに渡して、空いた左手でそーちゃんが引っ張ったプリンの器をテーブルの真ん中に戻した。
「一緒に食お」
「……いいの?」
「もう一回言う?」
「……聞きたいな」
 おー、ちょっと恥ずかしくなってくる。けど、聞きたいなって言われたら言ってやってもいいかなってなる。
 そーちゃんの「たい」は不思議。俺をやる気にさせっからな。
「うぉんととぅー? だ。たしか」
「え?」
「なんとかなんとかしたい〜ってやつ」
「そうそう、I want to hear. かな。聞きたい」
「俺も、あいうぉんとぅー……ひあ、そーちゃんの〜そんぐ〜もっと〜」
 俺のリューチョーな英語聞いて、そーちゃんは目を丸くした。それから、口に手を当てて笑う。
 にこにこだぜ、やった。
「……えへへ」
「そーちゃん、プリン食お」
「うん」
 ご機嫌そーちゃんが、ちょっとだけプリンを掬って口に持っていく。俺も、いつもよりちょっとひかえめに掬って食べる。
「環くん」
「んー?」
 暫くしてから、口にスプーン当てたそーちゃんが、すげーりゅーちょーな英語で言った。
「僕も、I want to hear more of your songs だよ」
 英語の言葉を聞くより、なんとなくすぐ意味はわかって、俺もついにこにこになった。
 苦いカラメルの味までなんか甘く感じて、二人でにこにこした。
 ああやっぱ、笑った顔が好き。